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プロローグ

(パーティーは、嫌い)


 淡く夜空に輝く月と星々の明かりを、一人の姫君がバルコニーの片隅でちょんと座って見上げていた。


 年の頃は十一、二。まだ幼い肢体を包むのは、淡い紫のベルベットで織られたドレス。裾に向かうにしたがって色合いは濃くなり、夜空に浮かぶ星のように、真珠とダイヤモンドと銀糸で飾られている。肩にはレースで縁取りされたヴェロアのショールを掛け、どちらも一流の素材と職人技の傑作だ。


 少女自身の可愛らしさも、ドレスに負けてはいなかった。今は隅の影に隠れて同化してしまいそうな漆黒の髪は、一条の光にも輝く艶を持っているし、夕日が隠れた直後の空を思わせる淡い藍色の瞳は、揺らめく危うさが神秘的だ。肌は薄い褐色で、少女が女性へと成長すれば、独特の色香を漂わせるだろう。


 それらの美しさは十分、称賛に値するものだったが、少女は自分の容姿が好きではなかった。国神を表す貴色である黒髪の方は好きだったが、瞳の色が嫌いだった。


(はやく、終わらないかな)


 天井から床まで到達する一枚の大きな板ガラスの向こう、会場となっているホールからはまだまだ賑やかな紳士、淑女の談笑が続いている。楽団の奏でるワルツの優美な音が、少女の耳には空々しく響く。

 まるで別世界のよう、と少女は憂鬱な溜め息をついた。


(どうしてわたしだけ、アルケナ神の貴色を持てなかったのかな)


 きゅ、と膝を抱えて、頭を落とす。目頭がじんと熱くなった。


 ――惨めだった。


 誰にも顧みられる事のない、なりそこないの王族である自分が。


「こんばんは、ユリアーネ王女」

「!」


 顔を膝に埋めていたため、声を掛けられるまで人が近付いている事に、少女――ユリアーネは気付かなかった。驚いて顔を上げ、ユリアーネはぱちぱち、と目を瞬かせた。


(きれいな人……)


 相手を見上げて、まず思った事がそれだった。


 月光を弾いてきらきらと輝く純銀髪と、乏しい明かりの夜の中でもはっきりそれと分かる、鮮やかな晴天の青の瞳。

 隣国ヴィシリアスの祖、女神カルシューアの貴色を受け継ぐその相手を、勿論ユリアーネも知っていた。


「こ、こんばんは、ウルシュラ王女」

「会場にいらっしゃらないから、探したわ。でも、この美しい夜空に魅入られてしまっては無理はないわね」


 ユリアーネの目線に合わせるために少し屈んだため、はらりと肩に落ちてきた銀糸の髪を梳き、背に戻すと、ウルシュラは空を見上げ、次いでユリアーネに微笑みかけた。


 ウルシュラの年齢はユリアーネとは一つしか違わないはずだったが、その落ち着いた、洗練された佇まいはずっと大人びて見えた。自身に迷いのない、意志の強そうな瞳が余計にそう思わせたのかもしれない。


(隠れていたって、分かっていらっしゃるはずなのに……)


 本当なら、ユリアーネも主催者側の人間として、会場で来賓をもてなさなくてはならない立場だった。しかしウルシュラはそれを指摘せず、微笑んで見せただけだった。


「わ、わたしに何かご用でしょうか……?」

「お話ししたかっただけよ。だってわたくし達、せっかく年も近いのですもの。お隣なのだし、仲良くしましょう?」

「こ、光栄です。殿下」

「そんなに緊張しなくても。わたくしはマナーの先生ではないし、同じクロツィアエル同盟加盟国の王女でしょう」

「わ、わたしはただの王族です。尊き神の直系血族である殿下とは違います……」

「つまらない事だわ」

「え」


 ユリアーネがずっと抱き続けていた劣等感を、ウルシュラは一言で切り捨てた。


「王族に生まれた以上、国に尽くすのはわたくし達の義務よ。だから、貴女が直系血族でない自分に劣等感を抱く気持ちは、良く分かる」

「あ……」


 ユリアーネに対して告げられたウルシュラの言葉は、同情以上の、彼女自身の感情がこもっているようにユリアーネには感じられた。

 そう感じる程に、ウルシュラの言葉には力あった。


「けど、だからこそやれる事をやるべきだわ。己に与えられた能力で、できうる限り責務を果たすべき。直系血族でなくても、貴女には国のためになる能力があるはずだわ。違って?」

