第6話 異質③
無加護。
特別な加護どころか、何の加護もない。
何かが起こると期待していただけに、落胆は大きかった。
ターナーが組んでいた腕をほどき、代わりに腰に手を当てる。
「無加護……そんな者など存在するのか。全く加護がない状態でスキルを使った前例は……いや、そもそもこの者にはマナを感じない。つまり……」
「ターナー様。この者は異質です。我々の知らない力を持っている可能性もあります」
背後からエレンの低い声。鋭い眼差しが私を突き刺す。
一方でロイスはニヤリと笑い、一歩前に出た。
「まあまあ、ターナーさん。別に加護もマナもなくたっていいじゃないですか。それに無加護ってことは、少なくともグラシエルの兵じゃないってことでしょう?」
「だが力を隠している可能性もある」
「それは試せばいい話ですよ。なあ、アカネ?」
注目が集まる。必死に息を整える。
ここで言葉を間違えれば、牢獄行きは免れないだろう。
神の加護はなく、マナもない。
けれど、私には自分自身の力がある。
常に全力で、熱い魂を胸に、リングに立ち続けてきた。
決して諦めない。
闘魂で相手の心を砕き、ついたニックネームは――ハートブレイカー。
ここで私の心が折れるわけにはいかない。
「私は……私の力は、何度叩きつけられても立ち上がる闘魂! そして、観客を熱狂させる情熱です!」
思わず口から出ていた。
震えていたかもしれない声。けれどそれでも真っ直ぐターナーを見据えた。
「おいおいおい、いいじゃねえの! 響いたぜ!」
ラギの言葉で、場の空気が和らぐ。
そして――
「……ははっ!」
ロイスが大きく笑い出した。
声を響かせながら、それでも瞳は真剣だ。
「闘魂、とはね。面白え。 お前のその力、確かめさせてもらおうじゃねえか」
思わずカノンも口元を綻ばせる。
ターナーは黙したまま考え込むが、エレンが冷静に割って入った。
「待て、ロイス。ここは慎重に――」
「とか言って、お前も気になってんだろ?」
「…………」
肯定も否定もしない沈黙。
「なあターナーさん、こいつは大丈夫ですよ。俺の直感がそう言ってる」
「直感、か……。お前の直感はよく当たるからな」
「決まりですね」
どうやら、私の潔白はひとまず認められたらしい。
「トレーニングルーム、空いてますかね」
「第四なら、誰もいないはずだ」
「オーケー……っとその前に、カノン」
名を呼んだだけで意図は伝わったようだ。
カノンが小さく頷く。
私の両腕に手をかざすと、淡い光が弾ける。
同時に腕がふっと軽くなった。
「あ、ありがとうございます……」
凝り固まった手首をぐるぐると回し、グー、パーと開閉する。
そのまま上に手を伸ばし天を仰いだ。
緊張していた背中が伸ばされ、ボキボキと骨が鳴る。
さらに脚を広げ、深く沈み股関節を伸ばす。
ターナーは表情を崩さないが、その目元にはわずかな興味が光っている。
エレンは腕を組んで無言のまま見つめていた。
カノンはどこか楽しそうに口元を緩めている。
……急に恥ずかしくなってきた。ここら辺にしておこう。
「それじゃあ、行きましょう」
ロイスの背に引っ張られるように、私たちは小屋を出た。
少し外を歩き、先導された建物の扉を開く。
カノンが抑えてくれた扉をくぐった瞬間、目に飛び込んできたのは――。
「……リング!?」
トレーニングルームの中央に、それはあった。
四角いリングにブルーのマット。
黒いロープはしっかりと張られ、コーナーポストは赤と青に彩られている。
キャンバスに染みついた汗と鉄の匂いは、懐かしさすら覚えた。
……異世界なのに、ここだけは変わらない。まさに実家のような安心感だった。
「リングは覚えてるんだな」
ロイスの声で我に返る。
「あ、えっとー……見て思い出したというか、記憶が呼び覚まされたというか……」
「ふーん……」
見透かされている気がして、居心地が悪い。
だが、そんなことはお構いなしに、リング端のエプロンに手を掛け、跳んだ。
