第14話:迷い込んだエルフ
株式会社ニワサキ、創業から二週間。
俺たちは新たな壁にぶつかっていた。
「……会長。もう限界です」
一ノ瀬社長が、デスクに突っ伏して言った。
彼女の周りには、飲み終わったペットボトルやコンビニ弁当の空き容器が散乱している。
俺の方も似たようなものだ。脱ぎ捨てたジャージがソファの端に積み上がっている。
「仕事が忙しすぎて、家事をする暇がありません!」
彼女が叫んだ。
ごもっともだ。
現在、会員数は50名満員御礼。日々の発送業務に加え、顧客対応、税理士との打ち合わせ、ダンジョン探索。
目が回るほど忙しい。
俺たちは経営と冒険のプロだが、家事は素人だ。
「家政婦を雇いますか?」
「ダメです。この家の秘密を見られたら終わりです」
詰んだ。
金はあるのに、ゴミ出しの時間すらない。
汚部屋で暮らす億万長者なんて笑えないジョークだ。
「……現地調達、するか」
「またですか?」
「ダンジョンの第五層。あそこなら、手先が器用な『人型』がいるかもしれません」
◇
【第五層:精霊の泉】
そこは、霧が立ち込める幻想的な湖畔だった。
空気中の魔素濃度が極めて高い。
深呼吸すると肺がピリピリするほどだ。
「クンクン……」
先頭を歩くポチが、何かを嗅ぎつけて立ち止まった。
湖のほとり。
朽ち果てた神殿のような遺跡の影に、それはいた。
「……うぅ」
長い金髪。透き通るような白い肌。
そして、特徴的な尖った耳。
薄汚れた布切れを纏い、体育座りで震えている少女。
エルフだ。
ファンタジーの代名詞、ハイエルフだ。
「……誰だ、貴様ら」
俺たちに気づいた少女が、警戒心丸出しで睨みつけてくる。
手には折れた杖。
だが、その瞳には力がなく、お腹からは「グゥ~」という盛大な音が鳴り響いていた。
「人間か……。汚らわしい。高貴なる我に近づくな」
「そうですか。じゃあ帰りますね」
「ま、待て!」
俺が踵を返そうとすると、エルフは慌てて引き止めた。
「そ、その……貴様らが持っている袋から、良い匂いがするのだが……」
彼女が指差したのは、俺が持っているコンビニの袋だ。
中には、探索のお供であるポテトチップスとコーラが入っている。
「欲しいのか?」
「べ、別に欲しくなど……! ただ、毒味をしてやろうと言っているのだ!」
典型的なツンデレだ。いや、ただの空腹か。
俺はポテチの袋を開け、彼女に差し出した。
エルフは恐る恐る、黄色いチップスを一枚摘み、口に運ぶ。
パリッ。
時が止まった。
エルフの瞳が、限界まで見開かれる。
「……な、なんだこれは!?」
彼女は叫んだ。
「この暴力的なまでの塩味! 鼻に抜ける香ばしさ! そして舌の上で踊る魔法の粉! こ、これは『神々の供物』か!?」
「ただのジャンクフードだけど」
「美味い! 美味すぎるぞ人間!」
彼女は猛烈な勢いでポテチを貪り始めた。
さらにコーラを与えると、「黒い聖水だ!」と感動して涙を流した。
チョロい。ポチよりチョロいぞ、このエルフ。
◇
食後の落ち着いた(というか満腹で動けなくなった)エルフに事情を聞いた。
彼女の名はシルフィ(推定150歳)。
異世界で精霊姫と呼ばれていたが、転移魔法の失敗でこのダンジョンに飛ばされ、数ヶ月間、木の実を食べて飢えを凌いでいたらしい。
「故郷には帰れないのか?」
「魔力が枯渇していて無理じゃ。それに……」
シルフィは、空になったポテチの袋を愛おしそうに撫でた。
「この世界の『メシ』を知ってしまった以上、あんな味気ない世界には戻れん」
堕落していた。
コンソメパンチ一袋で、150年の誇りが砕け散っていた。
「なら、取引だシルフィ」
俺は切り出した。
「俺の家で働かないか? 衣食住は保証する。ポテチもコーラも、ピザだって食わせてやる」
「なっ、ピザだと!?」
「その代わり、条件がある」
俺は散らかった部屋の惨状を思い浮かべた。
「家事だ。掃除、洗濯、ゴミ出し。それらを完璧にこなせ」
「ふん、なんだそんなことか。我は風の精霊使いぞ? 空気中の塵を払うなど造作もないわ!」
交渉成立。
こうして、株式会社ニワサキに3人目の社員(兼・住み込み家政婦)が加わった。
◇
連れ帰ったボロ家のリビングにて。
シルフィは、その実力を遺憾なく発揮した。
「風よ、舞え! エア・クリーニング!」
彼女が指を鳴らすと、室内に優しいつむじ風が発生した。
散らばっていたゴミが一箇所に集められ、埃は窓の外へ排出され、床はピカピカに磨き上げられる。
所要時間、3秒。
ルンバが裸足で逃げ出すレベルだ。
「す、すごいですシルフィちゃん!」
一ノ瀬社長が感動している。
「洗濯物は?」
「乾燥まで一瞬じゃ」
「お風呂掃除は?」
「水精霊を使えばカビ一つ残さん」
完璧だ。
これぞ俺たちが求めていた人材(エルフ材)。
「よくやった。褒美だ」
俺は約束通り、デリバリーのピザと、あと一つ、現代の秘宝を与えた。
俺が使わなくなった古いタブレット端末だ。
「なんだこの板は? 光っているが……」
「これで世界中の知識が見れる。動画も、ゲームもな」
俺が猫の動画を再生して見せると、シルフィは画面に釘付けになった。
「動く……! 絵が動いておる! しかもこの生き物、可愛い……!」
◇
それから数日後。
弊社には、新たな問題……いや、新たな日常風景が定着していた。
「シルフィ、掃除終わったか?」
「終わったわい。今忙しいんじゃ、話しかけるな」
リビングのソファには、ジャージ姿でゴロゴロしながらタブレットを操作するエルフの姿があった。
画面にはソシャゲのガチャ演出。
テーブルにはコーラとポテチ。
完全に干物妹化していた。
「……一ノ瀬社長、これでいいのか?」
「いいんじゃないですか? 仕事は完璧ですし、夜は魔法結界で警備もしてくれてますから」
一ノ瀬さんは苦笑しながらも、ピカピカになったオフィスで快適そうに仕事をしている。
確かに、シルフィが展開する『風の結界』は、物理攻撃も盗聴も防ぐ鉄壁の守りだ。
ポチが物理最強なら、シルフィは魔法最強のガードマンだ。
「おいオーナー、課金させろ」
「働いたらな」
「ちっ、シビアな主じゃ」
悪態をつきながらも、シルフィは幸せそうだ。
異世界の姫君は、現代日本のネット廃人として第二の人生(エルフ生)を歩み始めたようだ。
最強の番犬。
最強の家政婦。
そして有能な社長。
俺の城の防衛体制は盤石となった。
だからこそ、俺たちは気づくのが遅れたのかもしれない。
この完璧な城を、法律という正面玄関から破壊しようとする、冷徹な敵の接近に。
翌日。
俺の家のポストに、一通の封書が投函された。
差出人は、『内閣府認定 公益社団法人 日本探索者協会』。
中に入っていたのは、赤字で書かれた無慈悲な命令書だった。
【ダンジョン法第5条に基づく、貴有地の立ち入り調査および一時接収について】




