4-4.Transmigration -Mentor-
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エルの話しを聴きながら移動しているうちに、俺達は次の街「ラルフローラ」に到着していた。特に脅威になるようなモンスターも出ないため、道中で出現したモンスターは全て俺の経験値のため、と全て俺が討伐を担当していた。
エルの壮絶な過去を聴かされた俺とウヅキは、黙り込んでしまう。……特にウヅキは俺とも違って一度も「死んだ」事が無い。何度も殺されて、違う『世界』を渡り歩く、など想像もつかないのだろう。
俺は別の意味で黙り込んでしまう。「魔王を倒して『世界』を救おう」等と考える輩が、ユニ以外にも(別の『世界』ではあるが)居たこと、そして、「魔王」の存在を知っているモノが俺以外にも居たこと。
ラルフローラでクエスト完了の報奨と宿を取った俺達は、口数も少なく食事を済ませ、互いの部屋に引き上げた。
次の朝にはラルフローラを出立し、フローラ平原を突っ切りイーストフローラに入るという計画のため、俺は早々に眠ることにした。
次の朝、俺達はギルドでいくつかのクエストを受諾し、フローラ平原へと続くラルフォレストへと脚を踏み入れた。
キノコやツルクサを纏めて斬り捨てる。ラルフォレストでのクエストで必要な数のモンスターを狩った後に、森から出て平原を突っ切る計画だ。ついでに俺のレベル上げも兼ねている。「剣士」だった頃と比べて、「騎士」の職業は経験値が溜まりにくいらしく、以前よりも多くのモンスターを狩る必要があると判断されたためだ。
昨日のエルの話しを引きずってか、あまり会話は弾んではいなかった。それと同時に、昨夜の事を思い出す。
そろそろ寝ようと床に就いた時に、部屋のドアがノックされたのだ。
ユニならばノックも無しにいつの間にか部屋の中にいる、という事も多いが、夜遅くに部屋に尋ねられること自体にロクな記憶もない。俺は「約束された勝利の剣」を手に取り、構えてドアの向こうを伺う。
「誰だ」
「私よ」
その声に、俺は薄くドアを開く。ドアの隙間から見えたのは、ふわふわとしたピンクブロンドの長髪。
訪ねてきたのは隣の部屋を取っていたはずのエルだった。
「……何か用か?」
「約束された勝利の剣」を納め、俺はエルへの警戒を解く。エルの姿はいつもの黒いシャツとスカートのセットではなく、おそらく寝間着用であろう白くて薄い生地のキャミソールのような見えそうで見えない微妙な丈のワンピースだったのだ。……当然、ロッドなどの武器の類を所持していないことなど一目でわかる。というか、夜遅くに仲間とはいえ男の部屋にそんな恰好で訪ねる等、危険極まりない。そもそも露出過多なその服装では俺が目のやり場に困る。
というわけで、俺はエルに毛布を投げかけた。
「……ありがと」
上着くらい羽織ってくればいいものを、薄着のまま俺の部屋に来てしまったことにようやく気付いたのか、エルは大人しく毛布を肩から羽織った。
「あれからずっと考えていたんだけど」
しばらく黙っていたエルは、瞳を泳がせながらそう口にする。
「何をだ?」
こういう時のエルにはあまり質問責めにするような聴き方は逆効果だ。
俺はエルが自由に喋るように促す。
それからややあって、何かを決心したのか、エルが再び口を開いた。
「……アンタが、いえ、『魔王軍四天王・魔剣士のジュン』を討伐したのが誰なのか、よ」
つまり、前前回の『俺』を殺したのが誰なのかってことか。やはり『四天王』ともなると、その死に様は有名になるのだろうか。
「……見てたのか?」
「いえ、聞いた話しよ。……でも、本人には確認済み」
やはり噂になりやすい類の話題なのだろうか。それにしても、「本人に確認済み」とはどういう事だろう。他のハンターとあまり積極的にコミュニケーションを取らない方のエルがそういったことを「確認」出来るほどの知り合い、なのだろうか。
