微睡みのプレリュード
今日も夢を見る。
暗い所で私が独りで佇む夢だ。
物も何もない。私がそこにいるだけ。
そんな夢。
「……」
気付いたら私は目を開けていた。
いつも思う。私はなぜ夢を見ないのか。普通の人が見るような、キテレツで意味不明な夢を。
きっと、兄がいなくなってから。
私は幼い頃から体が弱く、家で過ごすより病院で過ごす方が長いくらいの病弱。
これは先天性のもので、物心つく前に病状が表れたらしい。
それがもう何年も治らない。
私的にはもう諦めている。母や父は少なくとも希望を持ってはいるが、本人である私は希望はなく、絶望しかない。
その絶望を救ってくれるたった一人の兄は遠くへ行き、私は一人になった。
不満はない。ただ、不安なだけ。私の中に孤独感を抱えて一人でいるのが。
別に死にたいとか、消えたいとか、そういうものはないけれど……でも、兄の存在が近くにないだけで、こんなにも不安になる。すがるものや安心のできるものがほしい。
今の私には、それしか当てにすることができない。
私は兄の前では、兄が安心して遠くに行けるように本心を隠していたが、きっと、それは兄にバレていると思う。鈍感そうに見えて、意外と鋭いのだ、私の兄は。
「……お兄ちゃん」
従姉妹である沙奈ちゃんは兄にちょくちょく会ってるらしいけど、私はそうもいかない。
だって身体が弱く、少し動いただけで息切れして発作が起こるのだ。
身体を起こすだけで精一杯な状態で、どう会えと言うのだろう。
兄自ら来てくれればいいのだけれど、そうもいかない。兄は忙しい。自分のやりたいことを見付けることに。
私自身のことなど二の次でいいの。兄は兄のやりたいようにすればいいと思う。
だけど……だけど、寂しくないと言ったら嘘になる。けど、兄に迷惑をかけたくない。
小さい頃から面倒をかけさせてきた。これ以上、兄の負担になりたくない。
「……ダメだよね。こんなんじゃ…」
どうしたらいいのかわからなくなる。
今の私を見たらきっとお兄ちゃんは幻滅すると思う。
そんなことはないけど、そう思ってしまう程に私は弱ってしまった。
弱ってはいた。ただ隠していたんだ。兄に弱いところを見せたくなかった。
私は弱い……心も、体も。
「お兄、ちゃん…」
お兄ちゃんに会いたい。でも迷惑はかけたくない。
そんなようなことばかり考えてしまう。
きっと私はサナギで、綺麗なチョウにも、醜いガにもなれないまま、中途半端なままで朽ち果ててしまうのだろうか。
これなら産まれ来なかった方が楽だったかも知れない。
……ダメ。そんなことを考えてはダメ。
産まれ来なかったら兄に会うこともなかった。
だからこれでよかったのだ。私が我慢をすれば、それで済むこと。
「そうだよね……お母さん」
今亡き実の母の影を追い、姿無き兄の背中を追う。
こんな私の姿、お兄ちゃんには見せられない。今お兄ちゃんは頑張っているんだから。私も弱音ばかり吐いてられない。
弱いままじゃ……いられない…っ。
私は知らない内に目尻に涙を溜めて、横になると、嗚咽を漏らして声を殺しながら泣いた。
私は弱いままのサナギより、強いガになりたい。
醜くも気高く、何よりも代えがたい、そんな存在に……。
眠りに落ちる中、改めて決意をした。
悠人の妹の物語。
兄、悠人が家から出てから数日後の話。
前々からあったのだけど、どう終わらそうか迷っていたら、何ヵ月と言う時が経っていました。