山賊との遭遇
少女に対しておれが懇切丁寧に説明すると、少女はようやく得心が言ったという風に首をまっすぐに戻してくれた。
「なるほど。あなたは世界が嫌いなのですね」
「……まあな」
ふと頭にミイの顔が浮かんだ。他にも、死んでしまった父や母はもちろん、よくしてくれた村の人々の顔も浮かぶ。楽しい記憶が、何かを押し流すように次々と浮かんでは、再び奥へと仕舞われていった。
「…………」
この世界は嫌いというほどでもないが、世界そのものはあまり好きではない。
この世界に、もう父はいない。母もいない。
だから嫌いというわけではないが――ミイもいることだし――甘受できるほど人間出来ていない。
「そんなことより」
「あなたが魔王だというのはかなり重要なことだと思いますけど?」
「……そんなことより」
めげずに繰り返したオレに、少女は微笑むようにして口を閉ざした。まるでわがままを言う弟を見る姉のようなまなざしだ。
どうやらオレは、特に害はないと判断されたらしい……これでいいのか、と自問せざるをえない。
「まぁ、いい。とにもかくにも、あんた――」
――と、そこまで口にして、不意に音を感じ取る。
森の中、木々の隙間から忍ばせるようなささやかな音――そして気配だが、それでもオレはなんとか感じ取った。
「? どうしたんですか?」
「いや……。囲まれてるな」
「かこまれてる?」
少女はオレの言葉のが理解できなかったようで、跳ね返るように反駁する。
しかし、オレの剣呑な雰囲気を感じ取ったのか、あるいは自分でも近づいてくる気配を感じ取ったのか、ともかくオレの言葉の意味を呼吸3つ分ほど後に理解した。
「……くるぞ」
オレに悟られている事に気づいたのだろう。気配は忍ぶことを止め、威風堂々とした余裕をまとわせながら、その姿を現した。
少女は目を丸くし、体をびくつかせたが、彼女をケアする義理はない。
オレは腰のバスタードソードを抜くと、川を背に胸の前に水平に掲げ、構えをとる。
「きひひっ。こいつ剣なんぞ持ってますぜ、あにき!」
「あー……。そうだな……めんどうだ……」
やけに小物っぽい三角巾を頭に巻いた小柄な山賊と、気怠そうに頭を掻く長身の男性が斜め左から――
「取り分が増えたと考えられますよ?」
「斬られちゃ意味ねっスよ!」
整えられた容姿をしている丁寧な物言いの男性と、彼よりやや慎重は小さく俊敏そうな男性が斜め右から――それぞれ左右の退路を防ぐように、二人組になって姿を現した。彼らはそろって短剣を手にしている。
その種類はそれぞれ、ダガーとカッツバルゲル、カッツバルゲルとジャンビーヤだ。間合いで言えば、オレのバスタードソードが一番長い。
「…………」
正面には誰もいない。
オレは体を正面に向けて、視線を左右のどちらにも投げかけている。
背後にはエプロン姿の少女が体を硬くして、魔王であるオレの背中に隠れていた。
「……なんだ、お前ら」
問いかけであって、問いかけではない。これは威圧だ。
剣を構え、剣となる。そうして剣先のような鋭い気配を放つオレに対して、一同は一瞬気配に押された。
「ふっ!」
その隙を見逃す手はない。
オレは背後の少女の胸ぐらを強引につかむと、特に動揺の強かった斜め右の中背の二人の脇へと滑り込み、二人とオレの対角線上に彼女を放り出す。
「ひゃっ」
小さく悲鳴が上がるが気にしない。
脇に抱えた抜身の剣を風を切るよりも滑らかに回す!
「がぁあっ!」
俊敏そうな男は、あったかもしれない俊敏な動きを発揮するまでもなく、硬直した体でオレの剣を受け止めた。
くるくると回って、何かが飛ぶ。その後を追うように赤黒い点が乱雑に弾けていた。
――ぼとり。
落ちた先にあるのは、男の腕だ。
抜こうとした短剣が、切り離された腕とうずくまる男の間に落ちている。
もともと腕を狙っていたのもあるのだろうが、体をひねって逃げたため上腕ではなく肘の先から腕が飛んだのだろう。
「シュ-ヤっ!」
「仲間の心配をしている場合か?」
「っ」
軽口をたたく間もオレは動きを止めたりしない。
冷静に、冷淡に。
最善手を選び、為し続ける。
「ふっ」
実戦が初めてではなく、緊張や高揚に体を固めなかったことが功を奏した。
村で戦った勇者殿には改めて感謝しておこう。あなたとの戦いは立派な経験値になりました!
