第15話:協会の強制捜査
月曜日の朝。
株式会社ニワサキのオフィス(兼リビング)には、重苦しい空気が漂っていた。
「……なるほど。完全にロックオンされましたね」
一ノ瀬社長が、届いたばかりの赤い封書をデスクに広げて言った。
差出人は、『公益社団法人 日本探索者協会』。
日本国内のすべてのダンジョンと探索者を管理する、内閣府直轄の巨大組織だ。
「内容は?」
「『ダンジョン法違反の疑いによる、緊急立ち入り調査の通告』です」
彼女は眼鏡のブリッジを押し上げた。
「会長の口座への巨額入金、および市場に出回っていない未知の農作物の流通。これらを根拠に、この家に『未登録のダンジョン』が存在すると断定しています」
優秀すぎる敵だ。
トマト販売で足がつかないよう工作はしていたが、やはり金の動きまでは隠しきれなかった。
「未登録だとどうなる?」
「日本の法律では、ダンジョンは『国の資源』と定義されています。私有地に出現した場合でも、国への登録が義務付けられており、未登録のまま利益を得ることは『資源の横領』とみなされます」
つまり、俺たちは泥棒扱いというわけだ。
ふざけた話だ。庭に出たタケノコを売って何が悪い。
「オーナー、面倒じゃ」
ソファでポテチを食べていたシルフィが、不機嫌そうに口を挟んだ。
「そんな紙切れ、燃やしてしまえばよい。攻めてくるなら、我が風魔法で全員空の彼方に吹き飛ばしてやるが?」
「それは最終手段だ。人間社会には『法律』という魔法より厄介なルールがあるんだよ」
俺は窓の外を見た。
その時だった。
ブオォォォン……
重低音が響き、家の前の道路に黒塗りの高級車が列をなして現れた。
一台、二台……全部で五台。
先頭車両から降りてきたのは、スーツを着た屈強な男たち。
そして、その中心に、一際仕立ての良いスーツを着た、神経質そうな男がいた。
「……来ましたね」
一ノ瀬社長が立ち上がり、ジャケットを羽織った。
戦闘態勢だ。
◇
俺と一ノ瀬さんは玄関を出て、門扉の前で彼らと対峙した。
ポチは普通の犬のふりをして俺の足元に座っているが、喉の奥からは低い唸り声が漏れている。
「佐藤健太さんですね?」
中心にいた男が進み出た。
銀縁眼鏡。撫で付けた髪。
氷のように冷たい目をした、30代半ばのエリート官僚風の男だ。
「日本探索者協会、関東支部理事の氷室です」
氷室は、名刺を差し出すこともしなかった。
ただ、懐から一枚の令状を取り出し、俺の目の前に突きつけた。
「貴殿に対し、ダンジョン法第5条に基づく立ち入り調査を行います。直ちに門を開け、敷地内の捜索に協力してください」
有無を言わせない口調。
権田部長のような感情的な怒鳴り声ではない。
淡々と、事務的に、俺たちを処理しようとしている声だ。
「お待ちください」
一ノ瀬社長が割って入った。
「私は株式会社ニワサキ代表の一ノ瀬です。この敷地は当社の管理下にあり、正当な事業活動を行っています。何かの間違いではありませんか?」
「間違い?」
氷室は鼻で笑った。
「一ノ瀬さん。元大手広告代理店勤務。優秀な方だ聞いていましたが、こんな怪しい男の肩を持つとは落ちぶれましたね」
「失礼な」
「調査済みですよ。この家の資産価値はゼロ。住人は元SE。にも関わらず、口座には億単位の金が入り、女優たちに未知の果物を配っている。……『未登録ダンジョン』があるのは明白だ」
氷室は、俺のボロ家を侮蔑の目で見上げた。
「国家の貴重な資源を、このようなドブネズミが独占するなど許されない。即刻、国の管理下に置く。利益は全額没収だ」
「断る」
俺は口を開いた。
「ここは俺の家だ。庭にあるトマトも、石ころも、全部俺のものだ。あんたらに渡す義理はない」
「……話が通じないようですね」
氷室がため息をつき、指を鳴らした。
背後に控えていた屈強な男たち――協会の実動部隊が一斉に動き出す。
「公務執行妨害で排除しても構わん。押し通れ」
「了解!」
男たちが門扉に手をかける。
暴力による強行突破だ。
一ノ瀬さんが身構える。ポチが牙を剥こうとする。
だが、俺は動かなかった。
必要ないからだ。
ガインッ!
「……あ?」
先頭の男が、何もない空中で壁にぶつかったように止まった。
門扉には触れていない。
敷地の境界線、そのギリギリ手前で、男たちは進めなくなっていた。
「な、なんだこれ!? 進めねぇぞ!?」
「見えない壁がある!?」
男たちがパントマイムのように、空中の壁を叩き、押す。
だが、指一本たりとも敷地内には入ってこない。
リビングの窓から、ジャージ姿のエルフがニヤニヤしながらこちらを見ているのが見えた。
風の精霊結界。
物理干渉を完全に遮断する、シルフィの鉄壁防御だ。
「……どういうことだ?」
氷室の眉がピクリと動いた。
「最新鋭のセキュリティか? それとも、ダンジョンのアーティファクトか?」
「さあね。ただ、うちは『招かれざる客』はお断りなんだ。帰ってくれないか」
俺は冷ややかに告げた。
氷室はしばらく見えない壁を睨みつけていたが、やがて感情を押し殺した声で言った。
「……いいでしょう。今日は引き上げます」
彼は男たちを下がらせ、踵を返した。
だが、車に乗り込む直前、俺の方を振り返り、不気味な笑みを浮かべた。
「佐藤さん。勘違いしないでくださいね。我々は暴力団ではない。国家権力だ」
「だから?」
「電気、ガス、水道。インターネット。そして銀行口座。……ライフラインを全て止めたら、あなたはこの『要塞』の中でいつまで生きていけるかな?」
脅しだ。
物理攻撃がダメなら、兵糧攻めにする気だ。
「楽しみにしていますよ。ドブネズミが干からびて出てくるのを」
捨て台詞を残し、黒塗りの車列は走り去っていった。
「……嫌な奴ですね」
一ノ瀬さんが、悔しそうに唇を噛んだ。
「会長、どうしますか? ライフラインを止められると、事業に支障が出ます。特にネットが止まると、シルフィちゃんが発狂します」
「それはまずいな」
俺は苦笑した。
エルフの反乱だけは避けなければならない。
「向こうが『権力』で来るなら、こっちは『経済力』と『コネ』で殴り返すまでだ」
俺はスマホを取り出した。
連絡先リストには、この一週間でトマト漬け(虜)にした、数々のVIPの名前が並んでいる。
「一ノ瀬社長、反撃の準備だ。まずはあの氷室って男の弱点を探ろう。それと……」
俺はニヤリと笑った。
「そろそろ『株』でも買い占めるか。協会のメインバンクあたりを」
開戦だ。
ブラック企業の次は、ブラック国家公務員。
相手にとって不足なし。
俺たちの会社ごっこは終わりだ。ここからは、本物の企業戦争が始まる。




