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第25話 挑戦①

「んーっ……」


 カーテンの隙間から差し込む朝陽で、目が覚めた。

 昨日の雨で濡れた地面が、朝の光を反射している。

 晴れ間と曇り空がちょうど半々の空模様だ。


 いよいよ――試合の日。

 結果次第で、この世界での、私の身の振り方が決まる。


「……やるぞっ!」


 自然と気合いが入る。


 身支度を整え、リビングへと続く階段を下りる。

 ふわりと漂ってくる、朝食の匂い。

 試験に合格すれば、明日からはリトルファイヤーとして寮生活が始まる。

 ノクティオ家と離れることを考えると、寂しさがこみ上げてくる。


「おはよー、アカネ! ねえちゃん、とっくに出かけたぞ!」


 リビングに入るなり、エルダの元気な声が飛んできた。


「おはよ、エルダ! えっ、カノン先に行っちゃったの!?」

「カノンは買い出しに行ったよ。すぐ戻ってくるさ」


 驚いていると、ソファでくつろいでいたブルーノが答えた。


「あ、そうなんですね。ブルーノさん、おはようございます。朝にお家にいるの珍しいですね!」

「おはよう、アカネ。今日は仕事が休みでね」

「休みー! おでかけだー!」

「おでかけー!」


 今日は、ブルーノが子どもたちを連れて出かけるらしい。

 エルダとチエリは、嬉しそうにその場でぴょんぴょん飛び跳ねている。


「アカネちゃん、おはよう! カノンが戻るまで子どもたちの相手、頼めるかい?」


 キッチンから、クララの声が飛んでくる。


「もちろんです!」


 リトルファイヤーになれば、しばらくはこうして遊ぶ時間も取れなくなるかもしれない。

 それを意識した途端、エルダとチエリの顔をいつもより少しだけ長く見てしまった。


「よーっし! 二人とも、かかってこーい!」


 向かってくるエルダを軽く抱え上げ、くるりと一回転。

 そのままマット代わりの絨毯に転がす。

 エルダの真似をして続くチエリも、同じように抱えて転がした。

 二人ともきゃはきゃはと笑っている。


 人見知りが完全に解けたとは言えないが、この五日間でチエリとの距離もグッと縮まった。

 ほどなくして、玄関の扉が開いて、カノンが帰ってきた。


「ただいま。あっ、おはよう、アカネ」

「カノン、おかえり! おはよう! 買い出しに行ってたんだって?」

「うん。今日はいい天気になりそうよ」

「やったね! 絶好の試合日和だー!」

「ふふふ、朝から元気ね」


 みんなで食卓につく。

 特別なことは何もない、いつもの朝。


「「フォティア様の恵みに感謝を」」


 いつものようにお祈りをして、朝食を食べ始める。


「アカネちゃん、今日は入隊テストね! たくさん食べて、頑張っておいで!」

「ありがとうございます! クララさんのご飯美味しいから、入隊テスト関係なくたくさん食べちゃいます!」

「あっはっは! リトルファイヤーになってもいつでも遊びにおいでね!」


 食堂の食事も気に入っているが、クララの料理は格別だ。

 この世界での、おふくろの味。

 ノクティオ家と食べる食事は、胃袋だけじゃなく、気持ちまで満たされる。


「ふー……ごちそうさまでした! 美味しかったぁ」

「相変わらずいい食べっぷりねえ!」

「えへへ。いつもありがとうございます、クララさん」

「アカネ、これ」


 カノンが小さな実を差し出した。

 クランベリーのような見た目の果実。

 赤く、ツヤツヤとしている。


「これは?」

「朝採れのアリオンベリーよ。フォティアでは、大事な日にみんなで食べるの」


 朝採れ――。

 カノンが買い出しに出かけていた理由がわかった。


「カノン、ありがとう! 美味しそうだね!」

「みんなで食べましょう」


 カノンは家族ひとりひとりに手渡していく。


「チー、これきらーい……」

「おれも苦手ー!」

「二人が頑張って食べたら、アカネも頑張れるさ。みんなでアカネの健闘を祈ろう」


 ブルーノに促され、エルダとチエリは渋々といった様子で実を受け取った。

 子どもには不評なのか……どんな味がするんだろう。


「「フォティア様のご加護があらんことを」」

「あっ……フォティア様のご加護があらんことを」


 いつもとは違う祈りを見よう見まねで復唱する。


「さ、アカネ。食べてみて」


 アリオンベリー。

 カノンに勧められ、みんなに見守られながら口に入れる。

 ひと噛みした瞬間、強烈な酸味が口いっぱいに広がった。


「すっぱ……っ!」


 その酸っぱさに、反射的に口をすぼめる。

 味わうどころではない。とにかく、酸っぱい。


「はっはっは! どうだい、初めてのアリオンベリーは?」


 ブルーノが待ってましたと言わんばかりに笑って聞く。


