第13話 適応①
「アカネ、そろそろ起きて」
夢の中で聞こえたその声が、私を現実へと引き戻した。
「うーん……っ……」
カーテンの隙間から差し込む朝陽が、まぶたを照らす。
目を細めながら布団を頭までかぶるが、カノンの声には逆らえない。
「……おはよ、カノン」
「おはよう」
寝ぼけ声で布団から顔を出すと、カノンは小さく頷いた。
いつもと違う天井。慣れないベッドの柔らかさ。
昨日の出来事が、夢ではなかったと改めて実感する。
「昨日はありがとう。いろいろ――」
「ううん。支度が出来たら朝ご飯を食べましょう。先に行ってるわね」
「うん、すぐ行くね」
カノンを見送り、私は起き上がり体を伸ばす。
黒のチュニックに袖を通し、まだ眠気の残る目をこすりながら洗面所へ向かった。
蛇口をひねり、程よく冷たい水を両手ですくう。
弾ける雫が頬を打ち、ようやく意識が覚醒していった。
リビングに入ると、エルダとチエリが既に食卓についていた。
キッチンではカノンが鍋をかき混ぜ、クララがバゲットを切っている。
「おはよう、アカネー! おそいぞー!」
「おはよう、エルダくん。ごめんごめん。チーちゃん、おはよう」
「……おはよう」
「クララさん、おはようございます!」
「おはよう、アカネちゃん! よく眠れたかしら? すぐ朝食にするから待っててね」
「はい!」
テーブルには、平皿に盛り付けられたサラダと、ソーセージ。
最後に、まだ湯気の立つスープとバゲットを二人が持ってきた。
淡いクリーム色をしたスープから豆の香りがする。
「早速食べましょう」
「はい! ……あれ、ブルーノさんは?」
「パパはもう仕事へ行ったわ」
もう出たのか。
かなり早い出勤だ。何の仕事をしているんだろうか。
夜に聞いてみよう。
「では……フォティア様の恵みに感謝を」
「フォティア様の恵みに感謝を」
みんな揃って昨晩と同じお祈りをして食べ始める。
とろみのあるスープを口に含む。
「はー……体が温まるー。このソーセージは何のお肉ですか?」
「これは牛肉のソーセージよ。噴水広場の近くに美味しいお肉屋さんがあるの」
クララが答えた。
「そうなんですね! ……モンスターのお肉とかも売ってるんですか?」
「売ってるわよ! 地方によってはモンスターは食べないと聞くけど……アカネちゃんもそういうところから来たの?」
「ま、まあそんなところです」
モンスター……食べるんだ。
「おれ、ロックスネークの肉が好き!」
エルダが元気よく言った。
「ロックスネーク……?」
「大型の蛇のモンスターね! アカネちゃんも今度食べてみる?」
「う、うーん……機会があれば、で!」
朝食を終え、三人に見送られてカノンとともに家を出た。
通りを歩いていると、ところどころに湯気が立っているのに気付く。
――これが、昨夜カノンが話していた温泉だろうか。
噴水広場に出て、昨日と同じパンの屋台に立ち寄った。
今朝は若い女の子が店番をしている。
「ナコちゃん、おはよう」
「カノンさん、おはようございます!」
元気いっぱいの声が迎えてくれた。
「パイを二つもらえる?」
「はーい! ……もしかして後ろの方がアカネさんですか? お母さんから聞いてますよ!」
ナコと呼ばれた女の子と目が合う。
「アカネです、よろしくお願いします!」
「私はナコです、こちらこそよろしくです! あっ、うちのパンどうでした? 美味しかったでしょ?」
「はい、すごく美味しかったです!」
「うちのパンはフォティアで一番ですからね! 今ならどれも焼き立てですよ、いかがですか?」
「えっ、ほんと!?」
私はちらりとカノンを見る。
「アカネ。朝ご飯食べたばかりでしょう」
「……ダメ?」
「……今日だけね」
そう言いながらも、その表情はどこか優しい。
「ナコちゃん、そのパンを四つもらえる?」
様々な種類のパンが並ぶ中、カノンは葉っぱのような模様をした丸パンを指した。
「はーい! ありがとうございます!」
