第29話 覚悟②
――いよいよ今日はタイトルマッチ。
テーピングを巻き、メイクをして、コスチュームをまとい、準備は万端。
超満員の天楽園には、私の入場曲が流れている。
ライトアップされた花道を歩き、リングに上がった。
モニターには割れて引き裂かれたハートの映像。
「青コーナー! ラブデビルズ所属! ハートブレイカー……! アカァァァァネェェェェー!」
会場内に私の名前が響き渡った。
それに応えるように、手で作ったハートを引き裂く。
「ア・カ・ネ! ア・カ・ネ!」
観客も私の名前を叫び、会場を盛り上げる。
天井のスポットライトを見上げる。
眩しい。
目を閉じると、瞼の奥に一筋の光が見えた気がした――。
「……カネ、……アカネ!」
目を開けると私はカノンに抱えられながら、マットに横たわっていた。
「カノン……?」
そうだった。
私はさっきまでここで――。
思い出した。
「……黒い炎!」
起き上がって右手を確認するが、それはもう消えていた。
「さっきの黒い炎は……」
今まで何度も拳に炎をまとわせてきた。
けれど、あんな色は見たことが無かった。
「ん……ああ……」
ロイスの歯切れが悪い。
まるで、見てはいけないものを見てしまったかのようだ。
もしかして……本当に良くないものとか、不吉なものなのだろうか?
闇の力とか、悪魔の化身とか、そういう?
「……カノンも見えたよな?」
そう聞かれたカノンの表情にも、動揺の色が浮かんでいた。
「……はい。アカネの『火炎』。確かに黒い炎でした。……ただ、それが伝承と同じものかは、断言できません」
「最後のスキル。アカネのマナ量じゃ、ありえない威力だった」
「……では」
「ああ。『黒炎』だろう」
私だけが話についていけない。
黒い炎――『黒炎』?
「アカネ、改めて聞く。……お前は、何者だ」
初日と同じ質問。
「あのときには言えなかったことや、まだ隠していることがあるなら言ってみろ。信頼はしているつもりだ」
私は何者で、どこから来たか――。
それを説明するには、どうしても避けられないことがある。
前世の話だ。
本来であれば話すべきではないのだろう。
でも、この二人なら――。
「私も……お二人を信頼しています。そして、まだ言えていないことがあります。信じてもらえるかわかりませんが、聞いてほしいです。私は――」
意を決して、二人に全てを話した。
別の世界から来たこと。
その世界の、日本という国でプロレスラーとして生きていたこと。
そこでは、プロレスがスポーツであり、興行であること。
大事な試合の日に、事故で死んだであろうこと。
そして、気付いたらあの森にいたこと。
私がわかる範囲で、全てを話した。
「……なるほどな。にわかには信じられない話だが……」
ロイスは顎に手を当て、目を細めた。
そして自分の考えを整理するように、天井を見上げた。
「加護が無い。マナも無い。なのに体術だけは一流。全部、辻褄が合う」
そのまま静かに続ける。
「黒炎は……伝承にしか存在しない力だ」
「伝承……?」
そこでロイスは、カノンに視線を送った。
「はい。過去に確認されている黒炎の使い手は二人だけ」
二人だけ?
その力が私に?
