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緑と青は平行線--大人の二人のなろう荘  作者: 足軽三郎 & 芹沢斎
5/6

時にはゲストも迎えてみたり 前編

今回はスペシャルゲスト様にお越しいただいております。

「はい、確かに書類頂戴しました。貸し付け条件の変更がありました場合、またご連絡させていただきます」



「お願いします」



 僕は軽く頭を下げた。相手は弊社のメインバンクの渉外担当者の中田さんだ。隙の無いピシッとした雰囲気は彼の銀行員という職業に相応しい。



「ええ、まあ滅多なことは無いとは思いますが。ところで緑竹さん。この件とは別にお願いしたいことがあるのですが」



「お願い、と言いますと?」



 僕の問いに中田さんは眼鏡を拭った。この人が必要以外のことを口にするのは珍しい。本題に入る前の雑談も持って回った言い方はしない、いわば実用的な男だ。だからお願いといってもまっとうな仕事絡みなのだろうと僕は予想して......



「近頃シェアアパートに転居されたとお聞きしましてね。せっかくのご転居ですからお祝い兼ねがね弊行の人間にご挨拶に伺わせようと考えていまして」



 その予想はどうやら当てにならなかったようだ。予期せぬ方向からの搦め手に意表を突かれた僕は分からない範囲で微かに眉を潜めた。




******




「というわけで今度の金曜、銀行員が僕と共に訪ねてくることになった」



「そ、それはまた」



「珍客しかこねえな、このアパート」



 その日、なろう荘の食堂で僕がため息混じりに告げた来客予定に真白君と裏崎君が反応した。夜11時過ぎのこの時間、学生達は寝るか勉強しており(彼らの名誉の為に言おう。真面目だ)早寝の青霧君は既に寝ている。いや、別に彼女が寝たのを確認したわけではないけど。



 必然この時間帯に食堂にいるのは僕達三人くらいとなる。仲が悪いと言っている割には真白君と裏崎君はよくゲームをしていたりするんだが、実は仲がいいんじゃなかろうか。



「裏崎、魔法科中学の転校生見た? あれ、面白いよな」



「おう、見た見た。アタシ天才兄貴は凡人なんて決めぜりふゾクゾクくるぜ!」



 という僕には理解しがたい会話をしているところに邪魔する形で僕が割りこんだ形で"珍客"の来訪を告げることになったわけだ。このアパートのほとんどの入居者には関係無い話ではあるが、少なくとも大家の真白君にだけは話を通しておかないとまずい。彼の顔を立てる意味でもね。



「挨拶とだけ言っているがまあそれにかこつけてセールスしてきそうなんだ。早めに帰ってもらうつもりだけどな」



「あのー、緑竹さん。せっかく銀行の方が来るなら僕聞きたいこととかあるんですが」



 やや言い訳がましく僕が言葉を添えると真白君が手を挙げた。



「何だ真白? 金なら貸さねーぞ?」



「お前から借りるほど落ちぶれてねーよ、裏崎! すいません、いや実は僕、大家なんてやっておきながら金融機関についてほとんど知らないんですよね。人様のお金を家賃という形でいただいておきながらこんなこと言うのはあれなんですけど」



「......この間まで高校生だった人間が詳しかったらその方が怖いが、まあ懸念するのはもっともだ」



 ボケを真面目に突っ込まれた裏崎君がぶんむくれている間に真白君は話を進める。



「それでですね、せっかく緑竹さんの線を辿って銀行の方が来るならビギナー向けに銀行の役割とか大家の銀行との付き合い方を話していただけると嬉しいんですが。無理でしょうか」



「向こうも客商売だからある程度までは大丈夫だろうと思う。君が本気なら先に打診しておくよ」



「ほんとですか? いやー、助かるなあ。あ、夜に来るなら夕ご飯食べながらの話になりますよね。何か希望のメニューありますか」



 ううむ、そういえば普段しっかりしているから見落としがちだったが彼は新米大家だったんだな。知らないことばかりで当たり前だった。確かに知識吸収の為にはいい機会かもしれない......と考えつつ答えようとしたら裏崎君に先を越された。



