7-5.Lenehru -Juni-
「アレが『出口』だよぉ、ジュ~ンっ!」
森の出口が見えたところで聞こえたのは、俺達の会話に混じるかのようにしゃべるユニの声だった。
「もぉ~う! 私に黙って『帰っちゃう』なんてヒドイよぉ~、ジュンったらぁ!」
笑顔のまま俺達三人と一匹(エルが召喚している深淵の魔氷狼だ)に距離を詰めてくるユニ。
おそらくその姿は、俺以外には見えていないのだろう。唸り声を上げたフェンリルに関しては分からないが。
後ろを振り返り、ユニの姿を確認した俺の頭の中で、システムめいた女の声が聞こえた。
>『暗殺者』職業設定『暗殺対象』、『光属性の召喚士ユニ』を補足しました。これよりプレイヤーは『暗殺行動』に移ってください<
出口に向かってスピードを上げていたはずの俺の足は何故かユニの方に向きそうになる。
今止まったらダメだ。
直感が告げるままに、俺はさらにスピードを上げて森の出口を目指す。
鬱蒼と茂る木々を抜け、俺達はとうとう森を抜けた。
「ウヅキ、先頭頼む!」
俺はそれだけ言い残し、ユニとの最後の戦いに臨むべく、森の出口にいる人物と謎の物体から距離を取る。
「えっ!?」
再び森の方角に向かって走る俺に驚いた声を上げるウヅキとエルには構わず、俺は真っ直ぐにユニに走る。
途中、倶利伽羅改二をユニに投擲、これは十二本とも躱される。続いて紅蓮の小刀改二を二セット投擲。やはり躱されるが問題はない。放たれたナイフは全てある意図をもって投げられているからだ。
深紅の魔炎銃を構える俺に、ユニも笑顔のまま突っ込んでくる。そんなユニに俺は必殺スキル「煉獄の救済」と「桜火の理」を連続して発動させる。
ユニを包む焔に紛れて、さらに深紅の魔炎銃による銃撃と必殺スキル「業火の理」の発動。
俺の持つ武器には、約束された勝利の剣以外に全て『改造屋・フミヒロ』によって「闇属性」が付与されている。
「闇属性」の俺に対して「光属性」であるユニには、かなり致命的なダメージが入ったはずだ。
だが……。
「ジュンったら~。そんなに熱烈に歓迎してくれなくてもいいんだよぉ~? これから私たちは、『世界』を救って、『本物の英雄になる』んだからぁ♪」
ユニは不気味な笑顔を絶やさずに俺に迫ってくる。
今回は俺に対して杖を投擲してくる様子はなさそうだが、その口ぶりに違和感を感じる。
「『世界』を……救う?」
「そーだよぉ♪ ジュンだって聞いたことあるデショ? 『この世界が***の犠牲を払わなければ近いうちに滅びる事と***が自分の親しい人だという事を知ります。あなたはそれでも世界を救いますか?』 『この世界が***の犠牲を払わなければ近いうちに滅びる事と***が自分の親しい人だという事を知ります。あなたはそれでも世界を救いますか?』 『この世界が***の犠牲を払わなければ近いうちに滅びる事と***が自分の親しい人だという事を知ります。あなたはそれでも世界を救いますか?』 『この世界が***の犠牲を払わなければ近いうちに滅びる事と***が自分の親しい人だという事を知ります。あなたはそれでも世界を救いますか?』 『この世界が***の犠牲を払わなければ近いうちに滅びる事と***が自分の親しい人だという事を知ります。あなたはそれでも世界を救いますか?』 『この世界が***の犠牲を払わなければ近いうちに滅びる事と***が自分の親しい人だという事を知ります。あなたはそれでも世界を救いますか?』 『この世界が***の犠牲を払わなければ近いうちに滅びる事と***が自分の親しい人だという事を知ります。あなたはそれでも世界を救いますか?』 