似たふたり、それぞれの想いと思い出
あれは……私が二年生に進級した時の話です。
なんて言うと、これから怖い話でもするみたい。なんてね。
こほん。
では、話しますね。
あれは、私が二年生に進級した時の話です。
桜が綺麗に乱れ咲き、風に乗って舞う花びらに囲まれながら並木道を歩いていると、一人の男の子を見掛けた。
桜の木の下で佇んで、まるで溶け込むように木に触れている。
かっこいいというより、かわいい感じの顔。優しそうな……整った顔。
「……はぁ。あいつにも、この風景見せてやりたかったな…」
何か呟いていた。
誰か会いたい人でもいるのだろうか。
そんな様子をつい見ていたら、瞬間、目が合ってしまった。
「――っ」
――ど、どど、どうしよう!?
変に見られたかな?変だよね、人のことをジロジロと見て……あうっ、恥ずかしい!
と、とにかく……ここから離れないと。
止めていた歩みを再開させる。
とりあえず登校を続ける。
「――あ、ちょっと待って」
ビクッ。
歩き始めた足を止め、振り向く。
呼び止められ、びくびくしながらも恐る恐る振り返る。
「すみません。いきなり呼び止めて」
「……い、いえ」
怖い。いや、顔とかではなく、私は人と接するのが怖い。
男の人――怖い。
目の焦点が定まらない。
落ち着け、落ち着け私。大丈夫。大丈夫だから。
「えっと……僕、編入生でこっち来たばかりで。その、よかったら、友達とか……ほしいなって」
「……え?」
「いや、その、いきなりだよね。ごめん。まぁ、友達がダメでも、学校の案内とかしてくれると助かる……かな。あはは」
さっきまで怖かったのが嘘のようだった。
その優しい微笑みに癒されてしまった。
ほっとして、スーっと胸に溜まった恐怖のモヤモヤの塊が消え去ってゆく。
「……はい。わかりました。案内、しますね」
「……。うん。よろしくね」
そのあと少しだけお話をして、わかったことがある。
同級生と言うことと、優しい人だってこと。
だから、教務室まで案内した時、寂しいと感じた。
――どうして?
どうして寂しいなんて思ったんだろう。
たまたま朝に会って、ちょっとだけだけど……お話して、ただここまで案内してあげて……私は、どこか寂しいと思っている。
「ありがとう」
だけど、彼のその笑顔を見て、私は会えてよかったと思えた。
同じ学校なのだ。いつでも会う機会はある。
だから言う。
「どういたしまして」
と。
「じゃあ、また」
そういって彼は教務室の仲へと入って行く。
「あ、そうそう。君の名前」
「……え?」
「君の名前、まだ聞いてなかったなって。僕は時峰悠人。君は?」
「……麻、瑠。綾未麻瑠です」
「そっか。これからよろしくね。綾未さん」
「……はい!時峰君っ」
私は嬉しかった。
名前を呼んでくれて。
変な名前なんて笑われることはなく、普通に呼ばれることが。
「時峰悠人です。引っ越して来たばかりで、ここら辺のことをよくわかっていません。ですから、色々と教えてくれると、助かります。よろしくお願いします」
キセキだと思った。
同じクラスになるなんて、とても、とてもとても、とても嬉しかった。
思ってもみない、うぅんっ、こうだったらって思っていたことだったから、だからこそこんなにも嬉しいって思えるの。
私は、これからの学校生活が楽しくなりそうだなって、思えた。
そんな私の昔話です。
今思えば、キセキじゃなくて、運命かなって思う。
それが――……赤い糸で、結ばれたものだったら、なんて……そんな空想を抱いてしまう。
「綾未さん、一緒にお昼食べない?」
「え、あ、うん!ちょっと待って!」
「わかった。ゆっくりでいいよ」
優しい。初めて会った時と、同じで。
「綾未ぃ、嬉しそう。ニッヒッヒ」
一年の頃からの友人が隣でニヒルに笑う。
「ちょ、ちょっと、からかわないでよっ。私は……別に」
「ニッヒッヒ。ほらほらぁ。早くしないと、大好きな時峰君がお待ちかねだよん」
「もおっ、横形さん!」
「ニッヒッヒ」
いやらしく笑いながら教室を出て行く。
後ろ、時峰君の方を見る。
お弁当を出して、戸田君も一緒にお話をしている。
私は最近楽しいし、嬉しい。
まだ人見知りは治りそうにないけれど、それでも、私には、仲のいい友達が出来た。
これも、時峰君のお陰。
だから、この密かな想いはまだ密かなままで、これからもっと楽しいことが起こるはずで、もっと悲しく寂しいことも起こるはずで……それまで私は、今を思い切り楽しむんだ。
……私は、時峰君の隣にいるだけで幸せなのだから。
× × × × ×
私は彩調葉子。16歳の超絶美少女の女子高生。特技は演技、好きなことは楽しいこと。彼氏は作ったことなし。今も現在進行形で続進中。
そんな私は最近、好きな人が出来た。
いや、少し語弊があるかな。
会いたかった人にまた会えて、そして、好きになった。そんな感じ。
だから、今すごく楽しい。
