4-3.Transmigration -The world-
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「その存在を識るモノにとっては、『世界』は一つじゃないってことよ」
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私が最初に行った「世界」に、「色彩」というモノは無かった。黒い太陽が空を支配し、強力で凶暴なモンスターにおびえる事しかできない人間たち。
白と黒しかないその世界では、力だけが全てだった。最も攻撃力が無く、魔法を使う術も持たず、自分の身一つ守ることができない人間は、その世界では最弱の種族だった。毎日、魔物にささげる生贄を探し、身内同士で殺し合う、最も愚かな種族だった。
その世界を統べるのは『魔王』と呼ばれる存在。但し、実体を見たモノはいないし、人々は日々の生活だけで手一杯だった。
そこで、その『魔王』を倒せば安寧が訪れるのではと考えたモノたちがいた。それはさまざまな種族のモノたちが混じっていたけれど、ただの人間と比べれば、攻撃力や魔力に秀でた存在だった。それらは総じて「ハンター」と呼ばれていたわ。
始めこそモンスターや禍を退けていたハンターたちだったけど、やがて彼らは、自分が選ばれた存在であると錯覚し始めた。強い力を持て余して、優越感に酔ってしまったんでしょうね。
「ハンター協会」や「ギルド」は存在しなかったけれど、ハンターたちは他の人間とは距離を置き、やがて蔑むようになっていった。
そんな中、私は魔術師のハンターとして、その世界に降り立った。
この世界の様に色彩に溢れた光も見えない。
光が見えなければ魔法は行使できない。
先輩となるはずのハンター達は弱いモノは相手にしない。
だから、戦い方を知らない駆け出しのハンターは、すぐに死ぬ。
実際、私も初陣で殺されたわ。
当時のハンター達で、大規模な魔王討伐計画が実施されて、私のような着任してすぐのハンター達は、先遣りの使い捨ての駒のように扱われたわ。後に続く本隊への露払いとして、相討ちになってでも敵を減らす。生き残ったならば敵の情報を本隊へ知らせる。
どちらにせよ、私たちは、使い捨ての矢の様に放たれたのよ。それが当たらなくても良いし、当たれば儲けものってところかしら。
私は体の大きい筋肉の固まりみたいなモンスターに、身体を八つ裂きにされて死んだわ。
モンスターの群れの中でも特に強いってわけではなかったみたいだけれども、それでも経験値も何もなかった私は全く歯が立たなかった。
結局、『魔王』が何なのかは、最期までわからなかったわ。
一度死んだ私は、次は別の『世界』へ行くことを選んだわ。それが二つ目の『世界』。
二つ目の世界は、最初の世界よりは少しはマシだったわ。
駆け出しのハンターには、先輩のハンターが付き添い、戦い方や経験などを教えていく。この世界もそれは一緒ね。
ただ、ハンター達を管理する教会やギルドのような組織は無かったし、そこまでの文明も無かった。ハンター達が自ら集い、戦うだけの、それだけのつながりだった。
私に付いてくれた先輩も、同じ氷属性の魔術師だったわ。私はその世界に来て初めて、魔法と物理の攻撃の違いや、属性というモノやその相性などを知ったわ。装備についての知識もその世界で学んだもの。ううん、その人に教えてもらわなければ、今も知らないままだったかもしれないわね。
その人を師として旅をして、魔術師としての実力も徐々に付け始めていた私は、あるモノを手に入れたわ。ソレは最初の世界はともかく、この世界でもまだ見つけた事が無いから、その世界特有のモノだったのかもしれないわね。
師匠と旅を続けて、その世界のさまざまな町や村、森や洞窟などを巡ったわ。
師匠はとても強い魔術師だった。その世界では負け知らずで、何人ものハンター達が挑んできたけれど、いつも師匠の氷属性魔法に太刀打ちできるハンターは居なかったわ。
『魔王』を倒すことを目標にしたハンター達のグループはやはり存在してはいたけれど、実際『魔王』の存在を信じるヒトは少なかったわ。だって、その実態を見たことがあるヒトもいないんだもの。ある意味当たり前と言えば当たり前ね。
モンスターを狩りつくしたハンター達の中で、次第に「ハンター狩り」と呼ばれるモノが流行っていったわ。同じハンター同士で決闘をするのよ。やっぱりどの『世界』でも、人間は人間同士で殺し合ってしまう運命なのかもしれないわね。
ハンター狩りで狙われるのは主に高位のハンター達よ。その方が経験値も多くもらえるし、貴重な装備を持っていることも多いから、遺品を奪取するにしても都合がいいのよ。
