第3話 邂逅③
体が重い。
じわじわと力が抜けていくような、奇妙な倦怠感が全身にまとわりついていた。
毎日ハードなトレーニングを積んできた私でも、ここまで疲労を覚えることは滅多にない。
自分の体じゃないみたいに、手足の反応が遅れてついてくる。
馬の傍らでは、ライノとラギが低く言葉を交わしていた。
だが私の耳には、言葉の断片がぼんやりと届くだけ。
まるで水の底に沈んだみたいに、音の輪郭がぼやけていた。
やがて――森の奥から足音が近づいてきた。
枝葉をかき分け、ロイスが姿を現した。
特に疲れた様子もなく、余裕そうな表情を浮かべている。
「待たせたな」
片手を上げるロイス。
言葉は簡潔だが、そこに込められた安堵は感じ取れた。
その目に宿るのは警戒よりも確認や気遣いで、敵意はどこにもない。
「ロイスさん、お疲れさまでした」
「おう。特に変わったことはないか?」
ロイスは私のほうへ一瞬だけ目をやり、すぐにカノンへと戻す。
「はい、異常ありません」
「そうか」
軽く息を吐くと、今度はしっかりと私に向き直った。
「さて……急に拘束してすまなかったな。っておい、随分と顔色が悪いな。大丈夫か?」
「すみません……ちょっと状況の整理が出来てなくて……」
自分の声が、思ったより弱々しい。
口に出した瞬間、胸の奥がひゅっと縮むような感覚が走る。
自分がどれほど動揺しているか、遅れて理解した。
「別に取って食うつもりはねえよ。ただ……まあ、ちょっと気になってな。俺はリベラブレイスのリーダー、ロイスだ。お前は?」
「アカネといいます」
「アカネ、か。色々聞きたいことがあるんだが……ひとまずここを離れたい。悪いが、一緒に来てもらえるか?」
急な問いかけだったが、迷う理由はなかった。
さっきの襲撃者たちとは違い、この三人には敵の気配がない。
警戒心が消えたわけじゃないけれど、それでも本能的に大丈夫だと思えた。
そもそも――今の自分が頼れる相手は彼らしかいない。
こちらから同行をお願いしたいくらいだ。
「……はい。お願いします」
自然に返事が出た。
「よし……じゃあ、早速行くか。カノン、アカネを頼む」
「かしこまりました」
カノンに助けられつつ、馬に跨る。
手首は拘束されたままだが、鞍は思ったより安定していて、落ちそうな不安はなかった。
馬の体温が背中に伝わり、同時に、身体の強張りが少しずつほぐれていく。
先頭にいるロイスが、首も動かさずにちらりとこちらを見た。
「具合が悪くなったらすぐ言えよ。慣れてないと酔うしな」
「……はい」
「あんまり心配すんな。あくまで保護だ」
その一言だけで、胸の重さが少しだけ軽くなった。
乱れていた呼吸が、ようやく一定に戻る。
「なんだかやけに優しいッスね~。アカネちゃんに何かあるんスか?」
「ロイスは生涯独身だろうからなあ! 養子でも探してるのかもな、がっはっは!」
ライノとラギが茶化す。
今はその軽口が心地よかった。
「うるせえ。行くぞ!」
ロイスの合図で馬が歩き出す。
やがて速度が上がり、ぬるい風が頬を撫でた。
空を仰ぐ。
ほんの数時間前まで、私はリングに立つつもりだった。
メイクをし、コスチュームをまとい、テーピングを巻き。
大歓声の中、入場曲と共に花道を歩き。
夢に見たタイトルマッチへ挑むはずだった。
……なのに、今は異世界で拘束されている。
ゴングも実況もなく、聞こえるのは風と蹄の音だけ。
思い入れが強かった分、喪失感も大きい。
気を抜けば涙がこぼれそうになったが、まぶたの奥に熱を閉じ込め、ぎりぎりのところで踏みとどまった。
目の前が真っ暗になる。
私の……記念すべき日…………。
とんでもない日になってしまった。
そして、そんな重大な感情が渦巻いている最中―― ふっと、胸の奥の苦しさを押しのけるように、ひとつの思考が浮かんだ。
「この世界にプロレスあるかな……」
――どこまで行っても私はプロレスバカだった。
【プロレス余談】
試合当日はどんなに有名なスター選手でも、髪型のセットアップやメイク、衣装用意などは自分でやっていると言われています。
なので試合時間よりかなり前に会場入りしてウォーミングアップ、メイク、着替えなど済ませます。
選手によってはファン向けの撮影会、サイン会などもあったりします。
ちなみに最近では…某ユニットの三人タッグで試合をする際、衣装を合わせようという話をしていたにも関わらず、違う衣装を持っていってお揃いにならずイジられる選手がいて面白かったです。
あとは、雪による渋滞で衣装が間に合わずジャージで試合をする選手とか!笑
こういったアクシデントをいかにプラスに変えるか、ほれは選手個人のアドリブ次第なので面白いですね。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
作品はもちろんですが、プロレスに少しでも興味を持っていただけたら最高です。
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