横から見てるだけでも幸せ感じるし。
けど、どうしても話す切っ掛けとかなくて、うまく話せず仕舞い。
けどいいんだ。私はその人のことが好き。その事実で幸せだから。
だけど、最近はちょい焦り気味。だって、恋のライバルが多過ぎるんだもん。クラスでも、クラスの外でも、さらには学校の外までも。天敵と書いてライバルが多過ぎると思う。
私が最初なのにな……彼のこと好きになったのは。
好きな人がモテるのは素直に嬉しいし、もし彼氏になったらーって時、自慢ができるし。
……ま、そんな予定はないのだけど。今のところは、ね。
そんな私の昔話でもしようと思う。
ありがたく聞いてね。
中学生の春、まだ一年生に成り立ての頃。
私は不満を感じていた。
地元の学校で、やりたいことも見付からずに、それとなく生きてることに。
何がしたいのか。歳の離れた兄は夢を実行させる為に奔走してるってのに、妹の私は夢すらなくのうのうとしているだけの日々だった。
なんとなく部活もやってみたし、インドアもアウトドアもやった。
それでもやりたいことは見付からない。漠然したしたものだった。
中学一年生の冬。私は家出をした。
それは短絡的な思考のものだった。
不満が解消されなくて、心に靄が掛かったままが嫌で、親にも何も言わずに遠出をした。
持ち金はたいて隣町――の隣町まで来ていた。
ショッピングモールを適当に歩いて、ガラス張りの天井を見上げながらクリスマスなのか、赤と緑の彩飾がちらほらと尻目に見える中、私は空虚な気持ちで足を動かす。
急に体が倒れ、視界が反転する。
誰かとぶつかったと気付いたのは、尻餅ついている私を見下ろす人が手を差し伸べた時だった。
「……ごめん。大丈夫?」
そう言って心配そうな顔をする。
私はどうしていいかわからず、そのままキョトンとする。
「……えっと、立ち上がれるかな?」
「…………こく」
何も言わず頷き、差し伸べてくれた手を掴む。
その手は温かかった。ほんわりと心が休まる。
「?……その、お尻大丈夫?痛かったりしない?」
「……大丈夫、です」
優しそうな人だった。男の子というより、女の子みたいな顔立ちで、所謂中性的な顔ってやつだろうか。
怖そうな感じはなく、むしろ善意の塊みたいな、そんな人みたいに思えた。
「……その」
「?」
彼は恥ずかしそうな、困ったような顔をして提案をする。
「このままどっか行こっか?なんて」
「――!?」
顔が、蒸気機関車のように唸りを上げて真っ赤に染まる。――そんな感じってだけだけど。
時が止まったように思えた。
彼の手を握ったままでいたのに気付いたから。
彼はそれで照れ臭そうに困っていたのだ。
――私、恥ずかしい……!
「……え、えと」
「あ、ごめん。なにか用があったのかな。なら僕はもう行くね。夜道は暗いから気を付けてね」
彼は手を離し――私とすれ違い……。
「――え?」
彼は驚いたように振り向く。
それもそうだと思う。
だって、私が腕の裾を掴み、歩みを止めてしまったのだから。
「……そ、その。…………行かないでっ」
――今は一人にしてほしくない。
そんな気持ちが勝り、つい体が動いてしまっていた。
恥ずかしい……けど、今は一人になりたくなかった。
「……ご、ごめんなさい」
だけど、迷惑だよね……私はそう思って、すかさず手を離した。
「……」
彼はどんな顔をして私を見ているだろうか。
うつ向いている私にはわからない。
泣きそうになった。
一人で勝手に家を出て、勝手に遠出して、勝手に……。
口を噛み締め、スカートの裾を握り締める。
目尻に涙が溜まる。
……そっと、優しい温もりが手に触れる。
「デート、しよっか」
ふいに彼はそんなことを言ってきた。
瞬間、顔を上げて彼を見た。
「僕は悠人。時峰悠人。よろしく」
「……私は、葉子。彩調、葉子」
「そっか彩調さんね。いい名前だね。じゃあ彩調さん、行こっか」
「……ん」
うんって返事したつもりが、照れてうまく言えなかった。
そのあとはちょっとだけショッピングを楽しんで、世間話などをして、駅でお別れした。
私は、また彼に会えることを夢見てた。
細かいことはナ・イ・ショ。
まぁ、帰ったあと親にこっぴどく怒られたけどね。てへ。
私の恋は実らないかも知れないものだけど、それでも彼の傍にいられるだけで、私は幸福でいられる。
鈍い彼には困ったちゃんだけど、この気持ちは本物だ。
――だから、
「時峰くん!」
「わ、ちょっと彩調さんっ?」
「あれぇ~?ひょっとして、照れてるの?」
「……あはは。まぁ、ね」
「そっか…」
嬉しいことを自然と、普通に言ってくれる彼。
そんな彼のことが、私は大好き。
彼の一番でなくても、私は十二分に幸せなんだ。
だって、あの時とは違って、今はいつでも会えるから。
私の恋は盲目。実ることがない、だけど大切な――隠してる気持ち。
彼には幸福であってほしい。
そう思う毎日なんだ。
それが――私の想いだから。