初恋
「先輩の初恋の相手って、どんな子でした?」
会社の休憩室で昼飯を食べていると、向かいあって座っていた後輩の田村君がそう言った。
後輩と言っても、彼は若くして自らの部署を仕切る役付きであり、直属ではないものの社内的には上司であるので、私は過去のセンチメンタルな思い出を話さずにはいられなかった。
「幼稚園の頃に、担任の先生だった佐藤美香子先生であります。おっぱいがとても大きくて、短大を出たばかりのとてもお美しい方でした。子供という身分を利用して、よく先生に抱きついた時の感触は今でも楽しい思い出となっております」
私がおどけたように言うと田村君は激しくツッコミを入れてくれた。
「おっぱいが好きだっただけでしょう!?ただのエロガキじゃないですか!?」
なかなか良いツッコミだと思いながら私は弁当のタコさんウィンナーを口に入れた。
「ほら、隣の席の子を好きになったとか、幼なじみとかありきたりなのがあるじゃないですか?アニメのヒロインとか、アイドルとかは無しで」
「いいかい、田村君。こう言う話は人に話させる前に、自分の事を話すモノなのさ?だいたい、いきなり初恋の話なんて、何かあったのかい?」
会社内の格付けではすでに先を越されたが、12年も先に生まれた者の年の功として、ながら一言いわせていただいたのである。
「……僕の場合は、小学校一年生の時に隣の席になった子でした」
まぁ、ありがちな話だと思いながら私はニヤニヤしながら田村君の話を聞いた。
「ほら、僕の地元って田舎じゃないですか?だからクラスメイトはその子しかいなくて、小学校の6年間ずっと同学年は彼女だけだったんですよ」
そう言えば以前に聞いたことがあるのだけど、田村君の実家の近くにはジャスコまで100キロという看板が立っているというほどの僻地であった。
冬に吹雪けば学校帰りに遭難してしまうと言うことで、先生達が手分けして車で生徒を家まで送っていたという話である。
「どんな子だったの?」
田村君と一緒に働くようになって既に7年の歳月が過ぎたのだけれども、田村君に彼女が出来た、もしくはいたという話は聞いたことはないし、そもそも田村君の好みがどんなものであるかと言うことすら私には解らなかった。
当然のように田村君もまた、私の好みは知らないはずである。
それはすでに私ですら解らなくなっているのであるから、当然と言えば当然のことであったと言えるだろう。
「普通ですよ。普通」
「……田村君の普通が解らないよ。明るいとか、目が大きくて可愛らしいとか、おっぱいが大きいとか、好きになった理由というものがあるだろう?」
「小学生におっぱいの大きさを求めないで下さいよ。どんだけおっぱいが好きなんですか!?」
「馬鹿野郎!!小学生のおっぱいをなめるんじゃねぇよ!!俺の同級生だった鈴本さんは、小学五年生にCカップはあったぞ」
「なめたら、なめたで犯罪です!!だいたい僕はその鈴本さんを知りませんよ!!」
私はさわやかな笑顔でナイスツッコミと親指を立てて答えたのである。
「で、その普通さんがどうかしたの?」
「そうなんですよ。最近、ミクシィで彼女が登録しているのを知りまして、マイミクなんかになっちゃったりしたんですが、結婚して子供が三人もいました」
「それはそれは、ご愁傷様だな」
「なんか、リアルに歳をとっているなと思ったりしたわけですよ。僕なんかはずっと二十歳くらいの気分でいたのに。彼女はずっと地元暮らしで、結婚出来ちゃった婚だったそうです。一番上の子は、もう小学生になったそうですよ。まぁ、他に楽しみなんて無い場所ですし。街道沿いにラブホテルはたくさんありますけど」
「まぁ、うちの会社って新入社員がほとんど入ってこないから、七年選手の田村君が一番の若手という現状だから仕方ないよな。さて、俺は昼寝するから」
私は食べ終えた弁当をかたづけると、駐車場に止めてある車の中で寝るために休憩室を出たのだった。
「ちょっと、先輩の初恋の話は?」
田村君はそりゃ無いだろうという顔をして私を呼び止めた。
「甘酸っぱくて、ほろ苦い話なんか、飯を食った後にしたいものじゃないさ」
私はそう言って休憩室を出ると後ろから、ほろ苦い話しか無いじゃないですかという田村君の抗議の声が聞こえたのだけど私は無視したのだった。
自分の車に行き、運転席のシートを倒して横になった。
目を瞑り、瞼の裏に浮かぶのは私の初恋の相手の顔だった。
長い月日が経った今となっては、その顔も朧気であり、果たして本当に私の初恋の相手がそんな顔をしていたのかも確証はない。
田村君と私は漫画やアニメや小説や映画が好きだという共通の嗜好があるのだけれども、内容に関しては趣味が全く合わないと言って良い。
私は暗く思い内容のものが好きなのだけれども、田村君はそう言う内容のものは精神的にうつになってしまうので好んで読んだり、見たりしないと言っていた。
気分が沈んで何が楽しいのかと。
そう考えれば、私の初恋の相手が、学校帰りに私の目の前でトラックにはね飛ばされ、粉々になって死んでしまったなどという話はしない方が良いだろうという結論に至ったのである。