第18話 適応⑥
ロイスを先頭に露店通りを歩いていると、ある屋台の前で足を止めた。
網の上には骨付き肉が並んでいる。
立ち上がる煙から炭火の香ばしい匂いがし、食欲をそそる。
「ロイスさん! 今日はカノンちゃんも一緒かい!」
店主が声をかけてきた。
「ああ、ちょっとな。それよりその肉……」
「お、さすがロイスさんだねえ! 珍しくフロストボアの肉が入ったから炭火焼きにしてるよ!」
「おお、いいねえ。いただこうか。お前らも食べるだろ?」
フロストボア。
初めて聞く名前に、即答が出来ない。
「あの、フロストボアというのは……?」
「北の山脈に生息するモンスターだ。あんまりこっちでは見かけないからレアだぜ」
これが、モンスターか。
見た目は普通の肉だが……モンスターと聞くと、やはり抵抗がある。
カノンの方に視線をやると一瞬目が合い、何かを察したようにロイスに返事をした。
「ロイスさん、私は大丈夫です。アカネはどうする?」
「あ、私も大丈夫です! ありがとうございます」
「なんだ、そうか。モンスター肉はマナも豊富だし、トレーニング後にいいんだがな」
「え、そうなんですか!」
マナって口からも摂取出来るものなのか……!?
だとしたら、積極的に食べるべきなのだろうか。
いやしかし、食べ慣れないものを口にして、逆に体調を崩す可能性もある。
それに、クララが夕食を用意してくれているし。
「マナを回復させるにはいいけど、絶対量が増えるわけではないわ。だから……アカネは無理して食べなくても平気よ」
「だが、マナ以外の栄養素も豊富だぜ。それに……フロストボアは美味い。かなりな」
「そうだよ、お嬢ちゃん! 寒冷地のモンスターだから、脂肪がジューシーで最高だよ! 滅多に入荷しないから、次はいつになるか……」
店主の営業トークに心が揺れる。
程よく脂の乗った、肉汁たっぷりの骨付き肉。
想像するだけでよだれが出てくる――いや、想像じゃない。
事実、目の前で炭火に炙られる肉から、抗いようのない香ばしさが立ち上っているのだ。
見た目はいわゆる『ラムチョップ』。
ただ、大きさはその比ではない。どう見ても三倍はある。
喉が、ごくりと鳴った。
「フロストボアっていうのは、どういうモンスターなんですか? 見た目とか……」
「単純に言えばデカいイノシシだな。もっとも、デカさや凶暴さはイノシシと比べ物にならねえが」
「なるほど……。カノンは食べたことある?」
「……あるわ」
「美味しい?」
「……うん」
「で、結局どうするんだ?」
う、うーん、どうしよう……!
イノシシなら、日本でもぼたん鍋とかあるし、カノンも好きっぽいし。
ゴブリンとかオークみたいな、アニメでよく見る人型のモンスターじゃなければ……。
……ま、いってみるか!
何事も経験だ!
