表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家の庭にダンジョンができたので、会社辞めました。  作者: 希羽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/16

第10話:お隣さん、共犯者になる

 日曜日。

 権田部長を撃退した翌朝。

 俺はリビングの窓から、そっと外の様子を窺った。

 道路の向こうに、あの黒い車の姿はない。

 どうやら24時間監視とまではいかないようだ。あるいは、ポチの威圧を感じ取って撤退したか。


「……油断はできないけどな」


 足元では、ハスキー犬モードのポチが「散歩連れてけ」と尻尾で俺の足をペシペシ叩いている。

 平和だ。

 だが、この平和は薄氷の上にある。

 俺一人でこの秘密ダンジョンを守り抜けるだろうか?

 物理的な防衛はポチがいる。金もある。

 だが、社会的な立ち回りや、情報の隠蔽工作となると、元社畜SEの俺には荷が重い。

 誰か、信頼できる参謀がいれば……。


 ピンポーン。


 インターホンが鳴った。

 モニターを見ると、そこには白いブラウスを着た一ノ瀬葵さんが立っていた。

 手には洋菓子店の紙袋を持っている。


「はい」

『あ、佐藤さん。おはようございます。これ、お礼のケーキ買ってきたので……』


 俺はドアを開けた。

 朝日を浴びた一ノ瀬さんは、眩しいほどに輝いていた。

 美容効果は定着したようで、すっぴん(と思われる)なのに肌のきめ細やかさが異常だ。

 道ゆく人が振り返るレベルの美女が、俺のボロ家の前に立っている。


「わざわざすみません。上がってください。コーヒー淹れますよ」

「えっ、でも……男性のお家に上がるのは……」

「庭のテラス席でお茶しましょう。ポチも遊びたがってますし」

「あ、ポチくん! じゃあ、お邪魔します!」


 チョロい。

 いや、ポチの人徳(犬徳)か。


 ◇


 俺たちは庭に置いたキャンプ用のテーブルで、ケーキとお茶を囲んだ。

 ポチは一ノ瀬さんの足元に寝転がり、撫でられてご満悦だ。


「……で、辞めてきたんですか?」


 俺が単刀直入に聞くと、一ノ瀬さんはフォークを止めて、晴れやかな笑顔で頷いた。


「はい。金曜の夜、上司に辞表メールを送って、昨日は有給消化の手続きだけ済ませてきました。引き止められましたけど、『実家の農業を継ぎます』って嘘ついたら諦めてくれました」

「あはは、俺と同じ手ですね」

「ふふっ、佐藤さんの真似しちゃいました」


 彼女はショートケーキの苺を口に運びながら、少し遠くを見た。


「不思議ですね。先週までの私なら、将来が不安で眠れなかったと思います。でも今は……なんとかなる気がして」

「なんとかなりますよ。一ノ瀬さんなら引く手あまただ」

「だといいんですけど……。しばらくは貯金を切り崩して、ゆっくり職探しします」


 貯金。

 薄給の激務OLだ、そう多くはないはずだ。

 俺はコーヒーを一口飲み、覚悟を決めた。

 彼女は、仕事を辞めた。

 つまり、今の彼女は組織に縛られていない。

 そして、ダンジョンの恩恵(ポーション、食材)を既に受けており、その効果を身を持って知っている。

 彼女なら、信じられるかもしれない。


「一ノ瀬さん」

「はい?」

「職探しの件ですが、もし良かったら……俺の『仕事』を手伝ってくれませんか?」

「え? 佐藤さんの仕事って……投資家ですよね?」


 一ノ瀬さんが首を傾げる。

 俺は静かに首を振った。


「投資家っていうのは、カモフラージュです。本当の仕事は……農業、に近いかな」

「農業……?」

「百聞は一見にしかずです。ついてきてください」


 俺は立ち上がり、物置の裏へと歩き出した。

 一ノ瀬さんが、ポチと一緒に不思議そうについてくる。

 雑草をかき分けた先。

 そこに、ぽっかりと口を開けた穴があった。

 昼間だというのに、青白い粒子が幻想的に漂い出ている。


「こ、これは……?」

「俺の収入源であり、一ノ瀬さんが食べたトマトや、ポチの故郷です」


 俺は彼女の目を見て言った。


「ダンジョンです」


 沈黙が流れた。

 一ノ瀬さんは目をパチクリさせて、穴と、俺と、ポチを交互に見た。

 普通なら「頭がおかしいのか」と思うところだ。

 だが、彼女の中には既に証拠が揃っている。

 ありえないほど美味しいトマト。

 一瞬で疲れを消したスムージー。

 そして、この銀色の毛並みを持つ、賢すぎる犬。


「……やっぱり」

「え?」


 一ノ瀬さんは、意外にも納得したように息を吐いた。


「なんとなく、変だなって思ってたんです。佐藤さんのお野菜、スーパーのものとはエネルギーが違いすぎるから。それにポチくんも……普通のワンちゃんじゃないですよね?」

「ワフッ!」(正解!)

「驚かないんですか?」

「驚いてますよ! 心臓バクバクしてます。でも……」


 彼女は穴の縁にしゃがみ込み、青い光に手をかざした。

「怖くはないです。だって、このダンジョンのおかげで、私は救われたんですから」


 その言葉に、俺は救われた気がした。

 彼女は拒絶しなかった。

 俺の「異常な日常」を、肯定してくれた。


「佐藤さん。このこと、誰にも知られたくないんですよね?」

「ええ。国や企業にバレたら、搾取されるだけですから。だから必死に隠してるんですが、そろそろ一人じゃ限界で」


 俺は頭を下げた。


「俺は、探索は得意ですが、事務処理や対外的な交渉は苦手です。それに、男の一人暮らしじゃ目が行き届かないこともある。……だから、一ノ瀬さんに『管理人』になってもらいたいんです」


 これはプロポーズではない。

 ビジネスパートナーへのオファーだ。

 給料は弾む。福利厚生(美容食材食べ放題)もつける。

 一ノ瀬さんは立ち上がり、真剣な眼差しで俺を見た。


「私で、いいんですか? 秘密、漏らしちゃうかもしれませんよ?」

「その時は、一蓮托生ということで」

「……ふふっ、共犯者ってことですね」


 彼女は悪戯っぽく笑い、俺に右手を差し出した。


「わかりました。私で良ければ、雇ってください。元ブラック企業の根性、見せてあげますから」

「頼もしいな。よろしく、一ノ瀬さん」


 俺たちは握手をした。

 彼女の手は柔らかく、そして温かかった。

 これで、俺は一人じゃなくなった。

 最強の番犬フェンリルと、最強の秘書(元激務OL)を手に入れた魔王ダンジョンマスター

 もはや、この世に怖いものなどない。


「じゃあ早速仕事だ。このトマトの山、なんとか消費しないといけないんだ」

「あはは、任せてください。ネット販売のルート、作っちゃいましょうか」


 庭に、穏やかな笑い声が響く。

 だが、俺たちはまだ知らなかった。

 この小さな共犯関係が、やがて日本経済をも動かす巨大な台風の目になることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