第21話 成長②
特訓三日目。
マナをコントロールして一箇所に集めたまま、マナリアクターに打撃を叩き込む練習。
私の得意技であるラリアットとエルボーの精度を上げるため、今はひたすら右腕での打撃を繰り返す。
昨日と比べると、マナリアクターに打撃を当てた時の手応えが確実に良くなっている。
光も少しずつ明るくなっていて、進歩を感じる。
マナを集中させた打撃を限界まで叩き込み、小刻みに震える右腕を休めるためインターバルを取っていた時、ふと昨晩のことを思い出した。
レクティオ家で振る舞われた、ロックスネークの肉。
無論、ロイスが持ってきてくれたものだ。
フロストボアとは違い、淡白で脂は少ないのに、噛むほどに旨味が出る。
これもまた美味だった。
エルダの好物だというのも、納得できる。
カノンの話では、ロックスネークというのは、全身を岩のような硬い鱗で覆った蛇型のモンスターらしい。
その鱗はスペルを弾くほど頑丈だという。
そのため、口の下に潜り込み、顎の鱗の薄い部分にスキルを当てるのが有効だという。
モンスター……。
まだこの世界に来てから、見たことがない。
存在しているだけで驚きなのに、戦って、食べるのか。
まあでも美味しいし、栄養価も高いから、納得しちゃうな……。
「アカネ、今ごはんのこと考えてたでしょ!」
そんなことを考えていると、突然カノンの声が飛んできた。
「え!? なんでわかったの!?」
「顔を見ればわかるわよ。 まったく……昼食までもうひと踏ん張りよ」
「はい!」
「でも、マナのコントロールが安定してきたわね。スペル、そろそろ試してみる?」
「えっ、やりたい!」
初めてのスペルに胸が高鳴る。
「いいわ。昨日話した加護の六属性は覚えているかしら?」
「はい! 炎、氷、風、水、雷、土です!」
「その通り。アカネは無加護だからどれでも選べ――」
「はいはい! 決まってる! 絶対、炎!」
私は食い気味に手を挙げた。
燃え上がる情熱の炎ってかっこいいし、マギレッドと同じなのも気持ちが高まる。
「そ、そう。じゃあ炎属性のスペルを試してみましょうか」
そう言うとカノンは一枚の紙を手にリングに上がってきた。
「スペルの発現に欠かせないのが、魔法陣。
発現させたいスペルの魔法陣を頭の中に描き、スペル名を詠唱することで、スペルが発現する。そういう仕組みよ」
紙にはメロンパンのような魔法陣が描かれていた。
美味しそ……いかんいかん。
「これは、炎の初級スペル『火炎』の魔法陣よ。私が手本を見せるわ」
カノンは右の手のひらを開いて見せた。
「まず、スペルを発現させたいところにマナを集めて。
今は右手にするわね。
次に、頭の中に『火炎』の魔法陣を描き、右手に投影するイメージをして。
そのままスペル名を詠唱すると……『火炎』」
カノンの右の手のひらに、赤い魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣は光りながら消え、代わりに右の手のひらを覆う炎が現れた。
「すごい……これが、スペル……!」
「アカネと手合わせした時のロイスさんの拳の炎も『火炎』よ。
あそこまでの爆発しそうな炎は、トレーニングを積まないと出せないけどね」
「あの時と同じスペルなんだね!」
「アカネの真っ直ぐな性格や覚悟の強さ、勢いのある戦い方――。
『火炎』はアカネにぴったりだと思うわ」
「えっ、私のことそんなふうに思ってくれてるの!?」
「……さ、やってみましょ」
カノンはそそくさと右手の炎を消した。
私は左手に魔法陣の描かれた紙を持ち、右手にマナを集中させる。
頭の中に描いた魔法陣を、右手に投影し――。
「『火炎』!」
スペルを唱えた。
手のひらに赤い魔法陣が浮かび上がる。
だが。
炎は出ることなく、魔法陣は消えてしまった。
「くそー! 魔法陣は出たのにー!」
「初めてにしては上出来よ。今のは、魔法陣が不完全だったようね。正確に投影が出来るように、反復練習よ!」
「はい……!」
まずは魔法陣を覚えるべく、ひたすら紙とにらめっこして頭の中で魔法陣を再現する。
線がぼやける。
図の暗記……学生に戻った気分だ。
「うーん、難しい!」
「初めてだとどうしても難しいわよね」
「ねえカノン。もしかして……スペルの数だけ魔法陣ってあるの?」
知る怖さを抑えながら、カノンに尋ねる。
「そうよ」
「やっぱりー!」
ここで行き詰まるわけにはいかないのに。
いや。むしろ早めに事実を知ることができて良かったのかもしれない……と前向きに捉えよう。
「慣れないことでも、何度も繰り返せば身につくわ。大丈夫。少しずつ前に進んでいるわ」
カノンが優しく言葉を返す。
「お昼時になるから、午前のトレーニングはここまでにしましょう。お腹が空いてたら、頭も回らないでしょう」
「うん……そうだね。しっかりご飯を食べて、それで、もっかい頑張る!」
「その意気よ」
パイを持ち、食堂でミトラとペトラとともに昼食をとる。
今日はおかわり二回。
午後に向けてしっかりエネルギーを補給した。
トレーニングルームに戻り、スペルの発動を再開する。
魔法陣は浮かぶが、そこから先――炎が出る気配は無い。
ただただ時間だけが過ぎていく。
「煮詰まっているみたいね」
カノンがリングに上がってきた。
「アカネ、手の形を変えてみるのはどうかしら?」
「……手の形を変える?」
「そう。今は手を開いているでしょう。それを拳に変えてみるの」
「……拳に。ありがとう、カノン! やってみる!」
私は、それまで開いていた手のひらを握りしめ、拳をつくった。
「これで、もう一回……」
ぎゅっと拳にマナを込めて投影。
拳に重なるように魔法陣が浮かび上がる。
「『火炎』!」
来いっ……!
