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家の庭にダンジョンができたので、会社辞めました。  作者: 希羽


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18/18

第18話:庭から温泉が出たので、露天風呂を作りました

 水曜日。

 日本探索者協会との全面戦争に勝利した翌日。

 株式会社ニワサキの業務は、通常運転に戻っていた。

 帝都銀行への圧力により、協会の氷室理事は失脚(地方への左遷が決まったらしい)。

 俺たちの口座凍結は解除され、ライフラインも復旧した。

 平和だ。

 これぞ、俺が求めていたスローライフだ。


「……で、会長。本当に掘るんですか?」


 一ノ瀬社長が、呆れた顔で俺を見ている。

 俺たちは庭にいた。

 協会が重機で掘り返そうとして、途中で放置された無残な穴の前だ。


「掘るよ。昨日の夜、夢枕に立ったんだよ。温泉の神様が」

「適当なこと言わないでください」

「でも、ダンジョンの地脈的に、この辺りは怪しいんだ。ポチ、やれるか?」


 俺が視線を向けると、シルバー・ウルフのポチが「任せろ」と言わんばかりに吠えた。


 ポチのスキル【影移動】と【捕食】は、土木工事にも応用できる。


「よし、行けポチ! ここを掘れ、ワンワン!」


 ガウッ!!

 ポチの前足が高速回転し、ドリルのように地面を掘り進めていく。

 土煙が上がる。

 1メートル、5メートル、10メートル……。

 重機なんて目じゃないスピードだ。


 ガキンッ!


 数分後、硬い岩盤に当たった音がした。

 ポチが動きを止め、俺の方を振り返る。

 「何かあるぞ」という顔だ。


「よし、ぶち抜いてみろ」


 ポチがSランクの牙を岩盤に突き立てた。

 バシュゥゥゥゥッ!!

 次の瞬間、白い蒸気が爆発的に噴き出した。

 硫黄の匂い……ではない。

 甘い花の香りと、清涼なミントのような香りが混じった、不思議な湯気だ。


「出た……!」


 あふれ出した湯は、無色透明ではなく、淡い乳白色に輝いていた。

 俺は『ダンジョンGO』をかざした。


【名称】精霊の秘湯(Sランク源泉)

【効能】

・全ステータス異常の解除

・肌年齢の若返り(永続効果)

・魔力回路の拡張

【適温】

・41度(源泉かけ流し推奨)


「……マジか」


 温泉法もびっくりだ。

 ただの温泉じゃない。入るだけで健康になり、若返り、強くなる魔法の風呂だ。


「きゃぁぁぁ!! 素敵ですオーナー!!」


 家の中からシルフィが飛び出してきた。


「この香り、間違いない! エルフの里にある『王族専用の泉』と同じじゃ! まさかこんなところでこれに入れるとは!」

「会長、これ……!」


 一ノ瀬社長も目を輝かせている。

 女性陣の反応は劇的だ。


「よし、建設だ。一ノ瀬社長、在庫の『世界樹の木材』を全部出してくれ。シルフィは石材の加工を頼む」

「了解です!」

「任せるがよい!」


 ここからは、株式会社ニワサキ総出のDIYタイムだ。

 世界樹の板を浴槽の形に組み上げ、シルフィの土魔法で岩を配置し、風情ある露天風呂を作る。

 目隠し用の竹垣(バンブーマンというモンスター素材)を巡らせ、脱衣所も完備。

 わずか3時間で、高級露天風呂が完成した。


 ◇


 「……ふぅぅぅぅ……生き返る……」


 夕暮れ時。

 俺は完成したばかりの湯船に浸かり、夜空を見上げていた。

 世界樹の浴槽は肌触りが良く、背中を預けるとほんのり温かい。

 湯温は完璧。

 体の芯まで魔力が染み渡り、日々の疲れ(主に精神的なもの)が溶けていくようだ。

 ポチも湯船の端っこで、気持ちよさそうに目を細めて犬かきをしている。


「最高だ……」


 金も、権力もいい。

 だが、結局のところ、人生の幸福度を決めるのは風呂と飯と睡眠だ。

 俺は今、その全てを最高水準で満たしている。


「失礼します、会長」


 竹垣の向こうから、一ノ瀬さんの声がした。

 湯上がりらしく、少し上気した声だ。

 彼女とシルフィには、俺より先に一番風呂に入ってもらっていた。


「どうでした、お湯加減は?」

「信じられません……。お肌が、ゆで卵みたいにツルツルになりました。肩こりも腰痛も完全に消えて……体が軽いです」


 竹垣の隙間から、冷えたビール(の缶)と、おつまみのチーズが差し入れられた。


「シルフィも大喜びで、今は部屋でフルーツ牛乳を飲んでます。『極楽じゃ~』って」

「そりゃよかった」


 俺はビールを受け取り、プシュッと開けた。

 湯船で飲むビール。

 犯罪的な美味さだ。


「……ねえ、会長」


 竹垣の向こうで、一ノ瀬さんが少し声を潜めた。


「私、思うんです。この会社に入ってから、信じられないことばかりで……最初は怖かったんですけど」

「今は?」

「今は、毎日がワクワクします。明日はどんな『ありえないこと』が起きるんだろうって」


 衣擦れの音がして、彼女の気配が少し近づいた気がした。


「私を、この場所に呼んでくれて、ありがとうございました」


 素直な感謝の言葉。

 俺は少し照れくさくなり、ビールの缶を掲げた。


「礼を言うのはこっちだよ。君がいなけりゃ、今頃俺は税務署の地下牢か、ゴミ屋敷で孤独死してたさ」

「ふふっ、そうかもしれませんね」


 静寂が庭を包む。

 けれど、それはかつて俺が感じていたような、孤独な静けさではなかった。

 家の中からは、シルフィがテレビを見て笑っている声が聞こえる。

 足元では、ポチが心地よさそうに寝息を立てている。

 そして壁一枚隔てた向こうには、背中を預けられる最高のパートナーがいる。

 見上げれば、満天の星空。

 かつて終電帰りのボロボロの体で見上げた空とは、まるで違って見えた。


「……いい人生だな」


 俺は誰に聞かせるでもなく呟いた。

 会社を辞めた。

 金を手に入れた。

 そして何より、大切な居場所を手に入れた。

 明日になれば、また新しいモンスターが出るかもしれない。

 また面倒な組織がちょっかいを出してくるかもしれない。

 でも、今の俺たちなら、それすらも余興として楽しめる気がする。


「よし」


 俺はビールを飲み干し、湯船から立ち上がった。

 温泉で温まった体が、夜風に心地よい。


「あがりますか、一ノ瀬社長。シルフィがピザの到着を待ってる」

「はい! 今日はとことん飲み明かしましょうね、会長!」


 竹垣の向こうから、弾むような声が返ってきた。

 俺はバスタオルを腰に巻き、我が家のリビングへと歩き出した。

 俺の第二の人生は、まだ始まったばかりだ。

 この最高にクレイジーで、最高に自由なニワサキで。

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