第22話 成長③
特訓四日目。
今日取り組むことは明確だ。
拳になるべく大きな炎を灯し、それを長く維持すること。
早速『火炎』の魔法陣を右手に投影する。
円、三角、直線。
昨日たくさんトレーニングしたおかげで、魔法陣はしっかり頭に入っている。
マナを注ぎ、右手に赤い魔法陣が浮かび上がる。
今だ――。
「『火炎』!」
拳に炎が宿る。
朝一でエネルギー満タンだからか、昨日より炎は大きい。
炎を維持するため、マナを右の拳に送り続ける。
改めて見ると、拳から炎が出てるってすごい……!
アニメの世界そのままだし、自分がマギレッドになった気分だ!
高揚感から、拳を握りしめる。
威勢の良かった炎も、三十秒ほどで小さくなり、やがて消えた。
「昨日より維持はできてる……! よし、一分を目標に炎を燃やし続けるぞ!」
楽しくてたまらない。
強くなるって、楽しい。
「やる気十分ね、アカネ」
リングの外からカノンが声をかける。
「うん! 今日もよろしくお願いします!」
「ええ。何かあったらいつでも呼んでね」
カノンはいつもの通り、リング脇の机に向かう。
プロレスラーの話をしてからというもの、カノンはさらに何かを探すように、歴史書の山を読み漁っている。
そうだ。
ずっとスペルの発現に取り組んでいたが、普段のトレーニングもやらないと。
プロレスラーとしてのトレーニングをすると、自然とマナの総量も増えるから、良いこと尽くしだ。
スペルが楽しくて、つい後回しにしてしまっていた。
ストレッチ、筋トレ、ロープワーク、そして打撃の練習。
一通り終えて休憩を取っていると、カノンがやってきた。
「アカネ、技にスペルを乗せてみましょう」
「スキルってこと? まだ早いんじゃ……」
「今の打撃の練習を見て思ったの。
炎の維持はまだまだだけど、スペルはおおむね出来てる。
アカネはプロレスラーだから、技の練度はバッチリでしょ?
スキルに進んで、体で覚えるのがいいんじゃないかって」
「スキルかぁ! たしかに頭で考えるより、やってみて体で感覚を掴む方が肌に合ってると思う!」
「そうだと思った。それに試合はもう明後日だから、イメージも捉えられるわ」
そう言うと、カノンはリングに上がってきた。
「『火炎』を発現。ここまでは同じね。その状態をキープしたままスキルを打つ。見てて」
カノンは右の拳に『火炎』を発現させると、マナリアクターに強烈なパンチを打った。
『火炎』の威力が乗った分、パンチの攻撃力が上がっているのがわかる。
ただパンチを打つのとは大違いだ。
しかも、見た目にも華やかさが加わって、アニメのワンシーンのようで目が離せない。
「こういうこと」
マナリアクターが眩しく光るのを見届けて、カノンは得意そうにこちらを振り返る。
「すごい……。スペルが技と組み合わさってスキルになると、こんなにかっこいいんだ……! 私も早速やる!」
私も右の拳に『火炎』を発現させる。
「そう。そのままマナリアクターに打って!」
「はい!」
拳に炎をまとったまま、マナリアクターにパンチを打つ。
が、炎は不安定に揺れて、マナリアクターに届かず消えた。
「これじゃあ、ただのパンチだ……。炎を維持したまま、ね!」
「力みすぎないようにね。練習練習」
カノンに見守られながら、何度も挑戦する。
右の拳にマナを送り続ける、魔法陣を投影、『火炎』の発現、維持したままパンチ。
言うは易く行うは難し。
意識を集中して、繰り返す。
五回に一回くらい、炎をまとったままマナリアクターにパンチを打てるようになってきた。
「まだまだ!」
声を張って、気合を入れ直す。
私はマギレッド! 情熱の炎を灯し続ける!
「ねえ、アカネ。一度、あなたのフィニッシャーで試してみましょう」
フィニッシャー……必殺技のことか。
「私のフィニッシャーはラリアットだよ! 『ハートブレイク』って名前をつけてるんだ!」
「そうなのね。じゃあその……『ハートブレイク』? っていうラリアットに『火炎』を組み合わせて。馴染みのある技でやる方が、成功するかもしれないわ」
「わかった!」
『火炎』+『ハートブレイク』=炎のラリアット。
頭の中に浮かぶその姿に、思わず息を呑む。
右の拳に『火炎』を発現。
消えないようにマナを送り続けながら、右足を踏み込み、振りかぶった右腕をマナリアクターに叩きつけた。
炎は……消えてない!
