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傷だらけのパラノイア  作者: 根谷司
◇決別との邂逅編◇
25/26

隠蔽されたグラスハートⅡ

 休日の開けた登校日。休み時間に俺はメモ帳を広げていた。別に勉強をしているわけじゃない。勉強なんて授業中に話を聞いてテスト近くにざっと読み返せば問題無いしな。休み時間にまでやる必要は無い。


 このメモ帳は、家にあったやつを適当に持ってきたものだ。


 開くと、真っ先に『眼鏡屋』と書いてある。これはメイド喫茶『グラス~ハート』の隠語だ。その下にはずらずらと、隠語を用いたダブル~グラスに関する情報が記されている。


 次の『メガネ』がカガミ。その下にも、適当に誤魔化しとぼかしを駆使したカガミの情報を書いた。


 ページを捲ると、そこには『購入方法』とあるが、これがようはパーソナルワールドの攻略法についての考察。


 そこに、また新しい情報を書き込んでいく。


 今俺がやっている事は、聞き込みだ。


 別にカガミを知っているやつが居ないかとかを調べているんじゃない。


 例えば、最初に話をした連中とはこんな感じだった。






「芹沢。お前普段、服とかどこで買ってる?」


 教室の隅で三人でたむろしていた男子生徒の一人、芹沢伊人(せりざわいひと)にそう問うと、芹沢は眉を潜めて唇を尖らせた。


「何故そんなことを聞く?」


 なんか警戒されてるらしい。まぁ、質問の出し方が突飛だったからな。不審にも思うか。


「俺の記憶が正しければ、お前、結構お洒落だった気がすんだよ。参考にしてみっかと思ってな」


 適当な理由を述べる、が、あながち全部適当というわけではない。


 芹沢とは一年の時、何度か一緒に遊びに行っている。その時、関心したのを思い出したのだ。


「ふふ、そうだろう」と、芹沢は鬱陶しく胸を張った。「兄貴がファッションに煩くてな。いつも俺を着せ替え人形にしているのだ!」


「よくまぁ胸を張れるな」


 完全に他人の力じゃねぇか。


「なにせ兄貴は今、服屋の店員でな。俺のような不細工でもかっこよく見える着こなしはどんなものか、であったり、俺のような見るからに変な人が格好まで変な人にならず、なおかつ個性を出せる組み合わせとはどんなのか、という勉強になるらしいのだ!」


「お前、なんで胸張ってんだ?」


 言ってることと態度が真逆だぞ。ネガティブ発言を明るく言うの辞めろよ。どこぞのツキヒかと思うだろ。


「藤枝……高校デビュー」


 だなどとのたまったのは、さっきまで芹沢と話してた演劇部男子、戸田(とだ)だ。


「なんとでも言え。いい加減、適当に入った店で適当に買うのは卒業だと思っただけだ」


 これは嘘だ。俺とて、ヲタクライフを謳歌しながらも隠れヲタクするため、服装には気を配っている。趣味に金を使いつつ、かっこ悪くならないようにするのは、案外難しい。


 安くてある程度格好が着くようにするためには、それなりに流行だなんだを追わなければならないのだ。


 だから。


「だから、芹沢にオススメの店を聞こうと思ったんだが」


 これも嘘だ。


 オススメなんて聞くまでもなく、この辺りの服屋は網羅している。


「的は外れたみたいだな」


 兄の力なんじゃ芹沢本人から役立つ情報は得られないな、と、言外に主張するように両手を上げる。


 すると、代わりにとばかりに戸田が小さく挙手した。


「オススメの店、ある」


「演劇衣装を作る人間ご用達の店情報は要らんぞ?」


「何故、解った……?」


 いや、驚愕されても困る。解らないわけないだろ。演劇のことしか考えてない戸田の考えほど解り易いものは無い。


「そもそもな、演劇衣装を作るのは店じゃなくて本人だろ。材料調達だって、本人が何が必要なのか解ってないといけない。一定の店を懇意にする必要があるのか?」


 聞くと、戸田は表情は変えず、しかしそこはかとなく得意げに答えるのだ。


「必然。必要な材料についての話をすれば、店に置いていないものも発注してくれる。発注や相談をしていれば知らず仲良くなっている。仲良くなるとたまにまけてくれる店もある。話をしている内に、こちらが見落としていた製造方法の欠陥を指摘してくれる場合もある」


