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傷だらけのパラノイア  作者: 根谷司
◇決別との邂逅編◇
23/26

出来るか出来ないかではないというお話ノ参

 影が伸びてくるような感覚。足元から這い寄るようにして、けれど迅速に、影は僕らを(おお)った。


 視界が黒に支配される。瞬きにも似たような感覚の後、すぐさま支配が解除された。


 けれど、世界が変わっていた。


 風景は同じだ。さっきまでと同じメイド喫茶の内装。ただしそこから色は失われていて、セピア調に変わっていた。


 さらに、お客さんも、メイドさんも、誰も居なくなっていた。


 無人無色のメイド喫茶。


 パーソナルワールド。


 ここは、カガミさんの心の中の世界だ。


「……誰も居ないね」


 芹沢君の時は、周りに居た人は男子だけが排除され、全ての女子がスク水着用という変貌を遂げた。朝間さんの時は、全ての人が排除されていた。宝生さんの時は、全ての人間が鎧の騎士と化していた。だから傾向としては、朝間さんのそれに似ているのかもしれない。


 あとは朝間さんの心の本体と、ピクシーを見つけられれば良いのだけど。


「少し探してみるか。……ポーター。ピクシーの反応は?」


 唯一感覚でピクシーの所在を判別出来るポーターに、トウギが確認する。でも、ポーターは首を横に振った。


「ピクシーの反応は確かにあるわ。でも、どこに居るか、なんでか解らないのよ」


「そうか……お前、つかえねぇな」


「そうだね、やっぱりポーターは無能だね」


「うっさいわよ」


 責め立てるとしかし、ポーターは赤面し、恥ずかしそうに唇を尖らせた。うん、そのまま反省しててよ。


「とりあえず、まずはメイド喫茶ん中を探してみよう。ピクシーさえ見つかればすぐに終わるがまずは、どこかしらにカガミの心の本体が居るはずだ。それを探すぞ」


 心の本体、というよりも、寄り何処、と言ったほうが近いかもしれない。


 パーソナルワールド内では、生活習慣として最も多く居る場所、もしくは最も心を寄せている場所に、その人の心の根幹があるという。とはいえこれは、今回みたいに、もしくは芹沢君の時みたいに、パーソナルワールド内がある程度現実世界に近い形を保っていなければならない。


 朝間さんの時とか宝生さんの時は、殆ど世界が原型を無くしてたからね。


 セピア調のメイド喫茶内を観察しながら歩く。カウンターの内側に、メイドさん達用のメニュー解説表とかが貼ってある。流石に材料とかは乗っていない。


「店内には特に、異常は無さそうだね」


 色が失われている、という異常はあるけれど、それは瑣末な問題だろう。


「ああ。店外はおかしな事になってるがな」


 なんでもなさげにトウギは答えて、顎で店の端を示した。その先には外が見える大きな窓があって、人通りが絶えないはずのそこからも人が居なくなっているだけでなく、道路の反対側も見通せないような濃い靄が発生していた。


「霧?」


 目をこらしてみるけれど、やはりよく見えない。


「みたいだな。店内散策してヒントが見つからなかったら、外も見てみる必要がありそうだ」


 カウンターの向こう、客である僕らには入る機会なんて無いそこへ足を踏み込むと、そこは厨房だった。去年アルバイトしていたファミレスと比べたらもう少しレストランっぽい厨房だ。


 でも、


「包丁とかまな板とか、そういうのは無いね」


 むしろ調理器具の殆どが無くなっていた。


「ここはカガミのパーソナルワールドだ。カガミが知らないもんは反映されない。メイドとして傍から厨房を見る事はあるが、調理器具をいじる事はそうそう無いだろうからな」


 と、僕と同じでパーソナルワールドの経験は四回目のはずのトウギは、既に熟知しているかのような口ぶりで解説した。


「カガミが知らない場所だってんなら、ここは関係無いだろう。次だ」


 厨房の奥へ入っていく。そこは休憩室のようだった。真四角の部屋。テーブルがふたつ。少し離して置いてある。入り口から近いほうのテーブルには赤渕のメガネが置いてあるのだけれど、奥にあるテーブルの上には星型の灰皿が置いてあった。


 ……灰、皿……だと?


「と、トウギ……あれ、まさか」


 言葉が美味く出てこない。そんな、メイドさん用の休憩所に、灰皿なんて!


「ああ、お前も気付いたか」


 そして僕らはテーブルに歩み寄り、


「「こんなものがどうしてここに」」


 二人で声を揃えて、それぞれ違うものを持ち上げた。僕は灰皿。トウギはメガネ。


「…………ツキヒ。てめぇ、何やってんだ」


「え、いや、トウギこそ、なにそれ」


「これは俺の目に狂いさえ無ければカガミのメガネだ」


 言われてハッとする。確かに、カガミさんが着けているのと同じメガネに思える。他の場所はセピアなのにそのメガネだけはっきりと赤いから、この世界では余計に目立つ。


「で、てめぇはなんでそんなもんを持ってんだ?」


 笑顔が、笑顔が怖いです、トウギ。


「だって、メイドさん達の休憩所に灰皿だよ!? これはなんらかの事件だよ!」


 灰皿を置きながら主張すると、しかしトウギは余裕を保った様子で薄く笑った。


「何言ってやがる。それはただのお星様だ」


「え、でも、これ、中に煙草が」


「星が吸ったんだよ、煙草を。メイドじゃねぇ」


 恋は盲目というのなら、きっと人は、好きなものにはなんだって盲目になれるのだろう、なんていう人の可能性を見出してしまった瞬間である。


「しっかし、メガネはあれど本人は不在か」


 辺りを見回して、ふと、トウギが何かを発見した。


 壁へ擦り寄るようにして、貼られている紙を見る。


「それは?」


「シフト表だな」


 僕も覗き込むと、そこには確かに、メイドさん達の出勤日が書かれていた。他のメイドさん達のところは色あせてはっきりとは見えなかったけれど、カガミさんのところははっきりしていた。


