4-9.Transmigration -Will-
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何度目かの「炎雷」と「聖 杯 の 祝 福」を撃ち込むと、不意にルキウスが笑い出した。地の底から這いあがるような不気味な笑い声だ。
やがてそれは高笑いとなり、同時にルキウスの手に握られている杖からは蜘蛛の巣の様に氷属性の魔氷弾が地面を抉りながら飛ばされていく。俺はそれを、大剣を軸にして宙を飛んだり、ルキウスに蹴りを入れながら跳躍したりなどして躱していた。
しかし、魔氷弾の内の一つがエルに直撃したらしい。
後方からウヅキの切羽詰まった声と、衝撃音が聞こえた。――俺もそろそろ「炎雷」を撃とうかと思っていた頃合いだったからか、後方の隙を付かれたらしい。
が、敢えて後方は気にしないで、俺はルキウスとの討ち合いに集中する。気が反れれば今度はこちらが餌食になってしまう。
「あらァ、後ろがお留守ヨ?」
そう言いながら、再び笑いながら魔氷弾を撃ち始めるルキウスに、俺は「炎雷」を撃つ。支援射撃は無いが、既に消耗したルキウスには効いたようで、続けてもう一度「炎雷」を撃つ。
「テメェには支援攻撃なんて勿体無いな」
後ろが留守だろうが何だろうが、今テメェの目の前でテメェと討ち合ってんのは俺だろうが。
相手の消耗具合から見るに、あと一回、「聖 杯 の 祝 福」を決めれば勝負は付くだろう。ただ、何となくイラッときたので、無駄に何発かフツーの物理攻撃での斬撃を喰らわせる。
「あぁンッ、イヤンッ」
一対一での討ち合いを始めてから俺を苛立たせているこの喘ぎ声も、おそらくコレで最期だろう。「炎雷」や「聖 杯 の 祝 福」のようなスキル攻撃の時には無駄に野太い悲鳴を上げるクセに、単なる物理攻撃の時にはこのようなヒトを小馬鹿にしたような声を上げるのだ。ついでに言うと、何故か頬を高揚させているように見えるのも気に食わない。
「くたばれ、変態野郎!」
そう言いながら俺は約束された勝利の剣を構える。スキル発動のための、顔の正面に刃を真っ直ぐに立てるような構えだ。
「『聖 杯 の 祝 福』!!」
そう言って俺は約束された勝利の剣をルキウス目掛けて振りかざした。
自分でも何がどうなっているのかは良くわからないが、高速でルキウスを斬り刻む物理攻撃スキルだが、さすがのルキウスでも喘ぎ声を上げるような余裕は無いようだ。
このスキルを使うと、酷く疲労感と倦怠感を覚えるのだが、先程からこのスキルを使った直後にウヅキから撃たれる回復薬付きの矢によって、なんとか体力が回復しているようだ。
「聖 杯 の 祝 福」による剣撃が終わると、そこには地に倒れたルキウスが居た。
どうやら勝負には勝ったようだ。
あれだけ放たれていた、濃い青の光も、既に淡く力の弱い輝きしか放っておらず、ルキウスの表情も心なしか、戦闘時よりも穏やかに見える。
「師匠!」
倒れ伏すルキウスの許に、満身創痍のエルが駆けつける。
一度敵対したとはいえ、『世界』を越えてまで再開した師弟の絆とでも言うのだろうか。俺はエルの後から追いついてきたウヅキと合流すると、付かず離れずと言った微妙な距離から二人を見守ることにした。
エルは無造作に倒れていたルキウスを仰向けに抱き起すと(一瞬足蹴にしているように見えたような気がしたがきっと気のせいだろう)、彼(彼女?)の言葉に耳を傾けている。
「……はい、……はい」
と時折相槌を打つエルの声以外には、俺達の耳には何も届かなかった。
が、やがて、ルキウスは白い光に包まれ、その亡骸は消えてしまった。……俺が死んだ時もこうだったのだろうか。
と、白い光が空に昇っていくのを見上げていたエルが、不意に倒れる。
「エル!?」
慌てて駆けつけその華奢な身体を抱きとめた為、エルが地面に再び伏せることは無かったが、どうやら既に意識は無いようだ。少し苦しげな表情のエルの寝顔を見ながら、俺はエルの周りにいつも漂っている淡い青の光が少ないことに気づく。
「多分だけど、魔力切れだと思うよ」
困惑する俺にそう言ったのはウヅキ。だが、その黄金色の瞳からは白金色の光が飛んでいる。
「でも途中で回復は入れてたはずだから……だとしたら精神的な疲労かもしれないね」
どこかでその白金色の光を見た気がするのだが思い出せない。しかし、そんな俺の様子には構わずに、ウヅキはその瞳で俺を見る。
「ジュンも、体力の回復はしておいていたけど、魔力に関しては分からないから……今日はもう無理しないで。残りのクエも、今日は打ち切り。早くエルを運ばなきゃ」
淡々とそう告げるウヅキは、なんというかいつもと同じような違うような、微妙な雰囲気だ。
