第12話:ダンジョン産トマト、芸能界でバズる
株式会社ニワサキ、設立から3日目。
俺たちのオフィス(兼リビング)は、まるで高級料亭のバックヤードのようになっていた。
「会長、そっちの箱詰め終わりました?」
「ああ。でも一ノ瀬社長、これやりすぎじゃないか?」
俺の手元にあるのは、高級桐箱。
その中に、真っ赤な緩衝材を敷き詰め、ダンジョン第二層で収穫した『ルビー・トマト』を鎮座させる。
たった1個。
桐箱のど真ん中に、トマトが1個。
「これでいいんです」
一ノ瀬葵社長は、キリッとした表情で検品を行う。
「中身がSランクなんですから、外見もSランクにしなきゃ詐欺です。それに、今回のターゲットは『味』じゃなくて『物語』を買う人種ですから」
彼女がホワイトボードに貼り出したターゲット写真。
そこに映っているのは、日本国民なら誰もが知る大女優・峰岸レイカ(42)だ。
視聴率の女王と呼ばれ、長年トップを走り続けているが、最近は週刊誌で「劣化」「お肌の曲がり角」などと意地悪な記事を書かれることが増えていた。
「彼女は今、金ならいくらでも出すから『若さ』を取り戻したいはずです。そこに、このトマトを送り込みます」
「知り合いなのか?」
「代理店時代に、彼女の担当スタイリストさんと仲良くなったんです。そのツテで、『極秘の美容食材』として楽屋に差し入れます」
一ノ瀬さんは慣れた手つきで送り状を作成し、最後に手書きのメッセージカードを添えた。
『親愛なる峰岸様へ。貴女の美しさを永遠にする、魔法の果実をお贈りします。――会員制サロン NIWASAKI』
「……怪しくない?」
「怪しいからこそ、芸能人は食いつくんです。市販品なんて彼らは信用しませんから」
彼女は不敵に笑った。
頼もしい。もはや魔女だ。
それから2日後。
株式会社ニワサキの代表電話が鳴った。
一ノ瀬社長は「来た」と小さくガッツポーズをし、深呼吸をしてから通話ボタンを押した。
「はい、株式会社ニワサキでございます」
声色が、一瞬で高級コンシェルジュのそれに変わる。
『あ、もしもし? 峰岸レイカの事務所の者ですが……』
電話の相手は、女優のマネージャーだった。
スピーカー越しに聞こえる声は、興奮と焦りが入り混じっていた。
『先日頂いたトマトなんですがね! あれ、在庫ありますか!? いや、あるなら全部買い占めたいんですが!』
一ノ瀬さんは俺にウィンクし、あくまで冷静に答える。
「お電話ありがとうございます。……申し訳ございません。あちらの『ルビー・トマト』は希少種のため、完全会員制での販売となっておりまして」
『会員!? じゃあ今すぐ会員になります! いくらですか?』
「現在はウェイティングリスト状態でして、新規の受付は停止しております」
『なっ……! 峰岸ですよ!? あの大女優の峰岸レイカが欲しいって言ってるんですよ!?』
マネージャーが声を荒げる。
だが、一ノ瀬社長は動じない。
「存じ上げております。峰岸様のご活躍は、私どもも拝見しております。……ですが、品質保持のため、既存のお客様を優先せざるを得ません」
一度、突き放す。
これが飢餓感を煽るテクニックらしい。
電話の向こうで、誰かが何かを叫んでいる声が聞こえた。おそらくご本人だ。
『……わかりました。じゃあ、言い値でいいです。いくらなら譲ってくれますか?』
「うーん、そうですねぇ……」
一ノ瀬さんはたっぷりと間を取った。
「特別に『トライアル枠』として、定期便をご用意できるかもしれません。ただし、価格は1個1万円。最低契約期間は半年。いかがでしょうか?」
『買います!!』
即答だった。
「ありがとうございます。では、後ほど契約書を――ああ、それと」
「条件がございます」
