第4話 異質①
――どれほど走っただろう。
やがて道が整えられ、揺れが和らぐ。
視界の先には高くそびえる火山。そのふもとに寄り添うように街並みが広がっていた。
赤茶色の屋根が斜面に段々と積み重なり、最上段には石造りの城がそびえ立つ。
その城を囲むように城壁が巡らされ、背後からは火山の黒々とした影が迫っていた。
ロイスの先導で、街の外れから静かに帰還する。
人通りの少ない城壁沿いを抜け、衛兵のいる城門前で馬を止めた。
衛兵は一団を見るなり、右腕を胸の前に真っすぐ立てた。
拳は握りしめたまま、手の甲を見せる。独特の敬礼だ。
ロイスが軽く手を挙げると、合図を受けた衛兵が門を開いた。
城門をくぐった途端、空気が変わる。
遠くからは活気ある声や剣を打ち合う訓練の音が響いてくる。
眼前に迫る城は近くで見ると更に大きく、この国の繁栄を一目で物語っていた。
門を抜けてすぐの厩舎には、毛並みのいい馬たちが並んでいる。
先に降りたカノンが、私の手を取って下ろしてくれた。
それぞれ馬を預け、外套を脱ぐ。
ロイスの服越しでもわかる厚い胸板に、丸太のような腕。
軽鎧を外すと、鍛え抜かれた肉体が露わになる。
カノンは紫と白を基調とした革鎧に身を包み、静かな強さを漂わせていた。
ライノ、ラギもそれぞれ異なる革鎧をまとい、四人揃った姿はまるでリング上のプロレスラーたちを思わせた。
彼らは私を連れて、厩舎脇の小さな木造小屋へ向かう。
窓は小さく、光はわずか。
机と椅子だけの質素な部屋だった。
「ま、そこに座んな」
「あっ、はい」
ロイスの低い声に従い、椅子に腰を下ろす。
両腕はまだ拘束されたまま。
正面にロイス、左にカノンとラギ。後方の壁にはライノがもたれかかっている。
四人のまなざしが注がれ、息が詰まりそうになった。
「拘束はまだ解けなくてすまんな。体調はどうだ?」
「おかげさまで、少し落ち着きました」
「それはなにより。で、早速だが――お前はどこの国のモンだ?」
いきなりの核心を突く質問に、思わず肝を冷やした。
平静さを装いつつも、声がわずかに震える。
「日本という国から来たんですけど……ご存じありませんか?」
「ニホン……聞いたことあるか?」
三人とも無言で首を振った。
やっぱりこの世界には日本は存在しない。
もしかしたら、という淡い期待が一瞬で砕け散った。
「それで、あそこで何をしていたんだ?」
何をしていたか――。
そんなのこっちが聞きたいくらいだ。
「本当に覚えていないんです。目が覚めたらあそこにいて……急に仮面をつけた三人に襲われて、それで――」
「ああ、そこからは見てた。見事なヘッドシザースだったな」
「そうです! って、えっ!? わかるんですか!?」
プロレス技の名称が通じた。
その事実に思わずテンションが上がる。
急にテンションの上がった私に驚き、ロイスがたじろいだ。
「あ、ああ……。それより、話を戻すぞ」
「えっ、あ、はい」
ロイスは軽く咳払いし、空気をもう一度締める。
さっきまでの驚きは跡形もなく、軍人の顔に戻っていた。
なぜこの異世界でプロレス技の固有名称が通じたのか。
胸の奥につっかえが残したまま、次の質問に移った。
「急に襲われたと言ったな。あの三人に見覚えは?」
「まったくないです」
「まあ、そうだろうな」
「アカネちゃん、よくあの状況で戦えたッスよね! 普通は腰抜かしちゃうッスよ!」
ライノが笑いながら口を挟む。
「そ、そんな、余裕がなかったっていうか、咄嗟に体が動いちゃっただけで……」
「咄嗟に動けちゃうのがすごいッス! あれは普段から鍛えてる動きッス!」
ロイスがわずかに目を細める。
「……アカネ。お前、マナないよな?」
「マナ……?」
「ああ。マナなしにあのスキルの威力はなかなか信じられなくてな。雑魚兵とはいえ、それなりに鍛えられたやつらだ。それを一発でぶっ飛ばした」
ロイスは短く息を吐き、腕を組み、ただアカネの顔を真っ直ぐに見ていた。
「……お前は、何者だ?」
突如変わった声のトーンに心臓が跳ねる。
その声は低かったが、責める響きではなく事実を知りたいという真っ直ぐな圧だった。
異世界から転生してきました、なんて言ったら信じてもらえるだろうか。
――いや、まだそれは言うべきではないだろう。
まずは話せる範囲で、事実だけを話すとする。
「さっき言った日本っていう国で、プロレスラーをやっていました。毎日トレーニングをして、体力つけて、試合をして……戦うのが仕事でした」
「プロレスラー……?」
ロイスが数秒黙り込む。
カノンはその横顔をじっと観察している。
彼女の瞳だけが、記憶の底に沈む断片を探るように、かすかに曇った。
「最後に。――アカネ、お前はこれからどうしたい?」
「私は――もしできるなら、命を救ってもらったロイスさんたちの元で、戦いたいと思っています」
「そうか。カノンはどう思う」
「嘘をついているようには思えません。ただ、不審な点が多いのも事実です」
否定はできない。
客観的に見て怪しすぎる。
こうして話を聞いてもらえているのが、むしろ不思議なくらいだ。
「俺もそう思うぜ! 少なくともグラシエル兵じゃあないだろう!」
ラギの声は相変わらず大きい。
狭い小屋に響き、アカネは肩をびくつかせた。
「それに……いえ、すみません。なんでもありません。――加護を調べてみてはいかがでしょうか」
ロイスは短く息を吐く。
「そうだな。どちらにしろ俺一人だけじゃ判断できねえ。どっか他の国のスパイである可能性も、まだゼロじゃねえ。信用はしているがな、手順は踏む必要がある」
「手順……?」
「加護を見させてもらう。問題ないな?」
「は、はい。よくわからないけど……大丈夫、だと思います」
加護。
またしても登場した、聞き慣れない言葉に心がざわつく。
「ラギ、悪いがルークさんを呼んできてもらえるか? 加護の鏡もな」
「オッケー、任せとけ!」
ラギが大股で扉へ向かう。
去り際――こちらを横目に、にやりと笑った。
「なんかあるなら今のうちだぞ!」
「べ、別に何もないですよ!」
「なら安心だ、がっはっは!」
加護の鏡。
それを使えば、私の身分がわかるのだろうか。
この世界では、加護が身分証みたいなもの……?
だとしたら――この世界の外から来た私は、鏡に何を映すのだろう。
そんな不安を置き去りにするように、ラギは豪快に扉を開け放ち、そのまま外へ出て行った。
【プロレス余談】
プロレスラーは本当に毎日トレーニングをしています。
そして、全国巡業をしている人気団体に所属している選手は年間で100試合以上もするんですね。
3日に1回のペースです。
それに加えてトレーニングや広報活動…。
また地方での試合は日帰りというわけにはいきませんから、それだけ日数も取られます。
本当に休みがない、過酷すぎる職業…!
ここまでお読みいただきありがとうございます!
作品はもちろんですが、プロレスに少しでも興味を持っていただけたら最高です。
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