6-3.Assassin -Reason-
ウヅキに引きずられるように酒場を出た俺達は、初心者クエのために、森へと向かう。
酒場で出逢った男たちの様子に呆然とする俺を、エルが心配そうに見ていた。ウヅキの方は案外動じてはいないようで、クエスト完了を促してくる。――まぁ、カンストハンターであるウヅキからしてみれば、この町にいる事なんて、時間の無駄にしか思えないのも無理はないが……。
「ちょっと、ジュンったらどうしちゃったのよ……急に酒場なんて行きたがって、そのくせ何だか気分も落ちてるし……」
新調した白いミニワンピのデザインがシンプルすぎて気に入らないと愚痴りながらも、エルが声を掛けてくる。
エルの問いかけ自体に意味は特にないが、ふと気になったことを口に出してみる。
「なぁ、エル。『召喚士』って、職業を選ぶときにどのあたりに表示されるモノなんだ?」
先程、ハンター協会本部でカウンターの女性から聞いた職業名は、「剣士」、「騎士」、「魔術師」、そして「大魔導師」の四つだったはずだ。俺の「暗殺者」が、他のハンターやその他の人たちからしてかなり特殊な存在であるならば、エルの「召喚士」はオレの予想ではあの最初に選べる職業の上に位置するものの何かのはずだ。
「え? あぁ、私の『召喚士』は、ちょっと特殊な取得方法なのだけれど……一応『ヒーラー』の上位に位置していたわよ? ついでに言うと、前の職業だった『魔術師』の上位は『大魔導師』のようね。おそらくルキウスはこの『大魔導師』に違いないわ」
「特殊な方法?」
俺とエルが職業についての話しをしだすと、ウヅキも興味を引いたのか、一歩前を歩いていた歩調を緩めて俺達に合わせてくる。
「えぇ。……どうやらこの『世界』には存在しないようだけれど……前の世界で、ルキウスから『職業の種』というモノをもらっていたの。私はその『職業の種』を『ヒーラー』に設定していて、『魔術師』の経験値を上げるのと同時に『ヒーラー』の経験値も上げていたのよ。だから、今回は『大魔導師』と『召喚士』の二つも選べたのだけれど……アンタ達と組むんだったら、火力もイイけど後方支援系が圧倒的に足りてないのよね。『ヒーラー』はほぼ後方支援系の職業だったはずだから、『召喚士』もそれに近いモノだと判断したの」
……良くわからんが、つまりエルはあの、単体にしか使えないモノの圧倒的威力を誇っていた氷属性の火力を捨てて、俺達の後方支援をすると言う事だろうか。
……俺が「騎士」から「暗殺者」に転職したのは、果たして正解だったのか?
おそらく、あの反応からして、ウヅキもエルも、俺の本当の職業が「暗殺者」であることに気が付いていないのだろう。どうやらステータス画面が二人に錯覚を見せているようだ。次にレベルアップでもしたときに、改めて確認してもらってから、俺の職業については説明した方が良いかも知れない……。
少なくとも、俺は魔攻が使えそうなので、物理攻撃オンリーのウヅキを中距離に置けば、俺が前衛で火力を出せばいいだろう。ただ、エルの方は、今までが「魔術師」という個体火力に依存した魔攻職業だ。後方支援の動きがうまくできるのかが、正直俺の新たな不安を増やしている。
森に入って少ししてから、俺達はそれぞれのクエストの内容を確かめる。
「暗殺者」職業の俺のクエスト内容はこんな感じだ。
クエスト1・暗殺者の心得(主に「暗殺者」という職業がどういう働きをするのかを確認する程度の内容で、コレは何か適当な武器でモンスターを攻撃すればいいようだ)
クエスト2・暗殺者の構え(「暗殺者」が戦闘中に起こりうる事態にどう対処するかなどを確認する内容のようだ)
クエスト3・暗殺者の作法(パーティを組む際に「暗殺者」がするべき立ち振る舞いを確認するためのもののようだ)
クエスト4・暗殺者の掟(「剣士」や「騎士」職業初期クエストは三つまでだったので、コレは多分「暗殺者」専用のクエストなのだと思う。内容が良くわからないが、報酬の大きさから考えても相当な意味を持つクエストに違いない。ちなみに、他の初心者クエストの報酬は、雀の涙ってところだ)
俺とエルがそれぞれのクエスト内容を確認してから、随時クエスト作業に入っていった。ひとまずは、適当にモンスターに攻撃をすれば達成扱いになる「暗殺者の心得」。その後のクエストも、今までの経験からして「暗殺者の心得」の達成後に適当にモンスターと戦闘すれば達成扱いになる、と思う。
というのも、「暗殺者」になってから初めて目にした「掟」という初心者クエスト。初心者クエのはずなのに、報酬が桁違いだ。もしかすると、ウヅキやエルに発生している俺の職業が認識できていない事にも何か関係しているかもしれない。
エルの方は、どうやら「魔術師」の時とは違い火力が出せずに苦戦しているようだったので、ウヅキにはエルの方を優先的に見ておくように伝える。俺の方は相変わらず、火力だけは出る職業のようだ。全くレベルが上がっていないはずなのに、何故か剣を一振りするだけで簡単にモンスターが駆逐されていく。レベル上げがされていない状態の初心者クエでは、雑魚モンスター相手でも最初はそれなりに手間取るはずなのだが。