「……さっきの話しに出てきた、お前の師匠さんか?」
「違うわ」
即答、か。
その後しばらく俯いていたエルは、やがて、まっすぐ俺の瞳を見つめた。淡いブラウンの瞳に俺の緋色の瞳が映り込んでいる。
「ウヅキよ」
ポツリと、エルが口にする。
「……ウヅキから聞いたってことか?」
「違うわ」
エルが話すほどの仲となるとやはりウヅキに訊いたという事なのかと思ったが違うらしい。
俺は、何となく予想が付いてしまった答えを、エルの口から聴いてしまった。
「『魔王軍四天王・魔剣士のジュン』を討伐したハンターは、『神 風 射 手のウヅキ』よ」
昨日の夜から、ウヅキとは一言も話していなかった。エルの話しの内容が内容だったと言うのもあるが、その晩に聴いてしまった以前の『俺』の末路を、知っていて話さなかったウヅキとエルの事を考えてしまうと、どうしても言葉がつっかえてしまうのだ。
ラルフォレストでの必要数のモンスターを全て斬り捨てた俺達は、フローラ平原へと出ることにした。まだ太陽は真上に差し掛かってもいないが、計画通りの時間帯にクエストを一つ、終わらせることが出来た。
フローラ平原は、以前ウヅキと二人で来た時の様に、他のハンターのグループがクエストのためにモンスターを狩ったり、談笑する声が聞こえてきてとても賑やかだ。
そんな中、俺達のグループだけが、静かに、淡々とモンスターを狩り取っていた。
元々、エルからあまり人目の多い所での範囲魔法の使用は避けた方が良いと聞いていたので、俺は淡々と「約束された勝利の剣」と「倶利伽羅」を振っていた。
平原に出てしばらくモンスターを狩っていると、俺達は――正確にはエルに対して――あるハンターから声が掛けられた。ハンターの容貌はエルと同じような黒の魔術師用のローブで全身を覆い、一本の杖を手に持っている。身長は俺(多分180cm代後半)とウヅキ(ギリギリ170cmには届いていないだろう)の間程だろうか。ローブに覆われた体つきも発せられた声も、男のソレだ。
「もしかして、アナタ、エルちゃん……いえ、エイプリルじゃない!? そうよネ、ネ!?」
しかし、彼の口から発せられたセリフは女のようなソレ。――俺からすれば明らかにエルを狙った不審人物に見えるのだが……。
「その声……もしかして師匠!? 何故このようなところに!?」
俺の予想とは反して、エルは驚きと歓喜の声を上げる。その反応に、俺とウヅキは顔を見合わせる。
エルの師匠らしきハンターはバサリと、深く被っていたローブのフードを払いのけ、その顔を見せる。するとエルの表情は明らかな喜びに変わる。黒髪を顎の辺りまで伸ばし、前髪を額の真ん中で分け、その纏まりきらなかった房はそのまま額に流している、一見優しげな空色の瞳の男。――昨日の話しで聞いていたエルの「師匠」は、こちらには一瞥をくれただけで、すぐにエルとの逢瀬に集中してしまう。纏っている光の粒の色は、やはり話に聴いていた通りの「青」――氷属性のソレだ。……エルの光よりも些か濃いように感じるが、コレについては後でエルにでも訊いてみよう。
「実はアタシもあの後やられちゃってネェ……『氷属性最強』が聞いてあきれるワ」
「そんな……師匠程のハンターを倒すなど、いったいどんな……」
「ま、その話しは後にしまショ! それよりも、アタシの可愛いエルちゃんの、現在の『素敵な』お仲間サンを紹介して頂戴な……アナタこんな性格だから心配してたけど、上手くやってるみたいで安心したワ」
所謂オネェ口調で喋る彼が、俺とウヅキを品定めするかのように文字通り上から下までねっとりと眺めるその視線に、背筋がブルリと震える。いつの間にこちらに近づいてきたのか、隣でウヅキが生唾を飲む音が聞こえる。
「はい、こっちのデカい方が『騎士』のジュン、小さい方が『狙撃手』のウヅキです。
ジュン、ウヅキ、こちらは昨日話した私の師匠のルキウス様よ」
「ジュン君にウヅキ君、ネ。アタシの事は気軽に『ルキア』って呼んで頂戴。可愛く、ネ!」