「俺スキヤキがいいな。焼き豆腐マスト、締めにうどんか餅かは任せるからよ」



「おい、中学生。お前の希望は聞いてねーよ」



「いやいや、まともだろ? 人間美味いもん食えば舌も回るってもんだ、スキヤキにしとこーぜ」



「真実ではあるな。別にこちらが客だからおもねる必要はないが。ちなみに僕は卵は使わない派だから」



 裏崎君の提案が私欲から出る物だとしてもスキヤキを突つきながらというのは悪くないように思えたから悪乗りしてしまった。「緑竹、話分かるじゃねーか。だよなー、やっぱここぞという時はいいもん食わねーとな」と笑う裏崎君に真白君が「よし、安くていい肉調達に協力しろよ? 言いだしっぺなんだからな」とお灸を据えていたのが何となく笑えた。



「まあ興味あるならだが他の四人にも聞いてもらうとしようか」



 その一言で締めくくり、僕はまだギャーギャーやっている二人におやすみと挨拶した。仲がいいのは素晴らしいことだと心の中で呟きながら。




******




「緑竹さん、おはようございます」



「オハヨウ青霧君そしてサヨウナラ」



「酷くないですか!?」



 翌朝、たまたま青霧君と似たような時間になろう荘を出た僕は彼女を一瞥するやおいてきぼりにする勢いで歩き始めた。白いスプリングコートを着た青霧君があっという間に引き離される。小走りで追いついてきたので更に速度を上げた。



「酷くない僕はきちんと最低限の挨拶はして君より早く歩き出しただけだどこが悪いのか指摘してくれ」



「女性がわざわざ明るく挨拶して出勤時間が重なったなら、一緒に駅まで行きませんかくらい言ってくれても罰当たらないと思いますよ? ハアハア、速いですね」



「僕には無理なアクションだよそれは。というわけでそういう期待は他の男性に抱いてくれ、じゃあ良い一日を」



 そう、何故僕が女性と並んで駅まで行かなくてはならないんだ。無理な物は(とりあえず今は無理だ)無理なのだから、そういうことだと納得してもらうぞ青霧君。



「引き離されちゃいましたー」という小さな声が悲しく響いたが僕は一目散に駅を目指すのみ。駅までの間にチャリで追い越した黒田君が「青霧さん可哀相ですよ、ミッキー冷たいなあー」と冷やかしてきたが「自分に正直に生きたいだけだ」とだけ答えてまた前を向いた。



 そう、いつかは一緒に歩くくらいはできるかもしれないが少なくともそれは今じゃない。




******




 金曜日、滞りなく連絡事項を送り仕事を切り上げた僕は小金井駅で約束の相手を待ち合わせしていた。一応八時ということにしているがそこは仕事に左右される社会人だ。酷く遅れそうな場合はお互いのアドレスに連絡するように合意はしている。だがそれが無いということは多分大丈夫なのだろう。



 腕時計を見る。ここ数年愛用しているフォシルの数字盤は7時55分を指していた。そろそろだろうか。



「すいません、緑竹さんですか? 疎多です、待たせてしまいましたね」



「あ、いえ。今来たところです。疎多 (かなめ)さんですね、お初にお目にかかります」



 不意に背中からかけられた声に振り返る。僕よりほんの少し背が高い細身の男性がそこにいた。中田さんから話は聞いていたのである程度の外見は予想していたが、思っていたより若く見える。僕と同じ三十一歳とのことだが二十代半ばに見えなくもない。

 その理由はあまり整髪料を使っていないらしいふわりと額に垂れる前髪と理知的ながらも人懐こさを感じさせる目のためだろう。



「はい、疎多です。失礼、挨拶が遅れてしまいました。お初にお目にかかります、本日はお疲れのところを私の我が儘にお付き合いいただきありがとうございます」



「いえ、こちらこそ。ご丁寧にありがとうございます」



 流れるような挨拶と丁寧なお辞儀は生来の性格なのか、はたまた銀行員として磨いてきたマナーの賜物か。そこそこ値の張るスーツをさりげなく着こなしている辺り、真面目一辺倒というわけでもなさそうだと当たりをつけながら僕は疎多さんを先導することにした。



「こちらです、駅から少し歩きますが」



「分かりました。日頃の運動不足解消にはちょうどいいですね」



 如才ないな、この人。








「スキヤキと言えばお麩の美味しさを語りたくなるんですよ、私!」



「えー、俺普通に肉があれば満足だなー。まあいつも寸前で食べられちゃうんだけど......」



「故郷だと玉葱入れるんですが東京では入れないんですね。新鮮です」



 僕の真向かいでは黄塚君、赤井君、青霧君がじゅうじゅうと美味しそうな音を立てるスキヤキに箸を伸ばしながら賑やかに歓談していた。珍しく全員が同じ時間に夕食と相成ったようだ。普段は小食の黒田君ももふもふと肉を食べながら「それは僕が焼いていた分ですが」と裏崎君を牽制し、裏崎君は裏崎君で「早いもん勝ちだろ、けちくさいこと言うなよ」とケロッとした顔だ。



