十月の空
「寒いなー…」
学校からの帰り道。かじかんだ手に白い息を吐きながら僕は呟く。
「ねー…凍えそう」
隣を歩く彼女も同意する。朝が暖かったからか、彼女はワイシャツにベストとスカートだけという随分寒そうな格好だ。
「ブレザー貸すか?」
「ん…いや、良いよ。大丈夫」
彼女はそう言いながらも寒そうに震えている。…本当に大丈夫なんだろうか。少し心配だ。
「大丈夫大丈夫。……あっ、そういえばさ、冬ってカップルが出来やすくなるらしいよ」
脈絡もなく彼女が突然言う。
「へー…クリスマスが寂しいからか?」
「それもあると思うけど、寒いからお互いに温もりを求めあうからなんだって。雑誌に書いてあった」
「ふーん…」
僕は何となく納得する。本能みたいなものなんだろう、多分。
「ってことはだよ、告白の成功確率も格段に上がってるってことじゃない?」
「…まあそうなるかもな」
「だからさー…」
彼女がいたずらっぽい笑みを浮かべながら僕を見る。
「君もそろそろ誰かに告白とかしたらどうなの?」
「…言うと思ったよ」
またこれか。僕は溜め息をつく。
「だってさー、何かもどかしいんだもん」
「お前がもどかしいからって、何で急かされなきゃいけないんだよ」
「ふふふ」
彼女が楽しそうに笑う。その笑顔に僕は思わず目を逸らした。
「別に、お前には関係無いだろ?」
「いや、関係なくは無いよー。幼なじみに恋人がいないのは由々しき事態だもん」
「何でだよ…」
「まあまあ。で、気になる人とかいないの?」
「いない。言ったろ?作らないって」
好きな人は作らない。いつか僕はそう彼女に宣言していた。
「えー。君は顔も性格もそこそこ良いんだから簡単に彼女作れそうなのに」
「…そういう問題じゃないんだよ」
確かに自分に自信なんて無い。でもそういう事じゃない。
「えー?じゃあどういう問題なの?」
彼女が追及してくる。その追及から逃れようと、僕は空を見上げた。
「…好きとかじゃないってことだよ」
そんな難しい感情じゃなくて、もっと分かりやすい、それこそ人間の本能みたいな感情。
「じゃあ何なのよ……クシュンッ!」
彼女がさらに追及しようとして、小さくくしゃみをした。やっぱり風邪を引いたらしい。
「ほら、着なよ」
僕はブレザーを脱ぐと彼女に渡す。
「え、でも、君だって寒いのに…」
「良いから、大人しく着ろって。風邪引くぞ」
こんなことで彼女に風邪を引いて欲しくなんかない。…学校を休まれたりしたら嫌だし。
「むう…ありがとう」
彼女は遠慮がちにブレザーを受け取ると、羽織り始めた。よほど寒かったらしく、寒さで強ばっていた頬が緩んでいる。
「あったかいねー」
彼女がはにかみながら僕に言う。その無邪気な笑顔が可愛くて、思わず僕の鼓動が速まった。
――好きとかじゃないんだ。
僕は心の中で繰り返す。そう、好きとかじゃない。そうじゃなくて…
「…守りたいだけなんだよな」
僕は小さく呟いた。隣を歩く彼女への小さな告白。それは、十月の夜空に吸い込まれて消えていった。
注
冬にカップルが本当に増えるかは知りません。