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家の庭にダンジョンができたので、会社辞めました。  作者: 希羽


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第5話:元上司の悲鳴と、美少女化するお隣さん

 午前9時30分。

 横浜のオフィス街、雑居ビル内。

 そこは、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


「おい! まだ復旧しないのか! クライアントからジャンジャン電話かかってきてんだぞ!!」


 開発部長の権田が、受話器を握りしめながら怒鳴り散らす。

 脂汗でテカテカになった額。血走った目。

 彼の目の前にあるモニターには、無慈悲な赤い文字が点滅していた。


 今朝9時の始業と同時に、同社が管理する基幹システムがダウンしたのだ。

 原因は不明。

 いや、正確には「わかる人間がいなくなった」のだ。


「す、すみません部長! ログを見てもサッパリで……。この『K_SATO』ってモジュール、何してるのか全然わかんないっす!」


 若手社員が悲鳴を上げる。

 彼らが必死に解析しているのは、昨日退職した佐藤健太が書き残したコードだ。

 度重なる仕様変更と、無理な短納期に対応するために組まれた、複雑怪奇なスパゲッティ・コード。

 その構造を完全に把握していたのは、作成者である佐藤だけだった。


「佐藤だ! 佐藤を呼べェ!!」


 権田が叫ぶ。


「電話してます! でも、ずっと話し中で……いや、これ着信拒否されてます!」

「なっ……ふざけやがって! 家だ! あいつの家に行け! 首に縄つけてでも連れてこい!」


 権田はわかっていなかった。

 佐藤はもう、彼らの知る弱気な社畜ではないことを。

 今の彼には、この会社の資本金を上回るほどの資産と、最強の不労所得ダンジョンがあることを。


「くそっ、どうなってるんだよぉぉぉ!!」


 権田の絶叫が、虚しくフロアに響き渡った。


 ◇


 同時刻。

 横浜市郊外、佐藤家の庭。


「……ふわぁ、よく寝た」


 俺は縁側で大きく伸びをした。

 小鳥のさえずりと、柔らかな日差し。

 目覚まし時計のない朝が、これほど快適なものだとは知らなかった。


 スマホを見る。


 元同僚たちからの着信履歴が20件ほど残っているが、全て無視だ。

 ニュースサイトを見れば、どこかの企業のシステム障害が小さく報じられている。


「……ご愁傷さま」


 俺は他人事のように呟き、手元のグラスに視線を落とした。

 そこには、鮮やかなピンク色の液体が満たされている。

 今朝、冷蔵庫の野菜ジュースに、昨日ダンジョンで拾った『聖女の涙』を数滴混ぜた特製ドリンクだ。

 鑑定結果によれば、効果は「肉体疲労の完全回復」と「美容効果(大)」。


「さて、実験といきますか」


 俺はグラスを持って、庭のフェンスへと向かった。

 ちょうどタイミング良く、隣のアパートのドアが開く音がした。


「……いってきます……」


 一ノ瀬葵さんが、ゾンビのような足取りで出てきた。

 昨日の寿司で少し元気になったとはいえ、根本的な疲労は抜けていないようだ。

 目の下のクマは消えていないし、肌も乾燥して荒れている。

 これから満員電車に乗って、また深夜まで働くのだろう。


「おはようございます、一ノ瀬さん」

「あ……佐藤さん、おはようございます……」


 彼女が力なく頭を下げる。

 俺はフェンス越しに、例のグラスを差し出した。


「これ、よかったら飲みませんか? 作りすぎちゃって」

「え? これは……?」

「自家製スムージーです。実家から送られてきた、すごい高い美容サプリが入ってるんで、元気出ますよ」


 嘘八百である。

 だが、今の彼女に必要なのは真実ではなく活力だ。


「すみません、いつも……」


 一ノ瀬さんは恐縮しつつも、グラスを受け取った。

 そして、一気に飲み干す。


「……んっ、美味しい。フルーツみたいな香りが……」


 その直後だった。


 カッ!!


 一ノ瀬さんの身体が、一瞬だけ淡い光に包まれた。

 ……ような気がした。

 俺は目を凝らす。


「あ、あれ……?」


 一ノ瀬さんが、不思議そうに自分の顔をペタペタと触った。


「なんか……体が、軽い? それに、目がすごくハッキリ見えます」

「おや、顔色も良くなりましたね」


 良くなったどころの話ではない。

 さっきまで土気色だった彼女の肌が、今は内側から発光するような、血色の良い桜色に変わっている。

 カサカサだった唇は潤いを帯び、目の下のクマは消滅していた。

 まるで、スマホアプリの「美肌フィルター」を実写にかけたようだ。

 元々整っていた顔立ちが、健康美を得て、破壊的なレベルの美少女に進化している。


(うわ、効果すごすぎ……。これ、AランクじゃなくてSランクだろ)


 俺は内心で冷や汗をかいた。

 もしこれを化粧品メーカーに売ったら、500万どころか億がつくだろう。


「す、すごいです佐藤さん! これ何ですか!? 昨日の疲れが全部吹き飛びました!」

「企業秘密です。あ、でも毎日飲めばもっと効果出ますよ」

「本当ですか!? あ、ありがとうございます! 私、これなら今日も頑張れそうです!」


 一ノ瀬さんはパァッと花が咲くような笑顔を見せた。

 その笑顔の破壊力たるや。

 危ない、俺じゃなきゃ惚れてたね。


「いってきます!」


 彼女は軽やかなステップで、駅の方へと駆けていった。

 その背中を見送りながら、俺は空になったグラスを回収する。

 彼女はこれから仕事に行く。

 俺はこれから二度寝するか、ダンジョンで遊ぶ。

 格差社会の極みだが、俺には彼女を養う準備がある。


「さて、と。稼ぎますか」


 俺は庭に戻り、再びスコップを握った。

 今日もスライム狩りだ。

 なにせ、養わなきゃいけないからな。


 ◇


 30分後。

 庭には、昨日と同じく青い宝石の山が築かれていた。

 数にして60個。

 作業効率が上がっている。


「よし、集荷依頼だ」


 俺は慣れた手付きでアプリを操作し、ドローンを呼び出した。

 数分後、空から『D-TRADE』の黒い機体が降りてくる。

 もはや見慣れた光景だ。


『スキャン完了。Sランク魔石、60個を確認』

『決済を実行します』


 ドローンが魔石を回収して飛び去ると同時、スマホが心地よい通知音を奏でた。


 キュイィィン!!


【取引成立】

【送金額:57,000,000 JPY】


 相場変動により、単価が少し下がったようだ。それでも巨額だが。


「ふぅ……」


 俺は銀行アプリを開き、昨日からの合計残高を確認した。

 現在の貯金総額:1億0653万円。

 たった二日で、億り人になってしまった。

 数字の羅列を見ていると、金銭感覚がゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。

 だが、こうなると人間というのは不思議なもので、次の欲望が湧いてくる。


「……車、買うか」

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