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傷だらけのパラノイア  作者: 根谷司
cage in the princess
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反芻するトラウマティックⅡ

 宝生優莉は優しい人間だ。というのは、言わずもがなこの学校の常識だ。


 ファンクラブがある程のアイドル性は、その外見もさることながら他人に不快感を与えない性格にも理由がある。


 冗談にも当たり前のように付き合い、誰とでも分け隔てなく会話し、空気を読まないほうが良いと判断した場合は率先して空気を壊す事で空気を変える。空気の読めないやつだ、と思われるかもしれないというデメリットを恐れない点においては、アイドルというより芸人のそれかもしれない。


 アイドル性、というよりも、カリスマ性と言ったほうが近い。


 しかし、それが宝生の悩みだった。


 宝生優莉の周りに居た騎士達。あれは宝生を守ると同時に、宝生を逃がすまいと陣形を組んでいた。そしてその騎士の正体の一人が石動だった。他の連中はクラスメートだったと思って間違いないだろう。人数も一致する。


 これが意味する事は、宝生から見たクラスメート達は宝生を傷付けているという事だ。友達のように接していたくせに、宝生は心の中では彼ら彼女らを敵とみなしていた。


 宝生優莉を捉えていた茨の鳥篭。あれは宝生を逃がすまいとするだけでなく、騎士達の侵入を妨げ、さらに言えば宝生を助け出すかもしれない誰かの侵入を拒絶している事の顕れだろう。出ようと思えば出られる間隔があった事から、何かを犠牲にすれば現状は打破出来ると思っているのかもしれない。


 宝生優莉のパーソナルワールド一面に張り巡らされた水。あれはおそらく宝生自身の警戒心の顕れであり、自己犠牲を表現したものだ。水の上を歩けば波紋が立つ。何かが近付いてきたらすぐに解るという事であり、彼女が敏感である事を表している。


 そしてあの水を浴びた騎士は活性化し、ツキヒは傷が癒えた。宝生の体を切って生み出されたそれが現すのは、宝生が傷付く事で誰かが癒されるという、いわゆる自己犠牲。


 つまり。


「宝生は周りの人間を恐れながらも、周りの人間のために心身をすり減らし続けていた。それが彼女のカリスマ性の正体だった。そしてそれに限界が来たせいで、もしくはピクシーによって具現化されたせいで、あんな惨状になった」


 説明を終えた俺は、椅子に腰を下ろした。自分で言っておきながら、よくまぁこんな事を淡々と語れるもんだと自嘲が漏れた。


 ツキヒは自分の手で自分の膝を抱きながら呆然としていた。信じられないとでも言いたげに、その瞳は震えている。もしくは、信じたくない、か。


 膝が痛むのだろう。今まで忘れていた分だけ一気に押し寄せてきているはずだ。


「宝生のあの笑顔も、冗談も、なにもかもが偽物だったってことだ。そして偽物である自覚が茨の檻となり、自責した。さらに、逃がすまいとする騎士達も居る。逃げるな。変わるな。偽り続けろ。そう強要する連中が居る。――その連中の中に、俺達も居る」


 俺はどうでもいい。他人を傷つけるのも他人に傷付けられるのも仕方ない事だと思ってるし、そもそも他人がどうでもいいから。


 だが。


「お前はどうする」


 こいつは、そうじゃないはずだ。


「あいつを救えるのは、お前だけだぞ」


 馬鹿みたいに怯えたツキヒ。現実での現実的な痛みを知りすぎているこいつは、人一倍痛みに敏感だ。


 それでもこいつは、逃げられない。


「なんだよ、それ……」虚ろに呟くツキヒ。「選択肢なんて、無いじゃないか……」


 歯を食いしばって、逃げ道が無い事を呪うように、口の中で転がした言葉。


 選択肢ならある。宝生を見捨てれば俺達は何もせずに済むのだ。


 だが、ツキヒにとってその選択肢は無いも同然。


 知らないふりが出来ない人間なんだ、こいつは。


 小学校の時にやってたサッカーだって、自分が抜けた後の事なんてそのチームに任せてさっさと辞めれば良かったはずだ。


 中学校の時に入ったサッカー部だって、元仲間に事情を説明して入部しなければ良かったはずだ。嫌だと言えば良かったはずだ。


 彼女に振られた後。自分が一番辛かったであろう時期に、倒れた元カノの事を気遣って、元カノを庇い続けた時だって、そんな事をしなければあいつは周りから気持ち悪がられる事なんて無かったはずだ。壊れてるなんて言われずに済んだはずだ。


 それでもこいつは、そうしたんだ。


 だから今回も、こいつはそうする。


 人は、簡単には変われないから。


「なんで僕なんだ」


 ツキヒは弱々しく呟いた。口調通りの弱音を吐いた。


「僕は主人公じゃない……主人公にはなれない……なのにイベントばっかり主人公みたいな事が起きて……僕にどうしろって言うんだ……主人公じゃない僕に期待しないでくれよ……」


 呪詛のように転がした弱音。そう思うのも無理からぬ事だろう。実際にこいつは基本的に低スペックな人間だ。そんなやつがなんかの主人公になったら、苦労が絶えないのはまず間違いない。


 それでも。


「馬鹿か、お前は」


 それでもだ。


「お前が主人公だからこうなったんじゃない」


 主人公ってのは、二次元であろうと、三次元であろうと、


「こうなったから、お前が主人公なんだよ」


 能力なんてどうでもいい。選ばれた人間であろうとそうじゃなかろうと関係無いんだ。


 主人公だから主人公補正が掛かるんじゃない。主人公補整が掛かったから主人公になるんだ。


「もう一度言う。そいつを救えるのは、お前だけだ」


 俺は、他人と感情を共有出来ない。理解するしか出来ない。


 感情移入をする担当は、ツキヒだ。


「僕は、どうすればいいの……?」


 いくらかの沈黙を置いた後、ツキヒが聞いてきた。


「あの騎士達はおそらく、今のお前なら倒せるだろう」


 俺は立ち上がり、ポーターの肩を掴み、引っ張りながら保健室の出口に向かった。


「現実で取るべき措置は、宝生を我がままにする事だ」


 扉を開ける。


 俺が居ると邪魔になるだろうからな。俺もポーターもおいとまさせて貰う。


 俺が朝間にしたように、今度はこいつが、宝生をどうにかしなければならない。現実世界で、あいつの心を変えなければならない。


「なんとしてでも、宝生をあの鳥篭から引っ張り出せ」


 そして俺は、保健室を後にした。

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