「カノン! できたよ! ……あっ」
炎を灯したままラリアットを打ち込めて喜んだのも束の間、炎はすぐに消えてしまった。
だが、マナリアクターは今までで一番明るく光った。
「今の感覚を覚えて! 間髪入れずにもう一回よ」
カノンに言われて、もう一度炎のラリアットを打つ。
できるにはできるが、打った瞬間、炎は飛散して消えてしまう。
「できてはいるけど、まだ不完全ね。スキルを繰り出した後もスペルが残り続ける……つまり、ラリアットを打ち終わっても拳に炎が燃え続けている。ここまでできて、スキルを達成したといえるわ」
「なるほど。課題はやっぱり維持ってことか。でも見てて。絶対達成して見せるから!」
「期待してるわ。炎をまとわせたラリアット。磨いていけば、ここでもきっとアカネの必殺技になるわ」
異世界での初めての必殺技――。
『ハートブレイク』に炎がつくから、技名もパワーアップさせたいところだ。
心が期待に震える。
「お腹空いたわね。昼食にしましょう。今日のパイはね……私イチオシの溶岩ビーフパイよ」
「えー! なにそれ、美味しそう!」
「ふふふ、行きましょう。ミトラとペトラが待ってるわ」
食堂で昼食を済ませ、再びトレーニングルームに戻ってきた。
イチオシの溶岩ビーフパイは最高に美味しかった。
味わいの余韻がまだ口の中に漂っている。
「よし! 午後も力いっぱい挑むぞー!」
ラリアットの後も、拳に炎を燃やし続ける。
これができれば――。
拳に炎をまとわせる。
何度も試してみるものの、ラリアットを打つ衝撃で炎が消えてしまう。
スペルを発現してスキルで攻撃、またスペルを発現して――そんなこと、戦いの最中にやっていられるわけがない。
炎を維持したまま攻撃、さらに次へと繋げられなければ、実戦で使うなんて以ての外だ。
「くぅ……」
拳を見つめる。
さっきまで炎をまとっていたとは思えないほど、普通の手だ。
「全てのマナをマナリアクターにぶつけてしまっているのかしら。だから、炎が消えてしまうのかもしれないわ」
カノンが、リングサイドから静かに言った。
「無理にスキルを打たず、拳に炎があるのが当たり前という感覚で。そうすれば、拳にマナが残る」
カノンは申し訳なさそうに続ける。
「……実は私も、スペルをまとわせ続けるのは得意じゃないの。的確なアドバイスができず、ごめんなさい」
「そんな、謝ることじゃないよ! でも、カノンにも苦手なことがあるんだね」
「それはそうよ。私もまだまだ鍛錬の途中だからね」
カノンは気恥ずかしそうに目を伏せた。
そうだよね。
なんでもすぐにできるはずはないし、できたらつまらない。
丁寧にひとつひとつの動作やマナの動きを振り返ろう。
スキルの後までマナを残す感覚が、まだ身体に染みついていないように思う。
一連の流れを慎重に確かめて――。
「あー、また消えちゃった! 難しいー!」
思わず声が出た。
その時だった。
「おいおいおい! 荒れてんなぁ!」
聞き覚えのある声。
振り向くと、入口にラギとライノが立っていた。
「ラギさん! ライノさん!」
「や、アカネちゃん! 頑張ってるッスね~!」
二人がリングサイドにやってきた。
「ラギさん、お疲れ様です。ちょうどいいところに来てくれました」
「ん? カノンちゃん、オレは?」
「ライノさんはいったん大丈夫です」
「えー! なんでッスかー! 冷たいー!」
相変わらずライノに対しては冷ややかな態度を取るカノン。
そんな対応をされるライノは、ちょっと嬉しそうだから、まあいいのか。
「ガハハ! ライノ、お前はお預けだ! で、俺に何の用だ?」
「アカネ、やってみて」
「う、うん!」
右手の拳にマナを流し、魔法陣を投影。
「『火炎』」と唱えて、拳を炎で覆う。
そのままマナリアクターにラリアット。
打った瞬間、炎が消えた。
「おうおうおう、なるほどなぁ! カノン、言いたいことがわかったぜ!」
それを見たラギが、声を張りながらリングに上がり、軽く首を回した。
「よく見てろよ、アカネ。――はぁぁぁぁっ! ドラゴン……スケイル!」
次の瞬間、目の前が眩しく光った。
ラギの両腕に、業火が走る。
それは火球でも、爆発でもない。
一瞬だけ燃えた炎は光に変わり、皮膚の表面に赤熱の輝きが広がっていく。
輝きは収縮し、そして、無数の小さな塊となり両腕を覆った。
それは、まるで鱗。
「……!」
信じられない光景に、言葉が出てこない。
鱗ひとつひとつが凝縮された炎の光の塊。
ラギが一歩踏み出しても、構えを変えても、それが消えることはなかった。
「ガハハ! これが俺の必殺技、『竜炎鱗』だ!」
ラギは軽く拳を握り、開く。
炎の鱗は、その動きに合わせて柔らかく形を変える。
「……すごすぎる……めちゃくちゃ……めちゃくちゃかっこいいです……!」
