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家の庭にダンジョンができたので、会社辞めました。  作者: 希羽


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第2話:10分で年収を超えました

「……夢じゃ、ないよな」


 俺は自分の頬を思い切りつねった。痛い。

 涙が出るほど痛い。つまり、現実だ。

 目の前には、雑草にまみれた庭。

 ぽっかりと口を開けたダンジョンの穴。

 そして、そこから這い出してくる、青いゼリー状の魔物。

 ぽよん。

 2匹目のスライムだ。

 そいつは俺の足元まで来ると、威嚇するようにボヨンボヨンと跳ねた。

 まるで「殴ってくれ」と言わんばかりだ。

 俺は唾を飲み込み、握りしめたスコップを振り下ろす。


「せいっ!」


 パァァァン!!


 手応えは、やはり軽い。

 スーパーで売っている徳用豆腐を叩いたような感触。

 弾け飛んだスライムの跡には、再びあの青い結晶が転がっていた。

 俺はそれを拾い上げ、震える指で『ダンジョンGO』のアプリにかざす。


『解析完了』


【高純度ブルークリスタル(Sランク品質):推定1,000,000 JPY】


「……マジかよ」


 再現性、あり。

 まぐれじゃない。

 この穴から出てくるスライムは、全部当たりだ。

 俺の脳内で、何かのスイッチが切り替わる音がした。

 社畜として飼い慣らされた理性が吹き飛び、狩猟本能――いや、もっと卑近な物欲が鎌首をもたげる。


「次だ……次はいないか!?」


 俺は庭を見渡した。

 穴からは、ポップコーン製造機のように、次々とスライムが湧き出している。

 ぽよん。


「ふんっ!」


 パァァァン!


『1,000,000 JPY』


 ぽよよん。


「らぁっ!」


 パァァァン!


『1,000,000 JPY』


 作業だ。これは作業だ。

 だが、今までやってきたどんなデバッグ作業よりも、遥かに楽しく、遥かに実入りがいい。

 汗が目に入るのも構わず、俺はスコップを振るい続けた。

 単純計算で、スライム1匹につき5秒。

 1分で12匹。

 つまり、分給1200万円。


「はは……はははっ!」


 笑いが止まらない。

 深夜の住宅街、スコップ片手に独りで笑う男。完全に不審者だが、今の俺は無敵だ。

 10分ほど経っただろうか。

 庭には、青い宝石の山が築かれていた。

 息を切らせながら、俺はその山をビニール袋(燃えるゴミ用)にかき集めた。


「一旦、落ち着こう……」


 ずっしりと重い袋を抱え、ボロ家の居間に戻る。

 ちゃぶ台の上に、ジャラジャラと宝石を広げる。

 その数、ざっと52個。

 アプリの「一括査定」ボタンを押す。


【査定総額:52,000,000 JPY】


 ごせん、にひゃくまん。


 俺の年収は350万円だ。

 定年まで働いても、貯金できるかどうか怪しい金額。

 それが、たった10分の庭仕事で手に入った。


「……で、どうやって金にする?」


 画面上の数字は、あくまで推定価格だ。

 実際に現金化できなければ、ただの綺麗な石ころに過ぎない。

 通常、魔石の換金には探索者ギルドの窓口に行く必要がある。

 だが、こんな大量のSランク魔石を持ち込んだら、絶対に出所を怪しまれる。


 税務署、警察、ヤクザ……面倒な連中の顔が脳裏をよぎる。


「頼むぞ、現代テクノロジー……!」


 俺はアプリのメニューから『即時買取(AI査定)』のタブを開いた。

 これは最近実装された機能で、ギルドに行かなくても、ドローン配送や郵送で魔石を買い取ってくれるサービスだ。


 手数料が5%引かれるが、誰にも顔を合わせずに済む。

 俺は震える指で『集荷依頼(最短配送)』をタップした。


『依頼を受理しました。最寄りのステーションから高速集荷ドローンが向かっています。到着まであと3分』


「さ、3分……」


 カップラーメンができるまでの時間。

 だが、今の俺には永遠のように長く感じられた。

 本当に来るのか?

 来て、本当にこの石ころを金に変えてくれるのか?

 もしこれがアプリのバグで、「そんな高値つくわけないでしょw」と後から請求されたら?

 いや、そもそも詐欺サイトで、逆に登録料を請求されたら……?