「やっぱり私もいただきます!」
「では、私も」
この反応。カノンも本当は食べたかったんだろうな。
私のせいで遠慮させるところだった。
「というわけだ。三本頼む」
「はいよ、まいど! すぐ仕上げるから、そっちで座って待っててよ!」
ロイスが代金を渡し、屋台の横にある木製のテーブルにつく。
私とカノンも、それに倣って腰を下ろした。
視線は勝手に炭火へ向かい、そわそわと落ち着かない。
「アカネ、お前は小さいからな。たくさん食べてデカくなった方がいい」
「これからまだ大きくなれますかねえ?」
「お前の年齢ならまだまだ伸びるだろう」
これは……カノンの時と同じだろう。
私はだいぶ年下に見られてそうだ。
誤解は早めに解いておこう。
「ロイスさん。私のこといくつだと思ってますか?」
「ん? 一六、七くらいだろ?」
「……こう見えて二十二歳です」
「なっ……! そ、そうか……。それは……そうだな。……成長期はもう終わってるか」
焦りつつ、誤魔化すロイス。
この人も慌てることあるんだ。
カノンを見ると、冷静を装っているが、口に手をあてて笑いを堪えている。
「はいよ、お待たせ!」
ほどなくして、店主の元気な声と共に、三人分の骨付き肉が、どんとテーブルに置かれた。
骨ごと豪快に切り出された肉には網目状の焼き目がつき、まだ熱で脂が弾ける音がする。
じゅわりと溢れる肉汁と炭火の香ばしさを前に、ごくりと唾を飲み込んだ。
「熱いうちに食え。こういうのは勢いだ」
ロイスはそう言って、いかにも慣れた様子で迷いなくかぶりつく。
隣を見ると、カノンも早速頬張っている。
私も肉を手に取り、一瞬だけ香りを確かめるように目を伏せてから、口元へ運んだ。
「ふーっ……。いただきます……!」
意を決して、思いきりかぶりついた。
「……う、うまっっっ! なにこれ……!」
めちゃくちゃ美味い。
なんだこれは。
羊でも、鹿でも、熊でもない。
これまで食べたどの肉とも似ていない。
見た目より遥かに柔らかい。
獣っぽさは少しある。
けれど、それが脂の甘さと炭火の香りに溶け込み、むしろクセになる。
味付けは塩だけらしく、そのぶん肉そのものの旨みが前面に出てくる。
一口目を飲み込む前に、反射的にもう一度かぶりついた。
「はっはっは! お嬢ちゃん、いい食べっぷりだねえ! また頼むよ!」
満面の笑みを浮かべる店主を、軽い会釈だけで見送り三口目。
「ったく、これを食べたことなかったなんて、人生損してるぜ」
「それは言いすぎですが……美味しいのは事実ですね」
見れば、カノンも幸せそうに頬張っている。
やっぱり美味しいものを食べている時のカノンは、無邪気な可愛さがある。
夢中でかぶりついているうちに、食べ終わってしまった。
名残惜しさを噛みしめてから、ようやく息をついた。
「はーっ……ごちそうさまでした……」
手を合わせると、体がじんわりと温かい。
気のせいかもしれないが、マナトレで溜まっていた疲れまで、すっと引いていくようだった。
「え、もう食べ終わったの?」
「早えなあ」
カノンは自分の骨付き肉を半分ほど残したまま、目を丸くしていた。
ロイスは面白そうにこちらを見て笑った。
「美味しくてつい……」
「な? だから言っただろ」
「はい……正直、最初はちょっと怖かったです」
「怖い?」
「あ、モンスターって食べたことなかったので……」
「そうだったのか。それはもったいねえな。……そうか、楽しみにしておけ」
「……?」
「いや、こっちの話だ」
そう言うとロイスは何かを企んでいるような、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「今日は……食べてよかったです」
「そうか」
「はい。なんというか……一歩、奥に踏み込んだ感じです」
踏み込んだというのは、もちろんこの異世界に、だ。
少し大げさかもしれない。
けれど、フロストボアの味は、確かにここで生きているという実感を伴っていた。
「ああ、そうだな。今回は奢ってやるが、次からは自分で払えよ」
感傷に浸りかけていた気持ちが、ロイスのひと言で一気に現実に引き戻された。
「私、お金持ってないです……」
「じゃあ貸しといてやるよ。リトルファイヤーになったら支給金はもらえるからな」
「わあ、ちゃんとお金も出るんですね!」
「小遣い程度だ。そんな期待するなよ」
ロイスはそれだけ言うと手を上げて軽く伸びをした。
「お待たせしました」
少しして、カノンが骨を皿に置き、手を拭きながら立ち上がった。
「よし、じゃあ行くか」
「はい!」
ロイスを先頭に再び歩き出す。
異世界での最初のモンスター食は、想像以上に良かった。
街の賑わいの中で同じ皿を囲んだことで、二人との距離がより縮まったような。
この世界の空気が、ようやく肌に馴染んできたような。
そんな気がした。
【プロレス余談】
プロレス団体の入団テストに合格し、練習生になると、お金はもらえるのでしょうか?
その答えは、団体による、です(それはそう)
もらえるところは、月3~5万円程度だそうです。
寮に住み込みとなり、家賃・食事代は団体の負担になりますが、なかなか厳しい世界ですね。
頑張れ、未来のスターたち!!




