二人目の少女
ミイが一人目だから、二人目ね
あー……テストだるー……
オレがいつも狩りに使っていた森を抜けると、次は山に出た。
このあたりもの何度か訪れたことがあるが、長居はしたことがない。せいぜい獲物を追っていたらこちらまで逃げられた……というくらいだ。
時折山賊が姿を見せるため、あまり長居ができなかったという方が大きい。そこいら辺のゴロツキに負けるつもりもなかったが、あえて藪に突っ込むつもりもなかった。
オレは近くの村を素通りして、そのまま山へと入り込む。腐った葉っぱの溶けた土がしっとりと足をつかみ、緑の葉っぱの屋根が木漏れ日を漏らす中を歩く。
入り込んでしばらくすると川を見つけた。そこで一休み。
清らかな流れに口をつけ、歩き続けたのどの渇きを癒す。乾いた土に水を吸わせるように、オレの体は水を求めた。そのままコップ五杯分目くらいまで飲んだあたりで、不意に背後の気配に気が付く。
「っ?」
「あら」
振り返った背後に立っていたのは一人の女性だ。……いや、女性というよりも少女か。多分俺と同じくらいの年で、せいぜい16,7才だろう。質素な身なりからして村の女性だ。麻布でできたワンピースに、丈夫そうなエプロンがついている。
少女はオレに気が付くと、嬉しそうに近づいてきた。まるで警戒された気配がない。
その理由は、すぐに分かった。
「こんにちは。狩人さん……にしては、弓がないですね。剣はありますけど……旅人さんですか? それとも、もしかして勇者様?」
「あ、ああ……」
――って、「ああ」じゃねえぇえっ!!
「わぁ! 勇者様でしたか! わたしも何度か勇者様を見たことはあるのですが、村の中だけなので、職務中の勇者様を見ることはこれが初めてなんですよ!」
「ぁ……ああ……。……はぁ」
溜息が愚痴の分だけ重くなっている。その愚痴というのは簡単なもので、自分自身についてだ。……咄嗟に反応できていない部分を鑑みるに、まだまだオレは自分の立ち位置に対する認識が甘い。
オレは魔王だ――ひよっこだけど。
勇者とは対極にある存在だ――それがいいか悪いかは知らないけれど。
嬉しそうにオレに近づいてくる少女に絶望を与えるべく、オレは自らの過ちを訂正しようと試みた。
「いや、待ってくれ。……オレは魔王だ。勇者じゃない」
「えっ?」
少女の顔に驚愕と不安が滲みあがる。それだけ魔王という存在が、害悪として認識されているのだと実感した。
「オレは魔王だ」
念を押すようにもう一度言うと、少女は一歩二歩と後ろに下がり、俺との距離をあけて警戒をにじませた。
「魔王……ですか? では、あなたはこの山の山賊の一人ですか?」
警戒を浮かべつつも、そこに不安はぬぐい切れていない。襲えば、子供と大人の喧嘩にもならないだろう。
オレはそのことをさっと脇に流して、首を横に振った。
「山賊じゃない」
「……では、盗賊ですか?」
群れを成すことを好む山賊よりも、孤立を望むことの多い盗賊の方が少女にとっては安心なのか、若干不安が和らいだ気がする。
だが、それもオレの目指すものとは遠い。オレは再び首を左右に振った。
その反応に、少女が初めて、不安以上に疑問を抱く。
「……では、一体なんなんですか?」
オレはいらだちさえ見せずに、聞かれたことを淡々と答える人形のような心地で、口を開く。
……あるいは、こんな気持ちなのは、オレ自身がまだまだ実感を持っていないからなのだろう。
「初めから言っている」
「……?」
――魔王とは、世界の機構に反逆した者どものことを指し示す。魔王が成っている――あるいは魔王となっている者どもは、山賊だったり盗賊だったりと多種多様に分類される。また、魔王となる原因は、不幸の結果だったり反骨のたまものだったりと、こちらも様々だ。
だが、オレが目指すのは、もっと単純なもの。
――魔王とは、世界の機構に反逆した者どものことを指し示す。
「オレは、魔王だ」
……ならば、世界そのものに反逆している『ことだけ』を目的とした魔王が居ても、おかしくはないだろう。
――オレは魔王だ。世界の機構に反逆する事を目的とした、人間だ。
「……?」
冷然として、かつ傲然と言い放つオレの言葉に、少女はただ首をかしげた。