「一人は、フォティア王国初代国王、エクス・グランディア王。かつてモンスターが跋扈していたこの地を制し、フォティアを建国した人物よ」
「初代国王……」
「もう二千年以上前の話。そしてもう一人は、マナレスを世界に広め、戦乱の世を治めた英雄アリオン様。この話は少ししたわね」
プロレスにマナが加わってマナレスになった、という話だったはずだ。
それを世界に広めたのが、英雄アリオン……ということか。
「二人とも、歴史の転換点にいた人物よ」
「黒炎は、世界を滅ぼす力にも、世界を救う力にもなる。どう扱うかはアカネ、お前次第だ」
世界を揺るがすほどの強大な力。
現実味がなくて、遠い出来事のように感じる。
「平穏に暮らしたいなら、リトルファイヤーを辞退して、一般市民として生きてもいい。手続きはしてやる」
私は拳を握りしめる。
「アカネ、お前はこの世界で何がしたい?」
真っ直ぐな問い。
離れるか、進むか。
――私がしたいこと。
そんなの、最初から決まっている。
「私は、この世界でもプロレスがしたいです。プロレスで、人々を喜ばせたいです」
ロイスを真っ直ぐ見据えて言う。
「……つまり、前の世界と同じように、興行としての戦いをしたいってことか」
「はい。フォティアだけじゃなく、グラシエルも、他の国も。全部巻き込んで、プロレスがしたいです。争いを止めて、プロレスがしたくてしたくてたまらなくなるくらい、その魅力を知らしめてやります。それで――私が初代チャンピオンになります!」
自分でも笑いそうになるくらい、でかい夢。
でも、本気だ。
「それはなかなかスケールのデカい話だな。国同士で戦争なんかしてたら夢のまた夢ってわけだ」
「はい。だから――」
喉がひりつく。
それでも、視線は逸らさない。
「私の黒炎が誰かを救う力になるなら。私はそれを使います!」
その言葉にロイスはふっと笑った。
「……どこまで行ってもプロレスバカってことか。アカネらしいぜ」
「はい!」
「なら、やることはひとつ。単純だ。強くなれ。黒炎を使いこなせ。そして、戦争を終わらせてみせろ」
「はい!」
ロイスはふん、と鼻を鳴らし、頭をぽりぽり掻いた。
「ったく、また俺の直感が当たっちまったぜ。ま、ここまでやばい力とは思ってなかったがな」
「アカネ、黒炎のことは誰にも話さないように。独り言も禁止よ」
「そうだよね……。ここだけの話にします!」
「ああ、黒炎を邪神の力だと考えてるやつもいるにはいるんだ。そうでなくても、他国にとっては脅威だ。バレたら……最悪、消されるだろうな」
「け、消される!?」
「三人だけの秘密だ。ターナーさんだろうが言うんじゃねえぞ」
「わ、わかりました……」
どうやら私は、自分で思っていた以上のものを抱えてしまったらしい。
これを、自在に使いこなせるようになったら――。
「強大な力には、リスクが伴う。だから、絶対に人前では使うな」
「使うなって言われても、どうやったら使えるのか、わかってないんですけど……」
「使いこなせるようになるまでは、俺とカノンが面倒を見てやる」
「頼みますよ! 黒炎の力が暴走なんてことがあったら、私消されちゃうんですからね!」
一難去ってまた一難。
でも、決めたからには、全力だ。
この世界にプロレスを広めて、チャンピオンを目指す。
「ま、とりあえずおつかれさん。カノンも色々ありがとうな」
「いえ、アカネのことは私も把握しておく必要がありますから」
カノンはそう言うと、私に両手を差し出した。
「アカネ、まだ言ってなかったわね。合格、本当におめでとう」
カノンが優しく笑い、私の手を取った。
「あっ……ありがとう、カノン!」
一番長く時を過ごし、一番近くで見守り、一番私が心を許している相手。
どうしよう……一番嬉しい。
涙がこみあげてくるのを必死に抑え、私もカノンの両手を握り返した。
二人で目を見て笑い合う。
「そんじゃあ、明日からのアカネに……フォティア様のご加護があらんことを」
ロイスが拳を突き出す。
カノンも、そこに拳を合わせた。
大きな深呼吸をひとつし、無言で自分の拳を重ねた。
ここから始まる。
私の、二度目のリング人生が。
こちらで【第一部 入団テスト編】は終了となります。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
【リトルファイヤー編】も書き進めていますので、
毎日投稿できるくらいになりましたら、また投稿したいと思います。
これからもよろしくお願いします!