二メートル以上の高さを助走もなしに跳躍し、音もなくリングに着地する。
ロイスが「早く上がって来い」と目で合図する。
後ろからの圧にも促され、リングの縁に手をかけた。
っとその前に。
この厚底ブーツはさすがに脱いでおきたい。
「裸足になってもいいですか?」
「もちろんだ。やりやすいようにやれ」
靴下まで脱ぎ裸足になり、脱いだ靴を場外に揃える。
ついでにパーカーも脱ぎ、畳んで靴の脇に置く。
あとはいつも通りだ。
慣れた所作でリングに上がり、トップロープを両手で掴み屈伸。
さらにマットの上で垂直飛びを数回。
……うん、間違いない。
リング自体のサイズこそ大きいものの、質感は間違いなく慣れているそれだった。
振り返り、腕を組み仁王立ちをしているロイスに対峙する。
改めて見てもデカい。
身長や体格が圧倒的なのはもちろんなのだが、それ以上に自信で満ち溢れた姿が、さらに大きく見せていた。
「……変わった服だな」
そう言われて、着ているティーシャツを見る。
真っ赤なハートと血みどろの悪魔がプリントされた、パンクバンド風の黒ティーシャツ。
確かに、この世界においては奇抜なデザインであろう。
「あっ、これは、ここに来る前に所属してたユニットのティーシャツで――」
「ユニット所属? なんてユニットだ?」
ユニット名は、日本においても、プロレスファン以外には馴染みがない。
この世界でいうユニットとは、きっと意味も立ち位置も違う。
でも、今さら誤魔化すのも変だ。
伝わるはずがないと思いつつも、正直にその名前を告げる。
「ラブデビルズ、っていうんですが……聞いたことないですよね」
ロイスがターナーらを見るが、みな無言で首を振った。
「初めて聞いたけどよぉ、なかなかいいユニット名じゃねえか!」
ラギの声が響き渡る。
ラブデビルズ――。直訳すると愛の悪魔。
このユニット名はとても気に入っている。
私が設立したユニットではないが、褒めてもらえるのは単純に嬉しい。
「まあいい……」
短く呟くいたロイスは、拳を握ったままゆっくりと天へ伸ばす。
伸ばし切ると同時に拳に炎が宿り、宙に舞って消えた。
小さな炎ではあったが、その真っ赤な炎は今にも爆発しそうな密度をしていた。
「フォティア王国、リベラブレイズリーダー、ロイス・アストラーンだ」
――カッコいい。思わず見惚れてしまう。
私も負けていられない。
胸元でハートを作り、観客に己を示すように掲げた。
……皮肉なものだ。
本来なら今頃はWWGPチャンピオンベルトの試合をしていたことだろう。
異世界に来てもリング上で同じことをするとは。
深呼吸ひとつ。
「……えっと、元?シャイニングプロレス、ラブデビルズ所属……」
そのハートを引き裂くように両手を左右に勢いよく広げ――魂を乗せて叫ぶ。
「ハートブレイカー、アカネです!」
聞こえるはずのないゴングが、頭の中に鳴り響いた。
【プロレス余談】
試合開始前、選手が一人ずつ入場しますが、その時にリングに上がった選手の紹介がされます。
今エピソード内では自ら名乗りましたが、実際は実況アナウンサーが
・身長、体重
・肩書き(◯◯チャンピオン、◯◯市観光大使、など)
・所属ユニット
・ニックネーム
・選手名
を叫びます。
そして名前を言われたタイミングで、選手が決めポーズで己をアピール。
この入場シーンや、同時に流れる入場曲もプロレスの魅力の一つですね!!
特に入場曲…有名な作曲家さんが、その選手のためにわざわざ作ってくれてたりしていて最高。
更なる余談ですが、、、
私の好きな入場曲はSHO選手の「120% voltage(ヒゲドライバー様作曲)」と、上谷沙弥選手の「Phenex Queen」です笑
ここまでお読みいただきありがとうございました!
作品はもちろんですが、プロレスに少しでも興味を持っていただけたら最高です。
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