 淡白な口調でありながら熱弁。演劇部ならではの器用な発音だった。


「店員と仲良くなるとそりゃ良いこともあるだろうがよ……ちなみにどうやって仲良くなったんだ?」


「最初は店関連の話をした。勿論今もするし、それがメイン。材料の話。衣装の作り方の話。衣装手作りが得意ならコスプレイベントに参加云々についての勧誘。そういう話をしているといつの間にか世間話になる。すると自然、仲良くなる」


「ほぉ」


 こいつはいいことを聞いた。流石、戸田は芹沢と比べると段違いで使える。


「んで、芹沢はそういうの無いか?」


「ん? そういうのとはなんだ?」


「店員と仲良くなるっつうかよ、お前の場合は兄貴が居るからそういうのは要らんのか。……あれだ、お前の兄貴はお前をファッション人形にしてるらしいが、そういうのって仕事仲間とかと情報交換してりゃ充分なんじゃねぇか? なんでわざわざお前を実験に使ってんだ?」


「ふ……決まっているだろう」芹沢は腕を組み「俺の兄貴は職場では嫌われているからな!」


「自分を嫌ってる職場のために日々研究を重ねるお前の兄貴すげぇな」


「俺の兄貴は常日ごろから言っている。『いいか、伊人。嫌われたら情報交換なんて誰もしてくれない。情報を知らなければこの世界では生きていけない。だから俺は、自分の足で進まなければならないんだ』とな……」


「やっべぇなんかお前の兄貴がかっこよく思えてきた」


 いや、素で。まじで。


「社会人の言うことは一味違う。言葉に重みがある」


 関心するように言うのは戸田だ。


 俺も、その言葉には同意だった。重い。ほんと重い。この話題を変えたくなるくらいに重い。芹沢の兄貴が不憫過ぎる。


「重みついでに、藤枝」


 はたと、さっきまでとは一風変わった真面目な空気を放ちながら戸田が言った。


「――伊人を参考にしなければならないほど切羽詰まるくらいなら、高校デビューなんて諦めたほうが良い」


「――お前はほんとに芹沢の友達なのか?」


 どんだけ芹沢を下に見てんだよ、こいつ……。まぁ、芹沢なら妥当な扱いかもしれないが……。




 ~メモ帳~ 【購入方法】


『店員と仲良くなるには店のものに関する質問から入ると良い。自然な流れで世間話に持っていくよう心がける。推測、ここいらで心を開けてから個人的な話を聞きだすべきかもしれない』


『仲良くなれなきゃ情報なんて得られない。嫌われない程度、引かれない程度の話を心がけるべし』


 ……思ったよりちゃんとした収穫があったから困り物だ。ツッコミ所が無い。




 次の休み時間では宝生を探したのだが見つからず、廊下をうろついたついでに朝間を発見した。





「朝間」


 朝間希(あさまのぞみ)。これでもかというほど小柄な少女。小動物的な雰囲気が二次元的で、雰囲気は俺好みだ。


 しかし。


「あ、あひゃうっ! ふじゃーじゃくっ」


 会話が成り立たないんですよ。こいつ。声掛けただけでこんなに驚かれると結構ショックなんだぜ?


「ちょっと話があるんだが……お前、宝生を見なかったか?」


「ゆ、ゆーりちゃん? ……ゆーりちゃんなら、飲み物を、か、買いに、ににったよ」


「そうか」


 それなら早く戻ってくるだろうが……いや、そういえばさっきツキヒも飲み物を買いに行ってたな。二人がどこかしらで遭遇してるとしたら、無駄話してなかなか帰ってこないってこともあるか。「奇遇だねん、月島君!」「違うよ!? わざとじゃないんだ! ストーカーしてたわけじゃない!」みたいなやり取り、してそうだなぁ……。


「そ、それ、で……話、って?」


 伺うように言いながら噛んでる朝間。なんでそこで噛むのか、毎度不思議なとこで噛むよなこいつ。


 俺は頭を掻いて、話難いことなんだが、みたいな演出を入れる。


「お袋が美容院を変えるって言い出したんだが、良い美容院ってのが解んなくてな。毎度見事なパーマ入れてくる宝生がどこの美容院使ってるか聞こうと思ったんだが……朝間はどの美容院に行ってるんだ?」


