第5話 異質②
加護――。
異世界転生ものの王道なら、私は特別な加護を授かっていて――
「こ、これは伝承に記されし英雄の加護……! そうとも知らず大変失礼を……!」
みたいな展開が来るのではないだろうか。
そうなれば捕虜から一転、一気にVIP待遇。
牢屋どころか王宮暮らし――これぞ理想の転生ライフ~!
……なんて都合よくはいかないか。
まずは加護が何なのか。
それを確かめるべく、おずおずとロイスに訊ねた。
「あ、あのー……加護っていうのは、一体なんなんでしょうか?」
室内の空気が、わずかに張りつめた。
ロイスはすぐに問い返さなかった。
一拍置いてから、視線だけを向ける。
「……加護の意味が分からない、ということか?」
まずい。言い方を間違えた気がする。
「あ、えっと……その……実はちょっと記憶が曖昧で。色々思い出せなくて……」
言い訳めいた言葉が、我ながら苦しい。
ロイスはそれ以上追及せず、眉根を寄せただけだった。
その横で、カノンが一歩前に出る。
「加護には二種類あります。『加護の記憶』と『加護の記録』。今から見るのは『加護の記憶』です」
「『加護の記録』……?」
「はい。生まれた時に授かる加護です。血縁と、生を受けた土地に由来するもので、生涯変わることはありません」
「自分はフォティアとシエラのハーフなんスよ! で、生まれたのはフォティア。だから、フォティア様の加護が七割、シエラ様の加護が三割って感じッスかね!」
ライノが相変わらず軽い口調で補足する。
なるほど。つまり国籍みたいなものか。
そう考えた途端、心中穏やかでなくなる。
当然、私はフォティアの血を引いているわけでも、この世界で生まれたわけでもない。
日本人の加護なんてものが、果たして映るのだろうか。
「っつーことだ。なんか思い出したか?」
「え、えっと……その……」
「ロイスさん、怖いッスよ~! そんなすぐ思い出さないって!」
ライノが助け舟を出してくれるが、カノンの真剣な眼差しに思わずたじろいだ。
疑っているわけではない。
ただ、真実を見極めようとしている目だ。
私は、堪らず目を伏せた。
その時――。
扉が勢いよく開かれ、静まり返っていた空気が一瞬で吹き飛んだ。
「おう! 連れてきたぞー!」
豪快な声とともに現れたのはラギ。その背後には、二人の男が並んでいた。
一人は四十代半ばほど。
体格はさほど大きくないのに、その眼光だけで場を支配した。
だが、それでいて不思議な温かさがある。
この人を支えたい、隣で戦いたい――そう思わせる力があった。
彼こそがこの街の軍を束ねる男だと、誰に教わらずとも理解できた。
もう一人は対照的だった。
身の丈は身長百九十センチを超え、岩のようにそびえる巨漢。
ピンと伸びた背筋と自信に満ち溢れた堂々とした姿が、獅子のような威圧感を放っている。
男のその手に、正八角形の平たい物体が抱えられていた。
あれが加護の鏡だろう。
鉄製の枠は冷たく重たそうで、中央に嵌め込められた乳白色の玉が鈍く光っている。
八つの角には赤、青、緑などの宝玉がはめ込まれており、無駄な装飾は一切なく、どこか神秘的な輝きを宿している。
「エレンも一緒か」
「一緒だと何かまずいか?」
エレンと呼ばれた男が、加護の鏡を机の置く。
「いや、別にいいんだがな。あんまり大ごとにはしたくなくてな」
「ふん……」
小さく鼻を鳴らし、エレンは入り口の扉横まで戻った。
「ターナーさん、来てもらっちゃってすみませんね」
「構わないよ。ラギッドから簡単に話は聞いた」
「で、こいつがそうなんですが……」
「ふむ……なるほどな。改めて話を聞かせてもらえるかい?」
ロイスとカノンが事の成り行きを説明する。
加護について知らなかったことは、話さなかった。
意図的に伏せてくれたのだろう。
ひと通り聞き終えると、ターナーは短く息を吐いた。
「ロイス。お前はこの娘を捕虜ではなく、戦力にしたいと考えているんだな?」
ロイスは迷いなく頷く。
「さすがターナーさん。お見通しだ。こいつからはマナを感じられない。なのにスキルで敵を倒してます」
「体術のみで敵兵を倒すほどの戦闘力、か……」
ターナーがうなる。
エレンは腕を組み、低くつぶやいた。
「――常識外だな」
エレンの眼差しが再び私に注がれ、反射的に身構える。
「とか言ってエレンも気になるだろ?」
「まずは加護の確認だ」
ロイスは肩をすくめて笑った。
「はいはい。じゃ、早速やりましょうかね」
机上に置かれた加護の鏡。
ターナーはそれを前に静かに口を開いた。
「アカネ、と言ったね。フォティア王国騎士団長のターナーだ。まずは突然の拘束と尋問、すまなかった。……我が国は隣国グラシエルと交戦状態にある。軍として、身元不明の者を放っておくわけにはいかなくてな。加護を見るのに協力してほしい」
やっぱりただ者じゃない。
雰囲気や言葉の端々から、その権威が伝わってくる。
「あっ、はい。もちろんです! それで身の潔白が証明されるのであれば……」
「ありがとう。これは『加護の鏡』。対象に宿る『加護の記憶』を可視化する魔具だ」
転生者の特権――特別な加護が本当にあるのかも、という期待。
一方で、もし――グラシエルの加護が発現してしまったら……?
