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暴走系のエンジェルⅡ

「じゃあ説明を始めるわよ。まず魔法については、あんたらも知ってる通りよ」


「いや、知らねぇよ」


 なんで知ってる体で話を進めようとすんだよ。説明の意味がねぇだろ。


 ポーターは重たく嘆息して「仕方ないわね」と呟いた。


「あんたらが体験した通り、人間でいう物理法則を無視した力の事を魔法と総称できるわね。自然と起きてしまう物もあるけど、まぁそれの詳細は省くわ」


「適当だなおい」


 そこを省くなよ。


「天使になれば殆どの魔法が無条件で使えるけど、天使見習いはそうもいかないの。天界とシナプスを繋いで、天界から魔力を借りてようやく魔法が使えるわ。私達天使見習いが天界の許可無く使える魔法は、コネクトとアクセスだけ」


 詳細も適当じゃねぇか。専門用語を当たり前のように使うな。


「えっと、シナプスって何?」


 ほら、ツキヒが理解出来てない。アクセスとコネクトについて聞かなかったのは、後半が頭に入ってなかったからだろう。


 ポーターのほうを見ると、なんでそんなのも知らないのよ、みたいな目をしていたため、俺が勝手に推察を述べる事に。


「シナプスってのは体の神経を繋いでる神経物質のひとつだが、文脈と響きからして天界ってとこと天使見習いを繋ぐ管みたいなもんだろ。管っつうより、電波だな」


「そんな感じよ」


 正解か。そりゃ良かった。それにしても話の出だしから嫌な予感がするぞ。これからポーターがする説明を、逐一俺が解説せにゃならんのか?


「で、天使見習いの仕事はピクシーの処理よ」


「そのピクシーってなに?」


「ピクシーはピクシーよ」


 予想通りになったじゃねぇかちくしょう! 説明すりゃいいんだろ、解ったよ!


「ピクシー。普通に英語で妖精って意味だが、俺達の解釈とは根本からちげぇんだろうな。ピクシーの正体が何かは知らねぇが、魔法を使って処理っつうからには、人間には干渉出来ない何かなんだろう。細菌もしくはウイルスか、物体じゃもんとかな」


「まぁそんな感じよ」


 相槌も適当とか……。


「ピクシーは人の心に住み着いて、そこで宿主の思考の一部を具現化するの。その具現化した思考に身を宿し、宿主にその思考を強まらせる事で増殖するシステムになってるわ。私達は宿主になっている人間の心の中に入って、ピクシーを処理するのよ」