「……落ち着け。ここは現代日本だ。ダンジョン産業は国の基幹産業だぞ」


 自分に言い聞かせ、俺はビニール袋の口を固く縛り、玄関先に出た。

 まだ夜明け前の冷たい空気が、火照った頭を少し冷やしてくれる。


 ブゥゥゥゥン……


 静寂を切り裂いて、低いプロペラ音が聞こえてきた。

 空を見上げる。

 夜空の彼方から、赤いランプが近づいてくる。


「来た……!」


 それは、ピザの宅配ドローンよりも二回りは大きい、黒塗りの重厚なドローンだった。

 機体には『D-TRADE』のロゴ。

 ドローンは俺の目の前でホバリングすると、アームを伸ばして着陸した。


『認証中……佐藤健太様ですね? 集荷物をトレイに置いてください』


 機械的な合成音声。

 俺は、青い宝石が詰まった燃えるゴミ用の袋を、ドローンのトレイに載せた。

 こんな雑な梱包で怒られないだろうか。


『スキャン開始』


 赤いレーザー光が、袋の上から中身を走査する。

 ゴクリ、と喉が鳴る。


『……物質コード、照合完了。Sランク魔石、52個を確認』

『品質、極上。これより決済プロセスに移行します』


 ドローンのアームがガシャリと袋を固定し、再びプロペラが回転を始めた。

 浮き上がるドローン。

 それと同時だった。

 俺の手元のスマホが、けたたましい通知音を鳴らした。


 キュイィィン!!


 聞いたことのない、高揚感を煽るようなサウンドエフェクト。

 画面には、金色の文字が躍っている。


【取引成立】

【送金額:49,400,000 JPY】

【振込完了】


「……え?」


 慌てて銀行アプリを開く。

 更新ボタンを押す。


【残高:49,532,400 円】

「…………」


 ドローンは既に夜空の彼方へと消えていた。

 残されたのは、静まり返った住宅街と、スマホの中のありえない数字。

 俺は自分の頬をつねった。痛い。夢じゃない。

 さっきまでの不安が一瞬で霧散し、代わりにマグマのような熱狂が腹の底から湧き上がってくる。

 入った。

 本当に入った。

 俺の口座に、マンションが買えるくらいの金が、たった数分の作業で。


「は、はは……」


 俺はアスファルトの上に座り込んだまま、笑いがこみ上げてきた。


「はははッ! すげえ! マジかよこれ!!」


 ふと、疑問が湧いた。

 なんで、うちの庭のスライムはこんなに高いんだ?

 俺は寝転がったまま、アプリのモンスター図鑑を検索した。


『スライム:Fランク。雑魚モンスター。魔石の買取相場は1個100円~300円』


 ……やっぱり。

 普通は100円なのだ。

 自販機のジュースすら買えない。だからこそ、底辺探索者は数を狩らなきゃ食っていけない。


 だが、うちのスライムは《《クリスタル・スライム》》と表示されていた。

 備考欄にはこうある。


『※極めて魔素純度の高いダンジョンにのみ稀に出現する、突然変異種』

「魔素純度が高い……?」


 そういえば、ここは駅から遠いし、山も近いし、空気だけは美味い。

 まさか、田舎すぎてダンジョンの空気が汚れてないから、高品質なモンスターが育ったのか?

 それとも、ばあちゃんが庭で育ててた家庭菜園の土が良かったのか?

 理由はわからない。

 だが、結論は一つだ。

 俺の家の庭は、ボーナスステージだ。

 敵は最弱。ドロップは最強。

 しかも、誰にも知られていないプライベート空間。

 興奮が、冷めやらなかった。

 眠れるわけがない。


 俺はその後、ボロ家の畳の上で、何度も何度も銀行アプリの画面を更新し続けた。

 幻じゃないことを確認するために。

 スマホで「高級焼肉 一人」「タワマン 審査」なんてワードを検索しては、にやけ面を浮かべ続ける。

 アドレナリンが出すぎているのか、疲労感すら心地よかった。

 そうして、気づけば窓の外が白んでいた。


 「……あ」


 スマホの時計を見る。

 午前6時30分。


 ジリリリリリリリ!!!


 枕元のアラームが、無慈悲な音を立てて鳴り響いた。

 いつもの朝だ。

 あと30分で家を出て、満員バスに揺られ、電車に乗り換え、死んだ魚のような目をして会社に行かなければならない。

 9時からは定例会議。

 そのあと、終わらないバグ修正。

 上司からの罵倒。

 サービス残業。


 俺はアラームを止めた。


 部屋が静寂に包まれる。

 銀行口座の残高を見る。

 49,532,400 円。

 もう一度、アラームを見る。


「……行くわけ、ないだろ」


 俺は会社支給のスマホを手に取った。

 上司への連絡?

 いや、そんな礼儀正しい手順は不要だ。


 俺は検索窓に『退職届 テンプレート 叩きつける』と打ち込んだ。


 今日は、俺が人間としての尊厳を取り戻す日だ。

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