第8話 異質⑤
「おいおいおい! なんだぁ、今のDDTは! やべぇな!」
「ほんとッスね! 森で見たヘッドシザースもすごかったッスけど、アカネちゃん、ほんとにマナないんスかー?」
ラギとライノが大げさに手を叩いた。
その率直な賞賛に、張り詰めていた肩の力がふっと抜ける。
「で、ターナーさん的にはどうですかね?」
リング上から声が飛ぶ。
それまで黙して腕を組んでいたターナーが、ゆっくりとリングに上がってくる。
射抜くような眼差しに、思わず視線を逸らしそうになった。
「……完成度の高いスキルだな」
端的な評価。けれど重みがある。
無意識に拳に力がこもった。
「マナやスペルが加われば、相当な威力になるだろう。だが――」
ターナーの目が細まる。
「現時点でマナを扱えぬ者を、我が国の戦力と認めるわけにはいかない」
やはり。
この世界においては、マナこそが力の源なのだろう。
ロイスの現実離れした身体能力もそれで説明がつく。
「そこでだ」
一拍置いて、ターナーが告げる。
「五日間、時間を与えよう。その間にマナを身につけて、使いこなせてみせよ。アカネ、できるか?」
その声には厳しさと同時に、期待の色も混じっていた。
――五日間。あまりにも短い。
でも、やるしかない。
この世界で生きるなら挑むしかない。
「……できます!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
ターナーの表情が和らぐ。
「いい返事だ! では六日後だ。再びロイスと手合わせをし、証明してみせよ」
「決まりですね。 ……ま、アカネなら余裕でしょう」
ロイスがニヤリと笑う。
……簡単に言ってくれる。
――ん? ちょっと待って? いったん落ち着こう。
この国の兵士になる流れになっているけど、そうなったらどうなるんだ?
「す、すみません……質問なのですが……」
「なんだい?」
ターナーが穏やかに頷いた。
「それに合格したら、私はどうなるんでしょうか……?」
「そうなれば、まずはリトルファイヤー――訓練生としてスペルの修得に専念してもらうことになる」
「スペル!」
スペル――つまり魔法だ。その言葉で思わず前のめりになった。
魔道戦隊マギレンジャーのように、魔法が使えるようになる!
テンションが一気に跳ね上がる。
「そうだ。他にも剣術、馬術を含め、戦うための全てを学んでもらう」
「戦う……」
その言葉に、昼間の戦闘が脳裏を蘇る。
突如襲いかかってきた兵士たち。
ライノが防いでくれた氷の矢。
どちらも、明らかに殺意のあった行動だ。
「戦う、というのは……敵国の兵士と、ということでしょうか?」
「先ほども言ったが……我が国はグラシエルと交戦状態にある。前線に立てばそういったこともあるだろう。……怖いかい?」
喉が詰まる。怖くないと言ったら嘘になる。
画面の中でしか見なかった命の奪い合いが、他人事ではなくなる。
「怖いのは当然だ。別に隠さなくていい」
見かねたロイスが言う。
「リトルファイヤーのうちは今日のような危険な任務はねえ。せいぜい格下のモンスター退治くらいだ」
「モ、モンスター!?」
この世界にはモンスターがいるのか……!
下がっていたテンションが再び上がり、つい声が大きくなってしまう。
「お、おお……。悩んだり興奮したり忙しいやつだな」
「モンスター討伐には私が同行することもある。安心してくれていい」
エレンの静かな言葉に、心が落ち着く。
モンスターがどれほどのものなのかはわからないが、彼ほどの実力者がついてくれるなら、大丈夫な気がした。
つまり――。
訓練生として基礎を積み、実習でモンスターと戦う。
卒業すれば前線に、というステップアップか。
いよいよ異世界らしい展開になってきたな。
「わかりました。怖さはあります。けど……今は平気です」
「うむ。ゆっくりと、着実に強くなりなさい」
「……はい!」
ターナーに言われて、安心感を覚える。
騎士団長の重みがそこにあった。
――ただ、問題はもうひとつ。
「えっと……もう一個だけ聞いてもいいですか……?」
「何でも聞いてくれ」
「実は……色々あってお金がなくて、泊まるところとかご飯とか……」
「そうか。リトルファイヤーになれば寮生活だが……それまでは……困ったな」
ターナーが少し困った顔をしてロイスに視線を送る。
「えっ、俺か? 寮でいいでしょう?」
「駄目だ。訓練生でもない者を入れるわけにはいかん」
エレンが即答する。空気がやや重くなった。
これは……まさか本気で野宿コース?
「うち空いてるッスよ!」
沈黙を切り裂くように、ライノが勢いよく手を挙げた。
「おいおいおい、それはダメだろ、ライノ!」
「えー! なんでッスか! 妹たちもいるし大丈夫ッスよー!」
「ライノさん、ダメです」
ありがとう、ラギさん、カノンさん。
仮にも私は年頃の乙女だ。
男性と一つ屋根の下、というのは遠慮願いたい。
「……もしよろしければ、私の家はいかがでしょうか?」
カノンが穏やかに差し出した一言で、空気が収まった。
「カノンのところなら問題ないだろう。頼めるかい?」
「わかりました」
私の了承も待たず、あっさり決定した。
こんな美人と同居とは、別の意味で心臓に悪い。
「アカネの扱いはどうしますかね?」
「そうだな……。遠征中にリトルファイヤー候補生としてスカウトしてきた、ということにしようか」
「了解です。体術は優秀だけどマナの扱いがからっきしだから、しばらくは特訓って感じにしますか」
「それで問題ない。エレン、細かいことは任せても?」
「承知しました。カノン、明日ユニットベースまで来てくれ。諸々準備をしておこう」
「エレンさん、ありがとうございます。お手数をおかけします」
次々と決まっていく。私は頷くしかなかった。
「じゃあターナーさん。今日の報告とかしますんで移動しましょう。カノン、あとは任せた」
「ああ、そうだったね」
ロイスはようやくリングから飛び降り、ターナーも続くようにロープをくぐる。
「アカネ、期待しているよ」
去り際のターナーの言葉に胸が熱くなる。
二人の背中は大きかった。
「ではまた明日」
エレンは加護の鏡を抱えて去っていく。
「アカネちゃん、またッスー! 一緒にがんばるッス!」
「またな! 楽しみにしてるぜ!」
去り際までテンションの高いライノに、豪快に笑うラギ。
部屋に静けさが戻り、ようやく現実感が押し寄せる。
「カノンさん……不束者ですが、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
柔らかい微笑み。
それはこれからの不安を和らげる、今までで一番温かな笑顔だった。
【プロレス余談】
プロレス団体の入門テストに合格すると、練習生として団体に所属することになります。
練習生もリトルファイヤーと同じように、道場の近くにある寮にて共同生活を送ります。
毎日のハードなトレーニングはもちろん、道場の掃除、炊事、先輩レスラーのサポートも練習生の大事な仕事。
厳しい下積み時代を経て、立派なレスラーに育っていくのです。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
作品はもちろんですが、プロレスに少しでも興味を持っていただけたら最高です。
また、ブックマークや評価、誤字報告でもなんでも反応をいただけたら嬉しいです…!




