実は結構深刻だったという話ノ壱
大変な事に巻き込まれてしまった、という自覚は勿論あるのだけれど、それにしたって危機感に欠けるな、とも思う。
僕とトウギは明らかに超常的な何かに巻き込まれたのだけれど、あの後確認したら芹沢君は無事で、ただちょっとお腹が痛そうにしていたのと、とてつもない喪失感を僕にも解る程に放っていただけだ。特に問題は無いと思う。
友達だと思い込んでいたポーターが本当は友達じゃなかった、というのも驚いたし、今日はとにかく疲れた。三次元らしからぬ三次元だったとはいえ、実際に体を動かしたのだから疲れて当然だ。
だから、癒しは必要だよね。
「違うんだよトウギ。そこは右じゃなくて左に行ったほうが」
「黙れツキヒ。左は罠だ。それくらい解れ」
迫り来るゾンビを千切っては投げ千切っては投げするゲームを二人でやっていた。勿論イン僕の部屋だ。
昨日の超展開的ギャルゲーは、まだクリアーしていないけれど一旦保留にしている。あの手の超展開は今は要らない。理由は察して欲しい。とにかくだ。非日常を味わったのならその分日常を味わえばプラスマイナスゼロになるのである。
ゲームの中で僕らに示された選択肢は二つ。本当は三つのルートがあるのだけれど、ゾンビ物で地下に進むというのが死亡ルートだというのはほぼ確定だ。それに、さっきから出てくる敵は皆地下から出てきている。地下が敵の巣窟になっているのはまず間違いないだろう。だから、地下へ向かう正面ルートは後回しになる。
左右に別れた道。血文字で『助けて』と書かれているのが左。確かに怖いけれど敵の数が圧倒的に少ないルート。右は敵の数が多いから、あまり行きたくない。
そこで。
「いいから黙って正面突破しなさいよ」
この非現実、ちょっと黙っててくれないかな。
芹沢君の一件からポーターは僕らに付きまとってきた。曰く人間の姿をしているのに住処が無いから、とのこと。野宿でもしてろ、とトウギが言っていたけれど、か弱い女の子にそんな事をさせるなんて非道ね、と言いながら、勝手に僕の家に来たのだ。
そういうわけで僕らの貴重な非現実逃避タイムを台無しにしやがった、か弱くもなければ女の子なのかも定かではない、存在そのものが非人道的なポーターは僕の部屋に居座っている。
「女の子を家に停めるなんて事を僕の親が認めてくれるとは思えないから、そろそろ帰ってくれないかな」
今はゲームに専念したいからそう言うと、ポーターは当たり前のようにそっぽを向く。
「大丈夫よ。月島の両親が殆ど帰ってこないのは知ってるし、隣の部屋、多分姉かなんかの部屋よね。今は使われてないみたいだから、そこを使うわ」
なんでそんなに知っているのだろうか。確かに両親はあまり帰ってこないし、元姉の部屋は都合の良い事に、ベッド等が放置されたまま今は使われていない。なんなのこのご都合主義。
「昔ならともかく今はどの世界でも余所者は入りにくいのよ。だから事前に、入り込む余地がありそうな人間を探して、候補にして、そいつと契約するの」
天使見習いのくせにやってる事が地道過ぎる。僕が天使見習いの立場だったら途中でめんどくさくなって、天使になる事を諦めて地上で暮らすよ。
「じゃあ、そっちの部屋にもゲーム置いておくから、そっちの部屋に行ってくれないかな」
「なんでよ」
つんつんとした目で睨まれてはその質問には答えられないのが人間です。
「ほら、お互い、プライベートとかあるでしょ?」
大事だと思うんだ、プライベート。
「無いわよ」
「断言するような事では無いと思うのだけれど」
「無いわよ」
「その無い、は何に対する無い、なの?」
プライベートが、なのか、断言する必要が、なのか。
「月島の人権」
「今はそんな話してなかったよね!?」
プライベートの有無について話してたはずだよね! 今!