「はいはい、喧嘩しなーい! 今日は予算度外視で肉あるんだから! ほら、全員で疎多さんに御礼を言ってー!」



「いやいやそ「「「ご馳走様でーす、疎多さーん!!」」」



 真白君の声に全員が元気よく反応する。これがスキヤキ効果か、恐ろしい。当の疎多さんは黄塚君と黒田君に挟まれてやや恐縮しつつも嬉しそうな顔だ。



 (今日がスキヤキだと伝えただけでちゃんと肉まで準備しているとは......出来る銀行員だな)



 そう、疎多さんの準備の良さのおかげなのだ。およそ1キロはありそうな牛肉を「今日はスキヤキとお聞きしていましたから」と柔らかい笑顔と共に彼が真白君に差し出した瞬間、彼は本日の主役となることが決まった。



 そのでかい身体を折り曲げ平伏するかのごとく真白君はスキヤキの肉を受け取り裏崎君は我先にと食卓で「肉だよな! 本物の肉だよな!? 知ってるか和牛の和ってのぎへんなんだぜ!」と訳の分からないことを叫び、黒田君が「サシの脂の白と肉の紅が美しい......」とため息をつく始末だ。



 ちなみにあまりの裏崎君の声の裏返りようにびっくりした黄塚君が「怪鳥ッ!?」と飛び上がり、華麗な後ろ回し蹴りで裏崎君をダウンさせてしまったことも付け加えておこう。そんな目にあいつつもすぐに復活できたのは下敷きになった赤井君がクッションとなり床への直撃を免れたからだということも。







「いやー、しかし助かりましたよ。自慢じゃないですけどなろう荘の食費管理結構大変なんです。予算を気にせずスキヤキが出来るなんて大家冥利に尽きます」



「いえ、ほんの気持ちですよ。私もこんな賑やかな食卓久しぶりですからね」



「疎多さんは一人暮らしなんですか? 何となくご結婚されていそうなんですけど」



 真白君と疎多さんの会話に割り込む形となった黄塚君の言葉に疎多さんは目を細めながら頭をかいた。人の良さそうな顔に苦笑いが浮かぶ。



「いやあよく言われるのですが独身です。結婚願望はあるんですけど願望が一人歩きでして」



「ええっ、そんなことないでしょう。イケメン銀行員とかすごくもてそうじゃないですか」



「はは、女子高生にイケメンとか言われると冗談でも嬉しいですね」



 さらっとイケメンと褒め言葉が出る黄塚君も凄いがそれを難無く受け流す疎多さんはスマートだと思う。おとなしい顔して実は言われ慣れているんじゃないかと思いつつ、一番こういう場面で頑張らなくてはならない青霧君を見ると。



「久しぶりのスキヤキ美味しいですね。私、日本人に生まれてよかったと思いますよ」



 何故こういう場面で女を上げようと思わないんだ。別に応援するわけじゃないが条件のいい独身男性がいたらモーションの一つもかけるべきじゃないのか? 仕方ない、背中くらい押してやろうと僕は密かにアイサインを送る。



 "青霧君、ほら、疎多さんにビールを注ぐとかしなくていいのか"



 青霧君を見た後、視線をちらっと疎多さんに飛ばす。目をぱちくりとしながら肉を頬張っていた青霧君が何かに気づいたように目を大きくした。よかった、後は君次第だと思っていたら。



「すいません緑竹さん、気がつかなくて。お肉取りましょうか、足りないですよね」



「......いただこう」



 一言言っておくぞ、青霧君。恋愛はタイミングだということを。




******




「いやあ美味しかったですね。俺誰にも邪魔されずにスキヤキを堪能できたのは凄い久しぶりです。親戚が米沢にいるんですけどそこの米沢牛のスキヤキがもう最高で薄くスライスされた肉に凝縮された旨味がもうとろけるようなんですよ。けど脂っこくなくてもう舌の上で脂肪と赤身が渾然一体となる、そう今日のスキヤキはそれに匹敵しますね。いやあ美味しかったですね。俺誰にも邪魔されずに......」



