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「御客人」様

「御客人」様、いらっしゃいませ。

作者:

 こちらに向かってくるガチャコンガチャコンという音を聞いて、トマトをもいでいた手を止めた。

 明らかに整備不良な自転車の目的地は、ほぼ間違いなく我が家だろう。なにしろこの小さな村には我が家を過ぎた先は、これまた我が家の小さな畑しかないのだから自明の理だ。


「おーい!ねーちゃーん!まだ寝てんのー!?起ーきーてー!!」

「起きてるっつの。失礼な上にうるさいし。アンタ私をどんだけナマケモノ扱いしてんのよ」

「おぉおっ!?」


 基本的に誰かしら家に人が居り、窓か玄関が開いている。もしくは留守でも隣人が対応するため、訪問時にインターフォンを鳴らす事無く、まず声をかけるのがこの村の慣習だ。市町村大合併からも相手にされない位の山間にある小さな村は、電気やインターネットはそれなりに現代に対応しながらも、どこか牧歌的な地域である。

 例に漏れず、家の前で大声を出していた(畑を挟んで1㎞離れた先にある)隣家の孫息子が、私の応えに驚きながらも「おはよー!」とニッカリ笑った。

 ― 余談だが、こいつが生まれた時に5歳だった私が主に遊び相手としての面倒を見てきたので、私のことを「姉ちゃん」と呼ぶが血の繋がりは全くない。この弟分である隣家孫息子は高校で野球部に入っており、休みは畑仕事の手伝いをしている(たとえそれが隣家最恐の祖母の命令であったとしても)イマドキ感心なスポーツ青少年だ。そんな生活をしているせいだろう真っ黒に日焼けしており、日陰や夜はそれが保護色となり、白目と歯だけが暗闇にぼんやり浮かんで見えて少々心臓に悪い。

 閑話休題


 挨拶を返し用向きを尋ねると、隣家孫息子は用事を思い出したらしく、興奮してこう言った。


「ウチに『客』が来たんだ!」

「お客サマ?親戚の人?友達?」

「は?・・・じゃなくて!『御客人』が来たんだってば!」


 もしくはとうとう彼女が出来て連れて来たのかと、いささか下世話な発想を口にしようとしたところで、隣家孫息子は言い直す。

 あぁ『御客人おきゃくじん』かと独りごちた私に、隣家孫息子は嬉しそうに頷いた。


「そんなに嬉しそうって事は、今回は・・・マトモな『御客人』な訳ね。よかったじゃん。そうだ野菜持ってく?」

「そう!何か魔法とかのファンタジーな感じだけど、とりあえずマトモなんだ!やーよかったー。前の・・みたいなのがまた来たらどうしようかと思ったよ。あ、野菜は貰ってく。サンキュー」

「ん。じゃあ収穫手伝って、と言いたい所だけど、まだ何か用事あるの?」

「いや。俺は姉ちゃんとこに伝えとく様に言われただけ。収穫はあと何があんの?」

「キュウリはもう済んだから、あと茄子とトマトかな。今日の収穫分は全部持って帰っていいよ。ウチ昨日までのがまだ余ってるし」

「おーやったラッキー。婆ちゃんから貰えた食料は全部持って帰れって言われててさー。ちなみに今回来たのは男ばっかり四人で何か戦ってる人っぽくて、剣とか杖とか持ってた。歳は姉ちゃん位かな。怪我はあんまりなかったんだけど、すんげえ汚れてたから、来た早々風呂に放り込まれてたよ。その後飯を出したんだけど、まー食う食う」

「そりゃ食料要りそうだねぇ。まぁ手が足りない時は手伝うから言ってって伝えといて」


 了解と頷き、はさみを片手に早速茄子に手を伸ばす隣家孫息子を横目に、私はまたトマトの収穫作業に戻った。



 うちの村は、違う世界の人間がたまに迷い込んでくる。

 一つの違う世界ではなく、数多あまたあるらしいいろんな世界の住人が、どういう訳か突然ひょっこりと現れるのだ。人によって表現が変わるとややこしいと言う事で、総称を『御客人おきゃくじん』と読んでいる。


 戦前だったかに政府の調査が入ったが原因は分からず。だったら異世界の能力を何らかの戦力に出来ないかと画策されたらしいが、そういった・・・・・目的の為だと『御客人』は能力の欠片すら使えなくなる事象が起こり、諦めざるを得なかったらしい。更に、異世界の住人とあって、人ならぬ『御客人』攫いに来る「人買いもどき」も昔はいたそうだが、いざ事を起こそうとすると天罰めいた事がその「人買いもどき」の身に降りかかる等色々あって、幸いにも『御客人』攫い事件も起こらなかったらしい。

 全て伝聞なのは、私が生まれるずっと前には、そういった事件も利用する為の来訪もほぼなくなったからだ。

 不思議な事に『御客人』はこの村に長く住む村民の敷地内にしか現れない。調査が入った際に分かった事としては、何代かに渡って住んでいる村民のところにしか現れないらしい。

