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自然にヴィラが扉とウルシュラとの前に立ち、警戒を露わにする――と。
「リーディア!」
足音の主は、アトルーシェと彼の連れてきたリュクレシアの衛兵数人だった。ノックと同時に、慌ただしく扉を開ける。
作法も何も無視した行いは、アトルーシェらしくない。余程の緊急事態が起こったのか。自然、ウルシュラの表情にも警戒が浮かぶ。
「アトルーシェ皇子。どうされたのです?」
「やはりこちらにいらっしゃったのですね、ウルシュラ王女」
「……ご用があるのは、わたくしですの?」
「はい。――先ほど、貴女の侍女であるエルマ殿が、我が国の衛兵にリーディアの暗殺を企てた事を自白しました」
「何ですって!?」
「嘘……っ」
ウルシュラとユリアーネは、もたらされた報告に驚愕の声を上げる。
(馬鹿な、そんな……)
エルマがリーディアを殺すような動機は、ないはずだった。
自分の側に置く人間には、ウルシュラは常に気を配っている。妙な気配を見せれば、すぐ様対応するために。
もしエルマがリーディアに対して何か腹の内に抱えているようならば、そもそも連れてなど来ない。
まだ付き合いの浅い侍女の事を、信用――まではしていない。だから、絶対とはウルシュラには言えなかった。
(だが、もし本当なら俺を欺いてみせたという事だし、そうでないなら、手段は分からないが――俺達がハメられたという事だ)
「ウルシュラ王女。彼女は貴女の命でやったと証言している。事の真偽がはっきりするまで、貴女も監視下に置かせていただく」
アトルーシェ自身は、エルマの証言を信じるべきか否か、迷っているようだった。だからこそ監視で済ませようとしているのだろう。
「あり得ないのです!」
ウルシュラ当人が何を言うよりも早く、リーディアが叫んで起き上がり、アトルーシェへと食ってかかった。
「お姉様は、私よりも先に紅茶を飲んだのです! エルマが毒を仕込んだのなら、尚更グレーテが給仕したお茶を飲むはずがないのです!」
「ウルシュラ王女には耐性のある毒かもしれないし、私達が見付けられなかっただけで、何らかの仕掛けがあったのかもしれないだろう! 分かっていれば、先に飲むぐらいはして見せる!」
「お姉様は私が勧めたから先に飲んだのです! 偶然なのです! 昨日だって、私がいきなりお約束もなしに押しかけたのです! 準備なんかできないのです!」
「滞在中にお前がウルシュラ王女を誘う事ぐらい、誰でも予想がつくだろう!」
「うぅーっ!!」
唸り声を上げ、リーディアは言葉を失い暴力に訴えた。握った拳でぽかぽかとアトルーシェの胸を叩く。
「バカ! バカなのです!! お兄様は大馬鹿なのです!」
「いいから、お前は大人しく寝ていろ!」
リーディアを引きはがし、側にいた侍女へと押し付け、アトルーシェは改めてウルシュラへと向き直った。
「お部屋へお戻りください、殿下。私達としても、貴女に手荒な真似はしたくありません」
「分かりました」
それ以外に、ウルシュラが答えられる答えはない。
しかし、頷いたウルシュラへ、リーディアから半泣きの声が飛ぶ。
「お姉様! そんな横暴、聞き入れる必要はないのです! 次期皇帝たる私が、お姉様がそんな事をしないと言っているのです!」
「駄目よ、リーディア」
「……っ……!?」
落ち着かせるために、意識してゆっくりと、柔らかな口調を意識して声を出す。
「私情で事実を捻じ曲げては駄目。そんな事をしては、誰も貴女の事を信用しなくなってしまう」
「でもっ、お姉様……っ」
「勿論、わたくしは貴女を狙った企てなどしていないわ。――必ず真実は明らかになる。心配しないで」
隠されようとするなら、自分で暴く。
リーディアには伝わらなかったが、アトルーシェには伝わったようだった。信用したいのか信用できないのか、微妙な表情をしている。
「貴女は、身の周りに気をつけなさい」
「……はい。お姉様……」
涙目のまま、こくん、とリーディアは頷いた。
「戻ります」
