突然消えてしまったお話ノ壱
世間一般的には、ヲタクとは気弱な生き物で、行動力に欠ける、という印象があるらしい。
でも実際は違う。なんなら、ヲタクほど行動力を持った趣味人は他に居ないとさえ思える。
例えば僕だ。
僕は基本的には出不精だけれど、こと二次元のためであれば遠出も厭わない。なんなら、ヲタク趣味を充実させるためにやりたくもないアルバイトをしていると言っても過言では無い。
僕は生活の全てにおいて、二次元を中心に置いているのだ。もはや捨て身だ。
今日も今日とて、今でこそ授業を終えて欠伸をしながらも帰りのホームルームが始まるまで待機している最中だけれど、完徹している。秋葉原に行って来たからだ。
昨日の深夜に発売開始した新しいゲーム。僕が懇意にしているシリーズで、昨日の学校終わりに着替えるだけ着替えてそのまま秋葉原へ赴き、発売開始の七時間前から列に並んでいた。
終電なんて勿論過ぎていたから始発で帰ってきつつ、電車の中にあるトイレにて、鞄の中に入れておいた制服に着替えて登校。今に至る。
そうしてようやく手に入れたゲーム。帰りのホームルームさえ終わってしまえば、あとはもうやりたい放題。明日もまた学校だけれど、そんなの知ったことか。二日や三日の徹夜なんて序の口。今日も今日とて徹夜する!
今は鞄の中にあるゲームソフト。
ついでに、セットで限定発売していたフィギアもたんまりと入っている。
トウギにすらこのことは言っていない。
何故トウギに言わないのかって? 答えは簡単。
トウギに教えてしまえば、トウギは必ず、今日、僕の家に来るからだ。
僕はこのゲームを、少なくとも始めは一人でやりたい。
当然だ。
前回のゲームは難しすぎてすぐトウギにバトンパスしたけれど、このゲームはエロゲーなのだ。本来であれば、男一人でプレイしなければならないもの。
家にはポーターなる変なのも居るから正確には一人でプレイなんて出来ない。そんなことは解っている。
けれど。
けれどそれでもだ。
このゲームだけは、このシリーズだけは、絶対に、誰とも共有したくない。
占領したい。
それほどまでに期待しているゲームなのだ。
楽しみにしている理由は沢山ある。今までのシリーズでは攻略キャラにならなかった子が今回は満を持して攻略キャラに入ったのだ。
僕は、シリーズの中でその子が一番好みだった。
長々と思考を働かせたせいで、余計に待ちきれなくなってしまった。
ホームルームはまだ始まっていないけれど、僕は鞄の中に手を入れ、誰にも見られないように感触だけでそれの存在を確認しようとした。
しかし。
「…………?」
フィギアの感触はすぐに解った。紙袋に包装されているとはいえ、これほどまでに特徴的な感触のものは他にないだろう。
しかし、他の包装紙に包まれていたはずのゲームソフトの、その感触が見当たらない。
「……………………」
おかしい。
背中に嫌な感覚が走る。
思わず、鞄の中を覗き込んだ。
「! ……っ!」
思考が止まる。
無い。
ゲームソフトが、無い。
どんなに物をどけてもやっぱり無い。
机の中を確認する。
無い。
急いで教室後ろにあるロッカーへ向かう。
無い。
教室を見渡す。
無い。
天井を仰ぎ見る。
当然、無い。
まるで半身を失ったような、そんな感覚。
丸めた折紙みたいに世界がひしゃげて、今にも倒れそうだった。
「どったの、つっきー?」
はたと声を掛けてきたのは、パーマヘアーの似合う、なんかころころした感じの女の子、宝生優莉さんだ。
「あ、いや、その」
言いよどむ。
教室の後ろ、ロッカーの前で立ちすくんでいたのだから、心配してくれる人が心配するのは、むしろ自然だったかもしれない。
「探し物?」
後ろ手を組んで腰を折り、可愛らしい仕草で顔を覗きこんでくる宝生さん。
「ま、まぁそうなんだけれど……」
「さがしものはなんでーすかー」
エロゲー。
言えるわけないよね!