「そのピクシーの処理ってのはなんなんだ。人の心を心の中だけで具現化するってだけなら、そもそも処理する必要も無いだろう」


「あるわ。ピクシーが増えると神話が産まれなくなるっていうのが、統計上明らかになってるから」


 思ったよりでかいブーメランが返ってきたな……。


「神話が実在した事を前提にしてそれを考慮すると、今はピクシーが大量発生してるんだろうな」


 だって神話とか産まれねぇし。


「ええ。だから処理しないといけないの」


 確かに、文字通り天界ってとこに神が居るのだとしたら、神話が産まれないのは困るだろうな。


 だが、それはおかしな話だ。


「何故、人間に宿るピクシーが増えるだけで神話が産まれなくなるんだ?」


 神には関係ないだろう。そう思ってした質問だった。


 しかし、


「ほら、神を描いた絵画に描かれてる姿、思い浮かべなさい」


「……そういう事か……」


 気付いてしまった。ぶっちゃけ、これは気付きたくなかったんだがな。


「なに、どういうこと?」


 話に着いてこれないツキヒが羨ましいぐらいだ。こうなったらこいつも道連れにしてやる。


「神の絵画では、神は人間の姿で描かれてるだろ。ピクシーが宿るのは人間。そしてピクシーが人間に宿ると神話が生まれなくなる」


 なら、そこから出る答えは。


「神話を作ったのは、結局人間だってことだろう」


「え!? 人間が神様ってこと!?」


「違う」


 何故そう思う事が出来るんだ、こいつは。


「人間が神なら、こいつら天使も天界と地上を違う名称で呼び分けるなんてせず、神の居る地上を天界と呼ぶだろう。ポーターがそうしなかったことから、天界、つまり神は別に居る事が窺える。天使見習いは天界から力を借りるっつってたし、その要領と同じで、神話ってのは神が人間に力を貸与する事で産まれるんだろう。しかしピクシーが宿った人間には訳あって力を貸与出来ない。だからピクシーが大量発生すると神話が産まれない。……ってところか?」


「ご名答。流石は記憶が操作されている事に一日で気付くだけあるわね」


「いや、あれはお前の記憶操作が欠陥だらけだっただけだろ」


「誰が劣等生見習いよ!」


「俺はそこまで言ってないぞ」


 まさか、天界でそう呼ばれてんのか? こいつ。まぁ、記憶を操る力があって頭も良かったら、普通の人間に勘付かれるなんてヘマはしないだろうからな。そう呼ばれてても不思議じゃない。


「なら、どうして神様は、ピクシーが宿った人には力を貸せないの?」


 当然のような質問を、俺の変わりにツキヒがした。なんだこれ、役割分担決まってんの? ツキヒが聞いてポーターが答えてツキヒが聞き返して俺が解説する。俺の工程省いて良くね?


「気力が失われるからよ」


 当然の質問に対し、当たり前のようにポーターは答える。


「ピクシーが宿った人間から奪うって事か?」


「ええ、そうよ。神が人間に力を貸すためには、貸与される側の人間に気力が無いといけないの。でも、ピクシーは人間の思考を、自分が宿った思考に一点集中させる事でより効率的に増殖しようとするから、結果的に気力が失われるの。副産物ってことね」


 簡単に言い過ぎて逆に難しくなってる気がするが、ポーターはそれに気付いてるのだろうか。


「気力が奪われるって事はやる気が無くなるってことだよね。今ピクシーが大量発生してるってことは、現代人は殆どやる気が無いってこと?」


 もっともの質問を投げかけるツキヒだが、対するポーターは何故そんな事まで聞くのか、というような、呆れた表情を浮かべていた。


 どうやらポーターはその質問に答える気が無いらしいため、変わりに俺が答えた。


「それもそうだが、ピクシーってやつに多少なりとも知恵があるなら、宿主の思考の大半を占めてる思考に住み着くだろう。傾向としちゃ、それ以外考えらん無くなるってとこか」


 ツキヒのほうを見ると、なんとか理解したらしい。小さく頷いていた。


「ようは、頑固になるってこと?」


「そんなとこよ」


「でも、頑固って別に悪い事では無い気がするのだけれど」


「そこらへん、あたしは解んないから藤枝よろしく」


「おい、なんで俺が熟知してる事が前提になってんだ」


 俺だって聞いてる側だぞ? 解説する側じゃねぇぞ? ……果たして本当にそうだっただろうか。まぁいい。どうせ説明はするんだ。


「まず確認するが、俺はピクシーに奪われた気力は戻らないって仮定してんだが、そこはどうだ」


「戻らないわ」


「ああそうかい」


 確かにこの説明は面倒かもしれない。


「つまりだな、例えば俺達にピクシーが宿ったとしよう。俺らの思考っつったら大半が二次元だろ?」


「そうだね。大体百割くらいかな?」


「せめてその十分の一にしとけ」


 頭が追いつかないしで変な事言ってるぞ、こいつ。


「とにかくだ。そんな俺達の心にピクシーが宿ったら、ピクシーは確実に、二次元に関する思考に住み着くだろう。その状態で増殖されたら、俺達は二次元以外の事は考えられなくな……おいポーター、もしかして俺達の中にもピクシーが居たりするんじゃねぇか?」


