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第10話 未練②

 城門脇の衛兵が、カノンの姿を見て右腕を立てて見せた。

 衛兵がすぐ横の壁に埋め込まれたプレートに手をかざすと、刻まれた模様に光が走った。

 初めて見る現象に驚いたのも束の間、扉がひとりでに開いていく。

 今のもスペルなのだろうか。


 一体どういう仕組みなのかと、城門に視線を巡らせながらカノンと一緒に扉をくぐった。

 城外に立つ二人の衛兵も、カノンの姿を見て右腕を立てる。

 カノンは立ち止まり、無言で同じ所作で返した。

 私も真似しようか迷っているうちに、タイミングを逃してしまった。


「カノンさん、今のポーズはなんですか?」

「今のはフォティア式の敬礼です」


 なるほど。

 自分もやるべきか訊ねると、カノンは小さく首を振った。


「いえ、アカネさんはまだどこにも所属していませんから、やらなくても問題ありません。……まあ、ロイスさんは所属しててもやりませんけどね」

「あはは……ロイスさんがどういう人かちょっとわかってきたような気がします」


 しばらく歩き路地を抜けると、大通りに出た。

 両脇には露店が長く続いており、その先には大きな噴水が見える。

 露店には鮮やかな色の野菜や果物が並び、焼いた肉や香辛料の刺激的な香りが鼻をくすぐる。

 他にも食器、アクセサリー、本、武器などの露店もあった。


「わあ! 人もお店もいっぱい! カノンさん、あの食べ物なんていうんですか? あっ、そっちのアクセサリーも気になる!」

「ふふふ、ここは街の中心地ですからね。お昼時はもっと賑わってますよ」


 アニメでしか見たことのない光景がそのまま現れたようで、興奮しながら視線を巡らす。


 露店通りを歩いていると、あちこちから声がかかった。


 「カノンちゃん、今日は良いお肉が入ってるよ!」「今日も任務お疲れ様、また寄ってよ!」といった声に、カノンは笑顔を返す。


 噴水広場の周りにも露店がぐるりと並んでいた。

 カノンは慣れた足取りで一軒のパン屋に向かった。


「カノンちゃん、いらっしゃい! 待ってたわよ!」

「こんにちは、ノスティさん」

「今日もありがとうね! これ、いつものだよ!」


 軽やかで元気な声とともに、紙袋に入ったバゲットをカノンに手渡した。


「あ、今日はもう一本お願いできますか?」

「あら。もしかして後ろの子の分かい?」

「はい。少しの間うちに滞在することになりました」

「初めまして、アカネといいます! よろしくお願いします!」

「ノスティだよ、よろしくね。うちのパンは最高だよ!」


 ノスティは腰に手を当ててにかっと笑った。


「はい! 楽しみにしてます!」

「次は焼き立ての時間においでね!」


 パンをもう一本受け取り、店を後にした。

 噴水広場を抜け小道を進むと、閑静な住宅街に変わる。

 そのうちの一軒の門扉を開けた。


「ここが私の家です」

「わあ、立派……!」


 石造りの二階建て、小さな庭もあり、綺麗に手入れされた花や木が植わっている。


「そういえばカノンさん……私がお世話になること、ご家族に言ってないみたいですけど……本当に大丈夫ですか?」

「我が家は友人や親戚が急に来ることも珍しくないので、大丈夫ですよ」


 カノンはドアノブに手をかけながら言った。


「あと、兄妹もいるので、騒がしかったらすみません」


 扉が開くと、温かな空気がふわりと迎えてくれた。

 そこへ――。


 バタバタバタ!


