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傷だらけのパラノイア  作者: 根谷司
mind fortress
8/26

実は結構深刻だったという話ノ弐

「あの三人の内の二人にピクシーが居るわよ」


 学食を出て宝生さん達と別れたら、突然現れたポーターがそんな事を言った。


「それは本当か?」


 冷静に聞くトウギと、それに対して頷くポーター。でも、いや、ちょっと待ってよ。


「それって、あの三人のうち二人が芹沢君みたいなパーソナルワールドを持ってるってこと?」


 僕はあのスク水世界を思い出して戦慄した。


 でも、


「そうであってそうじゃねぇだろ」


 と、トウギが嘆息する。


「パーソナルワールドが全部、芹沢みたいな変態じみたもんだとは思わないほうが良い。芹沢みたいな変態にピクシーが宿ったらああなるって流れのはずだから、むしろあれが特殊だったと言えるはずだ」


 もう完全に解説者役のトウギ。ねぇ、君も昨日まではこっち側の人間だったはずだよね。なんで既に手馴れたピクシーハンターみたいになってるの?


「で、どうするの? また昨日みたいに心の中に入って、ピクシーを倒すの?」


「そうなるわね。よろしくー」


 当たり前みたいに言わないで欲しい。僕は極力そういうのに関わりたくないんだよ。でも、僕の舵取り役であるトウギが乗り気だから仕方なく付き合ってるだけだ。


「で、誰と誰にピクシーが宿ってるんだ?」


「さぁ」


 トウギの問いを一蹴するポーター。さぁって……無責任過ぎない?


「そんな白い目であたしを見ないで。あたしは基本人間に興味無いのよ。人間の名前なんて逐一覚えてらんないわ」


 ポーターを天使にしてはいけない気がしたのは僕だけだろうか。


「なら特徴を言ってくれるだけで構わない」


「髪の長さは普通」


「全員に当てはまるな」


「顔は整ってたわ」


「皆そうだったね」


「あ、そういえばそいつ、喋ってたわ」


「全員喋ってたぞ。お前、人間舐めてんだろ」


 ポーターが使えなさ過ぎる。それじゃ誰にピクシーが宿ってるのか解らないじゃないか。


 と、思ったのは僕だけだったらしい。


「まぁいい。だいたい解ってる」


 嘆息しつつ呟くトウギ。


「解ってるってなにが?」


 聞くと、「お前は話を聞いてなかったのか」と、小馬鹿にするような目で見られてしまった。この野郎……っ。


「昨日、ポーターは俺達のクラスに二人の宿主が居るっつってた。一人は芹沢だから、俺達のクラスにはあと一人しか宿主は居ないってことになる。なら宝生と石動の両方が宿主って事は無いだろう」


 つまり、と、トウギは続ける。


「あの三人のうち二人が宿主なら、まず朝間は宿主で確定だ」


「ああ、成る程」


 適当に相槌を打つ。実はよく解ってない。


「とりあえず、朝間の中のピクシーから処理すっか」


 なんて自分から言い出す辺り、こいつ、本当に乗り気だな、と思う。なんでこんなやる気なの? 


「なんか、孝一郎らしくなくない?」


 なんか怪しい。もしかして何か企んでるのか?