「ゾンビ取りがゾンビになってどうすんのよ」


「まぁ、それもそうだな」


 まぁ、別にどうでもいいが。


 俺は「とにかく」と、話を纏めた。


「ピクシーに感染したやつは、ひとつの事しか頭に入らなくなるってこった」


 途中脱線したが、こんなとこだろう。


「成る程ね。……そんな深刻な事には思えないけれど、それはなんてアニメの設定?」


「さぁな。天使見習い曰く現実の設定らしいが、にわかにゃ信じらん」


「あんたら……」


 ポーターはげんなりしているが、どう考えても現実的は話ではない。記憶を操られていた、という事実があってなお、この話は飛びすぎているうえ、軽すぎる。神話が出来ないから天界が困るというのは解るが、正直、人間に害は無いとも思うのだ。


 そしてなにより、もうひとつの疑問が大きすぎる。


「話はある程度解った。で、だ。ポーター」


「なにかしら」


 ひょうひょうとした態度で振舞うポーター。ここまで俺達に理解させたということは、こいつは俺達に今の話を聞かせるために近付いた、と考えるのが妥当だろう。わざわざ記憶の操作までして、今の有り得ない話を信じさせる必要があるとすれば、それは俺達に危険が及んでいるからか、俺達にピクシーが潜んでいるからか、それか――俺達に協力させるためかだ。


「俺達に何をやらせたい」


 その問いに、ポーターは不気味な笑みを浮かべた。


「話が早くて助かるわ」


 さらに釣りあがる唇。この話を始めた時の笑みよりも、一層不気味さを増していた。


 さながら、悲劇のカウントダウンを数える悪魔のような笑み。


「天使見習いが天使になるための修行の一環に、人間の思想を理解する、って課目があるのよ。ピクシーを処理するためにも、訳あって人間の思想に対する理解が必要だしね。でも、天使と人間は根本が違う。だからあたし達に、人間の思想は解らない」


 面倒事の香りがぷんぷんするぞ、おい。


「手っ取り早く人間の協力者を得てピクシーを処理すれば、人間の思想も理解出来るうえ、人間の思想を理解出来てない段階でもピクシーを処理出来る。効率的でしょ?」


「効率的っつうか……天使ってのはそんな、物事を一緒くたにして進めねぇといけねぇような状態なのか?」


 効率化しすぎだろ。合理的とは思うが。


「天使は常に人手不足なのよ。大抵の天使見習いが天使になれないもの」


 笑みを崩し、顎をしゃくれさせて明らさまな嫌悪を滲ませるポーター。成る程、天使の数が足りてないから、修行の段階で効率化する、と。


「で、その協力者が協力をするメリットとデメリットは?」


 ある意味で、一番大事な質問だ。


 だが、ポーターはそれに答えるっよりも先に、関心するように頷いてみせた。


「そういう慎重でありながら大胆な人間は嫌いじゃないわ」


「そうかい。で、俺の質問への答えは?」


 お前の気持ちとかどうでもいいわ。


「わざわざ人間に協力させるんだ。対価も用意してんだろ?」


 むしろ、無いわけがない。


 無償でそういうのに協力できるほど、人間の世界は暇と気力に溢れちゃいない。さっきも言った通りピクシーが大量発生しているこの世界ならなおさら、協力者を得るのは難しいだろう。


 これで、なんの対価も用意せずにこの話を持ち出したのならただの馬鹿だ。


「勿論、あるわ」


 ポーターは頷いた。


「デメリットは死ぬ可能性があるということ」


 初っ端からきつい条件付きじゃねぇか……。


「メリットは、神話になれる可能性があること」


 ……………。


「「…………は?」」


 いかん、思考がフリーズしちまった。


「あたしが天使になれた暁には、天使になったあたしが直々に願いをひとつ叶えてあげる。正確には願いを叶えるための力をあんたらに貸し与えるってところかしら。有名所で言うと、イカロスも天使見習いの協力者よ。彼は天使見習いを天使にすることで空を飛んだの」


 おい、それまじか。


「つまり、文字通り殆どなんでも願いが叶うってのか? それは、神話を作らなければならなくなる、っつう暗喩なのか、それとも神話級の力を得てなんでも出来るようになるってことなのか?」


「後者よ」


 おいおい、まじか。まじかよ。つまりあれだろ? なんなら世界を滅ぼすことも出来るし、一生二次元だけ楽しんで生きる事も出来るってことだろ?