「わたみっ」


「お前、居酒屋で髪切ってんの?」


 確か、わたみって居酒屋、あったよな。入ったことは無いがあった気がするぞ。


「ち、ちが……えっと、わ、た、し、の家が、自営業、で、美容院、で……」


「? お前のお袋は音楽家じゃなかったか?」


 確か、ジャズの評論家的なのをやってたはずだ。


 朝間は首を横に振る。


「ぱ、パパが、美容室の、オーナー、で……パパに、切って、貰ってて……」


「すげぇな、お前の親父。美容師なのか」


「ううん、えっと、わたしのパパは、その……無免許、なの」


「犯罪者じゃねぇか」


 美容師って国家資格が必要だよな、確か。


 朝間は慌てて両手を振る。


「そうじゃ、なくて……、えっと、その、パパは、お店を経営してる、だ、だけなの……。友達が、自分のお店を、だ、出したいって言った時に、その、お金の融資をして……」


「それはそれですげぇな……」


 ということは朝間の親父が切ってるのは朝間の髪だけなのか。それなら犯罪じゃねぇのか? 金取ってないなら大丈夫だろ。俺の記憶が正しければ、経営者が無免許でも実際に店に立っている人間が免許持ちなら合法だったはずだしな。


 店の経営に資格は要らない。必要なのは覚悟と金だけ。世の中金が全てとは言わないが、金が殆どなわけだな。ふむ、知りたくないがいつの間にか知っている現実論を実感してしまった。


「しかし、お前の親父さんがお前の髪を切ってるんだよな。無免許にしちゃ上手くねぇか?」


 朝間の頭を見ながら言う。見事なボブヘアー。初心者が作ったもんには見えない。


「切る時、その、パパの友達が、見ててくれてて……切るのはお店でだから、えっと、最後の調整は、その友達が、してくれりゅの」


「結局最後はプロ任せか……まぁ、妥当だろうが、それで無料なのか?」


「うん……あの、美容院だと、よくあるんだって。その、従業員とかの髪は、無料で切るとか、そ、そういう、賄い? みたいな、そういうの」


「へぇ。じゃあ美容師ってのは互いを練習台にしあってあのお洒落ヘアーを作ってんのか」


「だと、思う。多分、ぜ、全部じゃないと、思うけど……」


 まぁそうだろうな。ファッション誌とか見てるとよく、『Qどこで髪を切ってるんですか? A表参道です。~以上、青山の美容師、○○君』みたいなの、よく見かけるしな。


 どうでもいいが、ファッション誌に出てくるモデルの美容師率は異常だと思う。


 しかし、これまた思ったよりもちゃんとした情報が手に入った。


 適当な社交辞令を交わして朝間と別れた後、俺は自分の教室へ戻りメモ帳を広げた。




 ~メモ帳~ 【購入方法】


『従業員同士であれば、有益になりやすい』


『話す時はどんな話題であろうと、気を着けなければ相手を驚かせてしまう可能性有り』


 有益だと思い込めば、なんでも有益な情報として取り扱える気がしてきた……。




 自分のメモ帳を見て、次こそ宝生や石動から話を聞こうと算段を着けている時だった。ふと、俺の机の上に誰かの手が置かれた。


 顔を上げた先に居たのは、大きな瞳とパーマヘアーが特徴の、宝生優莉(ほうしょうゆうり)だ。


「…………」


 驚いた、とまでは言わない。元より宝生は何をしだすか解らないやつで、前の事件以来それが顕著になった。だから、宝生が何をしだそうが驚きはしない。


 しかし気になったのは、宝生の真剣な眼差しと、その後ろで狼狽しているツキヒだった。


「なんだ、どうした」


 自然な仕草でメモ帳を閉じながら問うと、宝生は意を決したようにこう言った。


「――私を、ダブル~グラスに連れてって!」


「…………」


 沈、黙!


