第6話:2000万円の車と、美しすぎるお隣さん
翌日の土曜日。
午後2時。
俺のボロ家の前に、場違いなほど巨大な積載車が横付けされた。
「佐藤様ですね! 納車に参りました!」
作業員の元気な声と共に、荷台からゆっくりと降ろされてくる漆黒の塊。
芸能人やプロ野球選手が乗り回している、男のロマンの結晶だ。
価格、オプション込みで2300万円。
それを、キャッシュ一括で買った。
「……でけぇ」
地面に降り立ったその車体は、圧倒的な威圧感を放っていた。
築45年のボロ家との対比が凄まじい。
完全に「家より車の方が高い」という逆転現象が起きている。
「ありがとうございました!」
業者が帰った後、俺は運転席に乗り込んだ。
重厚なドアを閉める音。
バスッ、という金庫のような密閉音と共に、外界の音が遮断される。
鼻をくすぐる本革の香り。
「これが、成功者の視点か……」
ハンドルを握る。
先日まで満員電車で押し潰されていた俺が、今は鉄の要塞に守られている。
震えが来るほどの優越感。
ダンジョンで稼いだ金は、確かに俺の人生を物理的に変えている。
その時だった。
「……あれ、佐藤さん?」
聞き覚えのある声。
サイドミラーを見ると、隣のアパートの方から一ノ瀬葵さんが歩いてくるのが見えた。
今日は土曜日だが、休日出勤だったのだろう。
俺はパワーウィンドウを開けた。
「おかえりなさい、一ノ瀬さん」
「た、ただいま戻りました……って、ええっ!?」
一ノ瀬さんは、俺と、その巨大な黒い車を交互に見て、目を丸くした。
「こ、この車……佐藤さんの、ですか?」
「ええ。さっき届いたばっかりです。投資で儲かった記念に買っちゃいました」
「す、すごいです……! 戦車みたい……」
彼女は驚いているが、俺の方も驚いていた。
一ノ瀬さんの様子が、昨日までとは明らかに違うのだ。
休日出勤帰りだというのに、彼女の足取りには疲労の色が全くない。
肌は夕日を浴びてツヤツヤと輝き、瞳には力が宿っている。
着ているのは地味なオフィスカジュアルなのに、スポットライトが当たっているかのような存在感。
ポーションの効果が、持続している。
いや、馴染んでさらに強化されている。
「お疲れじゃないんですか? 仕事だったんですよね?」
「それが……不思議なんです」
一ノ瀬さんは自分の頬に手を当てて、首を傾げた。
「佐藤さんのスムージーを飲んでから、全然疲れないんです。今日のプレゼン資料も、いつもの半分の時間で終わっちゃって。上司にも『お前、なんか雰囲気変わったな? エステでも行ったか?』って驚かれました」
「へぇ、それは良かった」
内心ガッツポーズだ。
やはり『聖女の涙』の効果は絶大だ。
彼女は今、ブラック企業の激務すらものともしないスタミナと、誰もが振り返る美貌を手に入れている。
泥の中に咲く花。
今の彼女は、あの薄汚いアパートには似合わないほど輝いていた。
「そうだ、一ノ瀬さん」
俺はハンドルを指で叩きながら、提案した。
「この車の初乗り、付き合ってくれませんか? 納車祝いで、美味しいものでも食べに行こうかと」
「えっ、でも……私、着替えもしてないですし……」
「そのままで十分素敵ですよ。それに、一人で高級車転がして飯食いに行くの、ちょっと寂しいんで」
俺が苦笑すると、彼女は少し考えてから、ふわりと笑った。
「……じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。お腹、すいてるんです」
代謝が上がっているせいか、彼女の食欲は旺盛らしい。
俺は助手席のドアを開けた。
彼女が乗り込むと、車内がふわりと甘い香りに包まれた。
◇
向かった先は、横浜にある高級ステーキハウスだ。
一人1万円のコース。
以前の俺なら、店の前を通ることすら躊躇した場所だ。
だが、今の俺には2300万の車がある。
そして隣には、モデル顔負けの美女がいる。
ウェイターの恭しい態度が、俺たちの格を証明していた。
「ん~っ! 美味しい!」
一ノ瀬さんが、分厚いヒレ肉を頬張って満面の笑みを浮かべる。
見ていて気持ちがいいほどの食べっぷりだ。
「佐藤さん、本当にありがとうございます。なんか私、最近いいこと続きで……夢みたいです」
「いいえ、一ノ瀬さんが今まで頑張ってきたご褒美ですよ」
俺は赤ワインを揺らしながら言った。
彼女を見ていると、俺の中で新しい目標が芽生えてくるのを感じた。
最初は単なる「お隣さんへの施し」だった。
でも今は、彼女がもっと美しく、もっと幸せになる姿を見てみたい。
俺のダンジョンの力で、どこまで彼女を高みに連れていけるのか。
これは、最高の育成ゲームだ。
「あ、そうだ佐藤さん」
デザートのアイスを食べながら、一ノ瀬さんが思い出したように言った。
「あのスムージー、まだ余ってたりしますか? 実は、飲むとすごく調子が良くて……もしご迷惑じゃなければ、レシピとか教えてほしくて」
「ああ、あれですね」
俺はニヤリと笑った。
レシピなんて教えられるわけがない。
だが、供給を止めるつもりはない。
「レシピは企業秘密ですが、現物なら毎日お届けできますよ。実は実家から、大量の『トマト』も届きましてね。これも美容にすごい効果があるんです」
嘘である。
まだ届いていない。
だが、ダンジョンの浅層には植物系モンスターがいるエリアがあったはずだ。
スライムであれだけの品質なら、植物系のドロップ品(野菜)も、とんでもない効果があるに違いない。
「えっ、いいんですか!?」
「ええ。その代わり、感想を聞かせてください。モニター役ってことで」
「やります! ぜひやらせてください!」
一ノ瀬さんが身を乗り出して食いついてきた。
交渉成立だ。
帰り道。
助手席で幸せそうに眠る一ノ瀬さんの寝顔を横目に見ながら、俺はアクセルを踏み込んだ。
明日の予定は決まった。
ダンジョンの新エリア探索だ。
狙うは、高級エステを超える究極の美容食材。
ブラック企業のシステムダウン?
元上司の破滅?
知ったことか。
俺の人生は今、最高に忙しくて楽しいんだから。