カノンがナコから包みを受け取る。
「それじゃあ行きましょう。ナコちゃん、また夕方に来るね」
「はーい! お待ちしてますねっ」
二人でナコに手を振り、パンの香りを片手に再び歩き出した。
「買ってくれてありがとう、カノン。でもなんで四つなの?」
「アカネが食べるなら、私も……」
そっぽを向いてカノンはそう言った。
「ふふっ。残りの二つはどうするの?」
「ちょっとね。ほら、温かいうちに食べちゃいましょう」
「うん! いただきまーす」
二人で歩きながらパンを食べる。
外はパリッと、中はふわっと。
噛むたびに、ほんのり甘い香りが口いっぱいに広がった。
「美味しいー! しかもこれ、中に……」
「砂糖漬けのドライフルーツとナッツね」
美味しそうにパンを食べるカノンを見て、私は思わず笑った。
それに気付いたのか、カノンが少しだけ唇を尖らせる。
「今日は特別よ。次の特別は……アカネが合格したら、かな」
「やったー! 約束だよ!」
だんだんと城に近付き、気が引き締まってくる。
やがて、昨日とは違う城門……正門に差し掛かった。
衛兵の敬礼に、カノンが返し、城門をくぐる。
いわゆる城の暮らしというと、身分の高い貴族たちがお茶会やパーティをし、メイドや執事を何人も雇って豪華絢爛……というイメージだった。
けれど、このフォティアはまるで違う。
あちこちに訓練場が設けられ、兵士たちが声を上げながら汗を流している。
とはいえ、軍事施設のような息苦しさはない。
そこにあるのは、自らを鍛え上げようとする意志の熱。
誰もが自分の限界を越えようとしている、そういった空気が伝わってくる。
雰囲気だけで言えばプロレス道場に近い。
もっとも、剣や弓、更には魔法まで扱っているところは似ても似つかないが。
「どうかした?」
「あっ、うん。たくさんの人が訓練しているな、と思って」
「ユニッターやリトルファイヤーの他に、一般兵士や衛兵もいるからね」
なるほど。
軍の構造を理解したわけではないが、カノンたちユニッターはこの国の主戦力にあたるのだろうか。
こうして城全体を見ると、フォティアという国がどれだけ強さに重きを置いているかがわかった。
「まずはエレンさんのユニットベースへ行きましょう」
昨日も帰りに立ち寄ったユニットベース。
ユニットごとに与えられた場所みたいなのだろう。
やがて、訓練区画の奥に佇む重厚な赤銅色の建物へ辿り着く。
扉の上の金属プレートに刻まれた『THE ORDER』の文字が、静かに光っている。
同じユニットベースでも、リベラブレイズとは全く雰囲気が違っていた。
扉は開けられ、入り口は解放されている。
中に入ると、カウンターに小柄な少女が座っていた。
「おはよう、ミトラ」
「おはようございます、カノン」
透き通るような静かな声で、ミトラと呼ばれた少女が答えた。
年齢は十八、九歳だろうか。
肩口までの銀髪をきっちり揃え、緋色と白を基調にした軍服の着こなしには隙がない。
「エレンさんから話は聞いています。あなたがアカネさんですね」
「はい、アカネです。よろしくお願いします!」
「ミトラです。ジ・オーダーで総務をやっております」
ミトラが丁寧に頭を下げる。
その仕草に、几帳面な性格がにじんでいた。
「ミトラ、色々ありがとう。これ、ペトラと二人で食べて」
カノンが先ほど購入したパンを差し出す。
――なるほど、だから四つか。
さすがはカノン、抜け目ない。
「……! ありがとうございます。そんな気を使わなくていいのに」
言葉とは裏腹に、ミトラの頬がほんのり赤くなっている。
冷静な印象の裏に、年相応の可愛らしさを感じた。
だが、次の瞬間には表情を戻し、きりっとした声で言う。
「アカネさん、滞在証を発行いたします。こちらの丸い部分に手をかざしていただけますか?」
そう言ったミトラの前には、四角い物体が置かれていた。
手前側は斜めに傾斜しており、中央が丸く窪んでいる。
例えるなら……公衆電話みたいな形状だ。
