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第28話 覚悟①

 仰向けのまま天井を見上げる。

 焦点が合わず、木目がにじむ。

 呼吸も意識もおぼつかない。


 右腕の感覚はない。

 それでも、なんとか指先は動く。

 ロープへ手を伸ばし、ゆっくりと身体を起こした。


 横でロイスが肩や手首を回して体をほぐしている。

 効いたなんて言ってたくせに、平然と立っている。

 まったく、どれだけ強いんだ。


 リングサイドでは、ターナーとエレンが無言で視線を交わしている。

 ターナーはゆっくりとロープをくぐり、リングへ上がってこちらを向いた。


「ふたりとも、素晴らしい試合だったよ。ロイスは言うまでもないが、アカネ。マナを体得しただけでも大したものだが、スペルも修得し、スキルにさらに磨きがかかったね」

「あ、ありがとうございます」

「特に最後のラリアット。あれは凄かったよ」

「あれは……咄嗟に思いついて、夢中で打ちました」

「そうだったのか。戦いの中で成長できる、その臨機応変さは戦う者として大事な才覚だ」


 ターナーは一度目を伏せ、そして私を真っ直ぐに見た。


「合格だ。よくやったな、アカネ」


 その言葉を聞いた瞬間、全身の力が抜け、マットに座り込んだ。


「はぁー……良かった……!」

「これで晴れてリトルファイヤーだ」


 パチパチと拍手の音が聞こえる。

 リングの外を見ると、カノンが嬉しそうに笑みをこぼしながら手を叩いていた。

 それにつられるように拍手は広がり、トレーニングルーム全体に響いた。


 エレンが小さな笑みを浮かべながら、リングサイドにやってきた。


「おめでとう、アカネ。リトルファイヤーへの手続きはほぼ済んでいる。落ち着いたらジ・オーダーのユニットベースへ来てくれ」

「エレンさん、ありがとうございます。でも、なんで……」

「君の成長を信じて動いていた者たちがいてね。その通りの良い試合だったよ」


 エレンの差し出した手を、握り返す。

 私の成長を――信じて動いてくれた――。

 それはきっと――。


 リングからトレーニングルームを見渡す。

 みんなの笑顔が見えて、胸が熱く震える。


「では、私たちはこれで失礼するよ。アカネ、期待しているよ」


 ターナーはリングを下り、エレンと一緒にトレーニングルームを出て行った。


 期待、してもらえるんだ。

 素直に嬉しい。


 そうだ。

 私が今ここに立てているのは、初めてここに来た時、ロイスさんが取り持ってくれたからだ。

 この試合もそうだし、マナリアクターのお礼も言わないと。


「ロイスさ……」

「ああああアカネちゃーーーーん!」


 リングに上がってきたライノに勢いよく飛びつかれた。


「良かった! 良かったッスーーーー! ロイスさんがスキル出したときはどうなるかと思ったっスけど、アカネちゃんの頑張りが実を結んで……オレ、もうっ……!」


 ライノが泣きながら喜んでいる。


「ライノさん、ありがとうございます……!」

「アカネちゃんの炎のスキル、めちゃくちゃかっこよかったッスよ! ラギさんのアドバイスが活きて良かったッス! ね、ラギさん!」


 ラギの返事がない。

 不思議に思って振り返ると、ラギは目を閉じたまま静かに涙を流していた。


「えっ、ラギさん! な、泣いてるんですか!?」

「……アカネ、よく健闘した。熱い試合だったぜ……」


 あのいつも暑苦しく豪快なラギが、鼻をすんすん鳴らしている。

 そこにライノも加わり、ふたりは抱き合って感傷に浸っている。


 嬉しいのにそれがおかしくて、リングサイドまで来たカノンと目を合わせて笑った。

 ロイスも面白いものを見るように、口角を上げてこちらを見ている。


「ロイスさん、ありがとうございました!」


 私はロイスの前に行き、深々と頭を下げた。


「マナリアクターもありがとうございました。改めて、これからもよろしくお願いします!」


 ロイスがじっとこちらを見つめる。


「……だから言っただろ。俺の直感は当たるってな」


 そう言うとロイスはにやっと笑った。


「リトルファイヤーで揉まれてこい! また手合わせしてやるからよ」

「は、はい!」


 念願のリトルファイヤー。

 応援してくれるみんなの気持ちに応えるんだ!


