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フツメンに生まれたかった…  作者: 橘アカシ
新しい始まり編
2/63

BL展開なんて望んでないのに…

青葉視点に切り替わります

若干シリアス?かもです

「二階堂くん、おはよう」

「……はよーす」

 念願叶って先日友達まで昇格した二階堂くんは今日も今日とて不機嫌そうにしながらきちんと挨拶を返してくれる。

 二階堂くんは何か言いたげに僕の後ろを見て深いため息をつくと「こいつのどこがいいんだろう」とよく分からないことを呟く。

「どうしたの?」

「後ろの女共ちゃんと躾けとけよな」

 僕が後ろを振り返るとクラスメイトの藤木さんと大野さんがにっこり笑って立っていた。

「二人ともおはよう」

「おはよう!青葉くん!!」

「おはようございます」

 挨拶を交わす僕らを見て二階堂くんはまたため息をつく。ますます仏頂面になる彼に僕は何かやらかしたかなと不安になって聞いてみるけれど何でもないと言って答えてくれなかった。

 

 


 僕は『僕』であることにずっと違和感を感じて生きてきた。周りの男の子たちみたいに駆けっこしたりケンカしたりするよりもお花を摘んだりお母さんと料理やお菓子を作る方が楽しかった。

 幼稚園でも女の子とおままごとばかりしてお父さんは渋い顔をしてた。お父さんは僕に男らしく成長して欲しいらしく休みの日になると公園でキャッチボールをしたり、サッカー観戦に連れて行ってくれたりした。

 それで判明したのは僕は運動神経があまりよろしくないということ。早々に諦めたお父さんは僕にスポーツを強要することはなくなった。

 こんな僕に男の友達は出来ず気づけば周りは女の子ばかりになっていた。女の子に混ざる僕は男子にしてみれば気に食わないらしくオンナ男とかカマ野郎とか言われて本来ならいじめられていた。

 なぜ未遂で終わったかといえば女の子達が反撃して守ってくれたからだ。子供の頃は女の子の方が成長は早いし容赦なかったため本気泣きした男子達にさらに嫌われたのは余談である。

 成長に従い物事がわかるようになるにつれ僕の違和感は病気ではないのかと疑い始めた。

 性同一性障害。体とは真逆の心を持って生まれてしまったのではないかと。女の子になりたいと思ったことはない。だからといって男であることにどうしても納得出来なかった。まだ誰にも恋愛感情を持ったことはないけれど、心の向かう先が女の子じゃなかったら?起こってもない未来に僕は憂鬱を抱かずにはいられなかった。




 そうして高校に進学し違和感の本当の理由を思い出すこととなる。

 進学校の特進クラスに入ってまず驚いたことは僕以外の全員が容姿が整っていること。特進クラスなんだから勉強出来る人の集まりなのに条件に美男美女の項目があるのかと疑ってしまった。まあ、僕がいる時点でそれはないんだけど。

 そんな中で彼は一際異彩を放っていた。綺麗な顔が並ぶ中それでも埋もれない圧倒的な造形美。艶やかな黒髪に切れ長の怜悧な瞳は見るものを惹きつけてやまない。すらりと高い背は大人になる前の繊細さを残すものの均整のとれた体格はまだ学生である彼に威厳のようなものを感じさせた。

 彼を見た瞬間僕の中になんとも言い難い感情が湧き上がった。心臓がドクドクと脈打ち存在を主張し始める。なんだこれ?その感覚に戸惑いはあるけれど不快ではなかった。何より僕はこの感情を知っている。

 その瞬間脳裏に過去の記憶が蘇った。


 僕が僕である前に僕は私だった。

 それは前世と言われるもの。前世の私は根暗で人付き合いが苦手だったため前髪で顔を隠して極力人と関わらないように生きてきた。そんなわたしが目障りに思う人もいたらしく度々嫌がらせのような些細ないじめを受けてきた。そこにいるのが鬱陶しいとか理不尽な理由で数人に囲まれていた私を救い出してくれたのが彼だった。

 たまたま通りかかっただけであろう彼は『つまんねーことしてんじゃねーよ』と私から彼らを退けてくれた。柄が悪いともっぱらの噂だった彼が怖くて縮こまっていた私にも彼は一喝した。