「赤井君、赤井君。しっかりしてくださいリピートしています」



「きっとこーくんはスキヤキの場面で今まで負け続けてきたから今日の幸せでおかしくなっちゃったのね」



 そう、非常に楽しく何の懸念もない夕食だった。壊れたレコードのように放心した目で語り始めた赤井紅夜の様子を除いては。黒田君と黄塚君に心配される彼に真白君が「おーい、赤井ー、戻ってこいよー」と呼びかけているが不幸なことに彼の精神はまだ戻ってこない。



「いいか皆、赤井君の精神は今スキヤキという名の天界(ヴァルハラ)にいる。邪魔をしてやるな」



「緑竹......中ニ発言過ぎるぜ」



 聞き捨てならない裏崎君の台詞だが、そろそろゲストに話を聞く時間だから今は見逃してやることにしよう。赤井君は青霧君が冷たい水で濡らしたハンカチを額に乗せているから直に気がつくだろう。いや、よく見たら顔に被せているって危なくないか! 天使みたいだよと青霧君は赤井君のこと言っていたがほんとに天に召されかねないぞ!?



「いやあ、皆さん元気があっていいですよね、うん」



「疎多さん、無秩序と元気があるは区別して考えるべきかと」



 いけないな、なろう荘のメンツの雰囲気にゲストが影響されている気がする。こんなことで金融について話せるのだろうかとちょっと心配したがどうやら僕の懸念は杞憂だったようだ。真白君が差し出したお茶を飲みながら彼は穏やかに笑う。



「--これなら私も話し甲斐があるというものです」



「よろしくお願いします、先生」



 真白君が最敬礼しながら言った。







 放心状態の赤井君が元に戻ったのを頃合いとしていよいよ今日のメインイベントに移ることにした。なろう荘には教室に使えるような部屋は無いので勢い食堂と空間を同一するシェアスペースを使うことになる。テレビの前の古びたソファに各々が座った。足りない座席は食堂から持ってくる。



「すいません、なにぶんぼろいアパートで」



「いえ、十分です。それに私の話は別に大学の講義ではないですから気楽に聞いて下さい」



 恐縮する真白君に答えながら疎多さんが全員を見る。希望者だけ聞けばいいという現役銀行員のレクチャーだが疎多さんの物腰柔らかな雰囲気に惹かれてか、全員がここにいた。幾分かはスキヤキの魅力にやられた部分もあるだろうが。



「さて、と。改めて自己紹介させていただきます。疎多 (かなめ)といいます。緑竹さんが勤務されている会社のメインバンク--最も付き合いが深い銀行のことですね--に所属する銀行員です。本日はよろしくお願いします」



「「「よろしくお願いします」」」



「簡単に銀行の業務について説明してほしいというご要望は緑竹さんからお聞きしていますが......その前に皆さん銀行について何をするところと思っていらっしゃるかお聞きしてもよろしいですか?」



 疎多さんの質問に皆が顔を見合わせた後、おずおずと手を挙げながら答えた。


「お金を預けるところ」

「お金を借りるところ」

「両替するところ」

「振込みするところ」


 主だったところはこの四つだ。真白君は大家らしく「アパートローンとかあるんですよね?」と言っていた。



「そうですね。どれも正解です。つまりトータルすると銀行は"人と人の間を流れるお金の媒介--繋ぎ合わせることですね--をする"組織と言えます。その媒介の手数料を利用者の方からいただくことで銀行の収益にしています」



「あの、基本的なこと聞いてもいいですか。銀行に口座作ってくださいと父が勧誘されていたんですが、銀行にとって口座が増えるとどういうメリットがあるんですか?」



 質問したのは黄塚君だ。疎多さんはいったん話を止めて一拍置いた。



「良い質問ですね、黄塚さん。私も新入行員の時にご新規の口座獲得に駆けずり回った時に同じ疑問を持ちました。そうですね、一言で言うと口座が増えると銀行を経由するお金が増える可能性が増えるからですね」



 まだ不可解という顔をしている面々に疎多さんが追加説明をしていく。

 そもそも世の中にはお金が余って今は使わない人と今お金が必要な人がいる。お金が余っている人の余分なお金を預かり、これをお金が必要な人に貸し出す--これが銀行業務の基礎の基礎だ。



「この時、例えば銀行が100万円のお金を預かったとして貸し出す人に一年利率が貸し付け利率 2%で貸し出したとします。一年後にお金を返してもらったら元本--元々貸したお金です--の100万円プラス利息の2万円が銀行に返されます」