「お前らもう少し静かに話せ」
うるさくし過ぎたのか、コントローラーを握っているトウギはゲームの画面とにらめっこしたまま、不機嫌そうに吐き捨てた。
「ゾンビの足音が聞こえねぇ」
確かに、こういうサバイバル系のゲームで敵の足音は大事な情報だ。ゲームクリアを目差す人間からしたら、騒音は耳障りだろうと思って自省する。
「さっさとゲームオーバーになりなさいよ。次のピクシーについての作戦会議が出来ないじゃない」
成る程。それでさっきから明らかに危険な選択肢ばかり提案していたんだね。
「トウギ。絶対に死んだら駄目だよ。命は大切だからね」
「自分の命をどうでもいいっつってたお前の口からそれを聞くとおぞましいな」
「無駄口叩いてないで集中してよ」
「てめぇが話しかけたんだろうがっ」
トウギは解っているのだろうか。僕らヲタクが持つ、現実で疲れた心身は寝ても回復されないという特性を。
二次元で癒しを得ない限り、僕らは疲労を抱えたまま次の日を迎える羽目になるのだ。そんな事になったら、僕はもう生きていけない。簡単に言うと生態系ピラミッドの底辺である。
可能な限り長く二次元に浸らなければならないのだ。あんな過激な出来事があったのならなおさら。
「にしてもあんたら、そんなにゲームばっかりしててよく飽きないわね」
唇を尖らせながら言うポーター。そこで僕は、食堂で彼女が言っていた事を思い出す。確か、天使見習いは人の心を理解出来ていないなんちゃらかんちゃら、だったか。
確かに、と、僕は思った。
「飽きる飽きないならよ、ポーター。お前なら俺達の気持ち、解んじゃねぇの?」
ふと、コントローラーを床に置きながらトウギが口を挟んでくる。
「お前、二次元ネタ、詳しいじゃねぇか」
瞬間、ポーターの動きが止まる。
「天使見習いだから人間の心を知るべし、みてぇな決まりがあんのは解ったが、お前を見てると人間について事前学習してきたっつうより、二次元ネタに関して事前学習してきた、みてぇな感じがすんだが」
トウギのツッコミの意味はよく解らなかったのだけれど、それでもポーターがやけに動揺している事は理解できた。
「ぐ、偶然よ」
「人間の事を勉強してたら人間についてよりも二次元ネタに詳しくなったってのか? いったいどんな偶然が起きればそんな奇跡が起こるのか聞きてぇんだが」
真っ直ぐポーターを見つめるトウギ。ポーターは露骨に視線を泳がせながら、おもむろにゲーム機へ手を伸ばした。
「あ、あたし用事思い出しちゃったから、ちょっとそのゲーム機、壊すわね?」
「ちょっと出掛ける、みたいなノリでとんでも無い事やろうとするのはやめようよ。話の流れ的に僕のゲーム機が壊されるような用事は無いはずだよね」
そもそもゲーム機を壊す用事ってなんなのさ。
とにかくゲーム機を庇うためポーターの手を掴むと、ポーターはさらに動揺して後ろに飛び退いた。
「あたしに触れると火傷するわよ!」
火傷したみたいに真っ赤な顔をしているのは君のほうだと思う。
「そういえば、ギャルゲーに出てくる男の裸体CGはどれもテンプレ、みたいな事、昨日も言ってたよね」
ギクッと浮き足立つポーター。
「ち、ちちち違うわ。あたしが言ったのは、ギャルゲーに出てくる男の裸はどれも天ぷらみたいに美味しい、って言ったのよ!」
「君はその言い訳で何を守ったの?」
ギャルゲーをよくプレイしている、と思われるより深刻な状態になったよ?