それなりにモンスターを狩ったところで、クエストの一覧表を見てみる。例の、何の魔法だか知らないが、クエストの進捗状況がリアルタイムで分かる親切設計な代物だ。
どうやらほとんどの初心者クエストの内容を終えたようで、それぞれのクエストの横に赤いチェックマークが入っている。
ふと下の方に目をやると、「クエスト4・暗殺者の掟」の欄の下に、先程までは表示されていなかった文字が確認できた。
「この注意書きは、誰にも見られずに読むこと」という書き出しで始まっている注意書きを目にした俺は、エルとウヅキがモンスターを狩っているのを確認して、それなりに太さのある樹の影に身を潜めて、その文章を読み進めた。
注意書きの要点をまとめると、どうやら「暗殺者」という職業は、大っぴらに名乗ってはいけない職業らしい。仮にパーティを組んでいたとしても、よほど信頼していない限りはその正体を明かさない方が良いという。
また、他のハンターには、「暗殺者」職業のハンターのステータスを見せてはいけないらしい。どうしても見せる必要がある場合は、自動的に、何か適当な職業名が付けられるようだ。――おそらく、エルとウヅキが俺の職業を認識できなかったのはコレが関係しているのだろう。
「暗殺者」としてのステータスを他のハンターに表示したいときは、「血の誓い」という儀式を行うらしい。これは「暗殺者」の存在についての秘匿性を保持するためのモノであるらしく、もし相手のハンターが情報を漏らした時は、どうなるか保証が出来ないと言う。――これについてはエルもウヅキも大丈夫だろうとは思う。今回の職業や火力などを考えると、むしろ二人には俺の正しいステータスを認識してもらった方が、連携が取りやすいだろう。
何だか面倒臭い職業に就いてしまったと思いながらエルとウヅキの方を伺ってみた。どうやらやっと目標数のモンスターを撃破したらしく、二人とも息が上がっている。――やはりこのパーティなら火力担当は俺が適任という事だろう。ウヅキは中・遠距離からの攻撃・支援攻撃、エルは後衛確定と言ったところか。
「『召喚士』って、『魔術師』と比べると随分攻撃力が落ちるのね。レベルが上がらないと肝心の『召喚』も出来ないみたいだし、しばらくはジュンとウヅキの能力補整くらいしか出来そうにないわ」
残念そうに言うエルに、ウヅキが慰めるように肩を叩く。
「ジュンの方は、かなり余裕があったみたいだけど……『武闘家』ってそんなに初期から攻撃力高いんだね」
「だから、ジュンの職業は『魔術師』でしょう? 『魔術師』は割と初期から個体に対しての攻撃力は高い方よ?」
また二人が俺の職業について喧嘩を始めてしまう前に、言っておくべきだろうか。
クエストの注意書きをちらりと見ると、どうやらこのクエストを完遂させないとパーティのメンバーにも「暗殺者」の事は言えないらしいので、ひとまず俺はハンター協会本部にクエスト完了の報告をすることを提案したのだった。
ハンター協会本部に戻った俺達は、一度部屋に戻ることにした。もちろん俺の提案だ。二人には俺の職業について正確に伝えておく必要があるので、他の人間に聞かれる心配が出来るだけ無い場所を求めた結果、ラストフローラの町ではハンター協会本部の部屋が、一番人気が無いということで落ち着いたのだった。
「それで? 改まって話って何なのよ?」
「……っていうか、今日は何だか変な行動が多いよね、ジュン」
部屋に入るなり要件を尋ねるエルと、今日一日の俺の行動に疑問を持つウヅキ。
「俺のステータスを見てほしい」
俺はそう言って、自分のステータスを表示する。
ジュン-男
属性-闇 職業-暗殺者 Lv.3
称号-なし 通り名-なし
周回数-3(+1)
やはり俺の眼にはきちんと「暗殺者」という職業名が見えるが――
「え? 『武闘家』から『狙撃手』になってる……?」
「なんで『ヒーラー』になってんのよ!? アンタ『魔術師』だったじゃない!」
やはり二人には俺の本当の職業名が見えていないようだ。というか、さっきとはまた微妙に見えている職業名が変わっているようで、思いっきり混乱している。
「落ち着け。あと、出来るだけ騒がないでくれ。今から話すことは、多分『「世界」のルール』ってヤツにも絡む話だと思うから。……お前らにしか、話せない事だから」
静かにそう告げると、騒いでいた二人はピタリと止まり、ぎこちない表情でこちらを見る。
「……『「世界」のルール』……?」
「……いいわ。話しなさい。いつか聞かなければいけないのだから、それが今だってだけの話しよ」
困惑するウヅキと、何かを察したのか覚悟を決めたようなエル。
俺は二人に、ある要求をする。
「じゃあ、まずは、それぞれどっちの手でもいいから、親指の腹に傷を付けてくれ。出来るだけ、血が出るようにだ」
ポカンとする二人に示したそれは、俺の職業を明かすための儀式である「血の誓い」のためのものだった。