拳に力がこもる。
次の瞬間、魔法陣が弾けた――。
そこには、小さな炎が宿っていた。
「……カノン! これって!」
そう言い終わる前に、小さな炎は消えてしまった。
でも――。
「ええ、見えたわ! その調子よ、アカネ!」
カノンが興奮気味に声を弾ませる。
「アカネは、拳でスペルを発現させる方が向いてるようね」
「そうみたい! さすがカノンだよ!」
「ちなみに、スペル発現者にスペルの影響は出ないわ。今、拳に炎が燃えてても熱くなかったでしょう?」
「そういえば、熱くなかった……」
「他人の『火炎』に触れると火傷するけど、自分の『火炎』は熱くない。そういうことなの」
なるほど。
他人のスペルには近付かないように気を付けよう。
「拳に炎を灯す。それを維持する。マナリアクターに打ち込む。段階を踏んで、ものにしていくわよ」
「よーし! ここから、ここから!」
先の見えない不安が一気に晴れた。
スペルの発現に力が入る。
拳に炎を灯す練習で、マナが徐々に消費されていくのがわかる。
きつい。でも、楽しい。
異世界に来て、今が一番心躍っている。
繰り返す度、拳の炎が大きくなっていくのがわかった。
カノンの見立て通り、手を開いた状態より拳の方が合っているのだろう。
「……カネ、……アカネ!」
名前を呼ばれたような気がして振り返ると、カノンがすぐそばにいた。
「えっ、カノン?」
「すごい集中力ね……大したものだわ。そろそろ終わりの時間よ」
気付くと、あっという間に時間が過ぎていた。
「もうそんな時間か……! ありがとう、カノン」
「拳を覆うくらい炎が大きくなったわね。見事だわ」
「うん。大変だけど、すごく楽しいの。力がついてきてるって感じ」
「ちゃんと強くなってるわ、アカネは。私は帰る仕度をしているから、アカネもやり残しのないようにね」
微笑みながら、カノンは柔らかくそう言った。
「やり残し……あっ! カノン、待って!」
リングを下りようとするカノンを引き留める。
「スクワット! 今日は一緒にやろうよ!」
そう言った途端、カノンの顔が引き攣った。
「……いえ、私は遠慮するわ」
「大丈夫! 昨日は千回だったけど、今日はスペルの練習で疲れちゃったし、半分の五百回にするから! ねっ!」
「なにが『ねっ!』よ。やらないわよ」
カノンは慌ててリングを下りていった。
仕方ないので、目の前のマナリアクターと一緒に、五百回スクワットをする。
遠くからカノンが唖然とこちらを見ているのが面白い。
スクワットをしながら、拳に炎を灯すイメージを何度も反芻した。
明日はもっと大きく、もっと長く――。
【プロレス余談】
前話から始めたランニング。
実際にプロレスラーは走っているのでしょうか・・・?
答えは、、、
あんまり走っていない。
そんな気がします笑
そもそも有酸素運動をそんなにしていない・・・のかな?
ある程度の体重をキープするのもプロレスラーの仕事ですから。
もちろん、毎日走っている選手もいます!
あとは、合同練習で集団ランニングはたまにしているようですね。
また、アントニオ猪木選手は毎日多摩川の河川敷を猛スピードで走っていたらしいです。