 他に『御客人』への調査の結果で判った事は、あまり多くない。文字や習慣も違うし、明らかにヒトではない場合もある。同時期に違う世界の『御客人』が居ることもあるし、滞在期間もバラバラ。こちらに現れるまでの状況も違うし、来る方法(意図せず突然だったり、変な空間に飛び込んだり)も一貫性がない。と共通点がほとんど無い。ただ、何らかの制限があるのか、村民に危害が加わりそうな『御客人』はまず来ない。

 唯一の共通点は言葉が通じる事だけだが、向こうは普通に喋った言葉がこちらには日本語で聞こえると、相互に自動翻訳されているようだが、これまた全く理由も判らない。しかし昔からの事なので気にする村民も居なかった事は、調査の人も驚いていたらしい。


 そしてこの村は農作物を初めとする食料の育ちが異常に良く、何故か天災は少ない。祖父母以上の年代でも、この村は食料に困った事はないそうだ。更にこの村の食材は売ると結構高い評価を頂けてそれなりの現金になる。こればかりは不思議なのだが、食料や財政的に困難だと『御客人』を受け入れる事も難しくなるので、これが報酬の様な物なのかもしれないと勝手に納得している。

 しかし昨年植えた桃の木が、今年十分に甘い実を実らせるのは一般的に見てやはり規格外だろう。

 食料に関しての自給自足がほぼ成り立つ上に、余れば売って現金を稼ぐ。しかし食以外の贅沢を望む人間もまず居ない為、生活に関わる以外の現金はあまり要らないし、と各家庭の父親位しか働きに出る事はない。

 そんな感じの環境が他所で通用する事がないのは分かり切っているので、この村の村民は出て行くことも少ないのだが、増える事も非常に少ない。入村に関してのみ政府の干渉があるからだが、それは『御客人』の事が世間に広まらないようにする為だそうだ(そして増える村民は、村に調査で滞在した事のある仕事に疲れた政府の人間である事が多い)。


「よっしゃ収穫完了。なぁ姉ちゃん、ほんとに全部貰っていいの?」

「構わないよ。昨日までので十分あるし熟れ過ぎて困ってたくらいだし。むしろ手伝ってもらって助かったわ。ありがと」

「姉ちゃんとこの野菜は旨いから婆ちゃんも喜ぶよ。こっちもありがと」


 再びニッカリ笑ってカワイイ事を言う隣家孫息子(カワイイ弟)は、溢れんばかりに野菜が入った背中に背負う籠(隣家から持って来た)を軽々と持ち、整備不良自転車の音を響かせ帰っていった。・・・いつかあの自転車が走ってる最中に突然バラけるのではと少し心配になった。

 ちなみに、隣家に前回訪れた『御客人』は、どこぞの世界の中の王子様(←)だったらしく、非常にワガママで好き嫌いが激しくて、リアルに「こんな粗末な下々の食べ物を、この高貴な王族であるボクが云々」とやらかしたらしい。そして隣家最恐の祖母による説教を食らって大泣きしていた。(この辺り(大泣き)になると村民が見物に集まっていた為、私もその泣きっぷりは見た)

 そのオウジサマとやらは、隣家祖母の指導の元、規則正しい生活を送り、1週間位で帰ったらしいのだが、説教が身に染みている事を切に願う。


 小さな畑の水遣り・雑草と虫の除去・収穫を済ませ、夏場の労働はしんどいわーなどと思いながら、畑の脇にある木陰に寝転んだ。この木の傍に小川が流れているのだが、寝転んだ状態で膝から下のみ川に足を浸すと非常に気持ちが良い。

 お昼ごはんは何を食べようかなと考えていると、誰かの影が視界に入った。村民ではないその人物はしばし辺りを見渡した後、寝転がる私に気付いて近寄って来る。


「あーその。休んでいる所申し訳ないが、少々道・・・などを伺いたい」


 視界に映るのは軍隊の様な制服(マント付)を着て、腰には剣と思わしき物を下げた、困った顔すら凛々しくも美麗な女性だった。しかしその耳はいつか見た「エルフ」のおにーさんの様に長く、先端は少し尖っている。

 ああ、今朝から外出中の祖父母両親に連絡しなきゃと思いながら、私は身を起こして笑顔で口を開いた。


「ヨウコソ異世界へ。『御客人』様、いらっしゃいませ」


夏の暑さが見せた、こんな生活がしたいと言う願望を初投稿・・・してしまいました。続きは恐らくない、かもしれません。

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― 新着の感想 ―
[一言] とても惹きつけられる作品でしたっ! 私も御客人呼びたいです。出来ればマトモで(笑) 初投稿とは思えない素晴らしい作品を生み出してくれてありがとうございます(*´∀`*)
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