「助かります」
ウルシュラは女性で、しかも病弱という設定なのにも関わらず、アトルーシェが連れてきた衛兵たちは皆一様にほっとした顔をしていた。
ヴィシリアスの騎士は一騎当千。騎士ではなくとも、最も優れた幻獣使いであるウルシュラを警戒しないような人間は、クロツィアエルには――否、この西大陸には存在しない。
「……あの侍女の証言が真実信用できるかどうか、私には確信が持てません。偽りであってくれればいいと思っています」
「勿論です。――エルマと、話させていただく事はできませんか? リュクレシアの方に立ち会っていただいて構いません」
「申し訳ありませんが、できかねます」
「……そうですか」
(正攻法じゃ無理か)
だからと言って、はいそうですかと諦めてリュクレシアに任せてしまう気にはなれない。
相手の企ての渦中にいる事が分かった以上、急いでエルマと話してみなければならなかった。
「エルマは今、どうしているのでしょう?」
「北の塔にて、丁重にお預かりしています。ご心配なく」
北の塔、という単語に心当たりがあって、ウルシュラはそれならば丁重にというのも嘘ではないだろうと一応はほっとする。
ついでに、居場所が分かったのも都合が良かった。
(なら、やる事は一つだな)
「――本当にすぐ行くの?」
「後手に回るのは嫌いでな。出来る事はさっさと片付けておく」
エルマがいないので、仕方なくヴィラに手伝わせ、ドレスから竜騎士隊服に着替えたウルシュラは、不安そうなユリアーネに一切譲らず断言した。
今身につけているのは、王女の時に着る儀礼用のものではなく、男装用のごく一般的な竜騎士隊服の方だ。すでに幻術も解いている。
「誰かが来ても、ショックで寝込んだって事にしておけ」
そんな時のための病弱設定でもある。
「確かに、リュクレシアの対応を見てると、部屋に大人しくしてれば今のところはそう無茶な事はされないみたいだけど……」
「ああ、今のところはな。この先どうなるかは分からない」
それも急ぎたい理由の一つだ。全容が分からないまま流されるのは避けたい。
「でも、北の塔って言ったって、どこにあるか分かってるの? あんまりフラフラしてたら、さすがに見咎められるでしょう?」
「この王宮に俺が何度来てると思ってるんだ。もっと小さい頃は、リーディアと探検ごっこもしてたんだぞ?」
病弱設定を用意し始める、もう少し前の頃の話だ。
大好きな『お姉様』とのちょっとした冒険を、リーディアは純粋に楽しんでいただけだろうが、ウルシュラとしては地図を作る事の許されない部分に、免罪符付きで忍び込めるのがありがたかった。
「北の幽閉塔にも、入り込んだ事がある」
ウルシュラが視線を向けた先に自分も目を向け、ユリアーネは余計に表情を曇らせる。場所が分かった所で、見張りは勿論いるだろうし、余計疑われる危険を犯す事に変わりはない。
「ヴィラ、後は頼む」
「はい、ウルシュラ様」
ウルシュラの夜着の一つに身を包んだヴィラは、すぐ様頷いたものの、少し不満そうだった。
ヴィシリアス王宮の浄室では、素のままでいる事が多いウルシュラだが、ここは他国。睡眠時だろうが、幻術を解くつもりはなかった。
ヴィラも女性としては背の高い方だが、ウルシュラ本来の体に合わせて作られている物なので、色々な部分がやや余る。
だがヴィラの不満は、自分の物ではない服のサイズの事などではない。
「やはり、私が行くべきではないでしょうか? ウルシュラ様にそのような危険を冒させるのは、承服致しかねます」
「ヴィシリアス的には、お前が行くより俺が行った方が安全だ」
ヴィラは知っている人間ならば誰でも知っている、ヴィシリアスの不死鳥騎士団副団長だが、男であるウルシュラは、そもそも存在すらしていない。見つかった所で一竜騎士の行動で済む。
「お前が動けば余計な警戒を生むだけだ」
「それは、そうかもしれませんが……」
「俺は今、お前の意見を聞いてるわけじゃない。黙って従え」
「……はい。承知いたしました」
指示を命令に切り替えてそう言われれば、ヴィラに逆らえるはずもない。




