4-8.Transmigration -Sniping God-
片膝を付いて息を切らしているジュンに向けて飛ばされた、ウヅキの矢。回復薬付きのそれは丁度ジュンが膝を付いている目の前に突き刺さった。
「……別に普通の矢でも良かったんじゃないの」
「万が一ってこともあるだろ、この吹雪じゃ」
つまり、自分が撃ち損じるかルキウスの吹雪に阻まれて狙いが反れて最悪ジュンに当たってしまったとしても最小限のダメージで済むようにした、と。
相変わらずの「生」への執着と同時に、それでも狙いを外さず適確にジュンの目の前に回復薬を飛ばし届けるウヅキの狙撃の腕に素直に驚く。
おそらくジュンの事だ、回復薬なんてモノは持ち歩いていないだろうし、最悪存在自体知らない可能性すらある。
片膝を付いて肩で息をしている様子を見る限りでは、自分の体力の消耗具合程度は把握できてはいるようだが、すぐに次の行動に移るのは無理だろう。
「ウヅキ、コレ何だ?」
案の定、ジュンは回復薬の存在を知らなかった。……ココまで予想通りだと少し頭が痛くなる。
「いいからソレ飲んで! 早く!」
ジュンの属性スキル攻撃と「聖 杯 の 祝 福」によりかなりルキウスが消耗している隙に、ジュンを回復させなければいけない。
「エルも早く回復を!」
そう言って、ウヅキは魔弓「フェイルノート」を私に差し出すと、今度は違う弓を取り出し再び回復薬を付けた矢をジュンに向ける。
私は再び魔力回復の薬を飲みながら、ウヅキの様子を観察する。
「ンもぅ……痛いじゃなァい?」
そう言って立ち上がったルキウスに、再度、山吹色に変化した剣を振りかざすジュン。ルキウスも抵抗して動き回るため、先程のようには照準は合わせられないだろう。しかも、今ウヅキが構えている弓は、私が借りていた『装備時発動能力「無駄なしの弓」』の付いている「フェイルノート」でもない。
「……『職業スキル:鷹の眼』、発動」
ボソリとウヅキがそう呟くのが聞こえた。
そして、ウヅキはそのまま、金色の弓に回復薬の付いた矢尻の無い矢をジュンに向ける。
「……其の御加護を彼の者に与えよ、『破魔矢』」
ウヅキの呟きと共に放たれた矢は、ルキウスと交戦中のジュンの背中に刺さる。と、すぐに白金色の光を放ち、消えてしまった。ウヅキの方を見ると、矢を放ち終えた弓からも、白金色の光が飛んでいる。そして、黄金色のウヅキの瞳からも、白金色の光が出ている。
魔攻の使えないウヅキは気づいていないだろうが、おそらく今、ウヅキは「光属性」の矢を使ったのだろう。そして、その直前に呟いた『職業スキル』とやらも、おそらくは光属性。『職業スキル』というのも初耳のスキルだけれども、もしかしたらその職業ごとに、特性のようなものがあるのかもしれない。
「エル、次の支援射撃の用意を……あっ」
言いかけた言葉を飲み込み、ウヅキがこちらに飛び込んでくる。私も巻き込まれてそのままウヅキと共に地面を転がる。
何があったのか周囲を見てみると、ルキウスの杖の先から先程まで私たちがいた場所までの地面が抉り取られていた。氷属性の単体魔法攻撃でも放たれたのだろう。「球氷壁」の防御を突き破ってまで届いた跡を見てそう判断する。……アレを喰らっていたら、私もウヅキも死んでいただろう。
「あらァ……避けられちゃったわネ……ちょこまかとウザいのヨ」
そう言って、どうやら腕ごと押さえていたらしい(魔術師系職業でジュンの腕力に対抗できる時点で相当おかしいのだけど、もうおかしいことだらけで突っ込む気力も起きない)ジュンの腕を振り払い杖でジュンを殴打しようとするルキウス。
というか、私ですら感知できなかったルキウスの魔法攻撃を、どうやってウヅキは見切ったのだろう?
再び近接戦が始まったのを確認したウヅキは、私に「フェイルノート」を構えるように言う。
「すぐにジュンがスキル発動するから、支援射撃するよ!」
既に吹雪の止んでいる視界でも、ジュンがスキル発動の気配は見えない。あの山吹色に変化した大剣のスキルを発動する際には、ジュンの周りに黄と赤の光が集まり出すはずだからだ。少なくともジュンがスキル発動のための構えに入る前にその光の動きは始まるため、魔攻の使えるハンターの方がジュンのスキル発動に関しては敏感になるはず。
ウヅキは魔攻を使えないはずなのに、何故、2回も魔攻による攻撃の始まりを見破ったの?