「いいえ……」


 純粋な能力で言えば、ユリアーネは神の直系血族である兄妹には及ばなかった。しかしウルシュラの言う通り、劣っているからといって何も出来ないわけではない。


「わたくしも同じよ」

「殿下は、ご立派です。お体が弱いのに……こうして他国にまでいらっしゃって、全ての務めを果たしていらっしゃる……」

「ありがとう」


 ふ、と微笑って見せたウルシュラに、ユリアーネはとくりと胸を熱くした。

 自分の言葉は家族に対してすら意味を持たなくて、こうして正面から話して、お礼を言われるなどという事が、ユリアーネの記憶の中になかったせいかもしれない。

 もっと沢山話してみたい。そう思って、ユリアーネが口を開きかけた時。


「殿下。そろそろ中へお戻り下さい」


 バルコニーの入口辺りから、やや硬質な印象の少女の声がして、ウルシュラは優雅にそちらを振り返る。


「あまり長く夜風に当たられては、お体に障ります」

「ヴィラ」


 ヴィラ、と呼ばれた少女は、一目でウルシュラの血縁だと分かる容姿をしていた。

 王家に近い証である、灰銀髪に灰青色の瞳。ウルシュラやユリアーネより、一つか二つ、年上だろう。

 整った、美しい容姿をしているのに、なぜだか彼女にはドレスがあまり似合っていないような気がして、ユリアーネはちぐはぐな印象に心の中で首を傾げる。


 そしてすぐに、あまりに失礼な事を考えた、と自分で恥じて、その考えを頭の中から追い出した。


「そうね。――では、ユリアーネ。近いうちに、また」

「は、はい! ごめんなさい、気付かなくて……」


 ウルシュラが病弱の王女である事はユリアーネも知っていたのに、夜風の冷たさに長々と晒してしまった事に、ひどく恐縮して頭を下げた。


「良いのよ。わたくしが話しかけたのだもの」


 穏やかに微笑んだままそう言って、ウルシュラはヴィラと共に、ホールの中へと戻って行った。

 そこかしこで行われている歓談という名の外交には参加せず、ウルシュラは体調を理由に休憩室へと向かう。


 ウルシュラが幼い今はまだ、外交の顔は父である宰相が負ってくれているし、主要な相手にはすでに挨拶を済ませているので、問題はない。

 通路を抜け、貴賓のために用意されている休憩室に、付き添いのヴィラと共に入る。扉を閉めると同時に、儚く微笑んで見せていた『病弱の王女』の顔を一変させる。


「あれがマトレイアの第三王女、ユリアーネ殿下か。立場も気質も丁度良さそうだな」

「では、彼女になさいますか?」

「もうしばらく他の王子、王女共々話してみてからだ。何しろ、致命的な秘密を一緒に抱えてもらうパートナーだからな。できれば、手酷い真似はしたくない」


 腕を組み、言ったウルシュラの瞳は、言葉程には『手酷い真似』をためらっていないようだった。


「万一の時は、私が」

「そうだな。その時はお前にやってもらう事になるだろう、ヴィラ」

「殿下の――我がヴィリシアスの、ひいてはクロツィアエルのために、私の忠誠は全て殿下のものです」

「そう、それで良い。()はヴィリシアスを裏切らない。だからお前も安心して、ヴィリシアスのために、俺に尽くせ」

「はい、殿下」


 恭しく跪き、胸に手を当て、ヴィラは深く頭を下げる。ユリアーネの感じた違和感が、形となった姿だった。

 きらびやかなドレスを纏っていても、彼女の本質は変わらない。ヴィラは貴婦人予備軍の令嬢ではなく、ウルシュラの騎士だった。


「もう俺がドレスだけで誤魔化せる時間は長くない。外の人間を囲い込むのは気が進まないが、やはり、これしかない」

「殿下の道は必ずお守り致します。我が幻獣の翼にかけて」

「俺も誓おう。光の片割れたる銀の輝きと、始まりの陽を輝かせる晴天の青に」


 今は月神アルケナの支配する夜空を見上げ、またすぐに巡って来る己の始祖、天空神カルシューアが支配する蒼天に思いを馳せ――己の決意を口にする。


「我がヴィシリアスは、永劫兄妹達の守護国たらん事を」

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