「カノン、少しいいか」

「はい」

「アカネはここにいろ。すぐに戻る」


 そう言って、ロイスとカノンはトレーニングルームを出て行った。


「アカネちゃん! オレらも行くッスね! 今日はゆっくり休むんスよー!」

「アカネ、困ったことがあればいつでも頼れよ! 待ってるぜ!」


 肩を組んで、ライノとラギも行ってしまった。

 ひとりトレーニングルームに残り、余韻に浸る。

 最後のラリアット、『ハートブレイク・バースト』――。


 扉の音がして、意識を引き戻す。

 ロイスとカノン、二人とも何やら深刻そうな顔をしている。

 ……なにかあったのだろうか。


「待たせたな。アカネ、ひとつ確かめたいことがある」


 ロイスの視線が鋭い。


「試合の最後だ。お前がラリアットを打ったとき……何か、特別なことをしなかったか?」

「特別なこと、ですか? いつも通り全力でスキルを打っただけですが……」

「そうか……」


 納得したような、していないような顔。


「何か気になることがありましたか……?」

「いや、俺の思い違いかもしれねえ。だが、ハッキリさせておきたい」


 なんだか嫌な予感がする。


「アカネ、もう一度俺にスキルを打て。もちろん全力で、だ」

「えっ!?」

「さっきのでわかってんだろ。お前が全力出したところで、俺にはかすり傷ひとつつかねえ。遠慮すんな」

「ぐぬぬ……じゃあ、いきます……っ!」


 挨拶代わりの逆水平チョップ。

 流れるように、右足を軸にハイキック、そのまま回転して……ローリングソバット!


「相変わらずキレはいいな。だが全然だ。さっきのほうが効いたぜ」

「くっ……」


 合格して、ちょっと浮かれてるのかも。

 気を引き締め、全身にマナを巡らす


「こっちからも行くぜ」


 ロイスが右手を掲げた。

 淡い光。

 瞬時に形成される、複数の赤い魔法陣。


「ちょっ、ロイスさん!?」

「『火炎弾フラム・ショット』!」


 焦る私をよそに、複数の火の玉が容赦なく飛んできた。

 それをすんでのところで回避する。


「ちょっと、遠距離スペルはずるいです!」

「はっはっは。悔しかったら、お前も使ってみろ」


 無茶を言う。


「まだ『火炎フラム』しか習ってないのに!」

「なんだ、そうなのか。じゃあ『火炎フラム』を全てのマナを使い切る気持ちで発動させろ。そして俺にぶつけてみろ」

「わ、わかりました……!」


 マナを右手に集中させる。

 魔法陣を投影し、『火炎フラム』を唱えようと口を開いた、そのときだった。


「まだだ! 限界まで右手にマナを込めろ!」

「え……!? これ以上ですか!?」

「いいから続けろ!」


 スパルタすぎる……!

 言われた通り、全身のマナを拳に送り込む。


「くっ……もう……!」


 右手が悲鳴をあげる。

 こんなにマナを溜め続けたことはない。

 まるで重いダンベルを持ちっぱなしにしているようで、腕まで痺れてくる。

 そろそろ魔法陣を投影し――。


「まだだ! 後のことは考えるな!」

「……っ!」


 返事をする余裕もない。

 こらえるが、もう無理だ――!


「よし、来い!」

「――っ! 『火炎フラム』!」


 今までで一番大きな炎が、右腕全体を覆った。

 半ば前に倒れ込むような形で、痺れる右腕をロイスに――!


「ハート……ブレッ…………!」


 全てのマナを乗せたラリアットが、ロイスの胸を打ち抜いた。


「ぐっ……!」


 その衝撃に後ずさるロイス。

 私はその場に倒れ込んだ。


「はあっ……はあっ……」


 なんとか顔を上げるが、視界はぼやけている。

 顎からは汗が流れ落ち、頭は締め付けられるように痛い。

 うまく息が吸えず、苦しい。


「……っ……はあっ……」

「アカネ、お前の右手――」


 ロイスに言われて見ると、右手には――消えかけの漆黒の炎。


「黒い……炎……?」


 その光景を最後に、意識が途切れた。

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