あんまり上手くない調子外れの歌声。いきなりワンフレーズだけ歌うのだから相変わらずの自由人だ。それさえも可愛いと思えるのだから、魔法を使っている気さえしてくる。
「見つけにくいものーでーすかー?」
鞄の中も机の中も探したけれど見つからないのだからそりゃもう見つけ難いものというか、簡単に見つかったら事件というか、下手したら僕が警察に捜される立場になってしまうというか……。
僕が困惑していると、宝生さんは一通り悪戯っぽく笑ってからこほんと咳払いする。
「ホームルーム終わったら手伝ってあげるね」
にかっと歯を出して優しく笑う。
「いや、そんな……悪いよ」
僕の都合が。
遠慮に擬態させた拒否もしかし、宝生さんフィールドに打ち消される。
「だいじょーぶ、私、今日の放課後あーちゃんを待たないといけないから暇なんだよね」
あーちゃん。朝間希さんのことか。
「で、でも、その……」
なんとか言い訳を探す。一緒に探されてしまったらアウトだ。見つかってし
まうと同時に僕の性癖まで発見されてしまう。
「なんというか、探し物はちょっと……危険なものなんだ」
刃物だなんだだと威力が足りない気がして、誇張した雰囲気を醸し出してみる。
すると宝生さんはそれを察してくれたのか、一歩身を引いた。
「危険?」くい、と小首を傾げて、宝生さんは唇に指を当てる。「――エロ本だっ」
「それと危険がイコールで繋がるという事が一番危険かなっ」
「駄目だよつっきー、エッチな本はちゃんと委員長の許可を取ってから持ってこないと」
「許可制でも許されることは無いよね、それ」
「そして没収されてつっきーの性癖大ばくっつ!」「のぉぉぉぉおおおおお!」
慌てて宝生さんの口を塞いだ。いや、だってそうでしょ。乙女の、しかも学校のアイドルがそんな下品な発言したら周りがどう見るか……っ!
狼狽する僕と、苦しそうにしながら驚く宝生さん。その表情を見てハッとする。
宝生さんは、取り繕うことを辞めたのだ。アイドルであることを辞退した。
本当は自由奔放この上ない自分のキャラを曝け出して、結果として宝生さんのファンクラブはただの見守る会となった。いつなったのか解んないけど、トウギが言ってたから間違いないと思う。
それなのに、そうまでして本当の自分を曝け出した彼女にとって、そのきっかけとなった僕が宝生さんの行動を制限するなんて、裏切りに近いのかもしれない。
僕は居た堪れなくなって、「ごめん」と言いながら手を離した。
すると、宝生さんはどこか青褪めた表情でこう言うのだ。
「わたしはただ……委員長も許可出したくせに許してないじゃん、っていうツッコミが欲しかった、だけなのに……」
「ボケがめんどくさくなってる!?」
宝生さんのボケはもっと解り易かったはずなのに! なんでそんな捻りを入れちゃうのかな。
「今はその、……ツッコミを入れている暇が無いというか……」
「忙しいけど手伝われたら困ること?」
自分の口元に手を当てながら宝生さんが聞く。
僕は自分が吐いた嘘のようなそうでないような発言を思い返しながら、慎重に答えた。
「実は……エッチなDVDを孝一郎から借りたのだけれど、無くしちゃったんだ」
ごめんトウギ、君を巻き込んだ上で、こんな嘘を吐くくらいなら正直に言っても大差無い気がしてきた。
「そっか……」
宝生さんは気まずそうに俯く。
どうやら、今の発言のおかげで言及は免除してくれたらしい。助かった。
「なら、どっちが先に見つけるか競争だぁぁぁあ!」
「悪化した!」
さっき気まずそうにしてたのはなんだったの!? あえてのフェイント? 要らないよそんなの!