「は……はぁ……」
ウィンクしながらそう言うオネェ魔術師に、俺とウヅキはただポカンとする。
エルの師匠というくらいなのだからきっとそれなりに優秀な魔術師には違いないのだろうが、個性が強すぎる。
近況や自分の称号や通り名などをルキウス――もとい、ルキアに報告するエルを見て、何故か溜め息しか出ない。
「小さい方って……小さい方って……一応エルよりは身長あるんだけどなオレ……小さい方って……」
ウヅキの方はというと、エルの紹介の仕方に傷ついているようだ。まぁ、俺やルキアと比較すれば、ウヅキは十分「小さい方」でも仕方ないとは思うが……。というか。俺から見ればココにいる大体のハンターは「小さい」んだが。
「……キニスンナッテ」
「棒読みかよ」
「しゃーないだろ……事実なんだし」
そう言うと、ウヅキはますます落ち込んだ様子で蹲ってしまった。……(本気で)慰めたつもりだったのだが、失敗したようだ。
エルとルキアの方を見ると、エルのはしゃぎっぷりに目を細めていたルキアの瞳が、何とも言えない不安を呼ぶような雰囲気を醸し出しているような気がする。平原に居た他の氷属性ハンターと比べても一際その濃さを主張している光の粒がそうさせているのだろうか。ルキアの隣にいると、いつもは頼りがいのある輝きを放っているはずのエルの光すらも淡く見えるのが、俺を尚更不安にさせた。――ハンター経験が俺よりも長いであろうウヅキにこの光が見えたら何か気づくかもしれないが、ウヅキは魔法が使えないため光の粒が見えない。ウヅキにこの不安を相談できないと言うのも、俺を不安にさせる要因の一つなのかもしれない。
「――そういえば、エルちゃん。この間こんな話を聞いたのだけれどね」
エルの話しを遮って、ルキアがそう切り出す。
「はい、何でしょう師匠?」
「エルちゃんもココの『世界』長いなら聞いたことあるかもしれないけれど……」
そこでふと、二人の様子を窺っていた俺とウヅキの方をチラリとみるルキア。
その視線に何故か寒気が襲う。
「こんな話を聞いたの……。最近この『世界』でもハンターの行方不明事件が多くなっているらしくて……何でも、『魔王』がこの『世界』を滅ぼしてしまうって……ねぇ、エルちゃんも聞いたこと無いかしら?」
昨日の話しの余韻が残る中でまた落とされた影に、エルは露骨に驚きを隠せないでいる。ウヅキもだ。
一方、俺は再びユニを同じことを言う者が現れたことに、恐怖のような何かを感じた。……このルキアとかいう「エルの師匠を名乗る人物」は本当に「安全」なハンターなのか?
「あ、あの……師匠……」
「あ、この話には続きがあってネ、『魔王』に犠牲を捧げれば、この世界は救われるっていうのヨ……」
そこまで言うと、ルキアは頬に手を当て溜め息を吐く。困ったような表情を作ってはいるが、何故かその瞳に「不安」という感情は現れていないように感じるのは気のせいだろうか
「ココまでが、アタシが街のハンター達から聞いた話し。ねェ、エルちゃん。ホントに聞いたこと、無ァい?」
「すみません師匠……私、あまり他のハンターとは、親交がないもので……」
「そう……残念だワ……。で、エルちゃんはこの話聞いて、どう思った?」
「どう、とは……?」
「アタシはね……」
そこで、不意にルキアが手にしていた杖を掲げる。冷風が突如巻き起こり、いつの間にか辺りには俺達以外のハンターは見当たらなくなっていた。
「……犠牲が無ければ存続できないようなそんな『世界』なら……いっそ滅びてしまえばいいと思うのヨ」
ルキアの起こす冷風に霰が混じり、それが攻撃魔法だと気付く。と同時に、エルが自分と俺とウヅキの周りに、以前にも見た氷のボールの防御魔法を張っていた。
「師匠……まさか『闇堕ち』してしまったのですか……」
エルが震える声で尋ねるが、ルキアはそれに否、と答える。
「『闇堕ち』ですって? ……そんな低レベルな俗物と一緒にしないで頂戴。アタシはルキア。『魔王軍四天王・氷河のルキア』よ」




