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緑と青は平行線--大人の二人のなろう荘  作者: 足軽三郎 & 芹沢斎
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ビターな雪空の思い出

 始まりの雪は終わりを告げた――。




「ごめん。斎羽、俺他に気になる女性ひとができたんだ」

 

 もうすぐクリスマスだねと言いながら、冷えた身体をあたためようと入ったカフェで彼は言った。


「斎羽のこと好きじゃなくなったわけじゃない。けど、もう恋人でいるのはダメだなって思う。ほんと、ごめんな」


 彼は言い辛そうに言葉を選んでわたしに語った。

 

 ああ。これが正体なんだ。最近、彼といても何となく感じていた違和感。響かない感じ……。


「斎羽?」


 彼は伺うようにわたしを見つめている。


「あ……っと、ごめん。聞いてるよ。うん、わかった。他に好きな女性ができたんじゃ、仕方ないよね」

「ごめん……な。クリスマスのイルミネーション、楽しみにしてたのにな」

「平気平気。ん、大丈夫。今までありがと」


 平気。縋ったり、我儘言ったり、泣きついたりなんかしない。そんなこと出来ない。だって、無様だもの。格好悪いもの。引き際はキレイじゃないと……。




 あれ。どうやって帰ってきたんだっけ。


 背後で、扉がバタンと閉まる。

 その音を聞きながら、わたしは部屋のベッドに倒れこむようにして堕ちた。


「……」


 シンと静まり返った部屋。

 聞こえるのは、わたしの喉から発せられる嗚咽だけ。


「っ……く」


 恋を失うと書いて、失恋と言う。

 やっぱり、辛いね。痛いね。

 

 引き千切れそうな心臓を湧き上がる痛みから庇うように、ベッドで身を縮ませた。



 

 去年のクリスマスは悲惨だった。

 忘年会の帰り、送ってもらったお礼にとデパートにちょっとしたお菓子を買いに来た。

 忘れてたのは、クリスマスのデパートは恋人たちがいつもより多いということ。

 お互いのプレゼントを買いにジュエリーショップに並ぶ恋人たちの姿は、当時の自分と彼を思い出させた。


 そんなこともあったなぁ。


 などと考えながら、バレンタイン商戦真っ只中のデパ地下にわたしは足を踏み入れた。

 残念ながら、今年はチョコを贈る彼はいない。

 去年は、手作りがいいかブランドのチョコが良いか真剣に悩んだものだけど。

 今年は自分へのご褒美と友チョコなるものを買いに寄ってみた。

 いくつかのメーカーのチョコを見てまわる。その中で、数品気に入ったチョコを選んで購入した。

 デパ地下から地上へ出て水色の空を見上げる。

 季節が巡るようにわたしの心も変化する。

 あれから、一年と少し経った。

 時々、胸をチクリと刺す痛みはあるものの、立ち直れていると思う。

 彼がいなくなっても、日々は滞りなく始まっては終わっていった。

 お仕事は忙しいし、そんな中で友達とたまに食事したりお買物したり。それなりに、過ぎていく毎日に満足しているつもり。不足している何かがある気がするけれど、それが恋なのかはわからない。でも、確かにある空虚感。これは何なんだろう。その正体を未だ、わたしは掴めずにいる。




 三月に入って、そろそろ春物の服が欲しくなってきたなぁ。

 今日は、お買物の日と命名して、わたしは朝からお気に入りのショップ巡り。

 春物の淡いカラーで彩られた店内。流行の衣装を纏った店員さんもお洒落でかわいい。


「どうぞ。お手にとって、合わせてみてくださいね」

「はぁい」


 店員さんの呼びかけにわたしは頷いて、ニットやスカートに触れてみる。

 どれも素敵で迷っているわたしの目に、ラックに掛けられている一枚のトップスが飛び込んできた。

 淡いブルーのシフォン素材のブラウスがわたしを呼んでいるように思えて。

 導かれるようにブラウスを手にとって、鏡で合わせてみる。

 

