第20話 成長①
特訓二日目。
昨晩伝えた希望通り、今日はランニングからスタートだ。
正門から城内の壁沿いを一周する。
「訓練区画は人が多いから、城壁に沿って走りましょう」
「うん! あっ、でも一人で大丈夫だよ! これくらいなら迷わないだろうし……」
「ううん、私もついていくわ。久しぶりに走りたくなったし」
聞けば、リトルファイヤー時代はトレーニングの一環で毎日走っていたらしい。
ユニッターになってからは実戦も増え、わざわざ時間を取って走ることはなくなったとか。
「私、けっこう速いよ! カノンは無理せず自分のペースでいいからね」
「あら、それは望むところね」
私が先導する形で、スタートから速いペースで走り出す。
だが、カノンは涼しい顔でついてきた。
「はっ、はっ……カノン、余裕そうだね!」
「ふふ。もう少しペース上げられるわよ?」
い、異世界人の体力、恐るべし……。
これもマナの力なのかな。
「そうだ……、走る時もマナって、使ってるの?」
「ええ、もちろんよ。アカネも意識して走るといいわ」
そうか。これもマナトレになるんだ。
踏み出す一歩、呼吸のひとつひとつを意識してみる。
そう思うと、ほんの少し足取りが軽くなった。
……気のせいかもしれないけど。
走り出して三十分ほどで正門に戻ってきた。
距離にして、六キロちょっとだろうか。
「はぁっ……はぁっ……いやー、カノン、速いね!」
「あら、アカネもなかなかだったわよ」
そう言われても、肩はまだせわしなく上下している。
脚にはじんわりとした重さが残り、汗が首筋を伝って落ちた。
一方でカノンはまだまだ余裕そうな表情だ。
なんか悔しい。
呼吸を整えながらトレーニングルームへ戻り、扉を開けてぎょっとした。
リングの上に、直立した人影があったからだ。
だが、よく見ると人ではない。
「カノン、あれは……?」
「人型のマナリアクターだわ」
「マナリアクター?」
「ええ。スキル練習用のトレーニングダミーね。昨日、ロイスさんが用意しておくって言ってたの」
トレーニングダミー。
サンドバッグみたいなものか。
今度ロイスさんに会ったらお礼を言おう。
「これは、マナリアクターという名前の通り……いえ、実際にやったほうがわかりやすいわね。早速、リングに上がりましょう」
そう言って、カノンはロープをくぐる。
私もそれに続き、リング上で人型のダミーと向き合った。
「触ってみてもいい?」
「ええ、もちろん」
二メートル近くありそうな巨体に、手のひらを押し当てる。
内側にバネのような構造が組み込まれているのだろうか。
押し倒すように力を加えると、しっかりと反発が返ってきた。
重そうな土台に固定されており、ちょっとやそっとの衝撃では倒れそうにない。
表面は黒い革素材で覆われ、無機質な印象を放っている。
「これは……なかなか手ごわそうだね」
「アカネの国には無かった?」
「あるにはあったけど、こんなに大きいのは見たことない」
「リトルファイヤーになったら、嫌になるほど使うわよ」
「そうなんだ!」
「じゃあ、早速やってみましょう。なんでもいいから攻撃を当ててみて」
「わかった! 行きます!」
右手で逆水平チョップを当てた。
低く、詰まった音が返る。手応えが薄い。
確かに当たったはずなのに、力が中へ入っていかない感覚だった。
首を傾げたところで、カノンが口を開いた。
「今の攻撃、マナは込めてた?」
「あっ、そうだよね。もう一回行きます!」
改めて呼吸を整え、手のひらに意識を集中する。
内側から熱が集まるような感覚を掴んだ。
もうロープワークをせずとも、手にマナを集められるようになっていた。
集めたマナをまとわせて、もう一度――逆水平チョップ!