「そうだろう! この魅力がわかるとは、なかなか見込みがあるじゃねえか、アカネ!」
元々太い筋肉が真っ赤な鱗に覆われ、それは本当にドラゴンを思わせた。
一体どういう仕組みなんだ。
「こいつぁな、殴っても良し! 守っても良し! 俺様オリジナル、攻守一体の無敵スキルよ!」
自慢げに拳を突き出したり、防御の姿勢を取るラギ。
まるでボディビルダーだ。
「ラギさん……その状態でマナリアクターに攻撃したら……?」
「そりゃあ、一発で原型なくなるだろうな! ガッハッハ!」
「そ、そこまで……!?」
言葉を失う私に、ライノがフォローを入れる。
「アカネちゃん、そんな心配しなくて大丈夫ッスよ! ラギさんみたいになるには十年はかかるッス!」
「まあな! 天才の俺も、今のアカネと似たような時があったもんだったぜ!」
天井を見上げて、豪快に笑うラギ。
大物とは、こういう人のことを言うんだろうなぁ。
「ラギさん、アカネにコツを教えていただけませんか?」
カノンが促す。
「コツか。そうだな、強いて言うならな……」
「言うなら……!?」
「まとわせた炎は自分の体の一部と思え! 意識してまとわせるんじゃあない、元からそこにあるものと思うんだ!」
「な、なるほど……! ありがとうございます!」
ラギに礼を言って、自分の右の拳を見る。
炎は、体の一部。
マナの動きばかり意識していたのかもしれない。
もっと、自然体で。
炎と一体化する感じに――。
「ていうか、アカネちゃん! マナもスペルも発現させちゃってるし、ずいぶん身に付けちゃってるし……アカネちゃんの方が凄すぎるッスよ!」
「あ、ありがとうございます! トレーニングも衣食住も、カノンのおかげです。明後日の試合までにできることは全部やっていくので、まだまだ頑張ります!」
「良い子ッスねー! カノンちゃんとも仲良しで安心したッス! ね、ラギさん」
「そうだな! 噂には聞いてたが、このお堅いカノンと打ち解けるとはな! まあトレーニング頑張れよ!」
そう言うとラギとライノは入口に戻っていく。
「え、もう行っちゃうんですか?」
「おお、用事ついでにちょっと寄っただけだからな!」
「そゆこと! カノンちゃん、アカネちゃんをよろしくッスー!」
「……はい、お疲れさまでした。ラギさん、ありがとうございました」
「いいってことよ! ガハハ!」
「お二人とも、ありがとうございました!」
賑やかな二人が行ってしまうと、急にトレーニングルームが静かに感じた。
嵐のような人たちだったな。
カノンを見ると、何かを言いたげな不服そうな表情で入口を見つめている。
「……そんなこと、なくはないけど……言い方というものが……」
小さな声でなにやら呟いている。
体の一部か――。
ラギの言葉が、胸に残っている。
目を閉じて、炎を体の一部だとイメージしてみる。
不思議な気持ちだ。
炎に愛着が湧いてくる気がする。
まるで、戦友のような――。
目を開けて、『火炎』までの流れを追っていく。
炎をまとった拳を見て、イメージする。
元からここに炎があるものと。
心を決めて、マナリアクターにラリアットを打った。
打った所が一瞬光るいつも通りの反応。
右の拳を見る――。
炎はかすかに揺れながらも、まだそこに燃え続けていた。
私は静かに喜びを噛みしめる。
見ると、カノンも力強く頷いた。
【プロレス余談】
フィニッシャー。
これは・・・メタ的な話になってしまうんですが・・・。
プロレスラーにはそれぞれ自分の必殺技があります。
それがフィニッシャーです。
個人的には『格ゲー』と似ていると思っていて、
相手を弱らせて、HPバーを削る。
自分の必殺技ゲージを溜め、ここぞというところに、クリティカルヒットさせる。
そしてスリーカウントで勝利を収める。
しかも、プロレスラーは、自分の固有の技以外は使えない。
格ゲーに似てません??
あっ、もちろん技術的には使えるんですよ。
けど、他プロレスラーの必殺技は使わないという暗黙の了解があるんです。
その暗黙の了解を破って、あえて他の技(ライバルの技や、師匠の技など)を使う時もありますが。。。
そんな時は『掟破り』と言われ、めちゃくちゃ熱い展開になります!!
最近ですと、2026.1.4で行われた新日本プロレス所属、棚橋弘至選手の引退試合。
棚橋選手は、同じ時代に活躍した
・柴田勝頼選手
・中邑真輔選手
と合わせて、『新・闘魂三銃士』と呼ばれているんですね。
試合も大詰め、終盤となったその時――!
柴田選手、中邑選手の技を棚橋選手が使ったんです・・・!
もちろん『掟破り』。
だが、棚橋選手だから、最後の引退試合だから許された。
(柴田選手、中邑選手ともに既に新日本プロレスを退団し、海外で活躍しているっていうのも熱いです)
最高に熱い展開に、思わず目頭が熱くなった筆者でした。