『この世界が***の犠牲を払わなければ近いうちに滅びる事と***が自分の親しい人だという事を知ります。あなたはそれでも世界を救いますか?』 『この世界が***の犠牲を払わなければ近いうちに滅びる事と***が自分の親しい人だという事を知ります。あなたはそれでも世界を救いますか?』 『この世界が***の犠牲を払わなければ近いうちに滅びる事と***が自分の親しい人だという事を知ります。あなたはそれでも世界を救いますか?』 『この世界が***の犠牲を払わなければ近いうちに滅びる事と***が自分の親しい人だという事を知ります。あなたはそれでも世界を救いますか?』 『この世界が***の犠牲を払わなければ近いうちに滅びる事と***が自分の親しい人だという事を知ります。あなたはそれでも世界を救いますか?』 『この世界が***の犠牲を払わなければ近いうちに滅びる事と***が自分の親しい人だという事を知ります。あなたはそれでも世界を救いますか?』 『この世界が***の犠牲を払わなければ近いうちに滅びる事と***が自分の親しい人だという事を知ります。あなたはそれでも世界を救いますか?』 『この世界が***の犠牲を払わなければ近いうちに滅びる事と***が自分の親しい人だという事を知ります。あなたはそれでも世界を救いますか?』 『この世界が***の犠牲を払わなければ近いうちに滅びる事と***が自分の親しい人だという事を知ります。あなたはそれでも世界を救いますか?』 『この世界が***の犠牲を払わなければ近いうちに滅びる事と***が自分の親しい人だという事を知ります。あなたはそれでも世界を救いますか?』 モチロン、救ってくれるよねェ? ジュ~ンっ! 」
まるで壊れた玩具のように同じことを繰り返しながら俺に近づいてくるユニに後ずさるが、それでもユニと俺の距離は縮まらない。
何を言っているんだコイツは。
そう思うが、ふと、ラストフローラの酒場で酔っ払った男たちが喋っていたコトを思い出す。
<よう、兄ちゃん。儲かりまっか?>
<この『世界』が滅びる、だって?>
<あぁ、何でもそんな『神託』があったってハナシよ>
<まぁそう辛気臭いカオしなさんなって。なんでも、『犠牲』とやらが払われれば、滅びないらしいからよ>
<『犠牲』でもなんでもイイから、滅びないなら滅びないで放って置いてくれりゃあイイのになァ>
<でもこうして酒の肴にはなるって寸法よ>
<そりゃあいい>
極度に酔いが回っていたのか、ひたすら同じことばかりを話していたあの男たち。あの男たちの言うところの『犠牲』というのが、ユニの言う『自分の親しい人だという***』なのか?
深紅の魔炎銃を撃ち続けている俺に構わず、ユニは俺に近づいてくる。俺の背後には巨大な樹が立ちはだかっていて、俺の退路を塞いでいる。投擲した倶利伽羅改二と紅蓮の小刀改二は既に手元に戻ってきていた。
ナイフ類を投げた位置は、ちょうどユニを囲む結界になるように投げたはずだったのだが、何故かユニはその闇属性の結界を無視するかのようにこちらに近づいて来ていた。……姑息な手段は通用しないっていうのか。
こちらに向かう歩みを止めないまま、笑みを浮かべるユニは、まだ喋り続けていた。
「ぶっちゃけ言うとねェ~、私がジュンを『英雄』にするって決めてからは、もう『犠牲』の内容は半分くらい決まっちゃってるんだァ」
くるくると『召喚士』用の杖を回しながら、ユニはそう言う。
「でもさぁ、やっぱ将来を見据えると、私が今から実行する対象が、一番都合がイイんだよねェ~」
金色の長い杖を携えて、ユニは俺に迫るように近づいてくる。
ユニの計画って何だ!? っていうか、何故俺が『英雄』なんかにならなきゃいけないんだ!?