 一ヶ月先までびっしりと、金土日の週三でサインが入っている。ただし、金曜のところだけ『六時から』と書かれていた。アルバイトとしては、まぁよくあるシフトだろう。


「一応覚えとくか」


 とだけぼやいて、トウギは次のものを探す。


「おいポーター。ピクシーの反応は」


 探しながらそう聞くと、さっきから黙っていたポーターが、今度は弱々しく首を横に振る。


「そこらじゅうからするわ。でも、弱いピクシーが大量に蔓延ってるのか、それとも、大きなピクシーが間延びするみたいにして薄くなってるかも解らない。なんかこの反応、変よ」


 普通のピクシーではない、という事だろうか。


「そうか」


 淡白に頷くトウギ。彼はそのまま、休憩室の奥にあった事務室らしき場所にも入っていった。事務室の横に更衣室。更衣室なのだけれど、誰も居ないし荷物も無いから、ラッキースケベを期待出来ない。


 そう、誰も居ない。


 最後に唯一見ていない店内トイレも見てみたけれど、やはりそこには何も無かった。


「喫茶内にカガミはおらず、か」


 トウギが呟く。これは少し面倒な事になったかもしれない。


「なら、外に行くしかないわね」


 と、ポーターもめんどくさげに言った。


 外。


 濃い霧が立ち込める、明らかに視界の悪い場所で、どこに居るかも解らないカガミさんを探す? そんな事、出来るだろうか。出来るとしてもどれほどの時間が掛かるのだろうか。


「とりあえず近くだけ探してみるか」


 そしてトウギは、お客さん用の扉に手を掛けた。


「……? どうしたのさトウギ。開けないの?」


 手を掛けたまま動かないトウギに聞くと、


「お前、開けてみろ」


 と、トウギが一歩下がった。


「いいけど……あれ?」


 入れ替わるようにして扉に手を掛けたけれど、それは開かなかった。


 鍵穴は見当たらない。鍵がかかっているという様子は無い。それでも扉は開かない。


 外に出られない。


「力が足りないんじゃないの」


 と、ポーターが僕をどかして、殆ど体当たりするみたいにして開けようとするけれど、それでも扉はぴくりともしなかった。


「……無理ね」


 諦めが早い、とは思わない。開かないものは開かないのだから仕方が無い。


「なら壊すぞ。――アクセス」


 そしてトウギの手に刀が出現する。トウギはその刀を振りあげ、扉目掛けて振り下ろした。


 が、ばきん、という嫌な音を立て、壊れたのはトウギの刀だった。


「トウギ……この扉、木製だよ……?」


「……だまれ」


 木に負けるトウギの心の武器。情けないにも程がある。


「ならてめぇがやってみろよ」


 睨みながらそんな事を言ってくるもんだから、僕は「見ててよ」と言いながらアクセスし、そして、骨を削ったみたいなデザインの弓を出現させる。


 構えると、これまた骨みたいな矢が現れる。それを弓に装填し、構え、放った。


 僕のこの矢は、宝生さんの心の中で大活躍した矢だ。とんでもない威力を見せてくれた。これで壊せないものなんて何も無いんじゃないかと、そう思えるほどの破壊力を、この矢は持っている。


 こんな木製の扉なら、木っ端微塵にしてやる!


 そして。


 ぐしゃぁああ! 


 と。


 僕が放った矢のほうが木っ端微塵になった。


「当たって砕けたな、お前の心」


「…………ごめん」


 弱すぎる! 僕の心の武器、弱すぎないかな! これは流石にショックだよ! 殆ど粉末状になってるよ!?


「なっさけないわねぇ! こんな扉、あたしがぶっ壊してやるわ。どきなさい」


 言いながら、いつの間にか大きなデスサイズを手に握ったポーターが扉の前に立って、構えていた。


「うりゃぁぁあああああ!」


 威勢の良い雄叫びと共に、デスサイズを振り落とすポーター。


 ガキン! と強烈な音を立てて弾かれたそのデスサイズはポーターの手から離れ、あろうことか僕の頬を引き裂いてから、後ろの地面に突き刺さる。


「…………」


 心臓が、止まった。


「ねぇ、ポーター」


「手が滑ったわ」


「誰も、僕をぶっ壊せなんて、言っていないのだけれど……」


「手が滑ったの」


「そんな問題じゃないよ!? 結構深いよこれ!?」


 血がっ! 血が止まらないよ! かなり痛い!


「うっさいわよ! こんな硬いなんて知らなかったんだもの! あたしは悪くないじゃない!」


「気付こうよ! 僕とトウギが二人して失敗してる時点で硬いってことくらい気付こう!?」


「かくいうお前は俺が失敗しても気付かなかったじゃねぇか」


 トウギのツッコミはどうでもいい! 僕は今、この日常破壊兵器にぶっ壊されかけたんだぞ! 掃除機、炊飯器、洗濯機の次は僕を壊すつもりだったの!?


「ったく、こいつは出られそうにねぇな」


 三人で攻撃しても傷ひとつ着かなかった扉を摩りながら、トウギが悪態を吐く。


 そして、


「いったん戻るぞ」と提案する。「いったん戻って、情報整理と対策を立てる必要がある」


 苦々しいその表情から察するに、つまり……。


「これはまじで、めんどうな事になったぞ」


 との、ことらしい。

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