再び私が「フェイルノート」に風属性の魔力を込めて、ウヅキが照準を合わせる。2回目ともなれば、魔力の込め方や感覚がわかってくる。初回のような魔力の浪費はもうないだろう。
「放して」
思ったよりも早いタイミング……むしろ早すぎるタイミングでウヅキが言う。
「でも、まだ魔力の充填が」
「それでもいいから」
ウヅキに無理矢理弓を放される形にはなったが、2回目の支援射撃が放たれる。
不十分な充填ではあるものの、風属性の魔力の込められた矢は、ウヅキの予想通りのタイミングで放たれたジュンの雷に当たり、威力を増す。
それと同時に、ジュンの身体に掛けた「球氷壁」の効力が切れ、大剣に貼りつけたカードに掛けておいていた「球氷壁」が発動する。
ジュンに掛けた防御魔法の切り替わりのタイミングを寸分違わずに見切った?
その上、私がジュンの魔攻スキルの発射のタイミングを読み間違えるどころか、それをウヅキが把握していた?
出鱈目すぎる。いくらなんでもコレは。
「……次は『聖 杯 の 祝 福』か……エルは今のうちに魔力の回復を」
そう言って再び『破魔矢』をジュンに向けて構えるウヅキ。恐らく、先程と同じく、直接ジュンの体力を回復させるようだ。
何が何だかわからない。確かに私の立てた作戦の通りに進んでいるはずなのに……いえ、ジュンは魔攻2回に物理1回のスキル攻撃のリズムを崩しているから予定通りではないのだけれど。
それに、予想以上に魔攻に対しての対策が出来ている……出来過ぎているウヅキ。もはや彼はただの物理型ハンターではない。ウヅキは――彼は一体何者なの?
「逃げろエル!」
「え?」
茫然とウヅキの方を見ていた私に、ウヅキが何か叫ぶ。
その瞬間、何か強い魔力と衝撃と、痛みに襲われた。悲鳴なんて上げる暇もない。
土埃と共に地面に転がされた私にウヅキが『破魔矢』を打ち込んでくる。注射を打たれているようなチクリとした痛みと共に、体力値が回復されたのを感じた。本当はジュンに打つはずだったその一矢を撃った後、ルキウスが次々に放つ魔攻を避けながら私の前に立つ。……ちゃっかり私の装備リングを回収してくるあたりは流石、抜け目がない。
私の前に立ったウヅキはジュンに向けて2発、回復薬付きの『破魔矢』を打ち込むと、私の方へと向き直る。私に向けられたその瞳に浮かんでいるのは、ルキウスへの怒りと、私の負った傷に対する不安。
「エル、立てる?」
「えぇ……何とか」
「良かった。アイツ……相当追い込まれたのかな、見境なく魔攻を打ち込んでる。アイツを中心に抉り取られた地面の跡で効果線が引かれてるみたいだ……」
ホッとした様子でそう言って、地面に横向きに転がっていた私を何とか座らせたウヅキは、ルキウスの方を観察するように見つめている。その視線の先には、まさに「狂気」の権化と化したかのようなルキウスの、氷属性の魔攻による当てどもない攻撃が繰り広げられている。表情も先程までのどこか余裕があるようなモノではなく、自分をここまで追い詰めたジュンと、その仲間である私達への憤怒に満ち溢れている。ジュンは至近距離ながらもその攻撃を避けつつ、さらに大剣での斬撃を浴びせているようだ。それも気に食わないのだろう、ルキウスの猛攻がより激しくなっていく。私達を覆っている方の「球氷壁」にはヒビが入っている。
そういえば、さっきウヅキは「ルキウスを中心に」地面が抉り取られた様子を言っていた。私の目線からではそのような氷撃痕は見えないし、せいぜい周りの地面が抉り取られていくさまが見て取れる程度だ。
「ウヅキ、その……」
おそらくは職業スキルとやらが関係しているのだろうが、ウヅキにそれを尋ねようとしても、今は無理だろう。
「エルは下がってて。あとはジュンが何とかしてくれるはずだから」
そう言って回収した私の装備リングを差し出してくる。ジュンの方を見れば、魔攻スキル攻撃を2発放った後の「聖 杯 の 祝 福」に入ろうという体制だった。
ルキウスの消耗具合を見てもおそらくこれが決定打になるだろう。
結局私が出来たのは、ルキウス攻略のきっかけとなる作戦を、2人に一方的に提示しただけ。その後は……お荷物もいいところだ。
目にも止まらぬジュンの剣撃の後に、「魔王軍四天王・氷河のルキア」もといルキウスは……
地に伏した。
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