 そりゃな、これは流石に驚くさ。驚くに決まってる。


 何をしだしても驚かない? 馬鹿言うな。虚勢に決まっているだろう。


 言葉が出ずに黙ったまま、しかし視線は宝生からツキヒへと移した。


 ツキヒは言葉には出さず、必至の形相で俺へ向けて手を合わせている。謝罪のつもりなのか、それとも葬儀のつもりなのか。後者だとしたらお前の葬儀を立ててやる。


 なんにせよ。


 俺が事態を進展させるべく情報収集をしている内に、状況は色々な面で悪化したらしい。




 慌てててトイレに連れ込んだツキヒの弁はまずこうだ。


「事情があるんだよ。仕方のない事情があるんだ!」


 懇願するような口調。卑屈なツキヒのことだから言い訳と同時に謝罪もしてくるだろうと思っていたが、予想が外れた。


「事情だぁ? 事情があろうとなかろうと関係ねぇんだよ。俺達がヲタクだとバレるのはまずい。だからバレちゃいけない。それは解るな?」


 周りに人が居ないことを確認しつつ小声で責めると、ツキヒは露骨に顔を逸らす。


「解るけれど……でも、仕方無かったんだよ」


「ほぉ、なら、その事情とやらを説明してみろ」


 なるだけ威圧的に言うと、ツキヒはその事情を語り始めた。




 ○




 僕は、飲み物を買いに階段を降りながら考えていた。


 これから、カガミさんのパーソナル・ワールド攻略のため、ちょくちょく秋葉原、しいてはダブル~グラスに行かないといけない。お金が出て行くことは間違いないから、節約は必須だろう。


 本当なら飲み物とかも我慢したほうが良いのだろうけれど、僕は僕達の行き着けのお店にピクシーが居て、戦わなくちゃいけないという事実にショックを受けていたせいで、昨日は眠れなかった。


 だから眠いのだ。眠い時にカフェインが欲しくなる。これは人間として自然な事。節約は、カフェインを摂取してからするとしよう。


 自販機に向かいながら、心配になってお財布の中身を確認する。


 正直、貧乏だ。ダブル~グラスへ行く頻度によっては、今月末に出るゲームを買うために取っておいたへそくりも使う羽目になるだろう。そう思うと気が遠くなる。


「ほんとうに、ダブル~グラスに行かないといけないのかなぁ」


 これは、カガミさんを助けたくないとかそういうわけではなくて、単にもっとお金のかからない方法は無いのか、という現状への悪態だ。


「店員さんと仲良くなる、なんて、簡単なことじゃないでしょ」


 それに店員さんと客として仲良くなっても、あのパーソナル・ワールドの真相を知るなんて出来るとは思えない。


「でも、仲良くならないといけないんだよね……」


 なら、方法を変えるしかないのは確かだと思う。


 例えば、トウギには駄目だと言われたけれど、仕事上がりのカガミさんを尾行するのも良い手段だと思うんだ。社会的には悪いことだけど。


 だって、それならお金も電車賃だけだし、なにより仕事中じゃないカガミさんを見るにはそれしかないとも思う。


 とはいえ解っている。その行為は俗に言うところの、


「ストーカー、なんだよなぁ」


 ため息と共に呟く。


 すると。


「ふぇっ!?」


 背後から、聞き覚えのある声。


 僕は硬直した。


 まさか、まさかまさか、さっきの独り言が、聞かれた!?


 僕は慌てて振り返る。


 そこに居たのは宝生さんだ。僕の真後ろで、一歩身を引いて固まっている。


 今の独り言聞いてた? と確認するのは怖い。なにせダブル~グラスというメイド喫茶、すなわちヲタクの代名詞的な名前を口ずさんでしまっていたのだから。


 だから僕は、無理矢理テンションを上げて、全く関係ない話題を振ることに。


「き、奇遇だね宝生さん!」


「ちがうよ! わざとじゃないよ! 別にストーカーしてたわけじゃなくて、あーちゃんと歩いてたら階段を降りてくつっきーが居たから追いかけてきてみたってわけじゃないんだよ!」


 速攻で話を戻された上に独り言を聞かれてたって言外に告げられた気がする!


 ま、まずい、さっきの独り言について触れられる前に、ちゃんと話題を逸らさないと!


「ほ、宝生さんも飲み物を買いに来」


「ストーカーじゃない私はつっきーが独り言を喋ってるのが気になって近付いてみたなんてこと全く全然これっぽちもしてないよ!」


「お願いだから話題を変えさせて!」


 誰も宝生さんがストーカーだなんて言ってないから! これっぽっちも思ってないから!