動揺が頂点に達したのか、ポーターはついに頭から湯気を出しながら「うがー!」と叫んで、何故かトウギを殴った。
「いいからピクシーの話をするわよ! さっさとゲームオーバーになりなさい!」
しかし、トウギからの返事は無い。どうやら屍のようだ。あれじゃ話なんて出来そうにないね。残念。
もうひとつ残念なのは、実はトウギってば、数分前くらいからずっとコントローラーを置いてたんだよね。
既にゲームオーバーになってたのだけれど黙ってました、と教えたら僕も殴られる気がしたため、それは言わないでおいた。
翌日、授業が終わって昼休みになると、僕とトウギはいつも通り、学食へ向かった。
「くっそ。タンコブになってやがるぞ」
昨日ポーターに殴られた場所を摩りながらトウギは毒を吐く。まぁ、あれだけ強烈なパンチを食らえばそうなるよね。
「そういえば芹沢君も、ずっと頭を抱えていたよね」
ずっと元気が無かったというかなんというか。
「あー、それだがな、ピクシーを処理しても、宿主の記憶を自由に操れるわけじゃないらしいんだ。ピクシーが居たせいで暴走気味だった自分の欲望を、それのせいでしでかしちまった自身の行動を後悔してるってとこだろ」
「そうなの? でも、僕らは実際に記憶を操られてたよね。場合によっては僕らから記憶を消せるとも言ってた気がするけれど」
あの説明の時のやり取りは酷く曖昧になってしまっているけれど、所々覚えている事もある。
その問いに、トウギは簡単そうに答えた。
「ポーターが力を行使するには、天界から力を借りにゃならん。んで力を借りるには条件がある、みてぇなことも言ってたから、いつでもどこでも自由に使えるってわけじゃねぇんだろ」
「成る程。不便だね」
「ああ。まぁしかし救いなのは、パーソナルワールドは三次元と異なる次元の世界らしいから、そこでの出来事を宿主は覚えてねぇって事だ。むしろ始めから自覚してねぇってことらしい」
なるほど成る程。どうでも良いのだけれど、どうしてはトウギはあんなとんでもない説明をこれほど理解しているのだろうか。頭のスペックが違うのは前々から知っていたけれど、この理解力の差異は頭のスペック云々で片付く話?
ちなみにポーターはというと、今校舎のどこかをうろついている頃だと思う。ピクシーの宿主がどこにどれだけ居るか確かめて来ると言ってどこかに行ってしまったのだ。
あと、今更になっておかしい事に気付いたのは、ポーターの服装だ。ポーターは基本的に、僕らが通う高校の制服を着ている。どうして今まで無意識にそれを受け入れていたのかは不明だけれど、制服を着た女の子が授業中も廊下をほっつき歩いているのに、どうして誰も気にしないのだろうか。
食堂に入ると、昨日みたいなタイムラグが無かった事もあり、中には結構な人が居た。これは席を取るのに苦労しそうだ。
いつもと同じ食券を買い、おばちゃんの居るカウンターへ。トウギはうどんを受け取って、開いている席を探した。唯一開いているのが六人掛けの席で、僕はそこはかとない申し訳なさを感じつつ、二人でそこを占拠した。
そして無言で蕎麦を啜っていた時だ。
「やっほー、お二人さん」
そんな陽気な声が聞えてきた。聞き覚えのある女の子の声。この学校のアイドルである宝生優莉さんで間違いないだろう。
相変わらず元気なだなー、と思いつつも食べる事に集中していたら、その声はさらに近付いてきて、
「美味しそうに食べてますなー」
と言った。
誰と話してるのだろう、と思い顔を上げると、宝生さんと目が合った。
……もしかして、僕に声を掛けてたのかな?