「それは分かるのですが、元々銀行に100万円預けた人がお金を引き出したら返さないといけないのでは」



 この質問は黒田君だ。さすがによその方がお見えなのでいつもは被っているパーカーも肩に落ちている。



「そうです。例えば普通預金で年利0.5%で預けている方なら100万円プラス5000円が手元に返ってきます。とすると先程の102万円との差額1.5万円はどこに行くかというと」



 そう言いながら疎多さんは自分の財布を取り出した。パッとそれを開く。



「銀行の利益になるのですね。正確には受取利息 2万円 マイナス 支払利息 5000円が計上されます......ですよね、緑竹さん?」



「ええ。それで合っていますね」



「ありがとうございます。さて、先程の黄塚さんの質問に戻りましょうか。銀行の収益の源泉はこの受取利息と支払利息の差額です。これは流れるお金のボリュームが増えれば増えるほど増加します。例えば同じ貸し付け利率と預金の年利が適用されたとして流れるお金が10倍の1000万円になったら単純に考えて銀行には15万円が残ります」



「ははーん、だから銀行ってのはあんなに新規の口座獲得に躍起なんだな。俺も駅前でこの前勧誘されたぞ」



「なあ、裏崎。銀行て普通、店舗の外で声かけたりしねーぜ。それ、消費者金融の間違いじゃね?」



「あ、私も声かけられましたよ。ポケットティッシュたくさんくれるいい人達ですよね」



 裏崎君に突っ込んだ真白君だったが青霧君のいつもの天然ボケのインパクトが大きすぎて思わずその場の全員が彼女に視線を集中させた。「青霧さん、知らないうちにお金借りてないか心配」と黄塚君が呟いたのがやけに印象的だった。



 次に手を挙げたのは赤井君だった。ようやくスキヤキの桃源郷から意識がカムバックしたらしい。



「あのー、普通預金と定期預金の利息の差ってなんで発生するんですか。いや、お客にすればいつでも引き出せる利便性がある分、普通預金の方が利息低いのは分かるんですけど銀行から見ての話を教えてください」



「分かりやすく極端な例で答えましょう。例えば今、お客様からお預かりしたお金が銀行に100億円あるとします。赤井さん、貴方が銀行員ならこのお金どうされます?」



「え。お金を必要としているお客様に貸し出して受取利息を貰う......ですね」



「通常ならそうですね。でも1時間後に100億円を口座に預けたお客様が取りに来ると分かっている場合、それは可能でしょうか?」



「無理です。そんなことしたら口座からお金引きだそうとした瞬間に自分の残高がないって分かって......あ、そういうことか」



 ハッと気づいたように赤井君が目を見開いた。その後を受ける形で真白君が話す。



「銀行が貸し出し業務を行うことが出来るのはお客さんから預金を預かり、なおかつそれが一定期間引き出されないという条件が揃って始めて出来るということですか。つまりいつでも引き出せる普通預金だとそれが揃わないから銀行は貸し出し業務を行えない」



「正解ですね、陵さん。もっとも日本全土にいる預金者が一気に口座のお金を引き出すという事態は考えづらいので普通預金の口座にしか銀行がお金を預かっていなくても貸し出し業務は行えます。ただ、やはり全部は貸し出せませんからどうしてもそのボリュームは絞らざるを得ない。そうなると」



 そこで疎多さんは一度言葉を切った。全員の顔を見てついて来ているのを確認してからまた話し出す。



「銀行が計上できる収益は下がります。従ってそれと釣り合いを取るために普通預金口座にお支払いする利息は定期預金口座にお支払いする利息より下げざるを得ないということになります。定期預金口座のお金は一定期間限定でお客様は引き出さないという条件付きですから、銀行から見ればその期間は安心して貸し出しに回せます」



 より正確に言うなら定期預金でも途中で解約出来るのだがその場合に適用される利息は普通預金並みと低くなる。銀行にとっては定期預金口座にある預金は基本的にはローリスクで貸し出しに回せるお金ということだ。



 とりあえず疎多さんの銀行についての固い話はいったんここまでとなり休憩となった。皆分かりやすかったと言っているので良かったのだろう。後半戦は柔らかい話題で話してもらうことにしようか。

書籍化作家の一人、疎陀 陽さんです、ありがとうございます。ちなみにボリュームが凄いので今回の話は前後編でお送りします。

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