手が震えるのを感じ、大きく息を吸って落ち着かせた。
そんな不安を吹き飛ばすように、ラギが手を叩いた。
「よし! まず俺がやってやるよ! なぁに、怖いもんじゃねえって証明してやる!」
「ちょっとラギさん! 自分もやりたいッス! 実はこれやったことないんスよ~」
ライノがラギの返事を聞くより先に、加護の鏡の前に進み出た。
「これ、どうやって使うんスか?」
ターナーがため息まじりに答える。
「鏡の中央に手をかざせばよい」
「了解ッス!」
ライノが右手を差し伸べると、中央の乳白色の玉が淡く光った。
次の瞬間、赤と緑の宝玉が同時に輝き出す。
特に赤い光は強烈で、炎が燃え立つように壁や天井に反射し、部屋の空気を赤く染めた。
緑の光はその周りを静かに揺らめき、二つの輝きは幻想的な紋様を描きながら消えていった。
その美しさに思わず息を呑む。
すごい……! 本当に異世界なんだ! こんなファンタジーな光景、プロレスの入場演出でも見たことない!
心の中で大はしゃぎしてしまう。
「おおぉー……! すげー! めっちゃキレイッスね! 今のがオレの加護かぁ……!」
「おいおいライノ、やるじゃねえか! やっぱ赤はいいよなぁ! 燃えてくるぜ!」
ライノとラギが声を張り上げ、狭い室内に活気が溢れる。
一方でロイスは眉をひそめた。
「ったく、いちいち騒ぐな」
「だってあんなド派手に光るなんて思わなかったッスよ! オレやっぱ情熱の男ッスね!」
「情熱で脳みそまで燃えてんだろ」
「ちょっ、ロイスさん、ひどいッスー!」
ロイスの軽口に、ライノがおおげさに反応した。
なるほど。加護については、何となく理解は出来た。
が、そこでひとつの疑問が生じる。
「加護があると具体的にどうなるんですか?」
……しまった。
つい素直な疑問を口にしてしまった。
言ってから後悔する。
「加護の強さはスペルの威力に影響します」
すぐさまカノンが答える。
「ライノさんが同じクラスの火属性スペルと風属性スペルを打った場合、火属性スペルの威力の方が高くなります。もちろん、加護だけで決まるわけではありませんが」
「要は、火の加護が強いヤツは火のスペルが得意ってことッスね!」
「得意というより、偏る、だ」
ロイスが補足する。
「だから戦力をみるときは重要な要素になる。まあ特に大事なのは『加護の記録』のほうだがな」
『加護の記録』はまた別の要素なのか。
気になるところではあるが、ここは触れないでおこう。
とりあえず、仕組みがわかった。
でも……日本で生まれた私に加護はあるのだろうか。
……いや、ないだろう。
だが私は、マナもなしに敵を倒した。
だからきっとあるはず。
何か特別な加護が……!
隠された力、英雄の加護、そういう力が……!
「アカネ。手をここに」
ターナーの低い声で鼓動が高鳴る。
呼吸が乱れ、手のひらに冷たい汗がにじむ。
「は、はい!」
緊張しながら、拘束されたままの両手を加護の鏡の中心に近づける。
先ほどライノがやってみせたのと同様、中央の玉が淡い光を宿す。
……来る…………! きっと……特別なのが!
全宝玉が一斉に輝くとか、鏡が割れるとか……そういうチート展開……!
――しかし。
宝玉は、ひとつも光らなかった。
「……無加護、です」
束の間の沈黙の後、カノンの小さな声が響いて広がる。
その一言は、胸の奥に冷たい杭を打ち込んだ。
リングに上がることすら許されない――そんな宣告を受けたようだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
作品はもちろんですが、プロレスに少しでも興味を持っていただけたら最高です。
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