クレアモンド
――この世界『クレアモンド』では、10歳の頃から役所から出されるさまざまな指令を受け、15歳になるとそれまでの経験と実績をもとに、そのものが就く職業を言い渡される。
オレの父様は畑を耕す村人だったが、腕っぷしが強く肝も据わっており、初心者勇者の手助けとしての雇われ兵士もこなしていた。
雇われ――と言っても、雇うのは見習い勇者であって、勇者ではない。お金のほとんど持っていない見習い勇者が人を雇うことは難しく、その費用は協会が負担する。
そうしてはした金で父様はよく、見習い勇者が勇者に育つまでの手助けをしていた。
オレの母様は診療所で治療を手伝う看護師だった。
治療魔法も少々こなすことができて、特に熱や風邪などに効く内的治療を得意としていた。
二人はオレの誇りであり、それ以上に両親だった。
血のつながった肉親。大事な家族――二人はよくオレに勇者になるように言い、オレはその願いにこたえようと努力した。
村の中を人並み以上に動き回り、役所や自宅の本から知識をため込み、魔法と剣の習得にも尽力した。
……二人がどうして、『ぼく』に勇者になってもらいたいのかを理解していたがために。
「勇人、おまえは勇者になりなさい」
「勇者になったら、本当の勇者になりなさい」
ぼくはその言葉にただうなずいた。
……ぼくにとっては、勇者というのはあまりいい言葉ではなかったが。
ぼくが勇者の存在と、その行いを知ったのは物心をつく前――5歳あたりの頃だったか。
ノックとともに返事も聞かず人の家に上がりこんで、そうして必要なものを拝借していく。止めようとするものならば、協会が制裁に来る。
――とはいえ、生活のための最低限の保証はやはり協会がしてくれた。ぼくは訳が分からなくなった。
『どうしてそんなことをするの?』
ぼくは父様そう聞いた。
どうして勇者はそんなことをして許されるのか。
どうして協会はその後始末までして、わざわざ勇者の横暴を許容するのか。
その言葉に父様はこういった。
『戦いとは――戦とは、人のあり方を変えてしまうんだよ。だからこそ、戦い続ける勇者は普通ではいられないんだ』
ぼくには意味は分からなかったが、仕方がないことなのだろうということは理解できた。
父様がそういうのだから、そうなのだろう。
そして一村人として、父様がその行いに苦い思いをしていることも伝わってきた。
だからぼくは、勇者が嫌いだった。
結局、父様は見習い勇者に雇われている最中に、勇者という職業に浮かれた勇者と討ち死にした。ぼくが12のときだった。
この世界は大まかに見て平和だが、それでも敵がいないわけではない。魔物や魔王などが存在し、敵対する国も存在する。
そのための勇者であり、兵士なのだ。敵が無敵でないのと同様、勇者もまた無敵であるはずがない。
そのことをわからない勇者を憐れみ、そして父様をもつれていった勇者を憎んだ。父様が覚悟の上であったとしても。
……ぼくの勇者への嫌悪は、一段と深みを増した。
また、母様も治療用の薬剤作りの途中で、試薬を試飲し続けて弱った体が限界を迎えた。ぼくが14さいのときだ。
これは余りあることではなくても、珍しいことではないと母様は言っていた。
一世代に一人は、ひとつの町であるだろう――だから、仕方がないことなんだと。
そして母様は、最後までぼくに「勇者になって、そして勇者の中の勇者になって」とぼくに願った。
そこまで二人を駆り立てた「勇者」という単語が、ぼくは目標であるとともに少しだけ――もう一段嫌いになった。
結局、ぼくは勇者にはなれず――オレは魔王になることを決めた。
魔王というのは、協会が決め、役所が言い渡した職業に就かずに――むしろ反抗することを表明したもの全般を指す。
『わたしこの仕事やめまーすっ!』といえば、だれでも魔王になるのだ。
だから、盗賊や山賊……そういった者たちも、広義で言えば魔王に当たる。彼らは表明までしていないからあいまいだが。
そういった者たちの大半は、天災や疫病などで職を辞するしかなくなった者たちが大半だ。自らが望んで職を辞する魔王など、ほとんどいない。
魔王の討伐は勇者の仕事。勇者のパーティとして参加するなら、兵士の中の細分化された職業である剣士や、オレの父様のような村人、『遊んでいるだろ!』と思いたくなるように遊び人などを陽動として加えた場合は、彼らの仕事としても扱われる。
――そして、魔王の仕事といえば、何もない。
そもそも職を辞したもの――仕事を失ったものが魔王なのだから。
ただ、強いてあげるならば――反抗だ。
この世界に対する、反抗。
……もし、オレが、魔王としてこの世界を覆すような偉業を成し遂げたのだとしたら――
――この世界は、どうなるのだろう?
「…………」
何もわからないけれど、ぼくは反抗することを決め、そして魔王になる。