「?」
まさかね、と思いつつ首を傾げるたら、宝生さんの隣にも人が居た事に今更気付いた。すらっと背の高い女性だ。キュート系の宝生さんとは真逆の、制服さえ着ていなければ大人と間違えそうな感じの美人だ。
見覚えがあるなーと思ってよく見てみたら、クラスメートの石動美月さんだった。クラスメートの顔もパッと見で思い出せない僕。底辺なのは社会的地位だけではなく記憶力もらしい。
「どうしたの?」
二人の視線は間違いなく僕のほうを捕らえている。これでは勘違いのしようが無いから聞いてみた後で、二人の手に学食のトレーがある事に気付く。
「席が開いてないから、良かったら一緒にどうかなーと思ったんだ。隣、いいかな?」
たははーと笑いながら言ってくる宝生さん。確かに周りの席は開いていないから、同じクラスの人と同席する、というのはセオリーだろう。
でもこと三次元において、僕に決定権は無い。決定権を持つトウギのほうに視線を向けると、トウギはうどんをすすりながら宝生さんを一瞥。うどんを飲み込んでから顔を上げて、石動さんを見た。
まるで、何かを訝しむような視線運びだな、とは思った。何かを警戒しているのだろうか。
でもすぐに何かに気付いて、
「石動の後ろに隠れてるのは誰だ?」
と言った。
「へ?」
誰か隠れてるの? と思い覗き込んでみたら、驚いた。石動さんの背が高いからすっぽり隠れていたのだけれど、そこには小さい女の子が。
「私と優莉の友達さ」
石動さんは答えながら、立ち位置を横にずらす。
「この子は朝間希。一応同じ学年なんだけど、知らないかい?」
知らない、と即答するのは失礼かと思い口を閉ざしたけれど、石動さんがどいた事で見えたその女の子は、やはり僕の知らない子だった。
むしろ同じ学年というのが信じられないくらい背は小さく、顔立ちも幼い。真っ黒なおかっぱ髪も、その見た目年齢の低さを助長しているように見える。
「あ、ああああの、えっと、その……あさ、朝間の、希、です」
恥ずかしそうに挨拶するついでに手に持ったトレーを倒しそうになっていた。石動さんは片手で自分のトレーを持ち、開いたほうの手で朝間さんのフォローをする。こうして見ると、年の離れた姉妹みたいだ。
「こういう感じで、この子、今にもご飯を落としてしまいそうなんだ。良かったら座らせてくれないかい?」
改めて、と言った様子で提案してくる石動さん。そこでトウギはようやく「いいぞ」と答えた。なんですぐに了承しなかったのだろうか。
「ありがとー。じゃ、みっちーはこっちね」
宝生さんはどこか楽しげに、石動さんを僕の隣に座らせた。
「んで、あーちゃんがそっちで、私はみっちーの隣だー」
「なんで優莉が仕切ってるのさ」
石動さんはどこか不満げにそう言ったけれど、言われた通りにしているのだから不思議だ。
「え、でも、みっちーは月島君や藤枝君と同じ中学だったんだから、この中で一番仲が良いでしょ? だから隣」
「それはそうだけどね……」
納得しかねる、みたいな様子の石動さん。ここでそうなの? 同じ中学なの? と聞くのはいけない空気だろうか。僕、全然覚えてないし、僕とトウギの場合は同じ中学ならなおのこと仲良しとは言いがたい気がする。
「希を男子の隣に座らせるのは非道だと思うね」
どうしてだろう、と思い視線を斜向かいに向けると、そこには箸を掴む事さえままならない程震えた朝間さんが。
「わ、わわわたひは平気だよっ!?」
という割りには声が裏返ってるけれど……。
「見ての通りその子は内気でね。小動物みたいでなかなか可愛いだろう?」
「ちょ、ちょっと美月ちゃん!? わ、わた、わたしはかかかかっか可愛くなんかにゃっ! ……にゃ…………」
盛大に噛んだ後の諦めキターーーーーーーーーー!
しかも最後の「にゃ」があざと過ぎる! ほら見ろ隣のトウギは効果覿面だ! 笑いを堪えるのに必死そうだよ!