「んあ? ああ、まぁ、あれだ」


 白々しい態度で顎をしゃくれさせるトウギ。


「あの三人、なんか企んでたみてぇだからな。その企みがピクシー経由のものなら、ピクシー処理すりゃ事前に防げるだろ?」


「企んでたの? 何を?」


「何をかは知らん」


 こいつってば役立たずだなぁ。


「だが、さっき学食で同席する事になったのがなんの偶然でもないのは確かだ。やつらは、正確に言うとやつらの仲の誰かは、狙ってあの状況を作ったはずだろう」


「へぇ。ならなんとかしなきゃ」


 何が目的であれ、必要以上に距離を詰められるのはまずい。心の距離が近付けば近付く程、僕らが隠れヲタクであるという秘密が露見しやすくなってしまうからだ。


「そういうわけで、まずは朝間ん中のピクシーを今日中にやる」


「んー。まぁ、いっか。了解」


「んじゃ、作戦実行は放課後な」


「いいけど、なんで放課後なの?」


 パーソナルワールドに入ってる間は現実の時間が流れていないみたいだから、五時間目の休み時間とかでも良い気がする。


 そんな僕の問いに答える代わりに、トウギはポーターのほうを見た。


 そして、


「パーソナルワールドに入るには、影を踏む必要があるんだろ?」


 と、確認する。


「ええ。影がパーソナルワールドへの入り口だから」


 そう頷くポーター。


 話を逸らされたような気がして後味の悪い気分になりかけていたら、トウギは僕のほうへ視線を戻してきた。


「朝間は内気だ。あのレベルの内気になると、影を踏める程の距離に近付く事さえ、なんらかの理由が無いと難しい」


 そういえばそうだ、と、僕は頷く。


「だが、放課後になれば簡単に影を踏めるんだ」


「?」


 こいつが何を言ってるのか解らない。理解出来てないのが僕だけかと思いポーターのほうを見たら、ポーターも首を傾げていた。


 それでもトウギはそれ以上の説明はせず、さっさと教室へ戻っていく。


 とりあえずそういうわけで、作戦実行は放課後、という事になった。




「…………俺はお前がうらめしい……」


 五時間目の休み時間、突如現れた芹沢君が謎の呪詛を吐いた。


「宝生さんと一緒に飯食ったって……? しかも朝間さんや石動さんと一緒に? うらめしい。うらめしいぞ、月島ぁ……」


「ねぇ芹沢君。目がマジなんだけど……」


「俺はいつだって真面目だ!」


 真面目じゃなくてマジ目だよ! 誰も君が真面目とは思ってないよ!


「俺だって、俺だってなぁ、宝生さんと一緒にご飯を食べて、癒されたいんだよ!」


「君と話したら宝生さんが怖い思いをすると思うんだ」


 特にその血走った目に対して。


 芹沢君が宝生さんのファンだ、という事は、割りと周知の事実だ。裏ではファンクラブまであるという始末。その一員である芹沢君が僕らに嫉妬するのは仕方ないとは思うけれど、心の中で全ての女子にスク水を着せているような変態を彼女に近付けたくないと思うのもまた自然だと思う。


「そんな事は無い。宝生さんは、俺みたいな半端者にさえ笑顔をくれる、とても優しい方なのだ……ああ、そうか、彼女が天使だったのか」


 元気になったと思ったらこれだよ。パーソナルワールドでもう少し痛めつけたほうが良かったのだろうか。


「うん、まぁ確かに宝生さんは優しい人だけれど、少なくとも天使ではないと思うよ」


 なんたって本物の天使は平気で人を殴るようなキャラだからね。宝生さんにはそうあって欲しくない。


「ならばあの人が妖精さんだ!」


「ピクシーでも無いんじゃないかなぁ」


 少なくとも人の心に感染したりはしないかと。


「とにかくだ! 俺は今から、お前を処刑する! 集え! 我らが戦士達よ!」


「「「「いえす! ぼす!」」」」


「増えた!?」


 気付けばクラスメート五人に囲まれていた僕。なんなの、この状況!


「待って! 皆ちょっと落ち着いてよ! 僕は昼休み、たまたまあの三人と一緒になっただけなんだ! 偶然だよ!」


「犯罪者は皆そう言うんだ」


「言わないと思うなぁ! だから芹沢君! 手に持っているその油性ペンを下に降ろそう!」


「昨日は(有)だったから、今日は(罪)にしようと思う」


「あれの犯人お前らかぁぁぁああああああ!」


 お風呂入る時びっくりしたんだぞ本当に! いつの間に僕は有限会社になってたのってびっくりしたんだからな!


「真に遺憾な事ながら、我々は君を罰さなければならない……。さらばだ、月島容疑者」


「だから待ってよ! 冤罪だ! それは冤罪だよ芹沢君!」


「確かにな。汚れた服には洗剤だ」


「なんの話!? 聞き間違いが雑過ぎない!?」


「罪を被り汚れてしまった月島容疑者には、この洗剤という名のペンでもってキレイキレイしなければならない!」


「なにもかもが雑だよ! ペンのネーミングも話の持っていき方も雑過ぎるよ!」


 しかも罪を被るって、おもいっきり冤罪宣言してるんじゃないかな、それ!