今度は違った。
乾いた音が弾け、手の奥に確かな反発が残る。
そして、次の瞬間――。
当てた場所がぼんやりと光った。
「うわっ! え、なに!?」
「いいわね、ちゃんと攻撃にマナが乗ってた証拠よ」
「どういうこと?」
「マナリアクターは、マナに反応するの。光り方で、だいたいのマナ量もわかるわ。一度、私がやってみせるわね」
マナリアクターの前に出たカノンは、その場で軽くジャンプし、空中で一回転――。
鋭い右膝蹴りがマナリアクターの頭部を捉えた。
トレーニングルームに、気持ちのいい破裂音が響き渡る。
するとワンテンポ遅れて、カノンが攻撃を当てた箇所が強く光った。
「すごい……! 打点高いし、光も強い!」
「マナをしっかりと攻撃に乗せれば、こうやって強い反応が出るわ。まずはひとつひとつの攻撃の反応を確かめながら、マナの扱いを体に馴染ませていきましょう」
「はい、頑張ります!」
そこで、私はずっと疑問に思っていたことをカノンに尋ねる。
「カノンの走るスピードとかジャンプ力も、マナの力ってことだよね。あれはどういう仕組みなの?」
「マナの総量が増えれば、身体能力も自ずと向上するの」
「なるほど! じゃあ今はマナトレを繰り返して、マナの総量を増やすぞー!」
「そうね……。マナ、スペル、スキル、加護について、この機にしっかり説明するわ」
私はカノンに呼ばれて、リング脇にある椅子に腰掛ける。
カノンは用意した紙に、すらすらと書き進めていく。
「マナとは、すべてのエネルギーの源。トレーニングすることでスペルやスキルに発展するわ」
「ふむふむ」
「戦いにおけるマナの活用方法は主に二つ。今言ったような身体能力の強化と、スペルの発現よ」
「スペル……」
「ええ。スペルとは、簡単に言うとマナを発現させたもの。大きく三タイプあるわ」
カノンは紙に書き足しながら説明する。
「一つ目は、マナを炎や氷として発現させ、身体にまとわせながら戦う近距離スペル。別名スキル。技――ラリアットやシザーズホイップのことね。これにスペルを足した攻撃のことよ。
二つ目は、離れた相手に放つ遠距離スペル。森で敵が放った『氷槍』や、私がリングの防御壁に撃った『水弾』がそれね。
三つ目は、回復や拘束などの補助スペル。アカネの傷を治した『治癒霧』や、手首を拘束した『光縛鎖』などよ」
カノンがさらに続ける。
「ただ、スペルは使用者から離れるほど威力が落ちてしまう。つまり。最も有効な攻撃は……スキルなの」
私は、カノンが書いたものに目を落とした。
□ マナ→身体能力強化・スペル発現
□ スペル→近距離スペル(スキル)・遠距離スペル・補助スペル
□ 技+スペル=スキル
□ 加護=炎、氷、風、水、雷、土(六属性)
「そして、加護。この世界には人間が統治している国が六つある。それぞれの地に神々が封印されており、人は生まれた時にその地の神の加護を授かり、また、その地で過ごすことでその地の神の加護を受けていくの」
「神々が封印……実際にそこにいるってこと?」
「そう。この神々の力を元に、炎、氷、風、水、雷、土の六属性に分類される」
カノンが紙にまとめてくれた。
□ 炎の国フォティア 緋神フォティア様(火山)
□ 氷の国グラシエル 蒼神グラシエル様(氷山)
□ 風の国シエラ 翠神シエラ様(洞窟)
□ 水の国ディーン 水神ディーン様(海)
□ 雷の国アストラ 紫神アストラ様(空)
□ 土の国ガイア 土神ガイア様(地底)
「炎の国フォティアで生まれ育った人は、炎の加護が強い。加護の強さは、スペルの強さに比例するの」
「そうなんだ!」
「ライノさんが『フォティア様の加護が七割、シエラ様の加護が三割』と言ってたのを覚えているかしら?」
そういえば、そんなこと言ってた気がする。
加護の鏡の反応のインパクトが強すぎて、意識してなかった。
「あれはつまり、同じマナ量で炎属性と風属性のスペルを使ったとしても、炎属性の方が風属性より威力が強くなるわ」
なるほど。
加護について分かってきた。
「だから、最初は加護と同じ属性のスペルを修得するのが一般的。でもアカネは無加護だから、どの属性でも選べるの」
「緋神、蒼神……洞窟、海……すごい、めちゃくちゃかっこいい! 『フォティア様の恵みに感謝を』もこういうことだったんだね!」
「そういうこと」
言葉は短いが、カノンは満足そうに胸を張り、少し口角を上げた。
「スペル? スキル? こんがらがってたけど、これで整理できたよ! カノン、ありがとう!」
「それは良かったわ。今はマナのコントロールが出来つつあるから、次はスペルの発現を目指しましょう」
「いよいよスペルだね」
「目標は、スペルを一つ修得し、試合でロイスさんにスキルを当てること」
「はい!」
目指す先がはっきりと決まった。
今はその目標に向けて、ひとつひとつ着実に進めていこう。
そして、いつかスキルを使ってプロレスができたら、どんなに面白いだろう――。
ロイスやカノンのように人並外れた身体能力でスキルをぶつけ合ったら……!
考えただけで、わくわくしてくる。
イメージは大事だ。
プロレスの世界のトップに立つ選手はみんなイメージ力、そしてそれを具現化する力が半端ない。
カノンの膝蹴りを何度も思い出しながら、私は黙々とマナリアクターと向き合い続けた。
今日は、その確かな手応えを、身体に刻み込む一日となった。
【プロレス余談】
『マナリアクター』のようなトレーニング用ダミー。
一般的に認知されているのは『サンドバッグ』でしょうか。
ボクシングや空手など、打撃が主体の格闘技ではよく見みますよね。
では、柔道やプロレス(レスリング)のような投げ技が多い格闘技では・・・?
そう、そこで使われているのが今回出てきた人型のトレーニングダミーです。
色々な大きさのバリエーションがあるほか、立ちや座位などポーズが違うものもありますね。
我が家にも一人いて、プロレス技の描写を考えるときには、実際に技をかけて動作を紐解いています。