「くっ……」
オレの突きを紙一重で除けた整った男は、腰の短剣を抜き放ち、上段からオレに切りかかる。
「……っ」
だが遅い。
カッツバルゲルは短剣の中でも重たい部類に入る。突きを利用し懐に入った状態では、ダガーやジャンビーヤの方が有用性は高い。
「はっ!」
オレはその手を起点で抑え、そして男の体重を崩して投げ飛ばす。
「ぐあっ」
「とどめだ」
背中からしたたかに打った男の後を追うように剣の切っ先を動かし、倒れた男を貫く――!
「くっ」
キンッ。金属のはじかれる音が響く。
「……やりすぎだ」
その時になって、斜め左にいた二人のうち、長身の男が援軍として到着した。
男の放つ気配は、他の3人のだれよりも強い。正直後回しにしたい相手だ。むしろ戦いたくない。
「そんなわがまま、通じるはずねえよなぁ……」
皮肉げに笑い、1歩下がる。さらに3歩ほど後ろには先ほどであったばかりの少女が呆然としている。
「……トーマ、お前は下がっていろ」
「だがキョーヤ……!」
「……背中、痛むだろう? 大丈夫だと思ったら出てこい――」
キョーヤと呼ばれた長身の――リーダー格の男が、オレを睨む。
「っ」
そこに気怠そうな気配はなく、かといって暴走した感情にのまれたような狭窄した気配もない。
「――こいつは俺と、シンヤがやる」
理性的に、判断を下している。
「2対1かよ……卑怯だぞー!」
「……山賊に卑怯もクソもあるか。……それに、卑怯はお前も同じだ」
「やっぱり山賊だったのか。まぁ、お前のいうとおりだけど、な……っ」
上段に構えたバスタードソードを振り下ろす!
ほんの5歩先の敵に、間合いの取り合いなどもなく大胆に詰め、そして振り下ろす。
「くっ」
ただ、詰め寄る速さはだてではない。初動から詰め終える目でを一呼吸の半分以下の時間で終わらせ、その勢いも乗せた一撃が山賊キョーヤに降りかかる!
キンッと、再び音が鳴る。
今度は弾けた程度の音ではなく、打ち据えた音だ。
腕一本分も押し込んで、だがそれ以上は一撃の重さだけではできなかった。
「……山賊は数を活かすもの……っ」
キョーヤはカッツバルゲルを大きく振り上げ、自身も無防備になりながらオレに大きな隙を作ろうとする。
「や、べ……っ!」
1対1なら何の問題もない。ただ相手よりも早く体勢を整えればいいだけだ。
――だが、キョーヤも言っていた通り、オレは数で負けている。
「てやぁああああ!!」
空いた間隙を埋めるように、キョーヤの脇からシンヤがダガーを構えて突撃してくる。
「くっ」
オレは剣を手放すと、足をそろえて迎撃の構えをとる。
すでに2,3歩の距離まで近づいていたシンヤは一瞬うろたえたようだが、とまることもできず、むしろ一層の踏み込みでオレを撃つ!
「ふっ」
息を抜き、呼吸を合わせ、腕をとる。
シンヤの刃を空を切り、目標を見失い、そしてシンヤの体ごと地面へと投げ出される。
「ふっ」
息を吸い、足で踏み抜き、力を通す。
倒れたシンヤは「ぐはっ」と肺から全ての空気を抜き取ったような声を上げ、気を失った。
「あぶないな……こんな腕利きが、山賊にいたとは……」
気を抜いていたつもりはないが、危機感は足りなかったかもしれない。
オレはつぶやきながらも手放していた剣を取り、キンッとキョーヤの上段からの振り抜きを受け止めてみせる。
「……余裕綽々と言ったところだな。……オレも意外だ。……こんなところに、こんな腕利きの『勇者』がいるとは」
すでに半数以上の仲間がやられ、不意を打った攻撃も受けられ、キョーヤの表情にもこれまで以上の緊張が滲む。
オレは受け止めた刃でキョーヤとつばぜり合いを演じながら、苦笑をこぼしつつ、クイッと剣を引き寄せた。
「勇者じゃねえよ」
「……なに?」
不意に力が抜けたことに対してだろうか、それとも、オレの発言に対してだろうか。キョーヤが怪訝な声を上げ、オレはひきつけた刃を投げ捨てるように振り上げ、キョーヤの剣を振り上げた。
「……オレは、『魔王』だ」
「っ?」
最後にキョーヤの表情に浮かんだのは、絶望か、疑問か。
ひとつの滑らかな線であるように描かれたオレの剣の軌跡は、キョーヤの体を通過している。
不思議そうな顔をしながら、キョーヤの体から力は抜け、倒れた。
意外と山賊編長引きそうです……
……あ、関係ありませんが、携帯新調しました♪
LTEです! わーい!
これで、人に道聞かれて検索するとき、
あまりの遅さにイライラせずにすみそうですっ♪
(経験談……)