小さく「『鷹の眼』解除」と呟いたウヅキは、エルのベルトに装備リングを着けると、エルが握っていた弓を自分の装備リングに着ける。……突っ込むことはたくさんある気がするが、今はそれどころではないだろう。
「悪いけど、ジュンはイーストフローラの宿までエルを運んでくれる? 道中でモンスターが出てくるようなら戦闘はオレが引き受けるから」
そういうとウヅキは、適当に足元に生えていた草を摘むと、草笛を吹く。ウヅキが腕を出すと、どこから舞い降りたのか、風属性の緑色の光を纏った鳥がウヅキの腕に留まった。その鳥はちょこちょこと脚を動かして腕から肩へと移動する。
ウヅキの方はというと、鳥が移動している間に、今度はポーチから紙と携帯用の羽ペンを取り出すと、何かを書きつけてその緑色の鳥の脚に括りつける。
「イーストフローラの宿までお願い、ね」
そう鳥に告げると、鳥はまるでウヅキの言葉を理解しているかのように、そしてそれに対しての返事の様に一声鳴くと、ウヅキの伸ばした腕を伝って指先から空へと羽ばたいて行った。
「あの鳥が宿に連絡をつけてくれるはずだから、とにかく急ごう。今はエルが心配だから」
そう言うと、ウヅキは先頭に立ち、街への道を急ぐ。
移動しながら、街に着いてからの行動についても打ち合わせておく。達成したクエストの報告と四天王ルキア討伐の報告は、ウヅキに任せることにし、俺はとにかくエルを休ませることを優先して先に宿へ向かう、という事になった。ちなみにウヅキが話を付けてある宿というのはもちろん、あの氷華の女王お墨付きのあの宿だ。
幸い、街へと至る道中では、脅威となるようなモンスター(戦闘はウヅキ持ちなので、物攻が効かない相手が出ると俺が戦闘に参加しなければならない可能性があった)は現れず、すっかり日は落ちていたものの俺達はイーストフローラへとたどり着いた。
街の中心部にあるハンター協会の前で一旦ウヅキと別れると、俺はエルを背負いながら宿へと向かう。
……俺もルキウスとの戦闘でそれなりにダメージを喰らっているので、自分も一刻も早く休みたかった。
宿に着くと、食堂も兼ねている受付に声をかける。すると、すぐに宿のオバチャン(この宿の食堂の食事も、基本的に彼女が作っているという)が出てきて、その後ろからウヅキが平原で放った緑色の鳥が鳴き声を上げながら俺の方へと飛んでくる。……最近の鳥は賢いなぁ……。
ボロボロな俺とエル(特にぐったりと俺に背負われているエルの様子……お得意さんらしいしそれなりに顔見知りなのだろう)を見て驚いたオバチャンは、すぐに準備の出来ているという部屋へと俺達を連れて行った。
ベッドが二つ置いてある部屋に通された俺と(俺に背負われたまま眠っている)エル。
ひとまず俺は、エルを片方のベッドに寝かせることにした。エルを背負っていることから解放された瞬間、ぐったりとした疲労感と倦怠感に、眠気が襲ってくる。
テキパキとオバチャンがエルを寝間着に着替えさせ、身体を拭いているようなので、俺は出来るだけそちらを向かないようにしつつ、自分の装備(といっても服装の方はやはり初期装備から何も変わっていない。よくこんな装備で四天王なんか倒せたものだと思う)を外していく。
オバチャンが「いいわよ」と言ったので、俺は着替えさせられ既にベッドに入っているエルの方を見た。
外されたエルの装備は、服などはオバチャンが畳んでおいてくれたので、その上に装備リングなどの武器の類を置いておく。
エルから普段発せられている淡い青い光の量も、先程とほぼ変わらず、色も薄く量も少ないままだ。
オバチャン診断で、しばらく様子を見た方が良いと言われる。
俺にエルの看護用の道具の使い方などを一通り教え終わったオバチャンが部屋から出て行ったあと、俺はもう一つ空いていた方のベッドに、音を立てて大の字になった。
しばらくそのままでいると、うとうとと眠気が襲ってくる。
……せめてハンター協会に報告に行っているウヅキが戻るまでは起きていないと……。
「あーあ、やっぱ寝ちゃってたかー」
しばらくして部屋に入ってきたウヅキがそう呟いている。
「二人とも今日は頑張ったもんねー。お疲れ様ー」
耳は起きているのだが、眼と身体が起きる事を拒否するかのように、力が入らない。ドロドロとした何かに身体を囚われているような感覚だ。
というか、もはや自分が起きているのか眠っているのかすらも危うい。
結局、俺は目を瞑ってしまうことになった。
だから、その後にウヅキが呟いていたことも、俺は知らない
「……オレも、死ねば魔攻が使えるようになるのかな……でも、ボク……いや、オレはこの世界でだけは、何があっても生き残らなくちゃいけないんだ」
それに合わせて緑の鳥が鳴いたことも、その後鳥が霧のように溶けて消えたことも、俺は知らない。