「私、決めたんだ」宝生さんは握り拳にした自分の手を見つめながらこう言う。「つっきー達が困ってたら、無許可で首を突っ込むって」
「悪質な善意!」
「じゃぁちょっと、藤枝く……ふじくん? ……フジサンにどんなDVD渡したのか聞いてくるね!」
「あ! 待って!」
しゅたっと走り出した宝生さんを追いかける。なんとしてでも止めないと!
しかし、僕の前に不意に、芹沢伊人君が立ちふさがった。
「ここは通さんぞ! チェイサー(追跡者)月島!」
「一瞬で変な称号付けられた!?」
無駄に良い声の芹沢君、こと現宝生さんを優しく見守る会の会員。
ファンクラブで無くなった今、彼に宝生さんを実力行使で守る義務なんて無いはずなのに……っ。
「邪魔をしないで! 僕は宝生さんを止めなければならないんだ!」
「邪魔? そんなことはしないさ。ただ、ここを通りたければこのボイスレコーダーを持ち、オンにした状態で宝生さんと会話をして来ると誓え。そうすれば無条件でここを通そう」
そして差し出されたのは、ひとつの機材だった。探偵ものでたまに出てくる録音機のようだ。
「…………」
無言で受け取りながら悟る。
この人、もう駄目かもわからないね。
「託したぞ、チェイサー月島」
「…………」
無言のまま芹沢君の横を通り過ぎて行き、そして二歩ほど歩いてから――録音機を外に投げた。
「謀ったな、チェイサー月島ぁ!」
「宝生さーん、待ってー」
芹沢君から逃げるために、トウギの元で何かを話している宝生さんの下へ。
宝生さんの所まで来たら、もう芹沢君は追って来なかった。
必要以上は干渉しないようにしているらしい、良い心持なのか、それともただのストーカーなのか判断に迷う。まぁ多分一番さ迷っているのは芹沢君の道徳心だろう。
「おお、久志、ちょうど良いところに来たな」
何故か威風堂々とした伊達男、藤枝孝一郎、僕の悪友であり我がコントローラーでもある彼は僕と宝生さんを交互に見てからこう続けた。
「――久志はDVDや本は一切使わず基本はスマホで色々と調達しているから、DVDを紛失したというのは嘘だ、というところまで説明しておいたが、ここまでで大丈夫だったか?」
「紛う事なきアウトだよ!」
なんで……なんでこいつはこんな……こんなやつなんだぁぁあ……!
僕が頭を抱えていると、強く机を叩く音がした。
見ると、宝生さんが身を乗り出して、トウギに顔を近付けている。
「ねぇフジサン」
「おう、世界遺産みてぇな呼び方だな」
「フジサンは……どう思う?」
「富士山の気持ちにはなれねぇから解らん」
「あはは、さすがフジサン、ジョークが上手い!」
「ああ、わざとその名前にしたわけじゃなかったんだな」
なにもたもたしてんだ。どうせ僕はもう社会的な抹消を喰らった。あとは留めの一撃を待つしか出来ない身。
「それで、フジサンはつっきーが何を失くしちゃったんだと思う?」
「いや、そんな事聞かれてもな……そいつ、最初からなんも持ってねぇから失くしようがねぇだろ」
早く、早く留めを刺して……これ以上は、苦しすぎる……。
「なるほど……そういう考え方も出来るんだね……」
しかも納得されちゃったし……。
「安心しろ、久志、宝生」
「ん?」「え」
突然優しい口調になったトウギはそしてこう言うのだ。
「人は、何かを失わずに何かを得ることは出来ない……だから、失った後は、得るだけだ」
「ふ、フジサン……」
「せっかくかっこよく言ったんだからその滑稽な呼び方辞めろ?」
「孝一郎」
「どうした久志。俺の名言に感動したか?」
「いや、そうじゃなくて……」
僕は気付いてしまったのだ。トウギが言おうとしたその行間に。
「――最初から失うものを持っていない僕は既に何も得ることが出来ないってこと?」
「――馬鹿なんだから気付くなよ」
しっかり留めを刺された僕だった。