 中へ入ると、ふたつの小さな影がカノンに飛び付いた。


「ねえちゃん、おかえりー!」

「おねえちゃん、おそーい!」


 その勢いに思わずのけぞった。

 ……なるほど。騒がしいとは、こういうことか。

 むしろ、賑やかという言葉が合う。


「エルダ、チーちゃん、ただいま」


 カノンが二人の頭を撫でると、兄妹は嬉しそうに笑みを浮かべ、今度は私を見上げてきた。


「ねえちゃん、この人だれ?」

「……おねえちゃんのおともだち?」

「えーっと……」


 どう答えればいいかわからず固まってしまう。

 子ども慣れしていないのでなおさらだ。


「この人はアカネさん。おねえちゃんのお友達だよ」


 カノンが助け舟を出してくれた。

 ――友達。

 体だろうけど、そう言ってくれたことに頬が緩む。


「アカネもねえちゃんみたいに強いのか?」


 少年のいきなりの質問。

 やはりこれくらいの年頃の男の子は、強さは何よりの関心事なのだろう。


「え、えっとー……強い……のかなぁ?」

「強いよ。ロイスさんが認めるくらいだから」


 カノンの即答に少年が目を丸くした。


「えー、ほんと!? アカネ、すっげー! おれと手合わせしようぜ!」

「エルダ、まずは自己紹介でしょう」


 カノンが二人に声をかけた。


「おれはエルダ! 六才!」

「……チエリ」

「エルダくんに、チエリちゃん。私はアカネ、よろしくね!」


 エルダは人懐っこい笑顔で、胸を張って言った。

 チエリは人見知りのようで、エルダの後ろに隠れながら小さい声で呟いた。


「おかえり、カノン! あら、その子は?」


 ふくよかな女性がキッチンから顔を出した。


「ママ、ただいま。こちら、リトルファイヤー候補生のアカネさん。一週間くらい泊めてもいい?」

「あらあら、候補生なんてすごいのねえ! もちろんいいわよ! カノンの部屋でいいわよね?」

「うん、そのつもり。ありがとう、ママ」

「アカネです! 急ですが、しばらくよろしくお願いします!」

「こちらこそよろしくね、アカネちゃん。私はクララよ。自分の家だと思って寛いでね!」

「ありがとうございます!」


 良かった。みんな優しそうな人たちでホッとした。


「アカネー! リトルファイヤーになんのか!?」


 エルダが目を輝かせて言った。


「うん、テストに合格したらね!」

「まじかよ! おれもいつかユニッターになるんだ!」

「ユニッター……?」

「私たちみたいな、ユニットに所属している者のことですよ。アカネさん、そろそろ部屋に行きましょうか」


 リビング横の階段で二階へ上がった。


「ここが私の部屋です。二人だと少し狭いですが……」

「そんな、泊まらせてもらえるだけで十分ありがたいです!」

「本当は個室を用意したいのですが……その――」


 カノンは一瞬、言葉に詰まる。


「監視も兼ねているので……。申し訳ないです」


 そうだった。

 リトルファイヤー候補生という立場にはなったが、身元不明であることには変わりない。

 それでも名乗りをあげてくれたカノンには感謝してもしきれない。

 カノンたちと出会えて本当に良かった。


「気にしないでください! 私がカノンさんの立場でも同じだろうし!」


 カノンに続いて部屋に入る。

 部屋には木製のベッドに机、クローゼットや本棚もある。

 カノンが机の上の丸いガラスに手をかざすと、明かりが灯った。


「それもスペルですか?」

「いえ、これはマナストーンで動いています」

「マナストーン……?」

「マナを持たない人でも使える道具ですよ。消耗品なので定期的に交換が必要ですけどね」


 つまり電池みたいなものか。

 それに、私みたいにマナを持たない人もいるんだな。

 マナが無いのが特殊体質というわけではないのがわかり、少し安堵する。


「とりあえず、ベッドに座っていてください」


 ベッドに腰を下ろすと、自然と息が漏れた。

 このまま後ろに倒れたら一瞬で眠れそうだ。

 でも、お腹も空いているし、できればお風呂も入りたい。

 頭を空っぽにして湯船に浸かれたら最高だろうな……。


「アカネさん、これに着替えてください。私が以前使っていたもので申し訳ないのですが」


 差し出されたのは、黒地に赤いベルトが通った、ミドル丈のチュニック。


「わ! 可愛い! いいんですか?」

「私はサイズが合わなくなってしまったので、使ってもらえたら嬉しいです」

「ありがとうございます! 着替えちゃいますね」


 パーカーとティーシャツを脱ぎ、チュニックに袖を通し、ベルトをきゅっと締める。

 ショートパンツが見えるか見えないかの絶妙な丈だった。


「着替えました! どうですか?」

「とても似合っています」


 カノンもいつの間にかベージュのロングスカートに着替えていた。

 白いカットソーはレースアップで絞られていて、すらりとしたスタイルを引き立てている。


「では、夕食が出来るころなので下に降りましょうか」

「はいっ! お腹ペコペコです」

「私もお腹空いちゃいました」


 この世界に来て、初めてのちゃんとした食事か。

 どんな料理が出てくるんだろう。


 ……ぐぅ~。

 そんなことを考えたら、また腹の虫が鳴いた。

【プロレス余談】

スポーツ選手でもありエンターテイナーでもあるプロレスラー。

実際はかなり子ども慣れしている選手が多い印象です。

サイン会や撮影会で触れ合う機会があるほか、保育園で綱引きや腕相撲をして交流をしている選手もいます。

それに、最近は子どもの観戦も増えてます。


悪役を演じるヒールレスラーも、子ども相手には優しい対応です(顔は怖いままですが)

そのギャップがいい、というファンも多いですね!



ここまでお読みいただきありがとうございます。

作品はもちろんですが、プロレスに少しでも興味を持っていただけたら最高です。


また、ブックマークや評価、誤字報告、なんでも反応をいただけたら嬉しいです…!

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