『条件?』
「弊社のトマトについて、SNSなどで『感想』を呟いていただければ、優先的に次の出荷分を確保させていただきます」
◇
その日の夜。
日本中のネットがざわついた。
フォロワー数500万人を誇る峰岸レイカのSNSに、1枚の写真が投稿されたのだ。
ノーメイクの峰岸レイカが、真っ赤なトマトを手に微笑んでいる写真。
その肌は、まるで20代の頃のように張りがあり、内側から発光しているように美しい。
加工アプリ特有の違和感はない。本物の美肌だ。
『魔法のトマトに出会っちゃいました! 食べた瞬間に体がポカポカして、翌朝の肌が嘘みたいにプルプルに! もうこれ無しじゃ生きられないかも…… #NIWASAKI #ルビートマト #秘密の美容法 #加工なし』
投稿から1時間で、「いいね!」は10万を超えた。
コメント欄は阿鼻叫喚だ。「レイカ様、肌きれいすぎ!」「何このトマト!?」「どこのブランド?」
そして、俺たちの会社のWebサイト(一ノ瀬作成)のアクセス数が、垂直に跳ね上がった。
「か、会長! 問い合わせフォームがパンクしてます!」
「マジかよ……」
俺はモニターを見つめた。
問い合わせの送信元を見ると、そうそうたる名前が並んでいる。
モデル、アナウンサー、IT社長の妻、銀座のママ……。
全員、「金はあるが、若さと健康が欲しい」人たちだ。
「よし、選別しますよ!」
一ノ瀬社長が眼鏡を光らせた。
「怪しい転売屋は弾きます。社会的地位があって、影響力がありそうな『上客』だけを会員にします。定員は50名!」
彼女は楽しそうに顧客リストを仕分け始めた。
その横顔は、完全に支配者のそれだ。
「……すごいな」
俺はポチの頭を撫でながら呟いた。
俺がスコップで掘り出した野菜が、彼女の手にかかると「1万円の宝石」に変わる。
これが、ビジネスという魔法か。
「会長、計算しました」
一ノ瀬さんが電卓を叩いて言った。
「会員50名が、毎日1個消費するとして、月間の売上は1500万円です。さらに、オプションの『美容ポーション』をセット販売すれば……月商3000万は堅いですね」
「……経費は?」
「会長の労力と、ポチくんの餌代だけです。利益率、ほぼ100%」
恐ろしい数字だ。
ドローン買取のような単発のあぶく銭ではない。
毎月、安定して入ってくる継続収入だ。
「それに、これでもう協会も迂闊に手を出せません」
一ノ瀬さんは顧客リストを指差した。
「このリストの中には、現職大臣の奥様も含まれています。もし協会がうちに乗り込んできて、トマトの供給を止めようとすれば……」
「奥様方がブチ切れる、と」
「はい。『私の肌をどうしてくれるの!』という女性の怒りは、国家権力よりも恐ろしいですからね」
彼女はクスクスと笑った。
美女の盾の完成だ。
俺はソファに深く沈み込んだ。
俺はただ、スローライフを送りたかっただけなのに。
気づけば、日本のセレブ界隈を牛耳るフィクサーになりつつある。
「ま、いっか。儲かるなら」
俺はサイドテーブルにあった形が悪いルビー・トマトを手に取り、ポチに放り投げた。
ポチが空中でキャッチし、美味しそうに咀嚼する。
1個1万円のドッグフード。
世界一贅沢な犬だ。
「さて、資金もできたことだし……次は家のリフォームですね」
一ノ瀬さんが、リビングの壁を見渡して言った。
「外見はボロ屋のままでいいですが、内装は最高級にしましょう。会長の『玉座』にふさわしい空間が必要ですから」
「お、いいですね。じゃあ次は『家具』を探しにいきますか」
俺たちは次なるターゲット、ダンジョン第四層への進出を決めた。
そこには、俺たちの生活をさらに快適にする、未知の素材が眠っているはずだ。