『お前も悪いことしてるわけじゃねぇのにびくびくすんのやめろ。だから鬱陶しがられんだよ。その前髪もうざったいから切れ』

 そのあと髪を切った私はほんの少しだけ前向きになれて友達が出来、いじめられることもなくなっていった。そしてそのきっかけを作ってくれた不器用な優しさを持つ彼に私は次第に惹かれていった。

 そんなある日。私は階段から落ちて頭を打って死んでしまったらしい。私の横を通り過ぎて階段を登って行く黒猫に気を取られて足を踏み外してしまったのだ。家族や友達が呆れるようなドジは偶にやらかしたけどこれはさすがに笑えない。

 ドジっ子返上しようと気をつけてたところだったのに最後のドジで人生終了なんて。私神様に嫌われるようなことしたかななんてのんきに考える。

 自分の体のはずなのに一歩離れて見ると他人に思えるから不思議だ。前は長かった前髪も眉の辺りで切り揃え、俯きがちだった姿勢もまっすぐ前を向くようになった。自分でも驚く程変わった私は彼がいなければ消極的な自分の中に埋没していただろう。

 階段の下に転がる私は誰にも見つけてもらえない。けれどこっちの方には迎えが来たようだ。天上から光の柱が下りてきて私の魂を空へと誘う。遠くに響くサイレンの音を聞きながら心地よい光に包まれて私の意識は上へ上へと昇っていった。


「可愛いお嬢さん、ようこそおいでくださいました。貴女の天使ユエルが案内を努めます」

 気づいたら真っ白い空間にいて白い服を着た綺麗な人が目の前で片膝をついて私の手の甲にキスをしようとしていた。とっさに手を引っ込め数歩後退った。

 天使ユエルと名乗ったその人は名残おしそうに私の手を目で追い、未練を断ち切るようにすっくと立ち上がって咳払いをすると真剣な目を向けてきた。

「野々瀬青葉さん。誠に残念なことに貴女はお亡くなりになりました。と、言うわけで僕と結婚しませんか?」

「…………は?」

 私が言葉の意味を呑み込めず固まっていると麗しい顔が近づいてきた、が。

 ゴーーん。どこのコントかユエルの頭の上にタライが落ちてきた。

「いっったーー〜!!……こんのクソ神!!また僕の邪魔しやがっ……!!?」

 ゴーーん。おそらく罵ってはいけないヒトを罵って再び頭の上にタライが落ちる。これが本当の天罰だろうか。くだらなすぎる。目の前の状況についていけなくても頭の別の部分が冷静に突っ込みを入れていた。

 頭を押さえて身悶えしていたユエルはやっと痛みが引いたのかノロノロと立ち上がった。若干涙目だ。結構痛いらしい。

「ああー。さっきのは忘れてください。本題に入らないとまた落とされるのでお返事はまた後ででいいです。ではさっそくですがご自身について疑問はありますか?」

 返事云々はお言葉に甘え記憶の遥か彼方へ追いやり有り過ぎる疑問を一つ一つ言葉に出して整理して行く。

「えっと。私…死んだんですよね」

「はい。死因は脳挫傷。即死でした」

「家族には、もう会えないんですよね」

「貴女を現世に繋ぎ止める器が失われましたから戻ることは出来ません」

「私の体、ちゃんと見つけてもらえましたか?みんなの元に帰れましたか?」

「大丈夫です。今は家族の元にありますよ」

 ユエルは優しく微笑み私の疑問に丁寧に答えてくれる。さっきの奇々怪々な態度とは打って変わってその微笑みは慈愛に満ちていてこの人は本当に天使なんだとなんとなく納得出来た。

「良かった。行方不明になってたらお父さんとお母さんの心労を増やしかねないし」

 ユエルは笑みを深め、しんみりした雰囲気を払拭するように明るい声で言葉を紡いだ。

「さて、野々瀬青葉の人生に区切りはつきましたか?次は来世について話しましょう」

「来世?私は生まれ変わるんですか?」

「その通りです。どんな自分に生まれ変わりたいですか?」

「どんな自分…ですか?」

  はい。来世について一つだけ自分のことを決める事が出来るんです。お金持ちになりたいとか、美人になりたいとか。最近はこんな世界に生まれたいとかが多いですね。もちろん僕のお嫁さんでもいいですよ」

 先ほどの真面目さはどこへいったのか、最後の言葉は聞かなかったことにして私は考える。決めていいと言われても来世なんてものにいまいちピンとこなかった。見かねたユエルが助言をくれる。