「これが我らの最終兵器なのだよ! 可愛すぎて持ち帰りたくなるとは思わないかい!」
ビシッと親指を立てる宝生さん。確かに今の噛み方は可愛かった。
やめてー、と震えた声で言いながら、真っ赤の顔を両手で隠そうとしている朝間さんは、本当に小動物のようだ。そうか、これがいわゆる合法ロ……いやなんでもない。
話は変わるのだけれど、校内にファンが居る宝生さんは勿論のことながら、石動さんも朝間さんも異性としてとても魅力的だ。しかもそれぞれタイプの違う王道的キャラクターとも言える。二次元の中に飛び込んでもタメを張れそうだとさえ思う。
そんな女の子三人と、しがないただの隠れヲタクが談笑している、というのは正直、心臓に悪い状況だ。現に、周りからの嫉妬の視線がとても痛い。ちなみにポーターは異次元美少女である。というか、嫉妬するくらいなら変わって欲しい。僕にこの状況は荷が重い。
「女の子が言う可愛いは信用出来ない、と言いたげな目をしてるね」
ふと、隣の石動さんが悪戯っぽい含みのある口調でそんな事を言ってきた。
「いや、そういうわけではないのだけれど……」
そういうわけではないけれど言えるわけが無いよね。僕らはヲタクだから貴女達と談笑出来る立場に居ないんです、みたいな事さ。
「そういえば、どうして今日は学食なの?」
本来なら同席しても最低限の話をするだけで無言を貫きたいところだったのだけれど、如何せん向こうから話す気まんまんな気配を感じるもんだから、可能な限り穏便に事を進めるため、話題は僕のほうから振る事にした。
「たまにはと思っただけさ。来た事があまり無かったからね」
「三人揃って?」
「そうだけど? 昨日の段階でそういう話をしていたのさ。行きたいね、的な話をね」
「へぇ」
行きたい、と思える程に魅力のある場所ではないと思う。でも、実際にこうして来ている人が居るって事は、この学食を期待を寄せるに値する場所だと思う人も居るという事なのだろう。
正面を見ると、トウギと朝間さんがなかなか良い雰囲気になっていた。トウギは他人の世話を焼くのが好き、というか、他人の綱を持つのが好きだから、ああいうコントロールしがいのある人は好きなのかもしれない。
でも、だからといって「さよならトウギ。三次元という名の地獄へ行ってらっしゃい」とお祝いする気になれないのは、トウギが明らかに何かを警戒し、そして遠ざけているからだ。
トウギはこと対人関係において最大の力を発揮する。頭の回転が良くて勘が良くてさらに先天的に人の心を理解しているのだ。どれくらい理解しているかと言うと、人間不信になるくらい理解している。
「頑張れあーちゃん噛むなー!」
逆に失礼なのでは? と思えるような激を飛ばす宝生さん。
「優莉ちゃん、やめて逆に緊張したう!」
惜しい。最後の最後で噛んだね。
「諦めるな朝間。ほら、もう一回同じ台詞を言ってみろ」
「や、やめて、カクにキントウしちゃう!」
角煮均等? そうだね、角煮は美味しいから均等に分けないと喧嘩になっちゃうからね。
噛みまくりの失態が嫌になったのか、ついに黙り込む朝間さん。その瞳には「なんでこんな目に」とでも言いたそうな涙が浮かんでいた。
「藤枝はなかなかエスだね」
「人として最低なだけじゃないかな」
石動さんの言葉に無意識な返答をしてしまった後ですぐにハッとした。今の発言は自分達を貶める失態だったかもしれない。
別に周りの評価とかはどうでも良いのだけれど、如何せんヲタクというのはそれだけで社会的な死を確定されてしまいかねない。だからバレないに越した事は無い。
でも、どうやらその心配は杞憂と化したらしい。石動さんは楽しげに笑ってみせた。
「君もなかなか、見た目に反してエスっ気があるみたいだね」
いじられたのだ、と気付いたら途端に恥ずかしくなって、これ以上の墓穴は掘るまいと黙った。そしたらやけに、テーブルを挟んだ向こう側のやり取りが別世界のもののように思えてきた。
「……?」
何かがおかしい。そんな気がした。
石動さんの隣から激を送り続ける宝生さん。相変わらず何か喋れば噛み続ける朝間さんに、彼女をいじる事に味をしめたのか、しきりに何か喋らせようとするトウギ。
それがまるで、台本によって割り振られた役割のように見えて寒気がした。
宝生さんとトウギの言動を見ていると、朝間さんが噛むのは悪い事だから、それを矯正しようとしているような意思が見受けられる。もしかしたら、それが不愉快だったのかもしれない。
「どうしたんだい?」
どうやら感情が顔に出てしまっていたらしい。石動さんに心配されてしまった。
「いや、なんでもないよ」
そう答えて、残った蕎麦を口に運ぶ。
でも、その蕎麦はもう伸びてしまって、不味くなっていた。
それを無理矢理口に運ぼうとしたら気持ち悪くなって、結局残した。
この蕎麦も、噛んでしまうという癖も、名誉挽回も汚名返上も、頑張って何になるっていうんだ。
馬鹿げてる。虹の麓へ向かって走っても、そこには何も無いというのに。
美女美少女と一緒に食事をする。そういうテーブルの向こうの別世界を眺めながら、僕はその苦行じみた俗称『幸福』とやらを噛みしめた。




