勇者との初めての一戦(その直前)
村の出口まで向かうと、勇者一行が――といっても二人だけだが――待ち伏せていた。
3間以上離れた場所から見える勇者はまだ年若く、おそらく17、8歳だろう。隣の兵士は対照的にずいぶんと歳をとっていて、30代は過ぎでいるようにも見える。もしかしたらすでに退役しているのかもしれない。
「ほぉう……あれが魔王を目指して、今時珍しく職を辞したものか。まだ若いな」
「あんたも十分にわけえよ、勇者殿」
「…………」
オレは無言で腰の剣を抜くと、荷物を路上に落として構えた。
この村の周囲には幾重にも柵がめぐらされている。柵は2メートル弱で越えられなくはないが、さらにその上から包み込むように有刺鉄線が張り巡らされている。怪我をしないためには柵を壊すのが手っ取り早い。
実際、多少の苦労はするが、柵を壊すこと自体は苦労はするけど難しくはない――にもかかわらず柵を壊さず、馬鹿正直に村の出入り口へと向かったのにはわけがある。
ひとつ、見張りとして周囲に村人が等間隔で立っていたこと――多分オレを見つけて、勇者に報告するためだろう――彼らを気絶させて壊すことはできなくもない。
ただそれをすると、柵の修理などで村に迷惑がかかるため、あまり好ましくはない。
ふたつ、柵を壊すのに手持ちの道具を使った場合、痛んでしまうため――まだ冒険に出てもいないのだから、できれば温存しておきたい――それでも、勇者と戦えばやはり痛んでしまうだろう。
みっつ、勇者と力比べがしたかったため――ひとつめとふたつめは、いわば言い訳のようなものだ――協会に勇者の資質ありと認められたものの実力を、一度この身で知っておいた方がいいと思ったからだ。
――というわけで、オレは今勇者と向き合っている。
オレは以前から妄想していたセリフを今こそ使うべきっ! という思いで高らかと声を上げようと口を開いた。
「勇者か。……おまえに用はないが、邪魔立てするなら消えてもらおう?」
「なぜ疑問形だ! しかも大口の割に声が出てないぞ!」
「ああ、いや……用がないとは言ったけど、魔王って勇者を倒すために在るんだから、やっぱり用はあるのかなぁと思ってさ」
「どうでもいいわ!」
泰然とした態度から一変、鋭い突っ込みを剣ではなく口で入れてくる勇者にオレは敵意なく視線を向ける。
「……なんだ?」
「いや、キャラ崩れてるなあと」
誰のせいだっ! と言いたかったのだろう。だがそれを強烈な精神力で押さえつけ、ぐっと口を閉ざした。……さすが勇者、なかなかの自制心だ、とでもいうべきか。いや、いうべきじゃないな。
勇者は戦いも始まっていないのにどこか疲れ果てたように肩を落としたが、オレの顔を見て持ち直したらしい。隣の兵士に目を向けると、兵士も「あいよ」とでもいうように槍を構えて向かい合う。
「ふ……始まる前にずいぶんと疲れてしまったが、さすが魔王とでも言おうか」
いや、あなたが勝手に疲れただけだ――とは、兵士は言えず、オレは言わずに、2対1で対峙する。
「…………」
見慣れた景色が周囲に広がっているのは、視線を彷徨わせずともわかっている。
ただ、そんな場所でこんなことが行われようとしているのは、どうにも受け入れがたいほどに違和感があった。
「……いくぞ」
「来い、魔王」
それでもきっと、こういう風景になじまなければいけないのだろう。
これから先は、こことは違うにしても――本来争いのない場所でも、オレは争いを呼ぶものとして、争いを起こし、なんでもない風景に争いを持ちこんでいくのだろう。
そう考えると、胸のどこかから隙間風が入ってくる思いがした。