 油性ペンを僕に近付けていた芹沢君は、そこまでの応答をもってようやく落ち着いてくれた。そして油性ペンを下ろし、ふと、隣の低身長のクラスメートに視線を向ける。


「どうやら月島容疑者は、容疑を否認しているようだ。戸田裁判官。判決を」


 そしてその場に居る全員の視線を一手に浴びる戸田とだ君。


 彼は威厳のあるような感じの立ち姿でもって、静かに言葉を紡いだ。


「キリストは仰った。罪には罰を、と。言わずもがな人を傷付けるというのは罪だ。そして、幸せ者を見せられた不幸者は、自らの境遇に惨めを感じ、傷付く。つまり幸せは罪だ」


 一瞬納得しかけたんだけど……。


「ふむ」


 それを聞き届けた芹沢君は目を閉じて、思い悩むように俯く。


「残念ながら――処刑せねばなるまい」


「残念だって思ってないよね! 徹頭徹尾それしか考えてなかったよね!」


 言ってる事が全くぶれてないからね! 何も考え直してないからね!


「とにかく、皆一回落ち着こうよ。このままじゃ埒が明かないよ」


「犯罪者は皆そう言うんだ」


「言わないと思うなぁ!」


 落ち着けって言うのはどちらかと言えば裁判官が言う事だと思う!


「お前と過ごした日々……悪くはなかった」


 言いながら、油性ペンを構え直す芹沢君。


「悪くなかったって言うんなら、別れる必要は無いんじゃないかなぁ……」


 いつの間にか僕は、二人のクラスメートによって両腕を押さえられていた。もう逃げ場はない。


 徐々に近付く芹沢君。そのペンは真っ直ぐ僕の額へ伸びて、そして――


「やめて! 私のために争わないで!」


 声がした。


 凛と響くような、どこか儚く、そして美しい声が。


 そして次の瞬間、僕と芹沢君の間に割って入ったのは、宝生さんの後ろ姿だった。


「宝生……さん……?」


 どうして、こんなところに……?


「ごめんね、遅くなっちゃって」


 僕に背中を向けたまま、彼女は言う。


 そして、キッと芹沢君を睨み付け、言った。


「これ以上、私のために争うのは止めて!」


 迫真の演技。まるで舞台でも見ているかのようなその口調に釣られたのは、演劇部である戸田君だった。


「これは、神が決めた運命……止める道理は無い」


 僕の額に落書きをする、なんて運命を決定する程、神様は暇じゃないと思う。


「それでもっ、それでも私は、止めて見せる!」


 首を振りながら、現実と戦う宝生さん。彼女、演劇部じゃなかった気がするんだけどなー。


「ならば姫。貴女もまた、神に歯向かう異端……」


 戸田君はナイフを掲げるような仕草で油性ペンを持ち直し、それを見た宝生さんはごくりと生唾を飲む。


「……覚悟を、してもらう……っ!」


 じり、っと、戸田君は慎重な足運びで宝生さんへ迫る。宝生さんはその場から一歩も引かず、「仕方ない……」と、僕のほうへ体を向けた。


 がし、っと掴まれる僕の肩。そして、ぐわんと回される僕の体。


 気付けば僕は、宝生さんと戸田君の間に割って入る形になって……。


「私をやるなら、まずは月島君をやってからにして!」


「かっこいい流れでかっこいい台詞言ってると見せかけて最低の事をしてるからね!?