「人生でやり残した事を来世に持ち越すとか、出来なかった事が出来るようになりたいとか。僕のお嫁さんになりたいとか。時間はたっぷりあるのでじっくり考えてくださいね」

 …この天使様は結構諦めが悪いらしい。期待の目で私を見てくるためなんとなく返事を保留にしてしまう。

「…………あっ」

 告白とも取れる天使の発言に一つだけやり残したことを思い出した。本当は明日言おうと思っていたのにその明日は永遠に訪れない。彼に思いを伝えられなかったのが私の唯一の心残りだった。もう一度彼に会いたい。今世で叶わないのなら来世で。

「佐々木くんとまた同級生になりたい。もう一度彼の側で生きたい。こんなのじゃ駄目ですか?」

「佐々木……。僕じゃなくて?」

「佐々木くんです」

 ユエルはじっと私を見る。私もまっすぐにその瞳を見返した。睨み合いに先に目をそらしたのはユエルの方だった。

「それは可能と言えば可能ですし、不可能と言えば不可能です」

「どういうことですか?」

「貴女が生まれ変わった時、元の貴女ではないようにその佐々木とやらも元の彼ではなくなるということです。魂は同じでも新たな環境で別の人生を歩んだ他人同士でもう一度出会うことになってもいいのならそれも可能です。そしてその人間が寿命を全うして生まれ変わるまで待たないといけなくなります。それでもいいですか?」

 ユエルは探るような視線を向けるけれど私の心は決まっていた。

「いくらでも待ちます。私が来世に望むのはそれだけです。この想いを来世の私が忘れてしまったとしても今の私にはそれで十分です」

 ユエルは再度ため息をつくと最後の駄目押しとばかりに「やっぱり僕じゃ駄目?」と目を潤ませる。

「しつこいです」

 あ、本音が出てしまった。

「まあ、いいや。僕も待つことにします」

 懲りずにそんな事を言いながらユエルは魔法のように空中から紙を取り出しこれまたどこからか出したペンで何やら書き付ける。

 書き終わったのかその紙をひらりと宙に滑らすと吸い込まれるように消えてなくなった。

「すごい…」

「フフフ、惚れました?今から僕を選んでくれてもいいんですよ?……っと。早いな。転生の手続きが済んだみたいです。ぜひ来世を楽しんでくださいね」

 そんなことはありません。否定の言葉は声にはならず視界がぼやけていく。目の前にいたはずのユエルはいつの間にか遠ざかり、耳の奥でまた会いましょうねと誰かが囁いた。そこで私の意識は途切れ気づいたとき私は僕になっていた。



 

 僕が感じていた違和感。持って生まれた心を間違えたんじゃなく、持って生まれた体を間違えていたのだ。もともと女だった“私”の意識が強かったために男としての体に馴染めなかった。でも理由が分かったところでなんの解決にもならない。僕が男として生まれたことは変えようがないのだから。


 高まった胸の鼓動は彼が佐々木くんだと訴えていた。前世より顔の造作が整っているけれど不思議と佐々木くんの面影が残っている。

 私が死んだ後、彼がどんな人生を送ったか知ることは出来ない。けれどそれが幸せなものであり今こうして再会出来たならこんなに嬉しい事はないと思った。

 ユエルの言った通り前世の願いは叶えられた。けれど男の僕がこの感情を彼に抱くにはとてつもなく不毛で。唯一の救いは彼がもう佐々木くんではないということ。佐々木くんではない彼にこの感情を抱くのは間違ってる。僕は心に蓋をして見なかったふりをした。



「青葉くん、どうしたの?ぼーっとして。悩み事?」

 隣の席の井上さんが心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。入学式から数日が経ち仲良くなった井上さんは僕によく話しかけてくれる。色素の薄い髪を両サイドで高く結っている彼女もクラスの例に漏れず見目麗しく平凡な僕も気にかけてくれる優しい子だ。

「なんでもないよ。ちょっと考え事してただけ」

 意識して笑顔を作ると井上さんはならいいんだけどと微笑を返してくれる。小動物のような彼女の笑みに肩の強張りがほぐれるのを感じた。

「あ、また来てるね」

 井上さんはおもむろに廊下を見ると不快そうに顔をしかめてそう言った。僕も廊下の方を見るとちょうど二階堂くんが教室に入って来たところだった。

 けれど井上さんがまたと言ったのは彼ではない。教室の入り口から入って来ずに、その場できゃあきゃあと騒いでいる他クラスの女子達だ。

 二階堂くんは窓際の自分の席に着くとつまらなそうに窓の外を見る。女の子達はしばらくそこにたむろし朝礼の時間が迫ってくるとようやく自分たちのクラスに帰っていった。その間もA組の生徒が入って来るたびに奇声をあげクラスメイト達は迷惑そうにその脇を通っていた。