「あ、そろそろかなぁ~」
そう言いながら、ユニは握っていた杖で何かを薙ぎ払った。その何かは「ギャウン」と悲痛な叫びを上げ、青い光の粒になって霧散する。……どうやらフェンリルが特攻してきたようだ。
「転移召喚!!」
ユニがフェンリルを薙ぎ払ったそのままの勢いで俺に向かって、今度こそ杖を刺そうかという時、俺とユニの間に割り込んできた人物がいた。
ユニの杖はその人物の鳩尾の辺りに突き刺さる。血しぶきの海の中で、俺の良く知るピンクブロンドのウェーブヘアーが、よろめいて、そのまま倒れた。
「……エル……?」
何が起こったのか解らず、その場に立ち尽くす。が、すぐにエルに駆け寄……ろうとした。
「ジューンっ! これで私達、『英雄』にナレタヨ?」
俺の腕をユニが掴み、エルに向かう俺を止める。
そう言うユニや、金色の光に包まれる空には目もくれず、俺はユニの手を振り払ってエルの様子を見た。……まだ息がある。どうやら即死はしなかったようだ。そういえば、補助リングを購入してすぐ、「俊敏」と「耐久」を強化すると言ってリングの装備を組んでいたような気がする。
「何だか……嫌な予感が……したのよ……」
血がこみ上げてくるのか、咳き込みながらエルが言う。
「わかったから、喋んな」
俺はエルの装備リングにある「接近治療」と「範囲治療」の杖を探した。……『狙撃手』の上位であるだろう『銃騎士』の装備が使えるなら、もしかしたら『召喚士』の装備も使えるかもしれないと思ったのだ。
エルの装備リングには五本の杖が付けられていて、そのうちの一本は石化していた。……先程ユニに薙ぎ払われたフェンリルの召喚の杖だったのだろう。
もう一本、ものすごい存在感を放ってくる光属性の召喚用杖があったが、今はアースガルズの門番には用は無い。というか、エルが飛び出してきたときにでも一緒に出てきても良さそうなモンだがコイツ……。やはりユニも『光属性』という所が関係しているのだろうか?
俺は残った三本の杖を見て、「範囲治療」の杖を握ってみた。が、何も起こらない辺り、この杖は俺の職業では使えないのだろう。
もう一本は、エルが俺の目の前に飛び込んできたときに握っていた杖だ。だとしたら恐らく回復系のスキルではない。
最後の一本を握ってみると、武器の詳細が確認できた。俺でも使えると言う事だろう。
特殊杖ニブルヘイム改(極レア、無属性、使用可能特殊スキル「冥府の奇跡」)
回復スキルは見込めなかったが、少なくとも『召喚士』のエルが持っていた杖の効果だ。俺はこの杖のスキルにかけてみることにした。
「『冥府の奇跡』」
エルの傷口に当ててそう唱えると、「特殊杖」は鈍く光る。その後、エルの呼吸が少しだけだが楽になったようだ。どうやらこのスキルは俺でも使える簡易的な回復スキルのようなものなのかもしれない。エルが使っているところを見たことが無いので、何とも言えないが。
「ジュンと『英雄』……ウフフ……そうだよね、だって此処は私の『世界』だもんネ……ウフフフフフ」
一人で何かブツブツと呟いているユニは放って、俺はエルを抱えて、エルがここに来た時に握っていた杖のスキルを使った。回復系や召喚系のスキルでなければ俺でもエルの装備は使用可能なようだ。
「転移召喚」
森の出口から少し離れたところに待機していた青年は、既に一緒に待機させていた物体を起動させていたようで、ウヅキもそれに乗り込んでいた。どうやらエルはこの物体の中に設置されている座席から「転移召喚」を使用したようで、エルが最初に座っていたのであろう場所に俺が血まみれのエルを抱えて現れたことに、ウヅキは言葉も出ないほど驚いていた。
「お兄ちゃん、潤も六花ちゃんも戻ってきたよ!」
ウヅキの言葉に一度だけ振り向いた青年は、どこかウヅキと似た雰囲気を醸し出していたが、一瞬エルの方を見て驚いた声を上げただけで、俺達が乗り込んだ物体を離陸させた。
おそらくこの飛行する船で、「ルネール地方」とやらを目指すのだろう。
あぁ、でも到着すまでの間に、エルの治療をしておかないと……。
俺は空中を舞う船の揺れに、いつの間にか意識を手放していた。
「……今はお休み……彼女の傷が心配だけど……もう時間切れだよ、みんな」