 なんでわざわざ割って入ってから僕を売るの!?」


 しかし、僕の目前に迫っていた戸田君は一瞬だけ物憂げな表情を浮かべると、


「招かれざる客は、帰る時が一番歓迎される……か」


 と、油性ペンをポケットに仕舞った。


「ミスターシェイク。今は……引いてくれるんだね……?」


 感極まったという様子で声を震わせる宝生さん。どうでも良いのだけれど、ミスターシェイクって誰。


「なに、ただ今は、この今だけは……」


 戸田君は僕らに背中を向けて、天井を仰ぎ見ながら続けた。


「歓迎される側に回ってみたい。そう思っただけさ……」


 君にはツッコミきれないよ、戸田君。


 戸田君に続いて去っていく不愉快なクラスメート達。去り際に芹沢君が「命拾いしたな」と吐き捨てていったけれど、如何せん状況が状況だからつっこまないでおいた。


「でもありがとう宝生さん。助かったよ」


「ん? なんのこと?」


 僕が改めて御礼を言うと、宝生さんは首を傾げた。


「助けてくれたでしょ。だから、ありがとう」


 ああやってふざけていたとはいえ、宝生さんの事だ。


「いやいやー、あれはただ、楽しそうだから割って入っただけだよー」


 とは言うものの、その中に気遣いがあったことは間違いないだろう。


「自分も楽しみながら人を助けられるんだから、すごいと思うよ」


 少なくとも僕には出来ないし、僕には出来なかった事だ。それを宝生さんは出来ている。生まれながらにして、そいういう事を出来る人と出来ない人では差異がある。宝生さんは、生まれながらに優しい人なのだろう。


「そっかなー。んー、よくわかんないや」


 そう言って宝生さんが苦虫を噛んだような苦しい笑みを浮かべた理由と、癖のように自分の太ももを摩っている理由は、少なくとも僕には解らなし、知る必要も無い事だ。


 僕は、宝生さんと同じように自分の膝を摩りながら思う。


 どうせ僕は、これ以上彼女に近付く事は無い。




「さて、覚悟は良いか? 久志」


 言われ、僕は頷いた。


 放課後。僕とトウギとポーターは校門前に来ていた。三人で校舎を見つめているのだけれど、如何せん夕日が校舎の後ろにあるため、眩しい。目を細めてどうにか人影を追う状態だ。


「ねぇ、なんでこんなところで待機なの?」


 眩しすぎて朝間さんを見逃してしまいそうだけど……。


 でも、


「成る程、そういうことね」


 と、ポーターが呟いた。


 何が解ったのだろう、と思いポーターのほうを見てみると、ポーターは何故か足元を見ていた。


 何があるのだろ、と思いその視線を辿ろうとしたら、


「来たぞ」


 トウギがそう言ったため、視線を辿るのを中断。眩しい前方へと視線を戻した。


 校舎から出てきた朝間さん。彼女は一人だった。


 石動さんも宝生さんも部活があるからね。何部に入ってるかは知らないけれど、もしも朝間さんが帰宅部、もしくは部活休みの日なのだとしたら、二人とは帰れないのが当然だ。


 物寂しい雰囲気をその身に纏って、とぼとぼと、ゆっくり近付いてくる朝間さん。でも、僕らの間にはまだ十メートル以上の距離がある。


 しかし、トウギは一歩横に動いたのを気配で感じた。


 何をしているのか、とそっちをい見ると、トウギは夕日で伸びた誰かの影を踏んでいる。


 そして呟く。


「コネクト」


 暗転。世界が沈み、入れ替わり、そして塗り替えられていく感覚。


 強烈な風に殴られたような気がした。地面が揺れた。それら全てが気のせいだと気付くのに数秒を要した。


 そして気のせいだと気付いた次に、驚愕を覚えた。


 一瞬で姿を変えた世界。


「うそでしょ……?」


 校舎だったものはもう見えない。代わりに、眼の前にあった校門が、頑丈な鉄の壁になっていた。


 横を見ると、見渡す限りそれは続いている。上を見てもそれは同じ。


 要塞。


 トウギと二人で何歩が後ろに下がってみた結果、その壁はまるで戦争から身を守るための基地みたいだった。


 そして朝間さんは、この壁の向こうに居る。


「これじゃなんも出来ねぇぞ……」


 トウギが呟く。確かに、これでは触れる事も出来ない。


「とにかく、入り口を探そうよ」


 そう提案したら、トウギも頷いた。ポーターは後ろから付いてくる。


「なによこれ、こんなスケールになるほどのピクシーの反応は無かったはずなのに……」


 どうやら彼女も理解出来ていない模様。すると、


「ピクシーの数とパーソナルワールドん中の異常性が比例しない場合ってのは稀なのか?」


 と、トウギが確認した。今の、日本語?