「ほんとああ言う子達って迷惑だよね。人を見る度に大声出して。私たちは珍獣でも宇宙人でもないっての!」

 井上さんは去って行く女の子達の後ろ姿にベーッと舌を出す。

「でも、僕も彼女達の気持ち少し分かるな」

 怪訝そうに首を傾げる井上さんに僕は苦笑して内緒話をするように声をひそめる。

「僕みたいに平凡な人間にとって井上さん達クラスのみんなが天上の花なんだ。誰もが求めるけれど僕らには手折ることの出来ない天上の花。目の前にあったならその美しさをいつまでも見つめていたい。…なんて思ってたけど今はこうして同じクラスになって井上さんと話せるんだから少し、ね。あれ、どうしたの?」

 井上さんは何か言おうとしているのか口をパクパクさせるが言葉にはならない。その頬は熟れたリンゴのように真っ赤で、目も潤んでいる。

「もしかして熱があるの!?じゃあ、保健室に…っ!!」

 井上さんは僕の言葉にぶんぶんと首を振る。けれどその様子は正常とは言えず、両手で顔を固定しておでことおでこを合わせて熱をはかる。

「うーん。やっぱりちょっと熱いかな。無理しちゃ駄目だよ。保健室いこう?」

 やっぱり体調が悪かったのか井上さんは僕の方にふらりと倒れて来た。

 それが気絶のためだったと気づいたのはこの数秒あとである。


 そのから僕にも友達はたくさん出来たけど、二階堂くんを意識せずにはいられなかった。

 前世の彼であるときから私には格好良く映っていたけれど今は誰もがその事を認めている。容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能、母親の家系は元を辿れば華族に行き着くほどの名家で彼にも貴い血が流れている。そのため取り巻きがたくさんいてもおかしくはないのに彼の放つ威厳が彼自身を孤高の存在たらしめていた。

 以前にも増して遠くに行ってしまったように感じるのにふとした場面で前世の彼を思い起こすのだ。

 言葉は辛辣なのに意味は別のところにあったり、泰然と見せかけて実はぼーっとしてるだけだったり私の知ってる佐々木くんは言動と心が伴ってるようで違ったりする難しい人だった。そのため他人に誤解されやすく本当は優しいのに損な性分をしていた。

 今の彼も男子には怯えられ、多くの女子からは遠巻きに見つめられ、クラスの女子からはその口の悪さに毛嫌いされていた。

 そんなことを日々とりとめもなく考えて、僕は一つの事実に思い至った。

 前世を思い出したその時から僕はもう後戻りできないのかもしれない。

 だから僕はあの日と同じように一つの決意をした。


 彼と、、、二階堂くんと友達になろう。


 気づかないふりをして蓋をしているうちにこの感情は溢れてしまった。どうせしまっておけないのなら成り行きに任せよう。彼に手の届く今、動かなければ僕はきっとあの時と同じように後悔する。溢れ出たこの感情にあえて名前をつけないで彼との今を歩んで行きたい。


 行動を起こした結果。僕は二階堂くんと友達になることが出来た。たまに恨みのこもった眼差しで見られるけれど、僕を追い払わないのは彼なりに僕のことを認めてくれてるのだと思うことにしている。

 二階堂くんは時たま意味ありげに僕の後ろを睨んでいるけれど井上さんや藤木さん大野さんなどを始めとする女の子しかいない。

 聞いてもいつもはぐらかされてしまい井上さん達もにこにこ笑うばかりで教えてはくれない。不思議に思いつつ二階堂くんには他の人には見えない何かが見えてるのかもしれないと一人得心しておく。これからは前世以上に彼の事を知ることが出来る。それは宝箱を開ける時のように僕をわくわくとさせ同時に僕の心臓をぎゅっと締めつけた。


「青葉!なにぼーっとしてんだよ。行くぞ」

「あ、待って!」

 時計の針はいつの間にか進んでいて始業時間まであと僅かだ。二階堂くんはそう言うなりさっさと歩き出してしまう。僕は慌ててロッカーに靴を押し込んで上履きに履き替えると軽やかな足取りで彼を追いかけた。

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