 うん、ぴったり! これにしよう。


 レジに持っていって、お会計。


 かわいい。これからいっぱい、愛してあげるからね。


 わたしは上機嫌で、ひとりで暮らすアパートへと戻った。

 鍵を解錠するまで、露ほども思っていない。

 わたしのお気に入りの心休まるお部屋が、見る影も無くなっていたことに。


「あれ……?」


 ぴちゃんと滴る水音で、現実に呼び戻される。


 なんでぇ? お部屋が水没してるの……? お城が、わたしの夢のお城が……。


 お城が……と脳内をリフレインする声。


「……さん」

「……」

「青霧さん」


 ハッとして振り返ると、そこに大家さんが立ってた。


「一○九号室の人がね、水漏れおこしちゃったのよ。ごめんなさいね。部屋が直るまで、どうにかならないかしら? って、青霧さん?」

「……お引越し、しまーす」


 このタイミングで起きたハプニング。

 人は災難と呼ぶかもしれないけれど、わたしには神の啓示なのかもしれないと思えた。

 とりあえず、必要なものを持ち出してお水に浸かったお部屋とは一旦お別れ。

 友達に迷惑かけられないし、地方から出てきてひとり暮らしをしているから実家は遠すぎて帰れない。 だから、自然と安上がりなビジネスホテルを頼ることに。

 お部屋をとって、それから不動家さんに一目散。


「えっと、家賃はできれば安いほうがいいです。四万円切るとこってありますか?」

「それでしたら、こちらはいかがですか? シェアハウスってご存知です?」

「はい。聞いたことあります」

「家賃はご覧の通りです。駅から十五分程歩くので多少、不便ですけどお手ごろな物件ですよ」

 

 シェアハウス。面白そう! 実は少し、憧れてたんだよねぇ。


「ここにします!」

 

 躊躇することなく、わたしは頷いた。

 水を被った家具一式は処分することに決めて、無事な衣類等を箱やバッグに詰めて荷造りを済ませた。

 あとはお引越し当日を待つだけ――。




 そして、お引越し当日がやって来た。

 

 シェアハウス、どんな人が集まってるのかな。

 

 わたしの心臓は期待に踊る。高鳴る鼓動は希望の合図。

 電車から降りて、改札をクリアして駅構内から出る。

 トレンチコートのポケットから、早速地図を取り出した。

 地図を片手にこうか、こうかと慣れない道を歩く。

 歩くこと数分……道に迷ったことに気付いた。


 大丈夫。大丈夫。駅に戻って、最初からやり直し。


 黙々と、不安を億尾にも出さずに歩くわたし。


 あれ、あれれれ? 駅、どっちだっけ。わかんなくなっちゃった? これはもう、覚悟を決めなくちゃ。


 道行くご婦人に――。


「すみません、なろう荘ってところに行きたいんですけど」

 

 そうやって、辿りついたなろう荘は、凄かった。うん、凄かった。

 雑草は伸び放題。芸術的ともいえる外壁のスプレーアート。うん、これはもう、とある芸術家もびっくりなはず。

 建物は……お化けが出てきそう。これはお家というより、お化け屋敷! お化けだけじゃなくてハムスターちゃんも出そう。わたし小動物好きだから、共存もありかなぁ。あ、お化けは嫌いだから、祓ってもらわなくちゃ。某ラノベの陰陽師に来てもらって、御札飛ばしちゃって呪文唱えちゃったりして! っとと、妄想し過ぎね、わたし。迷ったけど、割と早くついちゃったなぁ。確か、コーヒーショップがあったから、そこで時間潰そう。


「いらっしゃいませー。お好きな席にどうぞ」


 わたしはお店の窓が見えるテーブルを選んで腰掛けた。

 お水が入ったグラスを持ってきてくれたウェイトレスさんに、カフェ・ラテを注文。

 程なくして、カップに注がれたカフェ・ラテが運ばれてきた。一口啜って、ふぅっと息を吐いた。

 ふっと、いつかの記憶が蘇る。

 わたしより好きな女性ができたと言った彼。わたしのこと嫌いになったわけじゃないと言った彼。でも、恋人ではいられないと言った彼。

 何で、平気だなんて大丈夫だなんて言ったんだろ? 強がり、バレバレじゃない。でも、泣きじゃくるなんてできなかったんだもの。ああ、恋愛って格好悪い。そういうものなのかなぁ。

 

 ぼんやりといつかの彼のことを思い出しながら、なろう荘のチラシを見る。

 

 考えない。考えない。今日から、新しい生活が始まるんだもの。大家さん……陵真白さん。どんな人かな。みんなと仲良く、上手くやっていけるといいなぁ。


「いらっしゃいませー」


 店員さんが新たに入ってきたお客さんを迎える声が聞こえた。

 男性客が視界に入る。

 前髪がいい感じに長めで、少し中性的な印象を受ける男性だった。

 脳裏をふいに好きなアニメキャラが走り抜けていく。

 いけないいけない。ついアニメ好きの癖がでちゃう。それにしても、あのアニメキャラに似てる男性ひとだったなぁ。




 この時は、気付きもしなかった。思いもしなかった。

 やがて、窓の外に現れる男の子たちと女の子たち。

 ここで言葉を交わすとも思ってなかった男性との微妙な距離感を感じつつ、みんなとの賑やかで楽しい毎日を送ることになるなんて――。

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