「ええ、稀よ」


 と、ポーターは答える。


「だって、心の中で宿主の心を具現化するのがピクシーなのよ? ピクシーの影響を受けず心に異常をきたすなんてこと、そうそう無いわ」


 なんだか結構難しい話をしてるなー。僕、また置いてけぼり?


「なら、わざわざピクシーが具現化するまでもなく心ん中で強く思い描いてる物があったら、それが心ん中で形を成してるって事はあるか?」


「……まぁ、あるわ」


「ならそれだな」


 当たり前のように答えを見つけ出したらしいトウギはしかし、苦々しい表情を浮かべていた。


「つまり、どういうこと? 入り口らしきものは見当たらないけれど、僕らはどうしたらいいの?」


 このままでは朝間さんに近付けないし、ピクシーを倒す事さえ出来ない。


「ああ、それなんだが……」


 言いかけて、不自然に止まるトウギ。僕のほうを見ているようで、僕の後ろを見ているようだ。


「?」


 何かあるのだろうか、と思い視線を運ぶと。


「ぐるるるるるるるる……」


 全長五メートルはあるであろうティラノサウルスみたいな化け物が、そこいらっしゃいました。


 餌を見つけたかのように涎を垂らして、僕らのほうを見つめながら、手を伸ばせば届きそうなほど、近くに。


「…………」「…………」「…………」


 走馬灯のように蘇ったのは、とあるポーターの台詞だ。


 すなわち、危険なものは死に至る、と。


 それっていつだろう。


 今でしょ。


「ぎゃあああぁっぁぁあっぁああああああああああ!」「待てトウギ先に逃げるな!」「待ちなさいよここはあんたらのどっちかが囮になってあいつを引きつけなさい!」


 三者三様の悲鳴を挙げながら、僕らは必死に走った。しかし当然ながら化け物の大きな足音は後ろから迫っている。すぐそこの地面を蹴っている。


「月島! あんたあの化け物なんとかしなさいよ! あんたもアクセスって叫べば自分の武器が出てくるから!」


「わ、解った!」


 そういえば僕の武器は遠距離の弓矢だ。ならば確かに、あの化け物に近付く事なく攻撃出来る。


 走りながら、ポーターに従いアクセスと叫ぶ。すると、芹沢君の時と同様に弓が出てきた。僕は上半身だけ振り向かせて弦を引く。


 そして現れる骨の矢。僕はそれを恐竜に向けて放ち――ばいん、と、その皮膚に跳ね返されるところを目撃した。


「つっかえねぇ! てめぇまじでつかえねぇ!」


「うるさいよトウギ! あんな矢であんな化け物を倒せるわけがないじゃないか!」


 無茶振りにも程があるよほんとに!


「くそっ、こうなったら!」


 トウギは走りながら「アクセス」と叫び、突如現れた刀を握った。


「ぶっ壊してやる!」


 そう意気込んで、要塞の壁に向かって刀を振るう。


 そして、バキ、と、何かが壊れる音がした。


 うん、確かにぶっ壊れたね。


 トウギの刀が。


「使えない! お前ほんと使えない!」


「うっせぇよ! こんな刀でこんな石の要塞を壊せっか!」


 なら最初からやるなよ! ちょっと期待しちゃったじゃないか!


「ポーター! 撤退だ! さっさと元の世界に戻せ!」


「はぁ!? 何命令してんのよ!」


 早急に作戦変更するトウギ。しかし、ポーターが何故か喚いた。天使見習いとしてのプライドに触れたのかもしれないけれど、今はそんなのゴミ箱に捨ててくれないだろうか。


「いいから戻せ死にてぇのか!」


「死にたくないわよぉおおおお! シャットアウト!」


 天使見習いでも死ぬ事ってあるんだね。なんてどうでもいい事を考えながら、僕の意識は黒に塗りつぶされた。




「「「ぶはあっ!」」」


 現実世界に戻ってきた瞬間、僕らは揃って校門前で悶えた。


「死ぬかと思った……まじで死ぬかと思った……」「人間って怖い人間って何考えてるのかほんと解んない」「あの恐竜なんなの!? あれがピクシーじゃないとしたらあれなんなの!?」