「んー! めちゃくちゃ酸っぱいですよ! なんで教えてくれないんですかー!」

「アカネ、へんな顔ー!」

「へんなかおー!」


 エルダとチエリもおかしそうに笑っている。

 みんなもそれぞれアリオンベリーを口にすると、私と同じように顔をしかめた。

 その表情がおかしくて、私も笑ってしまう。


 食卓を片付け、出発の準備をする。


「じゃあ、アカネ。そろそろ行きましょう」


 カノンの言葉に、エルダとチエリがこちらに駆け寄ってきた。


「アカネ! 応援してるぞー! リトルファイヤーなるんだぞー!」

「おー!」


 エルダが拳を突き上げ、チエリも真似して声を上げる。


「うん、任せて! エルダ、チーちゃん、ありがとう!」


 エルダとチエリの頭を撫でた。

 玄関へ向かおうと体をかえすと、小さな力を感じた。

 振り返ると、チエリが外套の裾をつまんでいる。


「……アカネ、がんばってね……」


 小さな声で、もじもじと照れくさそうにこちらを見上げるチエリ。

 勇気を出してくれたのが伝わってきて、胸に嬉しさが広がる。


「チーちゃん……! ありがとう! 頑張ってくるね!」


 思わずチエリの小さな背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。

 カノンを見ると、驚きながらも優しい目になって微笑んでいる。


 「アカネちゃん」


 立ち上がると、クララとブルーノが声をかけた。


「アカネちゃんなら大丈夫よ。全力でやっていたんだもの!」

「帰ってきたらリトルファイヤーだな。楽しみにしてるよ」

「……はい!」


 みんなの温かい声援に、うるっときてしまう。

 それを隠すように短く返事をして、玄関の扉に手をかける。


「それじゃあ、行ってきます! 絶対、リトルファイヤーになってくるから!」


 背中越しに、みんなの「行ってらっしゃい」が重なる。

 その声に押されるように、一歩、外へ踏み出した。



「あっ、カノンさん、アカネさん! おはようございます!」


 いつものパン屋の店先で、ナコが元気に挨拶をした。

 この時間は朝の買い物ラッシュが過ぎて落ち着いている。

 陽の光を受けてツヤツヤと輝くパンも半分以上は売れ、その人気が一目でわかる。


「おはよう、ナコちゃん。いつものパイよろしくね」

「はい! いつもありがとうございます!」

「今日もいい匂い!」


 私は店頭に並ぶパンを眺め、焼きたての匂いを吸い込んだ。


「えへへ、まだまだ焼きますからね! 新メニューも開発中なんですよ!」

「甘い系? 惣菜系? 今から楽しみー!」


 はじめの頃は何を話そうかと少し緊張していたが、今ではちょっとしたおしゃべりが当たり前になっている。


「アカネさん、この前話してた入隊テスト、今日ですよね?」

「うん! 頑張ってくる!」

「やっぱり! ファイトですよっ!」


 ナコが、笑いながらぐっと拳を握る。

 この屈託のない笑顔も、人気の理由のひとつだろう。


「アカネさんなら絶対大丈夫ですよ! だって、毎日うちのパン食べてるんですもん!」

「あはは、そうかも!」

「そうですよ! 昔からうちに来てくれてるカノンさんも強いでしょう?」


 ナコが自信満々に言う。


「だから、有名になったら、たくさんうちの宣伝してくださいねっ!」

「それは責任重大ね、アカネ」


 カノンが冗談めかして、こちらを見る。


「ナコちゃん、ありがとう! 行ってくるね!」


 パイを受け取り、店を後にした。


 試合は午後――。

 それまでにランニング、ストレッチ、ウォーミングアップなどを済ませる。


 ランニングの前に、股関節、太もも、足首などを伸ばしてストレッチ。

 筋肉がほぐされ、血とともに全身にマナが巡る。


「よっし……今日もやりますか!」


 一歩目から速いペースで走り出した。

 湿った空気の中で、額から流れる汗が心地良い。


 そういえば――。

 転生してきた日の朝も、同じような天気だったな。

 あの時は、チャンピオンベルトに挑戦する試合に向けて走っていた。

 今日は、リトルファイヤーに合格するための試合に向けて走っている。

 ゴールは違えど、やることは一緒。


 ギアを一段階上げ、ペースを速める。

 滞っていたものを一気に外へ流し出すように走り抜けた。


「ふう、到着!」


 城壁沿いを一周し、息を整える。

 したたり落ちる汗を袖で拭った。


「いつもよりペース早かったわね」


 横からカノンが落ち着いた声で話しかけてきた。


「ちょっと張り切っちゃった! でも、かなりいい感じ!」


 そう言って、空を見上げる。


 前と同じだ。

 転生しても。

 世界が変わっても。

 大事な試合の前にやることは、何ひとつ変わらない。

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