当然、師匠もハンター狩りに狙われていたわ。でも、師匠は一度も負けなかった。それで躍起になって挑戦してくるハンターも増えては居たのだけれど、それでも師匠は「最強」だったわ。
そんな師匠を襲ううちに、とうとうその付き人の様に影に控える私に目を付けたハンターがいたわ。
師匠程強くなくても、あの師匠に仕えている程なのだからきっと貴重な装備も与えられているに違いない。そう踏んだんでしょうね。……もっとも、師匠は私に知識を与えてくれはしたけれど、戦利品を横流しするよな真似は一度だって無かったのだけれど。
私はそんなハンターに襲われて殺されたわ。
幸い、師匠がすぐにそのハンターを始末してくれたようで、私の装備品が奪われるようなことは無かったようだけれど。
何故そんなことがわかるかって言うと、その世界からこの世界に持ち込めた装備品がいくつかあったのよ。ハンター狩りの連中に装備品を強奪されていたなら、きっと私は何の装備も無しでこの世界に来たはずだから。
そして、今着けている服装の装備や他にもいくつか、持ち込むことの出来た装備品は、きっとこの世界では手に入らないモノだと思うわ。喪失していた装備品は、ほとんどこの世界のモノで同じモノを見つけたか、代用が効くモノだったから。
そして私は、この『世界』にやってきたの。
職業は最初の『世界』から一度も変えずに魔術師のままだったわ。最初の世界ではほとんどまともに戦わずに死んだせいでレベルも上がらなかったけれど、二つ目の『世界』ではそれなりに経験値を積んでレベルも上がっていた。
この『世界』に来た時の私のレベルは、二つ目の『世界』での最後のレベルと同じだった。
コレがどういうことを示すのかはいまいちわからないわ。だって、そんなハンターまず見つけられないし、いきなり「私は違う『世界』から来ました」なんて言ったら、『闇堕ち』と間違えられて討伐されてしまうでしょうから。
この『世界』に来て、初めてハンターを統括する組織が存在することを知ったわ。そして、そこに所属するハンター達は同士討ちをしない。ヒトの姿でハンターを襲うモノがいるとしたらソレを『闇堕ち』とみんなは呼んでいた。
そして、この世界では『魔王』を討伐しようとするものはほとんどいないわ。というか、その存在を知らないハンターの方が多いみたいね。
私はほとんど他のハンターとは交流せず、最低限のコミュニケーションで日々のクエストをこなすようになっていったわ。それまでの『世界』での経験から、慣れ合いからの裏切りという行為に嫌気がさしていたから。
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これは言わないでおこうと思うから、きっとずっと私の胸の内に留めたままでいるでしょうけれど。
今はアンタ達と一緒に行動していることに、特に抵抗はないわ。
ただの慣れ合いでもない、それぞれに足りないスキルを補い合って行けるこのパーティなら、きっとどんなクエストだって、乗り越えて行けると思うのよ、私は。
あの時、ジュンとウヅキに逢わなければ、そしてジュンに声をかけられなければ、きっとこう思うことも無かったし、今も独りで淡々とクエストを続けていたのかもしれないわね。
そして、いつか『闇堕ち』や魔攻の通用しない強敵に出逢って、また殺されていたかもしれない。
もっとも、2人に対して何か特別な感情を持っているとか、そう言う事ではないんだけどね。
それとひとつ、ジュンについては、気になることがあるのよ。
あの日、ジュンが夜の森で殺された日。
私はジュンがふらふらと一人で宿から出ていく姿を見かけて、慌ててウヅキを起こして後を追ったの。
森に入ってしまってからは、その足跡は殆ど消えてしまっていたから、何とか私が魔力の残証を辿るのとウヅキの勘で、変わり果てたジュンの姿を見つけたのだけれど。
あの時ジュンの身体に刺さっていたのは、上位の「ヒーラー」という回復を専門に扱う職業が使う武器の一つである「メイス」。私たちの知り合いにヒーラーのハンターはいないし、おそらく今のジュンにもそんな知り合いはいないはず。そして、この『世界』では「ハンター狩り」は存在していない。
そしてそもそも、ただのヒーラーに、一応カンストしていた「剣士」のジュンの装備を貫くほどの攻撃力は無い。
あの夜、ジュンを襲ったのは、一体「何」なのかしら。
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「まぁ、そういうことよ。つまり私は、今居るこの『世界』を含めて3つの『世界』を見てきたのよ」
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