ラブレター
――人間はどうして簡単に恋をしてしまうんだろうか。
僕の机の上には積み重なった本と一緒に、あるクラスメイトの女子宛てのラブレターがある。
少し前、僕はその女子と話す、ある用があった。
彼女の名前は遥。顔が特別可愛い訳では無いけれど、物静かな性格と、いつも傍らに持っている本が、文学少女のようで、男子からの人気も高い。
最初、僕はただ必要だからと思って彼女と喋っていた。ただ用があるからしょうがなくという感じだ。
だけど、彼女との会話は純粋に楽しかった。彼女は僕の話を興味を持って聞いてくれていたし、合間に挟む質問にも嫌な顔一つせずに答えてくれた。特に本の話をする時の彼女は本当に楽しそうで、その時の無邪気な顔はとても魅力的だった。
そうやって話している内に…いつの間にか僕は彼女に恋をしてしまった。
好きな人の話をする時に彼女の顔が思いつくようになった。彼女と話すのに少し意識するようになった。彼女の顔を見ると鼓動が速まるようになった。
僕にとって、それは避けなくてはならないことだった。彼女に恋をすれば僕自身を傷つけることになる、そう分かっていたから。それなのに…どうしてこんなに単純なんだろうか。
――不意に机の上のラブレターを破り捨てたい衝動に駆られる。
彼女への思いが詰まっているラブレター。昨日やっと書き上げたものだ。それを破いたなら…もしかしたら僕にとって良いことになるかもしれない。
…でも、僕にはそれが出来ない。それがどんなに僕にとって良いことだとしても、一度してしまった約束を破ることは出来ない。
僕はラブレターから目を反らすと、電気を消す。布団にくるまって天井を見上げると、彼女の顔が浮かんだ。
…願わくば彼女が気付いてくれますように。
そう願いながら僕は眠りに落ちた。
「私で良ければ…お願いします」
誰もいない屋上で、私はそう返事をしていた。
突然渡されたラブレター。渡された相手はよく知らない人だったから断ろうと思っていたのだけど…そのラブレターを読んでみて心が変わった。
綺麗な文章で、私への強い思いが伝わってきた。しかも私の好きな作家がよく使う表現が、短い文章の中に大量に散りばめられていた。これで心が動かされない訳が無い。
…好きになるのは後でもいっか。
結局そんな自分勝手な考え方をしてしまった。こんな事は良くないと思うけど…こんな文章が書ける人ならきっとすぐ好きになれるはずだ。
――でも…
私は目の前で喜んでいる人を見て思う。
――この人が本当にラブレターを書いた人なのだろうか?
私がこのラブレターを読んでいた時、何故かある男子の顔が思い浮かんだ。クラスメイトで、少しだけ喋っていたけれど、何故か避けられるようになってしまった彼。…もしかしてこのラブレターって?
「まさか…ね」
私は嫌な考えを振り切ると、さっきまで読んでいた本の続きを読み始めた。