「でもつっきーは私をストーカー呼ばわりしたよ!」


「してない! それは何かの間違いだよ!」


「間違いでも真実でも言って良いことと悪いことがあるんだよ! 私はストーカーしてたんじゃなくてつっきーを尾行してただけだもん!」


「完膚なきまでにストーカーだ!?」


 もうね、これ完全に独り言も聞かれてるよね! 僕、終了のお知らせです!


 気付かない内に立ち止まっていた僕は、とにかく話を逸らすため、歩き出す。そして、歩き出した流れで違う話題を振る。


「自販機に飲み物を買いに行くところなんだけれど、宝生さんも行く?」


「え、あ、うん、私もお茶欲しいと思ってたとこ」


 以前までのような取り繕う笑顔は一切ない、至って自然な平坦な表情で答える宝生さん。元々顔は整っていたから、笑顔じゃなくても、こんな当たり前の表情だけでもすごく綺麗だった。


「いやー、昨日あんまり寝てないからさ、コーヒー欲しいなって思っていたところなんだよね」


 適当な話をアドリブでする、というのが苦手な僕は、さっきまでの考え事の中からそれらしいものを引っ張ってみた。


 すると僕の隣に並んだ宝生さんは顎に手を当てて、少し考えてからこう答える。


「――店員さんと仲良くなりたいのは、眠れなくなるほど気になる異性だからかなん?」


 僕は脱力して膝を着いた。


「つっきー!? 今、痛そうな落ち方したけど!?」


「大丈夫だよ宝生さん。ただちょっと、死にたくなっただけだから」


「全然大丈夫じゃないよつっきー! 死にたくなった時は痛み止めがぶ飲みすればいいんだよ!」


「その行動が一番大丈夫じゃない気がする!」


 多分、薬物乱用とかで大変なことになる。


「と、とにかく大丈夫だよ」僕は立ち上がりながら両手を振る。「さっきの独り言は、えっと、そう、ゲームの話だから!」


 言うと、宝生さんははたと小首を傾げる。


「つっきーって、結構ゲームとか好きなの? 前も、フジサンとゲームで徹夜したって言ってたよね?」


 その言葉にぎくりとした。


 いや、ゲーム好き、という程度ならなんら問題はないと思う。でも、そこから周り回ってヲタクだとバレてしまう可能性も無いわけじゃない。


「えっと、嗜む程度に……」


 適度に好き、というのをアピールすべく、僕の語彙の中で最も相応(ふさわ)しそうなのをチョイスした。


 すると宝生さんは、その柔らかそうな唇に手を当てる。


「なーる。つまりそのダブル~グラスってお店は、ゲームの中のお店なんだね?」


 うっ、と、言葉に詰まった。独り言は最初から聞かれていたらしい。


 もうこうなったら、全部ゲームの中の話ということにするしかない。


「あはは、そ、そうなんだよ」


 言っているうちに、自販機の前に着いた。ここまでの道が異常に長く感じた。


 僕は財布から小銭を取り出して、すぐさまカフェオレのボタンを押す。


 すると。


「つっきー? お財布から何か落ちたよ?」


「へ?」


 振り向くと、僕の財布から落ちたらしい何かのカードを拾い上げる宝生さんの姿。


 そのカードは、裏は銀色。表はピンク色だった。


「…………あ」


 今度こそ、僕、終了のお知らせが脳内に流れる。


 宝生さんは、そのカードの表に書かれている文字を音読した。


「ダブル~グラス会員カード」


「……………」


「またのお帰り、メガネを拭きながら待ってます」


「…………………」


「所在地、秋葉原○○××△△」


「……………………………」


 何を考えているのか全くわからない無表情で、もしくは純真無垢な面持ちで、カードから僕へと視線を移してくる宝生さん。


 目が合う。


 耐え切れずに視線を横へ逸らす。


 そして彼女は言うのだ。


「――ゲームの中のお店じゃなかったの?」


 冷や汗で干からびて死ぬかと思った。







「…………」


 話し終えてから、ツキヒは黙っていた。


 だから俺はこう言う。かける言葉が、重ねるべき問いが、これくらいしか思い浮かばなかった。


「――その事情、いったいどこがどう仕方なかったのか、解説しろ」


「――ごめんなさい」


 本気でツキヒに殺気を覚えたのは、随分久し振りなことだと思う。

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