 誰が何を言ったかはご想像にお任せします。


 僕らを不審な目で見ながら校門を通過していく生徒達。その中に、


「ど、どどどどどうし、たの……?」


 当の朝間さんの姿もあった。


 見 ら れ た。


「立ちくらみだ」


 冷静に答えるトウギ。


「え、でででも、みな、皆さん揃って、……?」


「立ちくらみだ」


 どうやらトウギでも冷静さを失っていたようだ。


「だ、だいじょうびゅ……なの?」


 不安げに自分の胸を抱きながらも僕らの心配をしてくれる朝間さん。でも、心配をするなら気にしないで欲しい。これ以上気を遣わせないで。あと、そこで噛まないで。


「大丈夫だ。問題ない。心配かけて悪かったな」


 ようやくちゃんと取繕う事が出来たらしいトウギの振る舞いのおかげで、朝間さんは不承不承な様子ながらも帰っていってくれた。


「結局、なんだったのよ、あれ……」


 朝間さんの後ろ姿を眺めながらポーターが呟くと、「あー、それはな」と、トウギが頭を掻きながら答えた。


「あれは、あいつの心の壁ってやつだろう。あいつ自身が作り出した心の壁。で、あの恐竜がピクシーなのかどうかは知らんが」


「いいえ、あれはピクシーじゃなかったわ」


「なら、あれもまた朝間が自分自身で作り出したもんだってこったろ」


 トウギの返答にポーターは「はぁ?」とどこぞのヤンキーよろしくガン付けをしていた。


「孝一郎。それはどういう事?」


 改めて僕が聞くと、トウギは至って落ち着いた様子で、


「朝間は外の世界を恐れてるんだろうな。心の壁を開けたらそこにはああいう化け物が住んでいる、みてぇに思っちまう程、おそらく他人を恐れている。その象徴が、あの化け物だ」


 と、答える。


 空気が変わった気がした。


 でも違う。変わったのは空気ではなくて、僕の、僕らの意識だ。


「つまり……」


 まさか、と思い、続きが紡げなかった。


 僕の口からは、言いたくない単語。それを代わりに言ったのもまた、トウギだった。


「対人恐怖症、とでも言うべきか」


 簡単そうに、当たり前みたいに、トウギは言う。


「あいつは、二次元と出会わなかった俺達だ、ってことだ」


 二次元と出会わなかった僕ら。そう言うと僕らよりマシなんじゃね? と思えるのだけれど、実際のところそうではない。真面目な話、もしも僕が二次元と出会わなかったらと考えると鳥肌が立つ。


「さて、ツキヒ」


 校門前。帰宅部連中が帰りつくしたからか、人通りは少ない状態。どこか寂しくて、どこか落ち着く。そんな雰囲気の場所。そして時間。


 シチュエーションとしては、何かロマンチックな事がありそうだ。


 でも、


「朝間のピクシー処理は命掛けになりそうだが、ほっときゃあいつは未来永劫対人恐怖症。むしろ、中に居るピクシーが増えて状況は悪化するかもな。お前はどうする」


 突きつけられたのは、意地悪な問い。


「なんだそれ」


 ああ、違う。意地悪なのはトウギじゃない。


「それ、選択肢無いじゃん。ふざけてるの?」


 性悪なのは、世界のほうだ。


 逃げ場は無い。それは誰にだって同じ。


 朝間さんにも、そして僕らにも逃げ場など無い。


 知らぬが仏という言葉があるけれど、逆説的に知るのは地獄だ。


 それに抗う方法はひとつ。見なかったふりだけだ。


「……トウギに任せるよ」


 今までそうしてきた。いつだってそうだった。


 目隠ししながらも歩けるように、僕の舵取りはずっとトウギがしている。


 だから今回もそうする。


 するとトウギはどこかつまらなそうに笑って、「そうか」と、一瞬だけ俯く。でもすぐに顔を上げて、


「なら、やるしかねぇわな」


 そう言った。


「どうやって?」


 と僕が聞くと、トウギはやっぱり、当たり前みたいに、


「あいつの心の状態を変える」


 まるでそれが簡単な事のように、答えるのだ。


「現実の世界で、あいつの心に入り口を作らせるんだ」

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