「…………興味ねぇんだが、どうしたらいい……?」


 命を賭ける程の願いとか、俺にはねぇんだわ。


 意見を求めようとツキヒのほうを見たが、意見を求める相手を間違えたな。ツキヒは話を理解出来ていないようだった。俺が解説をやめた途端にこれかよ。


「願いは後からでも決められるわ。なんなら願いを叶える直前に変えても問題無い。とりあえずお試し期間に少しだけ協力してみてくれないかしら。辞めたくなったら辞める事も出来るし、お望みであれば記憶も消して元の生活に戻してあげられると思う。どう?」


 どう、と言われても……。


 もう一度ツキヒのほうを見ると、完全にショートしていた。頭から煙が出てるぞ、おい。


「考える時間は?」


「可能な限り即決で。あと、この事を口外したりしたら神罰が下るから、その点も踏まえて考えなさい」


「その神罰ってのは、具体的には?」


「自分で考えなさい」


「大事なところも適当じゃねぇか」


 それは交渉ではなくただの脅しだ。


 何故かは解らんが、割りと頭が回ってねぇ今の状態で冷静になんて考えられるわけがない。ここは少し時間が欲しいところだが……。


「場合によってはすぐに辞められるってのは本当か?」


「ええ、神に誓うわ」


「天罰で殺されて殉職、って意味での辞めるじゃねぇよな」


「そんなことしないわ。ちゃんとアフターフォローもする」


 こいつの言ってる事が本当なら、試してみる価値はあるか……。


「ピクシー処理の危険性は?」


「場合によりけりね」


「詳しく。最も安全だとどうなって、最も危険だとどうなる」


「安全であれば、昨日あんたらがやってたゲームの選択肢を選ぶのと同じ。危険であれば、死に至る可能性もある」


 俺の質問の意図を読み取ったのか、はたまた違う理由でか、おそらく後者であろうニヒルな笑みを浮かべるポーター。


「お前は、これから対処しようとしているピクシーの危険度を推し量る事は出来るか?」


「あたしには、宿主の中でどれくらいピクシーが繁殖しているかなら、見ただけである程度解るわ。でも、そのピクシーがどんなピクシーなのかは判別できない」


「処理中のピクシーが危険だと判明した場合、撤退する事は可能か?」


「あたしが近くに居れば、一秒以内に撤退できるわ」


 つまり、戦況を誤らなければ、そして無茶をしなければ死ぬ前に撤退出来る、と。


「それらの言葉に嘘は?」


「神に誓うわ」


 天使が言うと説得力が違うな、その言葉。


 悪くない。


「解った」


 俺は頷いてみせてから、もう一度ツキヒのほうを確認した。


 こいつも俺と同じだろう。命を賭す程の願いなど、持ち合わせていない。そんなものを持つくらいなら、何も見ないほうがマシだと考えるような人間だ。


「お前の目算で最も安全だと思うピクシーで試そう。それで判断する」


 そしてポーターのほうへ視線を戻すと、彼女は「やっと終わった」とでも言いたげな溜息を吐いた。説明不足から察していたが、ポーターは人間の協力者を得るのは初めてなのかもしれない。それか、前の協力者も俺のように、説明不足でも問題が無いやつだったか。もしくは、説明が面倒になるほど繰り返してきたか。


「じゃぁ早速」


 立ち上がるポーター。俺はそれを見上げる。


「私の目算で最も安全なピクシーを使って、戦い方のレクチャーをするわね。調度、あんたのクラスにもピクシーが居るから」


 それは本当に調度良いな。話が早く進むのは助かる。

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