上部には名刺のような白い金属プレートが設置されていた。
ミトラに言われた通り、中央の窪みに手をかざす。
「は、はい……失礼します」
一呼吸し、手をかざす。
しかし、何も反応は無かった。
「市民登録は……していませんよね」
ミトラは困ったように呟いた。
「マナがあれば滞在証の登録が出来るのですが……」
「ひとまず今日のトレーニングでマナの発現を試してみるから、また夕方に来てもいいかしら?」
「わかりました。今日はずっとここにいますので、またお待ちしています」
「ありがとう、ミトラ」
「はい。それから、第四トレーニングルームはカノンの名前で五日間取っておきました」
「さすがはミトラ。何から何まで助かるわ」
「いえ。では、また後ほど」
二人でユニットベースを出ようとしたところで、ミトラが再び声をかけてくる。
「あ、アカネさん」
「……?」
「頑張ってくださいね。カノンは――厳しいですよ」
外へ出るとカノンが小さく息を吐いた。
「私、別にそんな厳しいつもりないけどな」
――見た目や話し方からしても、自分にも他人にも厳しいタイプに見えるよ、カノン。
そう思ったが、それは口には出さなかった。
「ミトラはリトルファイヤーで同期だったの。まだ若いのにとても優秀なの」
「うん、すごくしっかりしてたね」
「ええ。でも、リトルファイヤー時代は大変なこともあったのよ」
カノンの横顔がわずかに和らぐ。
懐かしさを滲ませた微笑みに、長い時間をともにしてきた絆の色が見えた。
「ちなみに、さっき言ってたペトラは、ミトラの双子の妹。あとで紹介するわね」
「双子なんだ!? どんな子なんだろう!」
全く同じ顔なのか、それとも少し違うのか――。
「ペトラは、そうね……。ミトラとは全然違うタイプ。アカネとは気が合うと思うわ」
「そっか! それは楽しみだなー! その子も同期なの?」
「ええ。同期でユニッターになったのは私たちだけ。だから今でも繋がりが強いわね」
「それ、私もわかる! 同期ってなんか……特別なんだよね!」
そうなのだ。
練習生時代にともに研鑽を積み、一緒にデビューした同期というのは本当に特別な存在になる。
リトルファイヤーになれば、カノンたちのように、私にもまた同期が出来るのだろうか。
仲間やライバル……まだ見ぬ出会いに心が躍る。
そんなことを考えながら、私たちは第四トレーニングルームへ向かった。
【プロレス余談】
デビュー時期が近いプロレスラーを同期として扱います。
同期レスラー同士でタッグを組んだり、逆にライバルとして切磋琢磨したり・・・。
この同期の関係は、何十年経っても大事な要素として、登場しますね。
中でも私が好きなのは、新日本プロレスのYOH選手とSHO選手の関係性です。
同期でデビューし、前座試合でシングルマッチを何度も繰り返すものの、ずっと時間切れで決着が着かず・・・。
ようやくSHO選手が勝利したと思ったら、その二日後にYOH選手が同じ技で勝利。というように、
お互いに切磋琢磨するライバルでした。
その後は二人でメキシコのプロレス団体である『CMLL』に武者修行へ。
SHO選手は『風神』、YOH選手は『雷神』とリングネームを変え、『風神雷神』としてタッグを組みました。
日本に凱旋帰国をしてからはもう一人の選手を加えて『ロッポンギ3K』として活躍。
しかしYOH選手はケガもあり負けが続き、それを見限ったSHO選手の裏切りに遭います。
SHO選手はYOH選手をリング上で罵倒し、自らはヒールユニットへ転身、闇堕ちをしてしまうのです。
その裏切りからもう5年近く経ちますが、いまだに二人は犬猿の仲。
再びタッグを組む日は訪れるのでしょうか・・・。
作品はもちろんですが、プロレスに少しでも興味を持っていただけたら最高です。
また、ブックマークや評価、誤字報告、なんでも反応をいただけたら嬉しいです…!
ここまでお読みいただきありがとうございました。




